2026年04月15日
太平洋戦争中、日本は2千馬力級航空機用エンジンを開発できずに航空機の性能で米軍機に太刀打ちできなかったが、エンジンに増してさらに技術的問題があったものがあった、(^_^;)😇😅🛩️。それは航空機用プロペラであった、(^_^;)😇😅🛩️。
航空機の性能が低かった頃は木製2枚羽のプロペラをヤマハ楽器、当時の日本楽器製造株式会社、が製作していたが、航空機の性能が向上してくるとエンジンの出力に応じてプロペラのピッチが変わる可変ピッチプロペラが一般的になった、(^_^;)😇😅🛩️。
そこで日本は米国ハミルトンスタンダード社から可変ピッチプロペラのライセンスを買って住友金属が国産化して製作していたが、米国と戦争になって技術が入らなくなったことから海軍はドイツのVDM社製電動可変ピッチプロペラを、陸軍はフランスのラチェ社製電動可変ピッチプロペラをそれぞれ導入した、(^_^;)😇😅🛩️。
しかし日本では電動可変ピッチ機構を正確に作動させることができずに苦労したあげくハミルトンスタンダード社の油圧可変ピッチ機構を組み込んで何とか実用化にこぎつけたが、トラブル頻発だったようだ、(^_^;)😇😅🛩️。VDM式可変ピッチプロペラは紫電、紫電改、彩雲、天山、流星、雷電、震電などに装備された、(^_^;)😇😅🛩️。ラチェ社製電動可変ピッチプロペラは四式戦疾風に装備されたが、トラブルが多かったそうだ、(^_^;)😇😅🛩️。
当時の日本の機体設計技術は欧米にさほど遅れていなかったが、エンジン、プロペラ、電装品、無線機、油圧あるいは電動駆動機構、オイルシール技術、機銃など艤装品はすべて欧米に遅れていた、(^_^;)😇😅🛩️。石油、鉄などの戦略物資も米国に依存して先端技術も同様に米国に依存していた日本がなぜその米国にケンカを売ったのか理解に苦しむところが多いが、米国も日本の首元を締め上げて「抜け」と西部劇みたいなところもあったのでその点では日本側にも同情の余地はある、(^_^;)😇😅🛩️。
ところで米国は先日有人月周回を成功させたが、スペースシャトル以来あまり積極的な宇宙有人飛行はやっていないように思えたが、あっさり有人月周回飛行を成功させるのは大したものではある、ヽ(^。^)ノ😇😉🚀。
やはり先端技術開発は国家にとって極めて重要な分野でありそこに力を注いでいかないといけないと実感した、ヽ(^。^)ノ😇😉🚀。日本も様々やっているが、お上が支援して先端技術開発に力を注ぐべきだろう、ヽ(^。^)ノ😇😉🚀🛩️🛳️。
Posted at 2026/04/15 22:04:30 | |
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軍事 | 日記
2026年04月15日
今日はウォーキングをしてきた、(^_-)-☆😇😅🚶。距離的には8キロ、時間にすると2時間くらいでまあまあのウォーキングだった、(^_-)-☆😇😉🚶。気温はかなり暑くて26℃くらいだろうか、(^_^;)😇😅🚶。もう夏だな、🎐🔥☀🫠。春は半月程度で日本の季節は夏と冬だけになった、(^_^;)😇😅🫠☀。
ウォーキングは健康的には良い運動だという、(^_^)/~😇😉🚶。あまり激しい運動ではないので身体の負担も少ないだろう、(^_^)/~😇😉🚶。二足歩行は人類の最大の特徴で歩行に使用しなくなった2本の腕💪を使って文明を発達させてきた、(^_^)/~😇😉🚶。
もっともダチョウも二足歩行だが、超アホでいくら世話しても一晩寝て起きれば「初めまして」だそうだ、(゜o゜;😇😅。それは脳みそ🧠の大きさに由来しているそうでダチョウの体重は200キロもあるのに脳みそ🧠は40グラム程しかないそうだ、(゜o゜;😇😅。そのために記憶力が壊滅的だとか、(ーー゛)🤬😠😈。
その分体力と身体の抵抗力は抜群で時速80キロで50キロ以上走りマラソンなら40分でゴールするとか、(゜o゜;😇😅。さらに一蹴り5トンというとんでもないキック力を備えている、(゜o゜;😇😅🦵。また身体の免疫も極めて高くて骨がむき出しになるような傷もあっという間にきれいに治ってしまうそうだ、(^_^;)😇😅。そしてライオン、ハイエナ、ヒョウ、チーターなど天敵ばかりの草原を跋扈して堂々と生きている、(^_^)/~😇😉🐥。二足歩行動物も様々ではある、(^_^)/~😇😉🚶🐥。
人間の筋肉💪の強さは地球上🌏️の生物の中で最弱、身体にもこれといった武器は備わっていないが、歩行から解放された2本の腕とダチョウの40倍の大きさの脳みそ🧠を使って核兵器まで作り出して地球🌏️を支配して戦争を繰り返している、(^_^;)😇😅🌏️。ダチョウの一晩寝れば「初めまして」も困りものだが、地球🌏️を滅ぼしかねない核兵器まで開発して戦争ばかりしているのも困りものではある、(--〆)🤬😠😈。
