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2016年07月15日 イイね!

大型二輪に乗ろう(バイクが怖いと思った時がバイクを降りる時か、・・。)




先日、中高年の二輪教習生の方と話をしたが、その方は普通二輪AT限定教習を受けている。そこで話の振りとして、「大型を取る気はないんですか。限定なしの普通二輪を受ければよかったのに、・・」と言うと、「いやあ、Vmaxに乗りたいんですが、夢なんですよ。先日もバイク屋に行ったんですが、Vmaxが置いてあって、良いですねえ、あのバイクは、・・。」と言う。




「じゃあ、大型二輪どうですか。試験場一発は今でも狭き門ですが、ここなら受ければまず合格します。夢をかなえてください」と言うと、おじさん曰く、「昔は暴走族でずい分と走ったんですがね。白紙免許で、・・。でもねえ、今、バイクを目の前にすると400でも怖いんですよ。乗れるかなと思うと、・・。だからVmaxも夢なんですが、やっぱりあのバイクに乗れるかなと思うと怖くなってしまってねえ。」と寂しそうに笑う。




その言葉を聞いて、「ああ、バイク乗りがバイクを降りる時ってバイクが怖くなったときかな」と思った。この教習生も昔は族で相当なことをしてきたんだろう。それが人生もそろそろ仕上げの時を迎えて自分自身や自分が背負っているものを考えると自分が好きなバイクに乗りたいと思っても、実際に乗るかと言われると乗るのが怖くなってしまう。そんな気持ちって分かるような気がする。




若い時なら結婚したとか、子どもができたとか、自分を取り巻く状況でバイクを降りるんだろうけど年齢が行くと自分自身の事情と言うことになるんだろう。




バイクに乗るのは気合と度胸と、そして体力だと思うが、そのどれか一つでも欠けてしまったらやはり怖くなるだろう。僕は全くそんなことは思ったことがない。CB1300スーパーボルドールには全幅の信頼を置いているし、そのスーパーボルドールに乗ることが怖いなどとは思わない。




でも近い将来、気合か度胸か体力か、そのどれかが欠けたことを自覚してバイクを降りる時が来るんだろうとは思う。その時にどうするかなあ、完全いバイクを降りるのか、それとも小さいバイクに換えるのか、・・。まあ、それはその時が来たら考えよう。





Posted at 2016/07/15 16:11:51 | コメント(0) | トラックバック(0) | バイク | 日記
2016年07月14日 イイね!

天皇陛下、生前譲位をお考えとか、・・。




天皇陛下が生前退位の意向を示されたことを受け、政府内では今後、皇室制度を定めた皇室典範改正の是非が焦点となりそうだ。

 

現行制度には、天皇の退位に関する規定がないためだが、改正には慎重論も多いという。政府は、国民的な議論の高まりなどを見極めつつ、丁寧に対応する考えだ。

 

皇室典範は、皇位継承について「天皇が崩じたときは、皇嗣(こうし)が、直ちに即位する」などと規定しているが、退位に関する規定はない。政府関係者は13日、「生前退位というのは現行制度に規定されていない。皇室典範の改正が必要になる」と指摘した。

 

実際に皇室典範を改正する場合は、通常の法改正と同様に、政府が改正案を作成し、国会で審議することになる。陛下の意向を踏まえ、政府は既に、内閣官房を中心に水面下で検討に着手。同時に、公務の負担軽減の在り方についても研究し、安倍晋三首相に報告されているという。

 

制度改正をめぐっては、他にも検討すべき課題が多い。内閣法制局OBは「退位後の役割や尊称、時期などを議論する必要がある。元号も変わることになる」などと説明。「国民世論がどう動いていくかが重要だろう」とも語った。

 

一方、別の政府関係者は「皇位の安定性という観点から、改正の是非は慎重に検討しないといけない」と指摘している。皇室典範には、天皇が「身体の重患」などで公務を続けられない場合、「摂政を置く」としており、この仕組みを活用すれば改正は不要との見方を示した。




