2016年04月22日
クレヨンはしばらくの間大声をあげながら逃げ回っていたが、いい加減疲れてきたのか動きが鈍って来た。そこをクレヨンの腕をつかんでベッドの上に投げ出そうとしたが僕の方も本気ではなかったし寝入り際に散々駆け回って疲れていたのとクレヨンが抵抗したので二人でもつれ合ってベッドに倒れこんだ。
クレヨンの上に乗って怪我をさせないように僕が下になって倒れたが、僕の上に乗ったクレヨンと目が合った瞬間に動きが止まった。クレヨンが真顔になって僕を見詰めていた。僕たちはそのまましばらく動かずに見詰め合っていたがクレヨンが小さく「好き」と呟いて顔を近づけて来た。
まさかこんな形でこいつに好きだと言われてキスまでする羽目になるとは夢にも思わなかったが、クレヨンの顔が何時になく真顔だったので跳ね除けたり茶化したりしないで軽く抱いたまま受け止めてやった。僕たちはしばらく抱き合った後、僕の方からクレヨンを軽く押して体を離した。
「さあ、お遊びはこれくらいにして寝よう。明日も仕事よ。」
クレヨンは黙って頷くと僕の横で毛布を被って丸くなった。そして僕が毛布や枕を整えて体を伸ばすとクレヨンはまた体を寄せてきて「私は一人じゃないよね。」と言うとすぐに軽い寝息を立て始めた。
最近は僕自身人と触れ合って淋しさを紛らわすよりも一人で生きて淋しさに耐える方が生き易くなってしまったが、思い出してみれば人恋しさに苛まれた時期もあったことは間違いなかった。しかしそんなに簡単に心を許して分かり合える他人に出会える可能性は極めて低いと言わざるを得ないし、結局誰も淋しさを心の奥に押し込めて何かに紛らわせて生きているのだろう。
バカとかサルとか散々言ってきたがクレヨンも思春期に母親を亡くし、父親も仕事で不在がちでは誰もがうらやむような環境に生きてきたとは言え人との触れ合いという点では不遇だったんだろう。そう思うとクレヨンが少し身近に思えて来た。
それにしても佐山芳恵の人生は一体どうなっていくんだろう。彼女の人生はこの数ヶ月で方向転換どころか次元を超越して宇宙の彼方に飛び出したくらいに変わったしまっているだろう。このまま戻らずに僕がこの体で生きていくのならそれはそれで良いのだろうが、またある日何かの拍子で突然本来の佐山芳恵に戻ってしまったら、佐山芳恵にとってその衝撃たるや大変なものだろう。
僕にしてもとんでもないほど方向が変わってしまった元の僕の人生を引き受けろと言われても困り果ててしまうかもしれない。ここまで何とか持ち前の好奇心と楽天的な性格で持ち堪えて来たがこれ以上の突発事案に耐えられるかどうかも分からなかった。
そう言えば話が脇道に逸れるが好奇心を持ち続けるということは脳の老化防止に役立つらしい。年を取ったから覚えられないとか新しいことに対応できないという人を見かけるがそれは面倒なことをしたくないから年を言い訳にして避けているだけのように思う。
何事にも新鮮で旺盛な好奇心を以って臨めば多少のハンディはあるのかもしれないがほとんど若い頃と同じように新たな局面にも対応出来るのだと思う。
こんなことを言うのはまた下品と言われそうだが、男性の生殖機能というものは二十代の若者も八十代の老人も機能的には全く差がないのだそうだ。要は新鮮で旺盛な好奇心が脳からの指令信号としてその部分に伝わるかどうかの問題なんだそうだ。それだから新鮮な興味を持ち続けることが大切だと言うのではなくこれはあくまでもその一例だと言うことをご理解願いたい。
そうこうしながら先のことをいろいろ考えていると眠れなくなりそうなので当たって砕けろの精神で今を生きるほかはないという結論に達した頃には眠りに落ちていた。
この日以来僕とクレヨンの間は急速に接近した。二人の仲がと言うのには語弊があるかもしれない。クレヨンが僕に急速に接近したと言うのが正確な表現である。世間では『同じ釜の飯を食う』という言葉がある。僕のような孤立型の人間には誠に煩わしく傍迷惑な言葉ではあるが、確かに同じ屋根の下で同じ物を食って生活をするというのは短時間で人間関係を緊密にするには効果的な方法かもしれない。ただし間違うと人間関係が修復不能な状態にまで破壊されることもあり得るが。
僕にとってはクレヨンのような人間は相容れ難い類の人間であることには変わりはないが、この間の晩に追いかけっこをした時のクレヨンの顔や笑い声を思い出すと近づいてくるクレヨンを無下に跳ねつけるのがかわいそうになって来た。
どうもこいつも淋しい類の人間でそれを押し隠すために強気に振舞っているような気がして来た。僕は紳士ではないが、やはり弱者優先はこの世の中において必ず守られなければならない掟だと思う。クレヨンが僕に比較して弱者なのかどうかは若干の疑問がないでもないが、やはり若年者として保護すべき対象なのだろう。
