2026年09月23日
大井篤の兵站補給を主柱に据えた独自の戦略には確かに一理あるが、仮に日本海軍が兵站補給に全力を挙げたとしたらどうだっただろうか、(^_^;)😇😅🛳️。旧式駆逐艦を護衛艦に改装するとともに海防艦など小型艦艇を大量建造して大船団方式、横隊船団で横10隻、3列から5列程度でこれに護衛艦を8隻から10隻程度つけて2隻から3隻は前方哨戒に使用する、(^_^;)😇😅🛳️。対潜前投兵器は8インチのロケット砲などを使用する、(^_^;)😇😅🛳️🚀。
仮にそうしたとしても多少の物資は多めに運び込めたかもしれないが、戦争の展開には大勢には影響なかっただろう、(^_^;)😇😅🛳️。日本海軍が米軍と戦えば持って2年、米国の工業生産力を止めることができなければ輸送路は潜水艦や機動部隊によって締め上げられただろう、(^_^;)😇😅🛳️。
大井篤の「現実から目を逸らさずに自分の頭で考えろ」とか「科学技術や物量を軽視するな」とか「その場の風潮に流されるな」と言った教訓は新しい時代に生きたかもしれないが、艦隊決戦だろうが、航空機主兵だろうが、兵站補給重視だろうが、国家の総合力が米国の1/10にも満たない日本が総力戦で米国を破る道はなかった、(^_^;)😇😅🛳️。当時の日本が生き残る道は『不戦』しかなかったのではある、(^_^;)😇😅🛳️。
Posted at 2026/09/23 21:51:28 | |
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軍事 | 日記
2026年09月23日
大井篤という海軍士官がいた、(^_^;)😇😅。最終階級は大佐で海上護衛総隊の参謀だった、(^_^;)😇😅。極めて合理的かつ理論的なリアリストで艦隊決戦でも航空主兵でもないロジスティクスを中心に据えた戦争を主張した、(^_^;)😇😅🛳️。その点では艦隊決戦派とも空母機動部隊派とも航空主兵派とも異なる独特の考え方だった、(^_^;)😇😅🛳️。
大井は国民を養って戦争を継続するにはどれだけの食糧が必要でそのためには何隻の輸送船でどれだけの物資を輸送しなければならないかを数値を以て客観的に示して主張した、(^_^;)😇😅🛳️。また「軍艦を作ってその軍艦を持って行って資源を強奪してくるなどという盗賊のようなことはやめて軍艦を作る金で買ってくればお互いのためになる」と海軍の作戦方針に真っ向から歯向かうようなことも平気で唱えて艦隊を維持してそれを運用して外地の資源を獲得するよりも金を払って資源を買ってきた方がはるかにコストパフォーマンスに優れることを具体的な数字を示して説いた、(^_^;)😇😅🛳️。
大井はこのような特異な戦略を主張したために海軍内では異端視されて冷遇されたが、構わず自説を主張して憚らなかった、(^_^;)😇😅🛳️。山本五十六の真珠湾攻撃を最悪の投機的作戦と非難して井上成美の航空機主兵も大艦巨砲主義が航空機に変わっただけで補給については全く無策だと切り捨てた、(^_^;)😇😅🛳️。
戦後の海軍反省会でも井上擁護派と激論を繰り広げた、(^_^;)😇😅🛳️。また東條英機についても「一身に罪を背負って死んだことは認めるが、死ねばそれで終わりというものではない。情で評価してはいけない」と厳しい、(^_^;)😇😅🛳️。
大井が尊敬したのは自身を認めて任せてくれた海上護衛総隊司令長官を勤めた及川古志郎大将で及川が非難されると感情むき出しで反論擁護したという、(^_^;)😇😅🛳️。また戦艦大和の沖縄特攻も「それだけの油があれば満州からこれだけの食糧が運べた」と非難した、(^_^;)😇😅🛳️。戦後も「現実から目を逸らさずに自分の頭で考えろ」「物量や科学技術を軽視するな」「その場の空気に流されるな」と言い続けて海上自衛隊に莫大な資産を残して隊員から支持されたという、(^_^;)😇😅🛳️。