天皇陛下の生前退位のニュースが国内はおろか世界を駆け巡っている。一般庶民は定年退職があるが、陛下にはそれがなくご高齢になっても公務や神事でお忙しいだろう。高齢で公務を全うできないのは天皇としての資格がないと言う責任感なのだろうが、自分が食えればそれでいいと言う我らおっちゃん、おばはんとは異なり立憲君主国家日本の国家元首ともなれば影響は世界に及ぶ。「じゃあ、後は頼むよ」と言うわけにはいかないだろうが、ご希望に沿うような方向に進めばいいと思う。





Posted at 2016/07/14 14:45:42 | コメント(0) | トラックバック(0) | 政治 | 日記
2016年07月14日 イイね!

荷物が積めなくてもいいじゃないか、ドアが4枚なくてもいいじゃないか。




現在、四輪の買い替えを検討中である。今までずっとトヨタ車を乗り継いできた。トヨタの車は変に尖ったところがなく挙動も安定していて故障も少ない。面白みがないと言われ続けているが、それは好みの問題で良いも悪いもない。時には時代をはるかに超えた素晴らしい車を世に出すこともある。千分の一秒を求めるユーザーよりも車は道具、あるいは生活の彩と考えるユーザーを対象にした強かな車作りも理解できる。




そんなわけで僕の主力株(吹けば飛ぶような庶民の投資ではある)はトヨタだし、車もずっとトヨタだった。今回もあれこれ考えたが、G’sのヴィッツ辺りが妥当かなとそんな方向で検討していた。




でも今回もまたコンパクトスポーティかと同じような車ばかりでちょっと面白からぬところもあった。もう基本一人しか乗らないし、ドアが4枚、あ、5枚か、ある必要もない。大人数で大荷物を積んで遠出することもない。毎年34,500円の自動車税を払う必要もないんじゃないか。バイクもあることだし、・・。




それでホンダのS660とかダイハツのコペンとかを見てみたら、S660は面白そうだが、性能本位であまりにも実用性に欠けるところが多い。納期の問題もあるし、・・。コペンは屋根を広げればゴルフバッグの2個くらいは入りそうなスペースがある。車室はさすがに狭くて一昔前の宇宙船のような感じだが、タイトなコクピットは嫌いじゃないし、一度くらいタイプの異なる車に乗るのもいいんじゃないかと気持ちが大分コペンに傾いてきた。




問題は長い付き合いのディーラーだが、うーん、今回は勘弁してもらうか。トヨタの株主としてはトヨタ以外の車を買うのは心苦しいところがあるが、ダイハツは完全子会社だし、連結決算ではトヨタの利益になるのだから良いと言うことにしてもらおう。ただ、まだ、そう決めたわけではないが、・・。


Posted at 2016/07/14 14:43:55 | コメント(0) | トラックバック(0) | 自動車 | 日記
2016年07月14日 イイね!

戦争は立場や意見を異にする相手を力で打倒しようとする人間の本性が引き起こす。




■「お前は人間じゃない!」という叫び

「自・公」対「民進・共産・社民・生活」連合の戦いとなった参議院選挙に続いて、野党統一候補・鳥越俊太郎氏の出馬で都知事選でも同様の構図が見られることになった。

 

この数年、日本の政治は常に「安倍」vs「反アベ」という論点で常に語られてきた。参院選後、民進党の岡田克也代表は「安倍政権下での憲法改正論議には応じられない」旨の発言をしている。要は「アベとはまともに話せない」というスタンスだ。






「反アベ」の象徴とも言えるのが、昨年、国会前で頻繁に行なわれたデモだろう。鳥越氏も参加したこのデモには、「民進~」連合の党首たちも参加して、「連帯」ぶりを見せつけていた。

 

こうしたデモについて、「民主主義の健全さを示すものだ」と高く評価する論者も多い。彼らは、「民主主義を破壊するアベの危険性がなぜ分からないのか」と危機感を募らせており、強い言葉で首相を批判し続ける。「反知性主義」「ナチスと同じ」「戦争好き」等々。

 

もっとも有名なフレーズの一つは、デモに参加した学者が発した「アベに言いたい。お前は人間じゃない!」だろうか。

 

