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2016年07月08日 イイね!

あり得ないことが、(90)




翌日出勤すると僕の顔を見てにやにや笑っている者がずい分多かった。特に普段と変わったことをしているつもりもなかったのでどうしたのかと不思議に思いながら部屋に入った。


「あ、主任。」


僕の顔を見るが早いかテキストエディターのお姉さんが声をかけて来た。


「昨日は大変だったそうですね。エレベーターに閉じ込められて。でも何事もなくて良かったですね。それにしても主任が高所恐怖症なんて知らなかった。鉄の女佐山芳恵が泣き叫ぶ姿って見たかったわ。」


「何、誰が泣き叫んだって。」

 
僕はどうして今朝から皆が僕の顔を見てへらへら笑っているのかテキストエディターの言葉ですべて合点が行った。あの野郎、どうしてくれよう。八つ裂きにしてもあき足らない奴だ。すぐに営業君の携帯に電話するとあの野郎、脳天気にも「あ、佐山主任、昨日は大変でした。」と底抜けた明るい声を出して答えた。


「すぐに戻って来なさい。あんた、一体どんな話をしてるのよ。」


「はい、分かりました。すぐに戻ります。」

 
どこまでも素抜けた脳天気な野郎だ。思い知らせてやる。僕は怒髪天を突く勢いで営業君を待ち構えた。テキストエディターのお姉さんやクレヨンは一体何がどうなっているのか分からず唖然とした表情で僕を見詰めていた。営業君は社内の何所かにいたらしく五分もしないうちに戻って来た。


「戻りました。」


営業君は場違いなほど明るい声でご帰還の申告をした。


「あなたは一体何を話しているの。自分のことは何を言おうと言わなかろうと私は構わないわ。でも他人のことを、しかもありもしないことを言いふらすのはやめて。昨夜私は泣き叫んだりしていないわ。一体どういうつもりなの。」

 
僕は営業君の脳天気な阿呆面を見たとたんに昨夜のことを思い出して切れてしまった。元の男だったら『てめえ、一体何を考えてやがるんだ。自分のことを棚に上げてありもしなかったことをべらべらくっちゃべっているんじゃねえ。脳天かち割るぞ。』くらいは言ってやるんだが、何だかこの頃僕もすっかり女言葉が身についてしまって逆上していても女言葉しか出なくなってしまった。


「ああ、すみません。何だか取り乱した自分が恥ずかしくてつい女性の佐山主任に振ってしまいました。その方が自然かなと思って。でも僕はあのままずっとエレベーターの中で二人きりでいられたらどんなに幸せだろうとずっと思っていました。エレベーターが動かなければ良いと。」

 
何が自然だ。都合の悪いことを人に押し付けておいてあのままエレベーターの中にずっといたかっただと。この次は箱ごと地獄に落としてやる。


「間違いは皆さんに訂正をしておきます。それではちょっと約束がありますので出かけます。」


営業君はどこまでも悪気なく脳天気に出て行ってしまった。


「危ねえ、ああいうのが女性を監禁するのよ。」


出て行く営業君の後姿を呆然と見送りながらテキストエディターのお姉さんが呟いた。


「主任、何処かのマンションで犬みたいに首輪につながれて監禁されたらどうしますか。あの入れ込み方は尋常じゃないですよ。犬みたいにトレイに餌と水を置かれて『良い子だから帰るまで大人しく待っているんだよ。』なんて頭を撫でられて。気持ち悪い。」


「ねえ、首輪でつながれたらおトイレはどうするの。」


またクレヨンが脳天気なことを言い出した。


「おトイレ、それは当然お砂のおトイレでしょう。臭わない衛生お砂のトイレですよねえ、主任。」


こいつ等、他人事だと思って勝手なことばかり言いやがって。僕は二人の頭を手に持っていたファイルで叩いてやった。


「もお、野蛮人、本当に檻に入れてやるから。」


悪態をついて逃げ出そうとするクレヨンを追いかけようとして女土方に止められた。


「もういい加減にしなさい。でもちょっと困ったわね、彼にも。」

 
女土方は本当に困ったような難しい顔をした。この世の中には他人の人格や尊厳を踏みにじるようなことを平気でするやつがいるが女性を監禁するなんてことはその最たるものだろう。世の中にはお互いの了解の上で擬似監禁や飼育のようなことをしている方たちもいらっしゃるということだが。

