2026年07月05日
空気というのは普段生活しているとないも同然であまり意識するものではないが、ある程度以上の速度で動くものには極めて手強い存在ではある、(^_^;)😇😅。例えばバイク🏍️に乗って100キロ以上で走ると吹き飛ばさるそうな空気抵抗を受ける、(^_^;)😇😅🏍️。
一般の車🚘️もそうだが、レーシングカーなどはいかにうまく空気抵抗を減らして流すかで風洞を使っていろいろ試験をするそうでその出来不出来がレースを左右するという、(^_^;)😇😅🏁。
さらに高速を発揮する航空機になると空気抵抗対策はもっとシビアではある、(^_^;)😇😅🛩️。表面抵抗のある物体が高速で移動するとその表面に境界層という密度の高い空気の層が張り付くそうだが、これが空気の流れを乱す曲者で境界層をどう処理するかでエンジニアはいろいろ知恵を絞ったそうだ、(ーー゛)🤬😅🛩️。
太平洋戦争当時の日本ではこの境界層という概念がなくて震電などはエンジン冷却用の空気取入口が境界層を丸呑みする形で空気の流量不足によるエンジンの過熱が問題になったそうだし三式戦闘機のラジエターの装備方法も境界層を考慮しない取付け方で効率が悪かったそうだ、(ーー゛)🤬😅🛩️。それに対して米軍のP51などは空気取入口を機体から離して境界層を避ける形に成形してあったそうだ、(ーー゛)🤬😅🛩️。
戦後のジェット機✈️の時代になるとさらに境界層の処理は深刻な問題で翼の前縁を切り欠いたドッグトゥースや翼の上面に境界層板をつけたり空気取入口に可動式の境界層板をつけたりして境界層を解消して効率的な空気の流れを作るようにしている、(^_^;)😇😅🛩️。最近では境界層を考慮した空気取入口が設計開発されているそうだ、(^_^)/~😇😉🛩️。
車🚘️でもウイングやフィレットをつけて空気の流れを整えているが、さかな君のような形をしたボルテックスジェネレーターで空気の渦を作って境界層を解消したりしている、(^_^;)😇😅🚘️。市販車のエアロはだいたい格好優先だが、さかな君はけっこう効果があるそうだ、(^_^)/~😇😉🚘️。これはトヨタがF1で習得した技術で境界層の解消や整流にはかなりの効果があるそうだ、(^_^)/~😇😉🚘️。うちのGRヤリスにもあちこちについている、(^_^)/~😇😉🚘️。
しかしこうした空気の流れも航空機や車、高速鉄道などには大きな影響があるので太平洋戦争当時それが分からなかった日本の航空技術は英米に遅れていたのだろう、(ーー゛)🤬😅🛩️。そう言えば太平洋戦争当時日本が試作した機体には「これって境界層大丈夫かな」というのが、けっこうあるようだ、(ーー゛)🤬😅🛩️。ちょっと行ければ教えてやりたい気がするが、それも無理な話ではある、(ーー゛)🤬😅🛩️。
Posted at 2026/07/05 21:33:23 | |
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軍事 | 日記
2026年07月05日
日本は陸海軍ともに航空機用機銃は20ミリと7.7ミリを併用していた、😇😉🛩️。海軍は零戦に20ミリ機銃と7.7ミリ機銃を併用、爆撃機や大型機は20ミリ機銃1門に7.7ミリ機銃数門、陸軍は戦闘機は12.7ミリ機銃と7.7ミリ機銃の併用、爆撃機は20ミリ機銃1門と7.7ミリ機銃数門が標準的な武装だった、(^_^)/~😇😉🛩️。
これに対して米軍は12.7ミリ機銃一点張りで一部の爆撃機に20ミリ機銃を装備したが、「効率が悪い」とか言って取り外したりしている、(ーー゛)🤬😅🛩️。
