• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

ザクとは違うのブログ一覧

2022年11月27日 イイね!

第9号輸送艦製作記(揚貨機の製作・ディテールの工作)

艦橋、煙突、機銃台などの大きなユニットがあらかた出来たので、ディテールの工作に移ります。
まずは手すりの支柱を立てます。

0.2mmドリルで甲板全周に穴を開け、そこへ0.19mm金属ワイヤーを挿します。高さを揃えるため、1mmプラバンを治具にしました。ハンドレールはまた後日施工します。
ちなみに日本海軍艦船のハンドレールは通常上下2本ですが、一等輸送艦では1本のみとされています。こうしたところでも工事の簡易化が図られているのでしょう。

この状態まで来たところでいよいよジオラマベースへ艦を設置。

このあとはジオラマベースを持ち手代わりにして作業を進めることが出来ます。

次に行ったのが、煙突周囲に何本もある小煙突と、艦橋直後と後部マスト直前のデリックポストの設置です。

小煙突は湾曲部があるので0.55mm金属ワイヤーを使用。その近くにある汽笛(両舷)はリード線をほぐしたものを使いました。

デリックポストは0.8mmプラ棒で立ててあります。画像では見切れていますが艦橋直後のものは頂部に1mmプラ棒の薄切りを乗せてあります。このポストは排気口を兼ねていたという情報(「まけた側の良兵器集Ⅰ」より)もありますが、確認が取れませんでした。
同時に中央機銃台後部に烹炊室煙突も付けました。この煙突は頂部に傘が付くので、1mmプラ棒を削ったものを被せました。

そしてタイトルにもある揚貨機の製作。
キットでは甲板上にモールドされていますが最初に全て削り取ってしまったので自作します。
一等輸送艦の電動揚貨機は他の海軍艦船に搭載されたものと異なり、商船と同様のものが搭載されたようです。しかしその形状の詳細が分かる資料が少ない…。
まずは第9号の画像がこちら↓

さらに散々ググって漸く見つけた商船のものがこちら↓

向こう側の形状が分かりません…。
形状を推定するため揚貨機各部の名称や機能が知りたくなったので、再びググる、ググる、ググる…。
そして見つかったのがこちら↓

戦後の一定期間刊行されていた「船の科学」という雑誌の記事がネット上に全ページ公開されており、その中にあったものです。
この記事により揚貨機とデリックの使い方が分かりました。ただ依然として揚貨機の詳細形状は不明です…。
仕方ないのでこれらの資料をベースにテキトーに絵を描き、そして自作しましたwそれがこちら。


とりあえずそれっぽいものにはなったかなと(笑)

揚貨機についてはもうひとつ謎があります。一等輸送艦のデリックは5本(艦橋直後2本、後部マスト前2本、同マスト後1本)。これに対して揚貨機は艦橋直後に2基、後部マスト前に2基の4基しかありません。後部マスト後ろのデリック用は無いのか?
こちらの写真で確認できるデリックワイヤーの繋ぎ方なども見ましたが、どうにも分かりません。
結局この回答は未だ得られていませんが、恐らく後部マスト前の揚貨機を使ったのだと思います。

次に作ったのが煙突両側に立つ缶室吸気筒×2。図面では円筒型で描かれていますが実艦写真を見ると角柱となっています。他艦では円筒のものもあるため、個艦ごとに異なります。


1番主砲の後ろ、艦橋前には主砲弾薬箱が置かれています。

この画像左の実艦写真を見ると弾薬箱の右舷側に三角の構造物がありますが、これは艦橋から甲板下へ降りるための階段のカバーです。同じものが左舷側にもあるか心配になります。残念ながら実艦写真での確認はできませんでしたが、図面では右舷側のみとされており、弾薬箱は上下2段×3列のようなので、1mm角棒を少しサイズダウンして作りました。