 
僕も昔まだバリバリの男だった頃、ちょっと変態の香りのする行為をしたこともあったが、それはそれで真剣であろうと遊び心だろうとお互い了解の上でやることならいいだろう。しかし、何の合意も了解もない相手を監禁して暴行を加えたり家畜のように扱ったりすることは犯罪であることは勿論のこと、他人の人格も尊厳も束にして泥の中で踏みつけるようなものだ。

 
男には女を自分の思うとおりにしたいと言う願望があるんだろうが、女にも当然同じように思うところもあれば、それぞれ人格もあるのだからそういうものを一方的に踏みにじってはいけない。妄想を実現してくれる女性を見つけるか、もしも見つからなければせめて妄想は自分の頭の中でだけ実現させておくがいい。この次僕に昨夜のようなことをしたらその時はあの野郎本当にただじゃあおかない。


「あまり感情的にならないで落ち着いてね。早めに何か良い方法を考えるわ。」


怒り狂っている僕の心の中を見透かしたように女土方が耳元で囁いた。



Posted at 2016/07/08 17:50:51 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説 | 日記
2016年06月30日 イイね!

あり得ないことが、(89)




「やはり制御システムのマイクロチップが焼きついて破損しています。エレベーターのロックが解除出来ないので十階からラッタルを下ろします。それを使ってそこから出てください。箱は完全に固定されていますので危険はありません。」

 
さっきの点検員はやはり落ち着いた様子で脱出方法を説明した。ラッタルでも何でもここから出られればそれで良い。しばらくすると上の方からがたがたがらがらと言う音が響いて来た。そしてエレベーターの天井に人が降りて来た。


「天井パネルを外すので奥へ下がってください。」

 
天井から声が聞こえて間もなくプラスチックのパネルが外れて鉄の天井が剥き出しになった。その天井のハッチが開いて男の人が顔を出した。


「これからラッタルを降ろしますからまずここから出てください。」


男の顔が引っ込むとハッチの穴から華奢なアルミ製の梯子が下りて来た。


「さあ、行くわよ。」


僕が営業君に声をかけると営業君は青い顔をして身を振るわせた。


「ここは十階じゃないですか。僕は絶対に嫌です。そんな梯子なんか登れません。ここに残ります。佐山さんだけ行って下さい。」


「十階だって二十階だって同じでしょう。床があるんだから。さあ、早く登りなさい。ここにいたらエレベーターが落ちるかもしれないのよ。」

 
エレベーターが落ちると言うのは気合をかけるためのはったりだったがこれが逆効果だった。営業君は床に座り込んでさらに泣き叫び出した。


「いやだあ、どうすればいいんだ。ぼくはいやだ、ここから動かない。」

 
この営業君の姿を見ていて僕は切れてしまった。一体誰のせいでこんな目に遭っていると思っているんだ。僕は営業君に近寄ると胸倉をつかんで引き上げて横面を思い切り張り飛ばしてやった。


「あんたも男でしょう。何時までもうだうだ言っているとここから突き落とすわよ。それがいやだったらとっととこの梯子を上るのよ。」

 
本当に腹が立つ野郎だ。こんな野郎は半ば本気でここから突き落としてやろうかと思ったが、こいつも急所に蹴りを食らったり横ビンタはられたり大変だったかも知れない。そうして漸く梯子まで引っ張って来てつかまらせたが、上に登らせるのがまた大変だった。箱の上からこの様子を見ていた点検員も半ば呆れ顔だった。