『戦争の勝敗は艦隊決戦ではなく運び込んだ物資の量で決まる』という彼独自の兵站補給を主柱に据えた独自の戦略を主張して曲げなかった大井篤は最後まで孤高のリアリストだった、(^_^;)😇😅🛳️。
Posted at 2026/09/23 21:50:10 | |
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2026年09月23日
ミッドウェー海戦は日米の勝敗の分岐点と言うが、手痛い敗戦ではあったが、勝敗の分岐点というわけではなかった、(^_^;)😇😅。ミッドウェー海戦後も日本海軍は優勢を保っていた、(^_^;)😇😅。さらに極論を言えば対米戦は戦う前から勝敗は決まっていたのでミッドウェー海戦で大勝しようが、大敗しようが、遅かれ早かれ日本は負けた、(^_^;)😇😅。
強いて勝敗を分けたのはどこかと言うとソロモン方面での消耗戦でこの消耗戦で日本の国力は底を突いた、(^_^;)😇😅。一方米国は巨大な工業生産力が唸りを上げて稼働して日米の戦力差は天と地ほどにも開いた、(^_^;)😇😅。だからミッドウェー海戦での敗戦は負ける時期を多少早めた程度の敗戦だった、(^_^;)😇😅。
しかしあの作戦、なんでこんな作戦を立案したのかというほどボロばかりではある、(^_^;)😇😅。まずダッジハーバー空襲だが、こんなものは不要でそれを攻略部隊につけてやればエアカバーが厚くなるしいざとなれば敵機動部隊攻撃にも使える、(^_^;)😇😅。主力部隊も機動部隊の護衛と攻略部隊の支援に割り振ってやればその分防御が厚くなる、(^_^;)😇😅。
南雲機動部隊は艦船の不足で空母を個別に防御するだけの艦船がいなかったとか、(^_^;)😇😅。空母を個別に防御するだけの艦船があれば結果は違ったかもしれない、(^_^;)😇😅。それから情報が漏れたというが、米軍機動部隊がミッドウェー島の来援に来ることを承知して備えておけば米空母撃滅の機会が確実にできることなるから好都合で要は米軍をなめていたからやられたんだろう、(^_^;)😇😅。
ミッドウェー海戦の敗因は暗号が解読されたとかいうが、要は油断と米軍をなめていたからだろう、(^_^;)😇😅。米軍は仲間を絶対に置き去りにしたり見殺しにはしない、(--〆)🤬😅。それは現在も続いている、(--〆)🤬😅。兵力を集中して備えていればミッドウェー海戦は勝てた可能性が高い、(--〆)🤬😅。しかし無敵と驕っていた日本海軍にはそれが出来なかった、(^_^;)😇😅。
Posted at 2026/09/23 21:48:32 | |
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2026年09月20日
山本五十六は真珠湾攻撃や英国艦隊撃滅で当時の海軍の第一人者として有名ではある、(^_^;)😇😅。また海軍次官として英米との緊張防止に努めるとともに米内、井上と共同で三国同盟に反対して海軍左派と呼ばれた、(^_^;)😇😅。山本五十六は軍令畑、軍政畑、どっちが向いていたのだろうか、(^_^;)😇😅。
結論から言えば山本五十六は軍政畑に向いていたし本人もそっち方面に興味があったように思う、(^_^;)😇😅。山本五十六は連合艦隊司令長官として航空機による真珠湾攻撃や英国艦隊を航空機で撃沈するなど航空主兵の扉を開いたが、真珠湾攻撃にしてもミッドウェー島攻略にしても作戦が不徹底あるいはやらなくてもいい無駄が多いように思う、(^_^;)😇😅。
真珠湾攻撃では地上施設を手付かずで残しているしミッドウェー島攻略ではダッジハーバー空襲などやらなくてもいい作戦を行って兵力を分散しているし作戦目的もミッドウェー島攻略なのか米軍機動部隊撃滅なのか、明確にしない点も問題ではある、(^_^;)😇😅。しかしこの点については軍令部との確執やら部隊司令官が軍令部系といったことも影響していたと思う、(^_^;)😇😅。