一等輸送艦は全艦ハリネズミのように機銃が配置されていました。よって弾薬箱も各所に配置されており、これを再現します。そのためにまずは機銃の位置を確認する必要があります。連装や三連装は位置がはっきりしているので、単装機銃について調べます。
実艦写真を見たところ、25mmと13mmの混載だったようです。「各艦機銃電探哨信儀等現状調査表」には「第五号輸送艦以降」という表記で調査結果が掲載されていますが、その中に第9号が含まれているか不明です。念のため実艦写真と照らし合わせた結果がこちら↓

単装機銃の数としては25mm×11丁、13mm×3丁設置することとなります。
弾薬箱は機銃1丁につき2箱配置されていたようなので、この倍数が必要となります。
プラバン細切れをひとつひとつ接着して…


艦橋周辺はだいぶ形になってきました。
なんとか年内に完成まで持っていきたいものですが…。
Posted at 2022/11/27 23:10:55 | コメント(3) | 艦船模型 | 趣味
2022年11月19日 イイね!

第9号輸送艦製作記(ジオラマベースその2・主砲とマストの製作)

石粉粘土の硬化に伴う収縮により「反り」が発生したジオラマベース。
こんなに反り返りました。


どうするか少し悩みましたが、反ってしまった部分を切断して再度設置し直し、切断後に粘土を充填し直して硬化させました。

しかしこれほど細かく切断しなければならないとは…。
次回石粉粘土を塗る時には適度なスパンで目地を入れなければなりません。
さて、ようやくベースの形が整ったので、輸送艦を配置する場所を彫刻刀で削ります。

その後、ロイヤルブルーを筆塗り2回、吹付け1回で塗り重ね、その上からクリアグリーンを適当に吹き付けました。


輸送艦本体の方は主砲の製作に取り掛かります。
まずは実艦写真のチェック。
一等輸送艦の主砲は12.7cm連装高角砲B1型です。

従来のA型と比べると左舷側シールド前部下端に若干の凸が見られます。これは出力を増した電動機を設置したためだそうです。
同型の砲は松型駆逐艦にも搭載されたため、竹・桑の製作時にはいずれもプラバンプラペーパーからスクラッチしました。なので今回も同様に。



なかなかいい感じに仕上がりました。
松型を作ったときよりも若干クオリティが上がったかなという自己満足♪

次に22号電探を作ります。
艦橋屋上の防空指揮所後端にある架台の上に設置されますが、架台の形状は以前に検証した結果、断面が縦長の長方形であろうと推定しました。
そして作ったのがこちら。

ラッパ部は1mmプラ棒から削り出して作りましたが若干大きめの印象なので、次回はもう一回り小さく作ろうと思います。

前部マストの製作に移ります。
一等輸送艦の設計ベースになった松型駆逐艦の前部マストは後ろ2本の支柱が若干前よりに傾けてあり、上部につくヤードと後部マストの距離を稼ぐ構造になっています。しかし一等輸送艦の実艦写真及び図面を確認する限り、後ろの支柱は垂直に立てられていました。
その他のディテールを第9号の写真で確認したのがこちら↓



そして作ったがこちらです。

三本の柱は0.3mmの角棒です。松型がそうだったように、この時期のマストは断面が丸ではなくアングルで作られていました。
一等輸送艦のマストが丸だったのか角だったのか確認できる資料は手元にありませんが、当然角だったと推定しました。

マストが立つと上下方向の立体感が出るので、フネとしての形が出来てきたなという実感が湧いてきますね。
Posted at 2022/11/19 11:13:55 | コメント(2) | 艦船模型 | 趣味
2022年11月19日 イイね!

宿毛泊地の訪問記録・その4

宇須々木公民館まで戻り、その東側に歩いていくと、岸壁にスロープが設置されています。


これは水上機を海へ出したり、帰ってきた機体を収容したりするためのもの。
現在は港の施設として利用されているようです。
スロープの内陸部には広くコンクリートが敷かれており、その全面に一定の間隔でこのような跡が見られます。

もしかしたら水上機を繋止するための設備の跡かもしれません。
当時ここには宿毛海軍航空隊(453空)が置かれていました。配備は水上機で二式水上戦闘機と零式水上偵察機とされていたそうですが、様々な物資が不足する中で実際にどの機体が何機配備されたのか…。
ちなみにGoogleMap上では↓のあたりがスロープ位置とされていますが、誤りです。