しかし一方で、こうした主張や論法に抵抗を持つ人も少なくない。そういう人たちはデモこそ行なわないものの、どこかデモをする人たちに違和感を抱えているようだ。

 

その違和感はどこから来るものなのか。

 

日本大学危機管理学部教授の先崎彰容氏は、著書『違和感の正体』の中で、デモについて明晰な分析を行っている。先崎氏は、6月21日、BSフジ「プライムニュース」に出演した際にも鋭いコメントを連発して話題となっている。『違和感の正体』から一部を引用してみよう(以下、同書の「デモ論」より)。

 ***


■ドンキホーテの正義感

 筆者が国会前デモに「違和感」を覚えたのは、ある高名な大学教授が聴衆を前にして「安倍に言いたい。お前は人間じゃない! たたき斬ってやる!」と叫んでいるのを、咎める人がいなかったときからです。

 

映像をみた瞬間、2つの違和感が一気に襲ってきた。

 

第一に、彼の心を占拠している正義感とドン・キホーテのそれをどう区別したらよいのでしょうか。

 

この知識人に筆者が「違和感」を感じたのは、批判の矛先が総理大臣という役割ではなく、安倍晋三という個人にむかっていたからです。

 

個人への誹謗中傷や罵詈雑言は、思想的には正反対であるはずのネット右翼のヘイトスピーチに奇妙なまでに似ています。ヘイトスピーチの批判対象が在日外国人であれば同情の対象となり、安倍氏にたいしては許可される根拠は、いったい何処にあるのか。

 

筆者は在日外国人に日々日本語を教えながら生活相談にもかかわっており、差別したことはありません。と同時に、個人的に一切面識をもたない安倍氏にたいしては、彼の性格を戦争好き云々とイメージで誹謗する権利がそもそもありません。

 

総理大臣という地位のもつ特権的重要性はともかく、筆者は原則的に「人間はみな平等である」という立場なので、前者と後者に否定語を浴びせかける/かけないを分けるその基準がわからない。人間、誰であれ相手を大声で罵倒することはよくないと思うからです。

 

するとおそらくデモ行為を正当化しているのは、権力=悪、弱者=善という無邪気なまでの正義感だけしか考えられません。


■ことばを放り出した凡庸な学者たちへ

彼らデモをする人は、一見、ラジカルなように見えます。

 

しかしほんとうに「ラジカル」なのは、自分の正義をふくめた社会一切の善悪を、一度はギロチンにかけてみる勇気ではないですか。

 

おそらくニーチェが主張したことはそういうことだったはずです。

 

社会全体が砂礫(されき)のように瓦解していくのに呑み込まれ、善悪判断の基準があやふやになることに取り込まれ、「ものさしの不在」に苛立ち、ワンフレーズの正義にすがるくらいなら、知識人である資格などないでしょう。

 

そうではなく、むしろこの時代状況を見すえ、みずからの手で陳腐な善悪をギロチンにかける思想を生み出すことが、時代への処方箋なのです。安易な自己主張などあり得ないことを肝に銘じ、究極の相対主義の実験に耐えながら。

 

知識人は今まで何のために「ことば」と格闘してきたのでしょうか。

 

もし現在が非常時であればある程、彼らは必死にこの時のために日頃培ってきた言論で勝負すべきではないですか。

 

筆者がここでいう「ことば」とは、反原発や戦争反対、反韓、反中などのワンフレーズとは異なります。ことばとは本来、まったく異なる世界観をもって生きている他者、すぐ隣にいるのに世界を別の仕方で理解している他者とのあいだに架橋する営みのことです。

 

自分と他者とのあいだには手探りしなければ分からない壁のようなものがある。

 

だからこそ私たちは抑揚や使い方を意識し、工夫を凝らし続けるのです。
 

***
 

都知事選に限らず、選挙において、表層的ではない議論が繰り広げられることを期待する人は多いだろう。すでにワンフレーズの応酬にうんざりしている有権者は多いのではないだろうか。