山本自身は吉田善吾の下で次官として彼を支えても構わないと言って軍政畑に残りたいことを暗に伝えているが、暗殺を心配した米内光政が山本を連合艦隊司令長官に推挙して海上に逃れさせている、(^_^;)😇😅。もしも山本五十六が東京に残って海軍大臣になっていたら御前会議などの場で「海軍は米国と戦えば負ける」と言ったのではないか、(^_^;)😇😅。
連合艦隊司令長官としてそれを言えば海軍の士気は崩壊する可能性があるので「半年や1年は暴れてみせるが、2年3年となったら全く確信が持てない」と言うのが精一杯だったのだろう、(^_^;)😇😅。井上成美はそれを批判しているが、やむを得ないことだろう、(^_^;)😇😅。また山本五十六が海軍大臣だったとしても対米戦は阻止できなかったかもしれない、(^_^;)😇😅。
海軍は負けると言って戦争を回避すればその結果起こる全てが海軍の責任で処理することになるが、海軍にその覚悟があったかどうかは疑わしい、(^_^;)😇😅。いずれにしても山本五十六は連合艦隊司令長官よりも軍政畑の海軍大臣が適していたと思われる、ヽ(^。^)ノ😇😉。しかしそれで日米開戦が回避されたかと言うと難しいのではないか、(^_^;)😇😅。
Posted at 2026/09/20 20:37:29 | |
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軍事 | 日記
2026年09月20日
日本が対米戦を決心したのはどう考えても暴挙どころではない、(ーー゛)🤬😅。こうすれば日本が勝てたなんて書物があるが、何をどうしても日本は米国には勝てなかった、(ーー゛)🤬😅。
開戦劈頭ハワイを完膚なきまでに破壊しても半年もすれば米国はそれを復活させただろう、(ーー゛)🤬😅。ミッドウェー海戦で米海軍の機動部隊を壊滅させても翌年末にはエセックス級航空母艦が続々就役して日本海軍を圧倒しただろう、(ーー゛)🤬😅。ガダルカナル島争奪戦で連合艦隊の総力を挙げてガダルカナル島の米軍を粉砕してこれを奪還してもまたすぐに取り返されただろう、(ーー゛)🤬😅。
それは日本の20倍ともいう巨大な工業生産力と日本の600倍という石油生産量には米本土に侵攻できない日本は一切手が付けられないからだ、(ーー゛)🤬😅。当時の日本はミッドウェー島でも補給が続かないと言っていたのでハワイどころか米本土には手も足も出ない、(--〆)🤬😠😈😅。そうすると米国の巨大な工業生産力がフル稼働すれば1年で日本の軍事力を圧倒するだろう、(ーー゛)🤬😅。
それが整うまでは潜水艦などによる日本の長く伸びた補給ラインの攻撃などでじわじわと日本の補給路を締め上げてくるだろう、(ーー゛)🤬😅。その対応に手を焼いているうちに米軍の巨大な工業生産力に支えられたスーパー機動部隊がアッツ、キスカ島を取り返したようにミッドウェー島やガダルカナル島を取り返して後は歴史の事実にあるように日本に迫ってくるだろう、(ーー゛)🤬😅。
日本には開戦前から対米戦に勝つという可能性はなかった、(^_^;)😇😅。組織の面子や予算獲得、生き残りのためにそんな戦争を始めるなど愚か極まりない暴挙だった、(--〆)🤬😠😈😅。軍部は物質力を精神力で置き換えるというレトリックを行なったが、精神力は物質力が整っていることが条件で作用するサプリメントのようなもので物質力に取って代われるようなものではない、(--〆)🤬😅。
対米戦は明治政府と薩摩士族の戦いのようなもので使ってしまったら後がない薩摩士族は明治政府に完敗した、(--〆)🤬😅。その成功体験がありながら昭和の政府は薩摩士族の立場で対米戦に踏み出して完敗した、(--〆)🤬😅。対米戦に勝ち目は最初からなかったのに、(^_^;)😇😅。
Posted at 2026/09/20 20:34:58 | |
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