近くの民家前の敷地にはこのような景色もあります。

このあたりは兵舎が建っていたのでそれを取り壊した残骸にも見えますが、どうなんでしょうか。
更にその近くを散策していると水路がありました。


軍の施設が建設された場所は上下水道施設が整備されます。それは呉や舞鶴なども同様でした。ここ宿毛もそうだったのでしょうね。

また、民家と道路の境にはこのような石柱も。

恐らく当時のものではないかと。
海沿いに進んでいくと海積神社があります。

鳥居の海側にはこんな施設が残っています。

当時の排水路ではないでしょうか。
そこから海岸沿いに歩いていくと、1本の柱が立っています。

これはなんなんだろう…。

さらに先には大きな駐車場を備えた公園があります。

こちらにも公民館にあったものと同じ説明板が立てられていました。


4回に渡って記録した宿毛基地の遺構ですが、呉の玄関口で大型艦も寄港したという割にはコンパクトな基地施設だったなという印象を受けました。と同時に、旧4大軍港のようなまちづくりの一環としての売り出しは特にされておらず、ひっそりと遺構が残されているという状況でした。
遺構は徐々に劣化しているため、近年は安全上の理由で閉鎖されつつあります。
しかしながら当時の高度な建築技術を知ったり、特攻兵器整備の現場で戦争の無意味さを感じ取ったりするためには、やはり実物の説得力に及ぶものはありません。
遺構保存にはお金も手間も多くかかるとは思いますが、現在の平和に至るまでどのような経緯をたどってきたのかを知るためにもしっかりと残し、そして多くの人に見てもらえるようになると良いのではないかと思います。
Posted at 2022/11/19 10:16:45 | コメント(0) | ダークツーリズム | 旅行/地域
2022年11月19日 イイね!

宿毛泊地の訪問記録・その3

その3

火薬庫跡から先へ進むと…

巨大です。
極めて狭い階段を慎重に登っていくと…



貯油庫とのことです。
奥に伸びるトンネルでどうやって油を貯蔵するの?と思いますよね。どうやらこのように使っていたようです。

トンネルの奥に向かってこのようなタンクを並べていたと思われます。


入口手前にある円形の構造物は油の出し入れに使う設備の台座でしょう。
同様の施設がこの奥にもいくつかあるようですが、いずれも民地なので入ることは出来ません。

そのすぐ隣にも地面の高さで作られた同様の施設がありますが、こちらは安全上の理由で閉鎖されています。

恐らく↓の古写真と同じ場所でしょう。

近年は各施設の劣化が進んだため次々と閉鎖処理が進んでいるようです。折角残された遺構であり、愚行への反省のためにも出来るだけ残してほしいものです。

そこから道沿いに先へ進むと小さな小屋があります。


現在は倉庫として使われているようですが、建物の大きさの割にはしつがりしたコンクリート壁で作られています。
何らかの軍の施設だったと推定できます。

そのすぐ隣にはこちらが。


魚雷調整庫だそうです。
奥の一段上がった場所に調整用の道具を置いていたのでしょうか。
先程の小屋は魚雷の信管保管庫かもしれません。
調整庫の前の地面は何かの基礎だったようなものが。

規則的に並んでいるので、調整庫関係のものでしょう。

更に進むと桟橋があります。


この桟橋の陸側一定の距離までは戦争当時に使われていたもので、その先は戦後に延長されたものです。
陸地に近い場所なので、小型の船舶が横付けしたのだろうと思います。例えば、貯油庫や火薬庫が近いことからそれらの運搬船や、艦船の乗組員の半舷上陸用とか。妄想が膨らみます(笑)