「安倍に言いたい。お前は人間じゃない! たたき斬ってやる!」




戦争とは立場や主義主張、利益を異にする相手を力で打倒しようとする人間の本性から始まる。坊ちゃんと山嵐に殴られた赤シャツが、「理非を論ぜずに暴力に訴えるのは無法だ」と叫んでいるが、それも一理ある。赤シャツ襲撃計画の前に坊ちゃんが、「なるほど、世界に戦争が絶えないわけだ。個人でもとどのつまりは腕力だ」と言っているが全くの真理だろう。安全保障は国家と国民の存亡にかかわる重大事項で日本のような特殊な事情を抱えた国ではもっと議論されるべきだろう。しかし、ただ、「平和だ、戦争反対だ、憲法擁護だ、アベは人間じゃない」と叫んだり歌ったりしても何の説得力もない。安全保障に対する理念と具体的な施策が示されなければ検討に値しない。大体、現政権が何かしらの外征戦争でも計画していると言うなら話は別だが、政府はそんなことは考えてもいないし、今の日本に外征戦争をするような能力はない。PKOなどで自衛隊が海外に派遣された際に何らかのやむを得ない事情で武器を使用することがあるかもしれないが、それも戦争と言うのか。一つ聞いてみたい。海外に派遣された自衛隊が、現地で武装集団に虐殺される無抵抗の住民に遭遇した際にどうすべきか。自衛隊には武装集団を一掃する戦闘能力はある。武器も所持している。さあ、どうする。





Posted at 2016/07/14 14:42:22 | コメント(0) | トラックバック(0) | 政治 | 日記
2016年07月13日 イイね!

あり得ないことが、(91)




結局午前中はこの話で持ち切りで仕事にもならずに終わってしまった。テキストエディターのお姉さんとクレヨンがあまり監禁、監禁というので「あんた達はそんなに私が監禁されれば良いと思っているの。そんなことばかり言っていると私が監禁される前にあんた達を首輪でつないで監禁するわよ。」と叱っておいた。でも考えてみればクレヨンは首輪でつながないだけで後はほとんど軟禁状態と変わらないには違いないが。昼食を終えて、さあ午後くらいは真面目に仕事を、と思っているところに営業部長が入って来た。


「やあ、佐山さん、昨夜は災難だったな。君がエレベーターから脱出するときに大分泣いたというからそんなこともあるもんかなと半信半疑だったが、やっぱりうちの若い衆が大分発破をかけられたらしいね。でも彼は営業の精鋭で社長から是非と言う要望があったので出したんだ。ああ見えても繊細な大人しい男なのでどうか一つよろしくお願いしたい。」

 
相手の気持ちも考えずに好きだ、好きだと連呼して夜更けの会社で女性を襲う男のどこが繊細で大人しいんだ。昔は朝に夕に押して押して押しの一手も女を口説く方法として社会的に認知されていたが、今はそんなことをすると警察沙汰にもなりかねなくなってしまった。男にとっては辛い時代になったものだが、押しの一手と言っても相手の気持ちも考えずにただ自分の感情に任せて迫りまくるのとは趣が違ったような気がする。それにしてもこの営業部長の言葉で収まりかけた怒りがまた燃え上がってしまった。あの野郎、どこまでも自分に都合の良いことばかり言う野郎だ。


「繊細なのか大人しいのかは知りませんけど部長はあの男が本当にどんな男かご存知ないんですか。営業では優秀なのかどうかは知りませんが、私は誰が何と言ってもあんな男は認めません。」

 
僕自身も男だった頃は決して立派とは言いがたい人間だった。だから他人のことはとやかく言える立場でもないし言いたいとも思わない。世の中から外れてはいたが、女にはそこそこ縁があったし女に対して訳の分からない妄想を抱くこともないとは言えなかった。実際女の扱いも結構えげつないことをしたこともある。でもそれはあくまでも相手との合意があってのことで合意のないことは決してしたことはなかった。