 
ようやく箱の上まで引っ張り上げたが、エレベータが行き来している穴と言うのはワイヤーやレールなどが走ってまるでトンネルを縦に立てたようでなかなか不気味だった。これを見てまた営業君が愚図り出した。


「あんた、もう一回殴られたいの。」


僕が手を上げると点検員が慌てて止めに入った。


「ロープがありますからそれで体を固定して支えましょう。」

 
そう言うと上に向かって「ロープを下ろしてくれ。」と叫んだ。投げられたロープは工事等に使うナイロンの黒と黄色の虎ロープだったので僕はすぐに気休めと分かったが、早く営業君に上ってもらわないと困るので端をつかんで営業君の腰に巻きつけさらに保険代わりに肩に袈裟にかけてやった。


「これで大丈夫でしょう。さあ早く登りなさい。」

 
上から点検員に確保してもらって二、三メートルの段差をやっとのことで引っ張り上げて通常の世界に戻った時にはもう十一時に近かった。女土方に電話するとクレヨンのところにいると言うので営業君など放り出して僕はタクシーを拾ってクレヨン宅に急いだ。


「何度電話しても出ないからどうしたのかと思ったわ。でも無事のようだから良かったわ。」


女土方は僕の顔を見るなり笑顔でそう言った。


「彼と一緒だといっているのに伊藤さんは信じないのよ、そうでしょう。ねえ。」


ろくでもないことしか言わないクレヨンには答える代わりにけつに蹴りをくれてやった。


「ちょっと彼女と込み入った話があるからあんたは自分の部屋に行ってらっしゃい。」

 
僕はクレヨンにそう言って追い払おうとした。僕としては営業君のことは一応女土方の耳には入れておきたかった。


「乱暴者、一緒にいてもいいでしょう。どうして私がいてはいけないの。」


「これはね、公私の公の話なの。あなたの関与すべきことではないわ。言うことを聞かないなら私は彼女と家に帰るわ。」


「分かったわ、でも終わったら呼んでよ。せっかく皆が揃ったんだから。」


クレヨンは渋々承知して部屋を出て行った。


「どうしたの、今日は。何かよほどのことがあったのね。」

 
女土方はベッドに腰を下ろして話を聞きましょうと目で合図した。それを合図に僕は今晩の営業君とのことを彼に蹴りを入れたこともエレベーターで泣き叫ぶ彼にビンタをくれて気合を入れたことも含めてすべて話した。


「あなたって本当に攻撃的なのね。よかったわ、あの時更衣室で蹴られなくて。でも蹴られても男の人ほど被害はないかもしれないけど。それにしても困ったものね、彼にも。そんなことをする人にも見えなかったし仕事も真面目と聞いていたけど。あなたにとっては困ったことじゃあ済まないわよね。でも公になると彼にはずい分不利益なことになってしまうだろうし、このまま放っておけばあなたに被害が生じてしまうかもしれないしそうなってからじゃあ手遅れだから、いいわ、私から森田さんに話してみるわ。」


女土方はずい分真顔で考えた末にそんな結論を出した。


「ねえ、少し様子を見ようか。私は大丈夫よ。これからはあの人と二人きりにならないように気をつけるから。今日あれだけ痛めつけたから大丈夫だと思うわ。彼も懲りたでしょう。」

 
女土方はしばらく考え込んでいたが「いいわ、あなたがそう言うんならしばらく様子を見ましょう。」と言って納得してくれた。しかし敵はそんな玉ではなかった。



Posted at 2016/06/30 18:20:18 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説 | 日記
2016年06月29日 イイね!