何だかウォーキングの話から飛んでしまったが、適度な運動は筋力を保って他人に頼らない生活を続けるには良いことなので頑張って続けようと思う、ヽ(^。^)ノ😇😉🚶🐥。
Posted at 2026/04/15 22:02:07 | |
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その他 | 日記
2026年04月15日
今日は朝しっかり起きてさっさと飯を食ってGRヤリスで出かけた、(^_-)-☆😇😉🚘️。目的地は新東名高速道路静岡SA、往復225キロのドライブである、(^_-)-☆😇😉🚘️。箱根新道で後ろに洗濯板、と言っても最近の人はわからんか、みたいなデカい板をくっつけた三菱のギャラン(・・???が追いかけてきた、(--〆)🤬😠😈。
こっちは燃費走行⛽️なので60キロくらい、それでもコーナリングで離れるのでこっちの腕💪がいいのか車🚘️がいいのか、まあ車🚘️だろう、(--〆)🤬😠😈🚘️。そのギャラン???は箱根峠でパーキング🅿️に入ってしまった、(^_^;)😇😅🚘️。三島への下りは前にめちゃくちゃブレーキを踏むミニバンがいてウザかった。(ーー゛)🤬😠🚘️。
箱根新道には非常停車帯があるが、ブレーキが効かないのも怖いが、あそこに飛び込むのもなかなか蛮勇を奮わないとできそうもない、(ーー゛)🤬😠😈。あそこに飛び込むと言うことは「半ば死ね」と言われているようなものだ。(ーー゛)🤬😠😈🚘️。
高速に入ってからはこれと言ったこともなく時速100キロくらいでのんびり走る、(^_^)/~😇😉🚘️。安倍川も少し流れが戻ってきた、(^_^;)😇😅。静岡SAに着いてトイレ🚻してETCゲートから出て上りのETCゲートから入り直して長泉沼津ICに向かう、(^_^)/~😇😉🚘️。
箱根新道は静岡県警が箱根峠手前で速度やっていたので60キロくらいで走る、(^_^;)😇😅🚔️。箱根峠からの下りはトラック渋滞🚛でノロノロ運転、(^_^;)😇😅🚛。トラック🚛🚚がどいたら動き始めたが、後ろからアルファードが迫ってくる、(^_^;)😇😅🚐。でも走るプレハブ物置ではGRヤリスのコーナリングについてこれない、(^_^;)😇😅🚐。
そんなこんなで戻ってきてから給油⛽️したらリッター15.45キロ走っていた、(^_^)/~😇😉🚘️⛽️。石油危機⛽️🛢️だが、なかなかの燃費⛽️ではある、(^_^)/~😇😉🚘️⛽️🛢️。そんなわけで今日も楽しく走ってきた、(^_^)/~😇😉🚘️⛽️🛢️。
Posted at 2026/04/15 22:00:18 | |
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自動車 | 日記
2026年04月12日
太平洋戦争後半に日本が戦線に投入した2000馬力級エンジンを装備した戦闘機は海軍の紫電・紫電改と陸軍の四式戦疾風の3機種でいずれもエンジンは中島誉(ハ45)だった、(^_^;)😇😅🛩️。このエンジンは当時の日本の工業技術力を超えたエンジンで燃料も100オクタンという当時の日本では精製できないハイオクガソリンを使用する規格のエンジンだった、(^_^;)😇😅🛩️。当時の海軍のガソリンは91オクタン、陸軍では87オクタンのガソリンを航空燃料として使用していたそうだ、(^_^;)😇😅🛩️。
海軍の紫電は約1000機、紫電改は約400機が生産されたが、陸軍の四式戦疾風は大東亜決戦機として3500機が生産された、(^_^;)😇😅🛩️。紫電は胴体が太く翼が中翼だったことから前下方視界が悪くまた長い脚の折損や作動不良が頻発して性能的にも機体の工作不良や誉エンジンの不調で658キロという計画最高速度も574キロ程度しか発揮できずに成功作とは言えなかった、(^_^;)😇😅🛩️。改良型の紫電改は紫電の欠点は修正されたが、誉エンジンの不調でやはりカタログ性能は出せなかった、(^_^;)😇😅🛩️。
陸軍の四式戦疾風は戦闘機製作の名門中島飛行機が設計製作していたが、ハ45エンジンの不調とプロペラの作動不良などでやはりカタログ性能が出せなかったそうだ、(^_^;)😇😅🛩️。海軍の紫電改と陸軍の疾風を比較すると海軍の紫電改は翼面荷重がやや低く運動性を重視した仕様だったが、陸軍の疾風は翼面荷重が高く高速を狙った機体になっていた、(^_^;)😇😅🛩️。紫電改の速度は594キロ、疾風は624キロでやはり疾風の方が高速だった、(--〆)🤬😠😈🛩️。