口径の異なる機銃の併用は弾道特性の違いから射撃が難しかったようだ、(ーー゛)🤬😅🛩️。また初期の日本の20ミリ機銃は携行弾数が少ない60発入りの弾倉で初速が低くて命中させるのが難しかったようだ、(ーー゛)🤬😅🛩️。爆撃機の20ミリは弾倉が16キロもあって1人で弾倉を交換するのに苦労したそうだ、(ーー゛)🤬😅🛩️。7.7ミリ機銃は威力が低くてあまり効果がなかったという、(ーー゛)🤬😅🛩️。
戦争後期になると20ミリ機銃はベルト給弾となって携行弾数が増加、初速も速くなって弾道特性も改善されたそうだ、(ーー゛)🤬😅🛩️。威力不足の7.7ミリ機銃は12.7ミリ機銃に交換されたが、陸軍と海軍では弾薬の規格が異なっていたり微妙に口径が異なっていて弾薬の互換性はなかったそうだ、(ーー゛)🤬😅🛩️。
米軍は陸海軍ともに12.7ミリ機銃を使用していたが、日本海軍の大型機に対しては威力不足で20ミリ機銃を装備した機体もあったそうだ、(ーー゛)🤬😅🛩️。それでも米軍戦闘機は12.7ミリ機銃6〜8門を装備して弾薬1800発〜2400発を搭載して艦船と同様に「数撃ちゃ当たる射撃」を行って日本陸海軍を圧倒した、(ーー゛)🤬😅🛩️。
日本海軍も紫電改や雷電などは20ミリ機銃弾800〜900発を搭載していたが、日本はやはり艦船と同様に「一発必中射撃」が好きだったようだ、(ーー゛)🤬😅🛩️。陸軍は後期の四式戦、五式戦などには20ミリ機関砲と12.7ミリ機銃を混載している、(ーー゛)🤬😅🛩️。日本陸海軍の最終的な試作戦闘機は対B29用で30ミリ機銃を主兵装にしているが、実戦に参加した機体はない、(ーー゛)🤬😅🛩️。
日本陸海軍は対B29用兵装で大口径化したのに対して米軍機は日本やドイツには12.7ミリ機銃で撃墜が困難な大型機がなかったことから12.7ミリ機銃で押し通している、(ーー゛)🤬😅🛩️。日本陸海軍の航空機用機銃について言えば戦闘機は大口径化で押し通したことは米軍の大型爆撃機対策としては正解だったと思うが、爆撃機の装備機銃についてはある程度の威力があって発射速度の速い12.7ミリ機銃の多数装備が正解だったように思う、(ーー゛)🤬😅🛩️。米軍のように「数撃ちゃ当たる射撃」の方が防御効果があったと思う、(ーー゛)🤬😅🛩️。
また機銃、せめて弾薬くらいは共用化すべきだった、(ーー゛)🤬😅🛩️。持たざる国が陸海軍でそれぞれ異なった武器弾薬を装備して生産の現場を混乱させたのに対して有り余るほどの生産力を有した米軍が陸海軍で装備を共用化して生産性の向上を図っていたことは皮肉なことではある、(ーー゛)🤬😅🛩️。
Posted at 2026/07/05 21:29:56 | |
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軍事 | 日記
2026年07月05日
日本海軍は艦船による砲戦にはかなりの自信を持っていたそうだ、(--〆)🤬😠😈🛳️⚓️。その命中率は米海軍の3倍とか言っていた、(--〆)🤬😠😈🛳️⚓️。そのために太平洋戦争では自艦が被害を受け難い遠距離砲戦を好んだが、その遠距離砲戦では全く当たらなかったそうだ、(ーー゛)🤬😅。