あり得ないことが、(88)




僕はわが身に降りかかって来た急迫不正の侵害を最小限度の武力行使で排除して戦闘力を失った者に対して救助行為までしたのだからそのフェアな行為は賞賛に値することはあっても非難の対象になることはないだろう。

 
ところで世の男達よ、間違っても自分達の勝手な主観的解釈で女性に直接行動を起こしてはいけない。女という生き物は男の想像をはるかに超越した全く同じ人類とは思えないほど男とは異なる思考、感情体系を持った生き物なのだから。そういうことを理解しないで迂闊な行動に出てあっけなく撃沈されたり完膚なきまでに撃破された男どもがどれほどいたことだろうか。死屍累々とは女を甘く見て斃れていった男どもの屍を見て言った言葉かもしれない。そんなことはないか。


僕が廊下に出てエレベーターを待っていると営業君が腹を押さえながら追いかけて来た。


「佐山さん、僕はあなたに何かしようなんて思ったんじゃありません。ただあなたに僕の気持ちを分かって欲しかっただけなんです。」

 
営業君はそう言うが、お前、何もしていないどころか人の腕をつかんで抱きしめようとしているじゃないか。そういうのは強制わいせつと言うんだ。畏れながらとお上に訴えればお前はお縄になるんだぞ。立派な成人がそんなことも分からないのか。


「何かをするつもりがないって、あなた立派にしているでしょう。気持ちを伝えたいのならもっと穏やかな方法があるはずよ。それにね、この間も言ったけど職場は仕事をする場所で恋を語る場所でも出会いの場所でもないわ。こんなことをもう一度したら私にも考えがあるわ。」


「本当にすみませんでした。でも僕はあなたに自分の気持ちを伝えたいだけなんです。それを分かってください。」

 
こんなやり取りをしている間にエレベーターが来た。こいつと二人で乗るのはちょっと躊躇われたけれど時間も遅いしさっきの今だから大丈夫だろうとさっさと乗り込んだ。僕に続いて営業君も乗り込んで来た。営業君は何かを話したそうだったが何だか僕にはこいつと話しても埒があかないと言う気がして来たので天井を向いて知らん顔をしていた。

 
突然がたんと揺れてエレベーターが止まった。止まり方が尋常ではないしドアも開かないので背筋に嫌な感覚が走った。非常電話を取って呼び出しボタンを押しつづけるとこのビルの警備室が出た。僕は自分の所属する会社名を名乗って「エレベーターが動かないんですけど故障ですか。」と聞いた。急にエレベーターが停止してドアも開かないという状況では正常に運転中とは考え難い。


「非常停止装置が作動したようです。管理会社に連絡を取っていますのでしばらくお待ちください。その中にいるのは何名ですか。」

 
僕は自分と営業君の名前を言った。これは万が一にも営業君が可笑しな気を起こさないようにするために打った釘の一つのつもりだった。


「分かりました。エレベーターは完全にロックされていますので危険はありません。管理会社に連絡済ですのでしばらくお待ちください。」


危険はありませんだって。ここにいることが今の僕にとっては危険そのものなんだ。


「出来るだけ早くお願いします。」


僕は電話を切ると営業君の顔を見ないで「故障だそうよ。」と言った。


「しばらくはこのままのようだから慌てても仕方ないわ。落ち着いて管理会社が来るのを待ちましょう。」

 
僕は出入り口に近いところに腰を下ろした。換気扇が止まらずに回っているのが救いだったがエアコンが作動しているわけではないので何となく息苦しかった。もっともこんなところに好きでもない男と閉じ込められたら息苦しいのは当たり前かもしれない。


「佐山さん、これは神様が僕にくれたチャンスだと思います。どうか僕の話を聞いてください。」

 
目をきらきらさせている営業君を見ていて僕はあきれ返って力が抜けてしまった。こいつは今この時間が恋を語るべき時間だと思っているんだろうか。


「あんたねえ、今私達がどんな状況か分かっているの。」


「ええ、しばらくの間、ここには誰も入って来られないので僕には願ってもないチャンスです。」


どうも今こいつに何を言っても耳には入らないようだった。


「あなたが私のことを好きだってことは良く分かったわ。それは承っておくから今は黙っていてくれる。恋なんか語るような状況じゃないでしょう。何時ここから出られるのかも分からないのに。これはね、事故なのよ、事故。神様があなたにくれたチャンスじゃないの。」

