
(読書の感想とともに、後半で政治的なことにふれています。)
以前に京都を歩いていて、この石標の人は誰だろうと思いながら通り過ぎ、ずっとそのまま忘れていた人の名前が、最近歴史関係の番組などで取り上げられる機会が増えてきました。
その名は「赤松小三郎」。
赤松小三郎とは、江戸時代の信州上田松平伊賀守家中の下級武士で、明治維新前、選挙で選出された議員による議会政治の建白書を越前福井藩の松平春嶽、薩摩藩の島津久光、そして徳川政権に提出した人物です。
幕末の人気ナンバーワン、坂本龍馬の書いた船中八策や「新政府綱領八策」というのは、実はこの赤松小三郎が書いたものの抜書きだった。そして彼は坂本龍馬より前に勝海舟の弟子だったということです。
先月、この赤松小三郎について調べだして、図書館でも数冊書籍をお借りしました。
私も昨年、福井県に訪れ、坂本龍馬について時系列に調べ直していた際、船中八策や大政奉還というのは、松平春嶽や横井小楠、そして大久保一翁などの影響を受けて、それを学んだ坂本龍馬が土佐藩に伝えたのだろうと思っていましたが、その大元は赤松による「口上書」というものが存在していて、それを敵対する幕府存続派と公武合体派の両方にも、提言していたことに驚きました。
赤松小三郎については、彼の出生地である上田市が豊富な資料を満載したwebサイトを用意してくれていて、彼の活躍の大半を知ることができます。
サイト
「赤松小三郎 幕末の洋学者・議会政治の提唱者」
素晴らしすぎて、上田市に行かなくてもいいやって思ってしまいました。(^^)
彼にちなんだ書籍の中で、時事にあっていて、とても面白かった一冊が、
「赤松小三郎ともう一つの明治維新-テロに葬られた立憲主義の夢」です。
「立憲主義」というと最近、よく政治の世界でも語られる言葉です。憲法記念日を前に、考える機会になりました。
幕末に赤松小三郎が建白した万民平等と国民主権による議会制度は、現日本国憲法よりさらに進んだものさえ含まれていることが明らかにされています。しかしそれが明治維新を成し遂げた薩長によってその理想が後退してしまったことはあまり伝えられず、明治維新という時代を左右を問わず称賛するムードが今の世の中にあることに対し、著者は今後の日本の行く末を含めて見直すことを提言しています。
明治維新というと、徳川家独裁の幕府が鎖国をして時代遅れになり、薩長などの草莽の志士がその幕府を倒して、市民政府をつくった革命というのが、これまでの歴史ドラマの筋立てでした。ところが実際には江戸時代は連邦政府で地方分権がもっとも進んでいたことや、既に諸外国に窓口を開いていたこと、井伊直弼が米国と結んだ条約は関税率がよかったのに、長州が列強にテロをやらかして、悪条件の税率を飲まされたことなど、他にも色々徳川政権のほうがマトモだったことなど、この書では俯瞰的な視点で描かれています。また現行の日本国憲法の精神は幕末に芽生えた小三郎らの憲法構想にさかのぼることを明らかにし、「現行憲法がGHQの押し付け」という安倍首相の歴史観(=長州史観)の誤謬もあわせて論じます。
歴史学者でもなく憲法学者でもない著者の冷静で俯瞰的な視点で幕末から現在に通じる「長州レジーム」を取り上げ、ひとつの書にまとめている点が新鮮で、歴史好きで違う視点で明治維新を考えてみたいと思う方なら、まず期待を裏切らないはずです。
そんな赤松小三郎も、度を越したナショナリズムの暴走の刃の犠牲となり、頭脳を失った明治の日本は迷走するのです。
私も最近は
「行き過ぎたナショナリズムは国を滅ぼす」と言う先人の言葉が今、現実味を帯びてきたように思います。どうも日本人はいくら正しいことでも、追従しブーム化していく中で、極端化、過激化してしまう人たちが出てくる歴史の流れがあるようです。
最近の報道などを見聞きしていても、北朝鮮と韓国の融和に至る流れについて、まともに説明できているメディアは日本には存在しません。面白いのは解説している専門家と呼ばれる方々がまるで朝鮮半島出身の様な肩書と名前なのに、実際は中国人だったり日本育ちだったりで、まったく海外の報道などを知らずにコメントしていることです。私は数年前から毎日ネットで海外言語のニュースを読んでいるのですが、日本の海外ニュースは共同通信ソースばかりで、不足している情報があまりにも多く、日本人は不幸なディジタル・デバイドの鎖国環境にいることを痛切に感じます。
率直に書くと、日本にとって都合の悪い海外情勢についても詳しく、語ることができる方たちの言論は、日本メディアでは取り上げられないし、報道もされないということです。例えば、元内閣総理大臣の鳩山由紀夫氏、日本で政治家をルーピーなどとバカにする典型例になっていますが、今のアジア情勢を早くから予見し、リードする立場をとっていたわけですから、今こそ政治解説者として、彼に説明を聞くのが一番ふさわしいと思うのですが、どうでしょうね。「国民が聞く耳すら持っていない」はまだ続いているのでしょうかね・・・?