そりゃそうだ、2万メートルくらいの距離だと弾が届くのに1分ほどかかるが、その間相手は千メートルくらい動いているし回避機動も取るのでそうそう簡単に当たるわけがない、(ーー゛)🤬😅🛳️⚓️。戦艦だと3万メートルくらいの距離があるのでなおさらではある、(ーー゛)🤬😅🛳️⚓️。現代ではレーダーとコンピューターで敵艦の未来位置を計算して射撃するそうだが、それでもレーダーやコンピューターって何の役に立っているんだと思うほどとんでもない方向に弾が飛んでいくこともあるそうだ、(ーー゛)🤬😅📡。
米海軍はレーダー射撃で正確に当てたと言うが、実戦ではそうでもなかったそうだ、(ーー゛)🤬😅📡。逆に日本海軍のレーダー射撃は光学照準と併用すると実用の域に達していたそうだ、ヽ(^。^)ノ😇😉🛳️⚓️。日本海軍のレーダーの欠点は部品の質のばらつきによる作動不良だったそうだ、(ーー゛)🤬😅📡。
日本海軍はスラバヤ沖海戦やアッツ島沖海戦で遠距離から山ほど敵艦に弾丸を送り出したが、ほとんど当たらず結局は接近しないとダメということになったそうだ、(ーー゛)🤬😅📡🛳️⚓️。
また日本海軍は酸素魚雷という秘密兵器を活用したが、この魚雷は速力が速く射程が長く航跡が見えないというこれ以上はないという兵器だったが、遠距離ではほとんど当たらなかった、(ーー゛)🤬😅。日本海軍は魚雷戦の距離を2万メートルから2万5千メートル程度としたが、この距離を魚雷が50ノットで進むと命中するのに10分以上かかるが、相手もその間に移動するので無誘導の魚雷を命中させるのは極めて難しい、(ーー゛)🤬😅🛳️⚓️。
そんなわけで日本海軍は長距離雷撃はイカンとして魚雷の射程を短くして炸薬量を増やすなどの改良をしている、(ーー゛)🤬😅🛳️⚓️。結局砲戦も魚雷戦も敵に近づかないとダメということになったそうだ、(ーー゛)🤬😅🛳️⚓️。
これは米海軍も似たようなもので第三次ソロモン海戦で米戦艦ワシントンが霧島を撃沈したのも至近距離だったからで戦艦の主砲は1万メートル以内なら直射でバシバシ当たるそうだ、(ーー゛)🤬😅🛳️⚓️。霧島もサウスダコタに命中弾を送り込んでいる、(ーー゛)🤬😅🛳️⚓️。ただ使用した弾丸が飛行場砲撃用の三式弾で徹甲弾ではなかったことが、惜しまれる、(ーー゛)🤬😠😅🛳️⚓️。
レイテ沖海戦の中のスリガオ海峡海戦では米海軍のレーダー射撃で日本戦艦山城、扶桑を撃沈したように言われたが、撃沈したのは魚雷艇や駆逐艦の魚雷で戦艦のレーダー射撃の命中率は0.3%以下だったとか、(ーー゛)🤬😅🛳️⚓️。日本海軍は一発必中の精密射撃、米海軍は大量投射の数撃ちゃ当たる射撃だったとか、(^_^)/~😇😉😅。現代では精密誘導兵器があるが、当時の砲戦や魚雷戦では「飛んで行く先は弾や魚雷に聞いてくれ」の世界だったようだ、(ーー゛)🤬😅🛳️⚓️。
Posted at 2026/07/05 21:25:11 | |
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軍事 | 日記
2026年07月05日
今日は昨夜から雨降り🌧️☔️なのでフローリングのワックスかけをした、(^_^)/~😇😉。居候が母親似で片付けられない症候群でものが溜まる一方なので共有スペースは余計なものを片付けてフローリングにワックスをかけた、(^_^)/~😇😉。「片付けないなら出ていけ」と言うのだが、目につくところだけをやって後は放置プレーなのでなかなか片付かない、(--〆)🤬😠😈。
それでも今日は何だかいつのものか分からない紙袋とかいろいろ出てきたのでまとめて片付けた、(--〆)🤬😠😈。フローリングも傷んでいるところもあるが、荷物を移動させるのが面倒なので水回りや玄関をリフォームした時もやらなかった、(^_^;)😇😅。でもたまにはワックスかけてやらないとガサガサになるので年に2回くらいは必須ではある、(^_^;)😇😅。