 
このおめでたい営業君に僕たちが今おかれている状況を理解させようとしたがそれも徒労に終わりそうだった。


「佐山さん、僕は初めて会った時からあなたのことをずっと思っていました。」


「分かったわよ、あなたが私のことを好きだっていうことは。でもね、せっかくだけどあなたの好意はお受けできないわ。あなたの好意は好意として私には私の事情があるのよ。それとね、もう少しTPOを弁えてものを言ってね。」

 
このばかはこれから何時までここに閉じ込められるか分からない時に愛も恋もないだろう。もしも何時間にもなったらトイレはどうするんだ。いくら僕でもこいつの前では用を足したくはない。営業君はその後も一人でしゃべっていたが僕はほとんど無視していた。そうしているうちにインターホンが鳴った。立ち上がって受話器を取ると管理会社の点検員だった。この時は心底助かったと思った。


「大変ご迷惑をおかけします。大丈夫でしょうか。」

 
点検員は月並みなことを言ったがこの際大丈夫でなければ電話には出られないだろうし、何かしらの重大な障害がなくてもこの状態は大丈夫ではない状態ではないだろうか。


「こっちは大丈夫です。エレベーターは動きそうですか。」


「これから点検してみますが、システム制御用のマイクロチップが破損している可能性があります。その場合、手動で最寄の階に停止させるかそれも不可能な場合は天井の脱出口から救出します。現在エレベーターは九階と十階の間に停止していますので十階の乗降口からラッタルを提げてそれを使って脱出していただきます。とにかくシステムを点検してみますのでしばらくお待ちください。」

 
この点検員という男は状況を客観的かつ手短に説明してみせた。人によっては不安になるかもしれないが、僕には状況が把握出来て落ち着くことが出来た。そうしてしばらく待っているとまたインターホンが鳴った。


Posted at 2016/06/29 18:01:21 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説 | 日記
2016年06月23日 イイね!

あり得ないことが、(86)




部屋に入ると北の政所様とマルチリンガルはもう出勤していた。秘書だから社長出勤前に済ませておかないといけないことも多いだろうから当然出勤も早いのだろう。僕たちの部屋は机やロッカー、パソコンといった基本的な事務用品は運び込まれていたが、書類や資料、その他もろもろのものはほとんど手付かずの状態で本格的に始動するにはまだまだ時間が必要だった。

 
さてどうしようかと思案していると北の政所様に呼ばれたので僕は取り敢えずテキストエディターのお姉さんとクレヨンに資料やその他の書類の整理分類を頼んで部屋を出た。北の政所様の前に立つと彼女はあっちこっち忙しそうに書類を繰りながらろくに僕の顔も見ないで早口にまくし立てた。


「さっそくで申し訳ないんだけれど当面の企画内容とそれに沿った活動方針を早急に取りまとめて欲しいの。来週の役員会で報告しなくてはいけないから。お願いね。」


「分かりました。他には。」

 
僕が聞き返すと北の政所様はやはり顔も上げずに書類に目を走らせて「今のところはそれだけよ。」と答えた。その姿がいかにも女性キャリアという感じだったが、何だか沖縄のホテルで彼女のけつを剥いて叩いた時の光景が目に浮かんで来ておかしくなって口元が緩んでしまった。


「どうしたの、何かおかしいことでもあるの。」


そんな僕を目敏く見止めて北の政所様が不思議な顔をした。


「いえ、何でもありません。じゃあすぐに作業にかかります。」

 
まさかあの時けつを叩かれたあんたを思い出しておかしくなったとも言えないので適当に答えると仕事に戻った。部屋ではテキストエディターのお姉さんがクレヨンを叱咤激励して書類や資料の山と格闘していた。


