完成しました、天城のジオラマ!
では、早速ご覧頂きましょう。
タイトルは
「不戦の誓い」です。
1/2000スケールという極小サイズでありながら、天城も漁船もかなり細かく再現できましたし、海上と海中それぞれの表現もわりとよく出来たかなと思っています。
特に海中部分は、海底にフラットブルーを軽く吹いたことで、海面のクリアブルーを通して届く色と相まって、空洞でありながら海水が入っているかのような表現になったので、自己満足に浸っています(笑)
また漁船の航走状態についても、舳先で形作られる波を透明プラバンの細切れで表現し、その後ろの白波も塗装でそれらしく表現でき、全体が「静」の中で動きを加える役割が果たせたと感じています。
ちょい役として零戦21型を沈めてありますが、あえて52型などにしなかったのは、終戦間際で使える兵器は旧式でも使うという逼迫した情勢を表現するためです。
ついでなので、一部の写真を拡大し、白黒化してみました。
若干、おもちゃ感はあるものの、まずまずいい感じ♪
今回の制作には、みん友のARIA-Rさんに多大なるご協力をいただきました。
私が何シテルで
積みプラのひとつに、1/2000空母天城があります。スケールモデラー(艦船モデラー)として悩むのは、ジオラマの場面に終戦時の大破して傾いた姿を再現するのか、ifとして震電などを搭載した勇姿を再現するのか…
とつぶやくと、
呉人としては最後の姿希望です〜
とのコメントが。
この一言で場面が決まりました。
そしてキット製作中にも当時の様子をご親族の方から以下のようなことを聞いておられたかどうかをお尋ねしました。
①お祖母様の知り合いに天城の乗組員に知り合いがいたというような話はありませんでしたか?
「いた」ということなら、どんな話をされていましたか?
②三ツ子島繋留時のネットや樹木による擬装について、その作業をお祖母様が手伝ったようなことはなかったでしょうか?
また擬装用ネットは、呉が漁港であったこともあり、漁業用のものを転用したのではないかと想像しています。結果、漁業ができなくなったといった状況があったのではないかと推察しますが、いかがでしょう?
③7月の空襲について、どんな状況だったのでしょうか?
港の状況、市民の状況、軍人さんたちの状況など、なんでも構いません
④「この世界の片隅に」では、小さな子供ですら長門、隼鷹、利根、青葉などはもちろん、大和すら普通に知っているという描かれ方でしたが、実際そのとおりだったのでしょうか?
お祖母様からはARIA-Rさんが小学生の頃にお話を聞いていたようで、①②については残念ながらなかったと、③については「7月1日の空襲はうちの祖母が居た親戚の家から市内を見渡すと呉市内が焼夷弾の投下であちこちから火が上がっていた」とのことでした。そして④についてははっきりと分からないようですが、「祖母は赤城が工廠のドックに入っていたのが見えていたと言っていたので、この辺は普通にあったのかもしれません。ただ大和については戦後に知ったと言っていたような気がします。」とのことでした。
(※上記をブログに記載することについては、事前にARIA-Rさんのご了解を頂きました。どうもありがとうございました。)
私の周りの身近な戦争経験者は実父。
しかし山奥の田舎で小学校低学年の頃に空襲を避けるため防空壕に入ったことがある、という程度です。
呉市は日本海軍の最重要根拠地でもあり、昭和20年には米軍による執拗な空襲を何度も受けています。そうした経験をされた方々の言葉を生で聞くという経験は、大変貴重なものだと思います。
子供時代にウォーターラインシリーズを作っていた頃、「艦船はカッコいい」という想いとともに「戦争は悲惨だ」「人殺しの兵器など作るべきでない」という想いを持ち続けていました。ただ、いま思えばその感覚はあまりリアルなものではなかった気がします。
今回、ARIA-Rさんのご協力を頂いたことで、ほんの少しだけリアルに戦争を考えることができたような気がします。
だからこその、ジオラマタイトルは
「不戦の誓い」。
空母天城は呉市三ッ子島で沈座したまま終戦を迎えました。
比較的傷の浅かった艦船は復員輸送に使われましたが、天城は損傷がひどかったため解体されることになりました。
61度傾いた船体を引き起こし、上甲板以上を船内発破で撤去、その後ドック入りして解体が始まりましたが、その途中、船体の一部を青函連絡船修理用の浮き桟橋として再利用することになりました。
つまり戦後交通網を支える裏方として、また日本復興のための資材として平和利用されたのです。
戦争を知らない我々世代ですが、こうした過去があっての現在。
先日のブログも、そうしたことが少しでも伝わればと思って書いたつもりでしたが、少し言葉足らずだったかもしれません。
ジオラマタイトルの別案としては「兵どもが夢の跡」というのも考えていました。
でも「夢」というフレーズが戦争を美化しているようにも思われたので、不採用とした経過があります。
敗けたからこそ得たものを、大切にしながら日々を過ごす。
そんなことを考えさせてくれる小さなジオラマ制作でした。
ジオラマの完成写真は、フォトアルバムに収録しました。
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1/2000空母天城ジオラマ(完成編)
Posted at 2019/02/23 17:54:44 | |
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