韓国でも前回2007年の南北首脳会談を行った故人の盧武鉉元大統領は、現在でも鳩山氏同様にネットなどでバカにされオモチャにされている存在です。ところが保守派の朴槿恵政権が不祥事で追われ、盧武鉉氏の側近であった文在寅大統領が首脳会談を成功させました。 楽天的な見方かもしれませんが、南北統一を成し遂げ、もう戦後レジームを変えることができたらという、明るい未来への夢を見させてくれる政治ではないでしょうか。
今の日本に、中国、ロシア、朝鮮半島と平和な関係を構築し、日本から米軍基地を無くして、真の戦後レジームからの脱却を実現できる本物の政治家、政党が出現すれば、政権選択選挙にも価値が出てきます。本来であれば、野党の中に、安倍政権と政策で対立軸があればバランスがとれるはずですが、今の野党には外交政策自体が無いので、この平和側の対立軸は自民党内の別勢力が担うことになるでしょうね。
憲法の改正問題の議論についても、9条と自衛隊にばかりこだわるから、モメるのですが、これをわかっている政治家も現状、少なそうです。
前文に「世界」、「人類すべて」の恒久平和を掲げ、「侵略、進出、領土拡大はしない」ことを明記するこれまでより「さらにもっと平和な憲法」への改正を目的にすることで、この混沌は解決します。今の憲法前文には、世界の中での日本や日本国民の視点、役割については具体的には書かれていませんからね。
その上で日本領土内の平和維持のための軍隊を持つことを明記すれば、この国の改正派も9条改正反対の方も納得されるのではないでしょうか。
何よりも旧連合国である国連からも評価され、近隣アジア諸国からも日本は平和国家になったのだと理解されると思います。
信じられないでしょうけど、まだ中国や北朝鮮、韓国、そして米国の人の中にも、日本が右傾化しまた侵略を再開する可能性があると、真剣に危惧している方がいることを、知っておくべきでしょう。
こういう憲法への考え方は、海外世論からの、日本観、日本国憲法への視点を見聞きしない方にはわからないままなのです。何かとアメリカや近隣諸国のご機嫌を伺う政府やマスメディアが、こと憲法のことになると、まったく世界視点ではなくなり論理的ではなくなるのが不思議です。
最近の右や左のレッテル張りの議論からすると、これらの言葉は反日、在日、左翼、パヨクと見なされてしまうでしょうけど、最近のそういう方に限って愛国心とか公共心は無くて、排他主義のみのナショナリズムなんですよね。
「行き過ぎたナショナリズムは国を滅ぼす」との懸念から、久しぶりに独り言を書きました。
最初、書き出したら、この4倍位になってしまいまして、大半を削除したのがこちらです。
長い長い独り言、最後までお読みいただき有難うございましたm(_ _)m
※追記※
5月3日夜にNHKで憲法についての討論番組がありました。予想の通り9条と自衛隊にばかり、議論が終始していました。
世論調査の大多数の「今は決められない」という答え、それは今の与野党の憲法改正の議論のポイントが、国民の想いからずれているということです。
憲法を論ずるなら、国家としてのビジョンは何か、世界の中でどういうミッション、役割を果たすのか、そしてその価値概念(ヴァリュース)は何に基づくのかを、まとめて明示しなければ、まとまらないことを知っておくべきでしょう。
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一言放言 | 日記
Posted at
2018/05/02 14:34:21