桟橋付け根から少し陸地に入った場所にこのような構造物が残されていました。

草に埋もれて頭しか見えていませんでしたが、どうやら船舶を繋ぎ止めるための柱と思われます。事実、当時の図面にもそれを示す表記が見られます。

柱はもう1箇所表記されていますが、そちらは無くなっていました。

ここから更に海沿いに進むと恵比寿神社入口があり、その脇には「魚雷艇整備場」と看板のある横穴があります。


残念ながら内部には入れませんが、特攻艇「震洋」の整備場だったようです。震洋は全長5mのベニヤ製モーターボートで艇首に250kgの爆薬を内蔵しそのまま敵艦に突っ込むという完全に頭のおかしい殺人兵器です。
震洋の最高速力は16ノット。鈍重なイメージの戦艦ですら30ノットを出すので、追い付くどころか引き離されて銃撃され放題。こんなものを6000隻以上も製作したそうです。
旧日本軍は震洋や人間魚雷回天などの特攻兵器で日本民族を消滅されるつもりだったのでしょうか。

その4に続きます。
Posted at 2022/11/19 10:07:31 | コメント(0) | ダークツーリズム | 旅行/地域
2022年11月06日 イイね!

宿毛泊地の訪問記録・その2

前回触れた公民館はこんな様子です。

この建物は近年建てられているので、当時のものではありません。
公民館のすぐ左隣には火薬庫跡が残っています。

建物の周囲をコンクリート壁で取り囲む作りは、万が一火薬庫内で爆発があった場合、周囲に被害が及ばないようにするためです。
壁には2箇所鉄扉が設けられていますが、向かって右は固く閉ざされています。

かれこれ100年くらい海風に晒されている割にはしっかりと形を残していますね。
左の扉は開いており、中に入ることが可能です。建物はレンガ作りでした。


建物と壁の間には家畜の飼料タンクがあります。一時期ここを鶏小屋として利用していた名残ですが、現在は使われていないようでした。
建物・壁とも蔦植物に覆われており、詳細を確認することは困難でしたが、背後を高い位置から撮影すると、3階と思われる作りも見られました。1階が火薬庫で、2階3階は事務所などだったのかもしれません。

火薬庫跡の右隣には小さな建物があります。

用途は不明ですが、火薬庫から続く外壁に囲われていることから当時の建物でしょう。
外壁と建物の間にはこんなものが転がっていました。

これも用途不明。でも雰囲気的には当時のものの気がしますが…。
この建物と公民館との間は住宅が建っていますが、その敷地の周囲にはこのようなものが巡らされています。

これも当時のものではないかと。

さらにその住宅の裏手に建っている住宅では、道沿いにコンクリート柱が何本も立っていました。

このような光景は当時はよくあったようなので、このあたりも軍の施設が建ち並んでいたのでしょう。

公民館及び火薬庫と岸壁の間には比較的広いスペースが広がっています。

敷地内を歩いてみると、当時のものではないかと思われるコンクリート片が散見されます。

先に掲げた当時の絵図では、この場所に何かの建物などはなかったようです。岸壁で行われる補給物資などの仮置き場ということでしょうか。

まだまだあります。
次回その3に続く。
Posted at 2022/11/06 16:48:03 | コメント(0) | ダークツーリズム | 旅行/地域

プロフィール

「第19号輸送艦(捕鯨母船)の製作(船体工作の続き) http://cvw.jp/b/488285/47669612/
何シテル?   04/21 15:51
模型工作とキャンプが大好きなヘタレをやぢです。 私がフォローする方には2種類あります。 一つは「以前からのみん友さん」 もう一つは「ちょっと興味を持っ...
みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2022/11 >>

  12345
6789101112
131415161718 19
20212223242526
27282930   

リンク・クリップ

エアコンパイプの断熱 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2019/09/22 18:04:47
耐熱ホースカバー取付(冷却効果UP) 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2019/09/22 18:02:04

愛車一覧

ホンダ シャトルハイブリッド イフリート (ホンダ シャトルハイブリッド)
イフリート初号機です。 前車・プレマシーに比べ排気量が△500CCなので、若干の非力さは ...
その他 キャンプ その他 キャンプ
我が家の行ったキャンプ場をまとめておく場所です。
その他 その他作業記録 その他 その他作業記録
1/700を中心とした艦船模型についてのまとめです。
その他 その他作業記録 その他 その他作業記録
ガンプラ製作の記録です。
ヘルプ利用規約サイトマップ
© LY Corporation