ついでに玄関の上がり口やキッチンの床もワックスしてやった、(^_^;)😇😅。そうしたら暑いこと、汗ダラダラになった、🥵💦💦💦🫠🌡️。仕方がないので着ていたものを洗濯した、(^_^;)😇😅。
それから実家に不法侵入者があるので蛇腹門扉に鍵をかけに行った、(^_^;)😇😅🔐。鍵🔐かけると水道の検針さんが入れないので市役所の上下水道料金徴収局に電話📲して解錠コードを連絡しておいた、(^_^;)😇😅🔐。いろいろ面倒ではある、(^_^;)😇😅💴💸。
それでもなんだかんだ夕方🌆までには方が付いた。雨🌧️☔️が降らなくても困るが、無闇矢鱈降るのも困りものではある、(^_^;)😇😅。なんかまた台風ができたそうだし困ったものではある、(^_^;)😇😅🌀。
Posted at 2026/07/05 21:20:31 | |
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その他 | 日記
2026年07月01日
日本海軍は専用の艦上偵察機を開発せずに彗星艦爆や97式艦攻などを偵察に使用していたが、広大な洋上では高速の艦上偵察機が必要だったことから昭和17年に中島に高速艦上偵察機の開発を指示した、(ーー゛)😇😅🛩️。
機体は空母で運用可能な3座の偵察機で速力は648キロを要求したが、搭載予定の誉エンジンでは400馬力ほどパワーが足りないことから推力式単排気管の採用や機体の軽量化、空気抵抗の軽減、高翼面荷重を採用した翼の小型化、厚板を使用したリベットの削減など様々な努力が払われて誉11型を搭載した機体は速度が610キロ程度だったが、誉21型搭載の試作機は638キロを記録して設計者、海軍関係者を喜ばせた、😇😉ヽ(^。^)ノ🛩️。
実戦では「我に追いつくグラマンなし」と言った高速性能を発揮したが、粗悪な燃料やオイルに誉エンジンの不調が重なって速度は610キロ以下に低下して米軍機に捕捉撃墜される機体も増加していった、(ーー゛)😇😅🛩️。それでもサイパン、ウルシー、メジュロなど米軍の泊地偵察も行って成果を挙げている、(--〆)🤬😠😈🛩️。また343航空隊の奇兵隊に所属した彩雲の1機は不調を押して偵察を続けて米軍機に捕捉されると体当たりで2機を道連れにしたという、(--〆)🤬😠😈🛩️。
彩雲の飛行性能の高さを買われて30ミリ機銃を搭載した防空戦闘機が製作されたが、戦闘を想定していない機体は強度が低く機動時や機銃発射で機体にシワが寄ったという、(ーー゛)🤬😅🛩️。
終戦時には170機強の機体が残存していて一部が米軍に接収されて飛行試験が行われたが、機体は全備重量ではなかったものの米軍の燃料やオイル、点火プラグなどを使用して飛行したところ694.5キロという高速を記録して米軍関係者を驚かせたという、ヽ(^。^)ノ😇😉🛩️。
彩雲はエンジンさえ好調であれば計画通りの高速艦上偵察機だったが、配備された時には搭載する空母はすでになく艦上偵察機として運用されたことは一度もなかったという、(ーー゛)😇😅🛩️。彩雲は傾いていく日本を支えようと太平洋を駆け巡って色綾なす雲の彼方に消えて行った、(ーー゛)😇🤬😠😈😅🛩️。
Posted at 2026/07/01 17:27:28 | |
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