「ちょっと急ぎを言いつけられたのでごめんね。」

 
僕は二人にそう言って席についた。今、僕が考えているのは、幼児期から老年期までの生涯語学教育、高速デジタル通信網とデジタルメディアを活用した語学教育、語学教育と旅行、外食、映画、観劇その他エンターテインメント部門との融合など使える語学教育とは別の言葉を楽しむ語学学習の開発などだった。

 
高速デジタル通信網とデジタルメディアの活用は特に目新しいことではなく今の世の中当たり前のことだが、生涯語学教育と言葉を楽しむ語学学習はちょっとした目玉のつもりだった。特に言葉を楽しむ学習で組み合わせるものは何でも良かった。スポーツでもリラクゼーションでもファッションでもエステでもガーデニングでも芸術でも音楽でもペットでもいちいち挙げていれば切りがないがとにかく興味のあることを通じて言葉を楽しく学んでしかもこちらは業務としてそれぞれの分野に進出することが出来ればというのが僕の考えだった。

 
もちろん自社で乗り出すのではなくその分野の会社とのコラボレーションで十分いけると踏んでいた。その三項目を基礎に据えて今後の業務の進め方などを織り交ぜた文書を作成して北の政所様に提出した。しばらくすると北の政所様から電話があった。


「あなたの報告書、とてもよく出来ているわ。それに言葉を遊ぶという感覚が新鮮ね。良いかも知れない。それでね、営業にこの手の商品が出ているのか、それとこうした企画にどの程度の需要が見込めそうなのか営業に確認しておいて欲しいの。お願いね。」

 
壁一つ隔ててほとんど同じ部屋にいるんだからこっちに来て話せばいいだろうにわざわざ電話してくることもないだろう。まあそれはいいとして営業のことなら営業君に頼めば良いだろうと思い報告書をコピーして手渡した。


「この内容についてあなたの意見が聞きたいの。今の市場の動向や今後の需要も合わせて何か数字でもあったらつけ加えてね。」


「はい、分かりました。佐山さんから仕事を頼まれるなんて本当に光栄ですからがんばります。」


営業君は立ち上がって書類を受け取りながら余計なことを言った。くだらないことを言っていないでとっとと仕事をしろと言ってやろうかと思ったがほとんど初対面も同様の関係なので黙っていた。営業君は書類の写しを持って飛び出していったのでひとまず安心して同じような企画があるのかどうかインターネットで検索を始めた。

 
ところがそうして検索してみるとこれがけっこう同じような企画があるのに驚いた。儲け話を考える奴は誰も似たようなことを考えるんだろうと納得した。ただ年齢の若い者だけを対象としないで高齢者つまり仕事からリタイアして時間も金もあるが何か趣味をという人たちを取り込もうというのが僕の考えだったが団塊の世代を対象とした商売がいろいろ目白押しなのでこれも競争相手が多いんだろう。

 
しかし自分が勉強するのは簡単だが他人に勉強して理解もらうことはずい分難しいことだと思う。学生時代に教員免許を取得するため教育実習に参加したことがあるが、理解度の異なる多数の人間に必要なことを理解させるのがどれほど大変なことか思い知らされた。大体僕は短気で同じことを三回言って分からないと叩きたくなってしまう方なので人にものを教える仕事は全く向いていないようだ。

 
何よりも頭のよろしくないがきが大嫌いという性格からして最大の教員欠格事由だろう。教員になるためには人格も知識も必要なんだろうが、何よりも子供が好きなことが絶対の基本条件だと思う。教え方とか知識なんていうのは自分がその気になればいくらでも増やしたり工夫も出来るが本質的に嫌いなものはどんなに努力しても人格変化でも起こさない限り決して好きにはなれない。街中や電車の中でがきがそばに来ると嫌な気分になるようでは子供の相手なんかとても覚束ない。

 
今の仕事は企画をするだけで直接教えるわけではないが、これまでの経験から語学は机に向かって勉強するよりも好きなとこと一緒に楽しみながら勉強した方が良い結果が出るものだと思う。そんなわけで今回の企画を思いついた。それでも調べてみると同じようなことを考える奴はいる者であちこちのホームページに似た企画が掲載されている。