 
僕はこう思うのだ。人間誰にも人格もあれば誇りもある。だから最低限それは尊重しないといけない。監禁だの調教だの女に対して訳の分からない妄想を抱く輩がいるようだが自分の頭の中でだけ妄想を抱く分には実害はないのだろう。しかしそれを力に任せて実行に移すことは個人の人格を土足で踏み躙ることだ。個人に限らず国際社会でも力に任せて横車を押す不埒な輩が多いようだがそんなことばかりしているから人間は神が創った偉大なる失敗作と言われてしまうんだ。ただ女性の方もその場の雰囲気に任せて理屈も何もなく男に自分の感情をぶつけまくるのはお止めいただきたいとは思うが。

 
しかしエレベーターの中で泣き喚くくらいは情けない男もいたものよと笑って許しもするが、好きだ、好きだと連呼の挙句に力ずくで己の横恋慕を遂げようとしたことは許し難い。更には己の罪や恥を覆い隠さんとして事実を殊更に歪曲して伝えるなど言語道断。天に代わって成敗してくれる。勧善懲悪の時代劇ならそう啖呵を切ってぶった切れば終わるんだろうがこれはまだまだ悩まされそうだ。どうも前置きが長くなったが、僕のあまりの剣幕に営業部長はややたじたじの態だったが「他に何かあったのか。」と聞き返した。


「すみません。ちょっと昨夜からのトラブル続きで気が立っていて。また後ほど報告にうかがいますから。」


女土方が慌てて割って入ってこの場を収めようとした。


「あることないこと言われてちょっと気が立っていますから。」

 
女土方は僕の前に立ってこれ以上僕が部長と話をしないように遮ろうとした。そうして言葉を遮られることが余計に腹立たしくて女土方を押しのけようとしたが、女土方に「だめ、だめ」と手を振られてしまったのでさすがにはっと気がついて口を噤んだ。


「何か若干の問題があるようだが、まあよろしく頼むよ。」

 
営業部長はそう言い残すと逃げるように立ち去った。営業部長がいなくなると女土方が僕を睨みつけた。そして「ちょっとこっちに来なさい。」と言うといきなり手を引っ張って僕を外に連れ出して近くの喫茶店に連れ込んだ。


「ねえ、あなたの気持ちは良く分かるけどあまり興奮しないで聞いて。今うちの部屋でトラブルを起こすのはまずいわ。社長が無理押しをして立ち上げたばかりなのに。社内には今回の組織改編を快く思っていない人も多いのよ。ここで騒ぎを起こすと『それ、見たことか。』とばかりに叩かれるわ。

 
私は自分の立場に未練はないし却って無役に戻してもらった方が肩の荷が下りて楽になるけどせっかく社長や室長が一生懸命やったことなんだから。それに今の部門を拡充していけばこの先うちの会社のためにもなると思うの。だから今ここで問題を起こしてこの部門を潰したくないの。これからは絶対にあなたと彼を二人きりにはしないわ。私も残っているから。でね、一度私が彼に話してみるわ、少し考えるように。」

 
女土方は組織人のお手本のようなことを言った。冷静に考えれば確かに女土方の言うとおりで間違いはないが、当事者にしてみれば腹の立つこと夥しい。どう考えてもあの野郎だけは許せん。


「あなたの言うことは分かるわ。正論だと思う。でもね、悪意がないのか知性がないのか恥を知らないのかあんな男のことは分からないけど私は感情的には許せないわ。」

 
そうして話しているうちにあの男に抱きしめられそうになった時のおぞましさが甦って来てまた新たな怒りが込み上げて来た。考えてみれば男と言う生き物は酒席を主な活動場所として女性に絡みついてばかりいるが、立場が逆になると当たり前のことなのだろうが感じ方や受け取り方がまるで違う。だから自分の考え方、感じ方だけでものごとを判断するととんでもない結果に陥ってしまう場合がある。戦争などもそうした片手落ちの判断で始まってしまったことがずい分あるのだろう。だから相手の立場に立てないまでもちょっと視点を変えてものごとを見てみることは必要なんだろう。



Posted at 2016/07/13 18:38:26 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説 | 日記

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ntkd29です。CB1300スーパーボルドールに乗って11年、スーパーボルドールも2代目になりました。CB1300スーパーボルドール、切っても切れない相棒にな...
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