戦後の米軍側の試験では疾風は時速689キロを記録、紫電改も600キロ台の後半を記録しているようだが、試験の条件が様々なので参考といったところのようだ、(^_^;)😇😅🛩️。武装は紫電改が20ミリ機銃4門、疾風は20ミリ機関砲2門、13ミリ機関砲2門で紫電改がやや強力ではある、(--〆)🤬😠😈🛩️。
実戦では海軍は紫電改を343航空隊で集中使用して戦果を挙げたが、陸軍の疾風はそのような華々しい戦果はない、(^_^;)😇😅🛩️。これは機体の性能云々よりも海軍と陸軍の役割や戦術的な相違が原因だろう、(--〆)🤬😠😈🛩️。紫電改も疾風もエンジンの不調に泣いたが、陸軍では部隊によっては整備を徹底して稼働率を100%近くに上げた部隊もあったそうだ、(--〆)🤬😠😈🛩️。しかし運動性の良い一式戦や五式戦を好む搭乗員も多かったとか、(^_^;)😇😅🛩️。
紫電改と四式戦疾風は崩壊していく大日本帝国を支えて太平洋戦争末期の戦線で勇戦した戦闘機ではあったが、日本の工業技術力がもう少し高ければもっと活躍できただろう、(^_^;)😇😅🛩️。紫電改も四式戦疾風も当時の日本で作り得る最高の高性能戦闘機だったが、性能的にも量的にも崩壊していく大日本帝国を支えることはできなかった、(--〆)🤬😠😈🛩️。
Posted at 2026/04/12 20:43:44 | |
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軍事 | 日記
2026年04月12日
鹿児島県阿久根市沖の海中から太平洋戦争後半に開発された海軍の紫電改局地戦闘機が引き揚げられたそうだ、😇😉(^_^)/~。この機体は海軍343航空隊戦闘407飛行隊の隊長林喜重大尉の乗機でB29を攻撃して1機を撃墜したが、自機も被弾して阿久根沖の海上に不時着した、(--〆)🤬😠😈🛩️。機体には増槽がついたままだったので引潮の海底に着地した際に増槽の抵抗で機体が急減速して林大尉は計器盤に頭部を強打して戦死した、(ーー゛)🤬😠。
引き揚げられた機体はエンジンと前部胴体に両翼が残った状態で翼の20ミリ機銃がきれいに残っている、(ーー゛)🤬😠。今後は1年ほど真水に浸けて塩抜きしてから展示するとか、(^_^)/~😇😉🛩️。
紫電改戦闘機は正式には紫電21型(N1K2-J)と言い原型は川西(現新明和工業)が開発した水上戦闘機強風である、(^_^)/~😇😉🛩️。しかし水上戦闘機では性能向上が著しい陸上あるいは艦上戦闘機に対抗できないことから川西は強風を陸上戦闘機に改修することを計画、海軍の了解を得て強風の改修を行い2000馬力級の誉エンジンを装備した紫電11型を完成させたが、この機体は完成を急いだために強風の構造をそのまま使用したことから胴体が太く前下方視界が悪く、さらに致命的だったのは中翼のために脚が長くなりそれを収納するのに二段引込み式にしたが、油圧式の脚の故障や材質の劣化による折損が多くて誉エンジンの不調と相まってそれが紫電の致命傷となってしまった、(--〆)🤬😠😈。
そこで川西は紫電の胴体を改設計して低翼にした機体を開発した、(^_^)/~😇😉🛩️。これが紫電21型(紫電改)である、(^_^)/~😇😉🛩️。紫電の欠点は解消されて高性能戦闘機に生まれ変わった紫電改だが、誉エンジンの不調でカタログ性能は出なかったし稼働率も低かった、(^_^;)😇😅🛩️。しかし高性能化する米軍機に比べて相対的に性能低下が著しい零戦の後継として海軍は紫電改の生産を急がせて改良型も数多く計画されたが、戦争末期の混乱や資材不足で僅か400機強が生産されたに過ぎなかった、(^_-)-☆😇😉🛩️。
そして紫電改を装備した343航空隊を新設、生存している優秀な搭乗員を配備したが、それでも開戦時のレベルで見れば優秀というほどではなかったそうだ、(^_^;)😇😅🛩️。そして昭和20年3月から敗戦まで沖縄戦で出撃する特攻機の進路啓開や西日本に来襲する米軍機と激戦を繰り広げて米軍機170機を撃墜したという、(--〆)🤬😠😈🛩️。
米軍側の発表では損害ははるかに少なくそれを以って「343航空隊の戦果は誇大戦果だ」という向きもあるが、米軍は被害を極小化して発表しているので米軍発表が正しいわけでもない、(--〆)🤬😠😈🛩️。いずれにしても崩壊に瀕していた当時の海軍の数少ない強力な戦闘機隊であったことは間違いない、(--〆)🤬😠😈🛩️。紫電改の実機は米国に3機、日本に1機が残っている、(^_-)-☆😇😉🛩️。
Posted at 2026/04/12 20:36:43 | |
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軍事 | 日記