 
後はどんな趣味と語学を結び付けてどういうプログラムを組むかということが売れ筋を取れるかどうかの分かれ目になるのだろう。その辺のことは僕よりも営業の範疇に属することなのでそれを営業君と調整していこうと思ったら何だか営業君に対して嫌な予感がして両腕に鳥肌が立ってしまった。人間は予知能力があるというが、この悪い予感が的中するとは未だこの時点では思いつかなかった。

 
そんなこんなで種々様々な雑用をこなしているうちに夕方になってしまったが営業君が戻って来ないので仕方がないからクレヨンに間違っても道草なんかしないように釘をさして先に帰しておいて僕は営業君を待っていたが六時になっても七時になっても戻って来ず、携帯も通じなかった。北の政所様を始め皆さっさと帰ってしまって女土方も七時を過ぎたところでしびれを切らせて「ごめんね。」というと先に帰ってしまった。

 
急ぎの結果でもないし翌日聞いても良かったのだが自分で頼んでおいてさっさと帰ってしまうのも仁義に反すると思い仕方なく一人で待っていると八時近くになって営業君が戻って来た。何所に行っていたのかと思ったら自分の知り合いのツアープランナーと会っていたようだった。


Posted at 2016/06/23 00:26:08 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説 | 日記
2016年06月15日 イイね!

あり得ないことが、(85)




翌朝はテキストエディターのお姉さんの悲鳴で目が覚めた。


「きゃー、ここは何所なの。どうしてこんな格好をしているの。何で私はこんなところにいるの。」

 
自分で酔いつぶれておいて散々人に苦労をさせてここまで連れて来てもらったのに「何でこんなところにいるの。」はないだろう。別に道端に放り出して来ても良かったんだから。状況を把握出来ずに叫び続けているテキストエディターのお姉さんの顔と言えば化粧が滲んで髪はバサバサでそれはひどいものだった。

 
寝起きの顔は男も女も見られたものではないが、その落差はどう見ても女の方が分が悪いようだ。しかも僕が昨夜パンツ一枚にひん剥いてTシャツを着せて寝かしたのだから胸を押さえないで尻の方を何とかすればいいのに下は胡座をかいて丸出し状態で胸を押さえているのはどうにも理解に苦しむ状況だった。


「ほらほら落ち着いて。ここは澤本さんの家よ。あなたが酔いつぶれてしまったから私と佐山さんでここに連れて来て寝かせたの。だから落ち着きなさい。」

 
テキストエディターのお姉さんの取り乱し方を見かねた女土方がこの状況を説明すると漸く落ち着きを取り戻したように部屋の中を見回した。


「ここが澤本んちなの。すごいじゃない、お城みたい。ねえ、ここって本当に澤本んちなの。」


今度はさっきの取り乱し方はどこへやら今度はパンツ姿で窓際に駆けて行って外を覗き出した。


「へえ、すごい家。本当にお城みたいな家なのね。噂では聞いていたけどこんなにすごいとは思っていなかったわ。」


「ねえ、あなたそんな格好で窓際なんかに行くと外から丸見えじゃないの。お行儀の悪いことをしていないで早くシャワーでも浴びて支度をしたら。食事の用意ももうすぐ出来るから。」

 
僕がそう言うとテキストエディターのお姉さんは「そうしたらこの豊満な肉体を、」と言うとTシャツをパッと捲って見せた。お前が言うその豊満な肉体は昨夜散々堪能したからもういいよと言いたかったが、そんなわけにもいかないのでへらへら笑いを浮かべながら黙っていると女土方が近づいて行って頭をこつんとしてから「お行儀の悪いことをしていないで早く支度しなさい。会社に遅れるわよ。」とたしなめていた。

 
テキストエディターのお姉さんがシャワーを使いに行った後、女土方に「どう、あの子は。ググッと来ない。」と聞いたら「本当にあなたって節操のない人ね。」と僕までこつんされて叱られてしまった。


『でもな、女土方よ、男なんてな、そんなもんなんだよ。愛は愛、欲は欲、これが男の本性なんだよ。それを分かってくれよ。』

 
僕は女土方にそう言いたかったが女にこんなことを言っても亀裂が深くなるばかりで情況は好転しないし、しかもこれももちろん禁句なので言いたいことを口に出さずに舌を出してごまかした。世間では生物学的に、遺伝学的に、医学的に、心理学的に、文化人類学的に、文学的に、社会学的に、それこそありとあらゆる様々な分野から男女のセックスについて研究がなされている。

 
そして様々な研究結果が導き出されているが、実際のところ不明な点が多いようだ。基本的には種の保存という生物の本能によるのだろうが、実際にはこれに後天的に獲得された要素、環境、個人の資質や嗜好といった問題も絡んでくるので一律にこれだという結論を導き出すのはなかなか難しいのだろう。でもそうした高度に専門的な研究の成果を否定するようで恐縮だが、言わせてもらえば男も女も基本的には同じだと思う。男女で最も異なるのはセックスに対する感情の関与の度合いなんだろう。

 
男でも好きな女となら感情も高揚するし幸福感も高まるのは当然であるが、平たく言えば男の場合生理的に受け付けない女を除いてはすべて可なのだ。そうでなければ世の中にこれほど長い期間広範囲に売春などという商売が蔓延るはずがないというのが僕の持論なんだがどうだろうか。

 
女の場合は感情という要素が大きな比重を占めるので男の場合とはちょっと事情が異なる。それはそうだろう、場合によっては相手の子供を産むことになるのだから。妊娠出産と言う行為は当然母体にそれなりの負担や危険が伴うのだからむやみやたら可という程度の相手とは出来ないだろう。実際女の体になってみるとそのような行為が自己の存在を脅かす神をも恐れない行為であることがよく分かった。男を生理的に受け付けないなんてことは当然のこと、妊娠なんてした日には自己の存在それ自体を物理的に否定するに等しいことなので今の僕に対してそのような行為を仕掛けることは正当防衛として自存自衛のための武力行使が当然認められるべきだと認識している。

 
話が脇道に逸れたが男と女のセックスに対する先天的な意識はかなりの開きがあると考えても差し支えないだろう。僕と女土方にしても傍から見ていれば突然ビアンに目覚めた女と先天的なビアンの組み合わせに見えるんだろうが、僕のそれは正常な男としての性欲の発露なのだから愛して信頼を寄せているのは女土方一人であっても、それとは別に他の女に興味や好奇心が湧くのは仕方のないことなのだと勝手に理解している。そしてビアンとは言っても愛情の対象が同性というだけでそのプロセスは純粋な女性のそれである女土方が僕を見ていて節操がないと嘆くのも当然の帰結なんだろう。

 
それにしてもそれぞれの時代や場所特有の事情に応じて雑婚や一夫多妻、多夫一妻婚などが行われていたし現在も行われているのだから、先天的遺伝的な要素以外に後天的な要素としては教育というものの比重が極めて大きいのだろう。もっとも教育というやつは国家を超中央集権的軍事国家にも自由奔放楽天脳天気国家にも変幻自在に変えてしまう人心洗脳操作に極めて大きな威力を発揮する行政手法なので決して疎かにしてはいけないものだと思う。これで少し話の質が高まったのでこの辺でくだらない話は終わりにしよう。

 
周りがどんなに騒いでいても寝こけているクレヨンを海老固めで起こして支度をさせ、お手伝いさんが用意してくれた朝食を食べ、そして僕たち四人は車を拾って会社に出勤した。今日から社長室の隣に勤務場所が移ったので今までのように自分のペースで自由気ままには勤務することが出来そうもないのにはちょっと悲しかった。



Posted at 2016/06/15 18:28:58 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説 | 日記

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