一方のクレヨンはあれ以来すっかり僕になつきまくってまるで飼い主にじゃれ付く子犬のように僕の周りを跳ね回るようになってしまった。確かにこいつも保護すべき対象なのかもしれないがじゃれに付き合ってやると言った覚えはないとばかりにちょっと冷たくあしらうとこやつ一人前にそれは悲しそうな顔をするのだった。こんなことなら以前のように反発していてくれた方が僕にはどれほど楽だったかと思うと今の状況が少しばかり恨めしかった。
Posted at 2016/04/22 19:57:37 | |
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小説 | 日記
2016年04月21日
「ねえ、昨夜はどうして何もしなかったの。ちょっと期待していたのに。」
僕はクレヨンの顔を見た。クレヨンは薄笑いを浮かべていた。
「どうして。何かして欲しかったの。」
「本当はあなたにちょっと期待してたの。何かするんじゃないかって。私ね、伊藤さんはとても優しくて好きだけど何だかあまりにも女を感じちゃって何となくその気にならないのね。でもあなただったらあまり女を感じさせないから大丈夫かなって思って。ちょっと興味あるし、女同士って。」
こいつはやっぱりサル以下だ。でも動物的な感は優れているんだろうか。僕が男だと言うことを本能的に感じ取っているのだろうか。
「そんなこと言っているとここから追い出すわよ。大人しくしているの、それとも出て行くの、どうする。私が伊藤さんと一緒にいるのは私なりの理由があるの。誰でも良い訳じゃないわ。私はね、あなたとそういうことをする気はないわ。」
本当は好みに合わないということもあるが、節操なしの男なんだからその辺はその気にさえなればどうにでもなるんだけれどそれよりも女一年生の僕にはあまり女の感覚を刺激されてサルの前でおかしくなっては都合が悪いので強気に念押しておいた。
「分かったわ。大人しくするからここにおいて。」
クレヨンは一応引き下がったが含み笑いを浮かべた表情が何となく気になった。どうもこいつ何かを企んでいるのかも知れない。僕たちはまたしばらく二人でおとなしく雑誌や本を読んでいたが、どうも昨日の寝不足がたたっているのか眠くて仕方がなくなった。それでちょっと時間は早かったが横になることした。
「私、眠いから横になるけどどうするの。まだ起きてる。」
僕は一応クレヨンに声をかけた。クレヨンはぱっと雑誌を投げ出すと「私も寝る」と言って自分のベッドから跳ね起きると枕を抱えて僕のベッドに移って来た。ところが今日は僕にしがみつかないで横に寝ているだけだった。どうも昨日あんなにしがみついて僕の安眠を妨害したことを少しは反省しているのかと思って目を閉じたがそれは思い切り甘い見通しだったことをすぐに嫌と言うほど思い知らされた。
僕は寝つきがあまり良い方ではない。大体寝る前にあれこれくだらないことを考えてしばらく時間を過ごしながら眠気が支配するのを待つことにしている。世の中には目を閉じた瞬間に眠りに落ちる奴がいるがそういう手合いの睡眠に至る回路はどのような構造になっているのか不思議で仕方ない。でもたまには寝つきの悪いのが役に立つことがあるものだ。
その時僕は眠りに落ちる寸前で自分の顔のあたりに何とない気配を感じた。その気配はもちろん悪い方の予感、もっとはっきり言えば殺気にも似た気配だった。次の瞬間、誰かが顔を押さえたと思ったら僕に覆い被さって来た。誰かと言ってもここには僕とクレヨンしかいないのだから覆い被さってくるのはクレヨンしかいない。反射的に腕を動かしてその誰かの首に巻くとそのまま捻って体を入れ替えベッド上に押さえ込んだ。
「キャ」
クレヨンの短い叫び声が部屋に響いた。
「あんた、何するのよ。変なことしたらここから追い出すって言ったでしょう。忘れたとは言わせないわよ。それともそんなにしたいのならこのまま遊んであげようか。」
僕は押さえ込んだクレヨンに言ってやった。
「ちょっと待って。ごめんなさい、許して。お願い。」
身動きの出来ないように押さえ込まれたクレヨンにはもう勝ち目はなかった。
「今度は許すわけには行かないわ。さあどうしてあげようかな。どこから始めようか。」
僕はクレヨンのネグリジェを捲り上げるとパンツのゴムを何度も引っ張っては離してやった。そのゴムが当たるたびにクレヨンのお腹がひくひく動いた。
「ごめんなさい、こういうの嫌だ。もっと優しくしてくれなきゃやだ。」
このサルは自分が弱い立場になると急にしおらしくなって哀願を始める。この行動は当然計算ずくなんだろうけどそういうところだけは長けているようだ。しばらく押さえ込んでおいてから僕はクレヨンを解放した。どうもこいつには何かをする気にはならない。
「さあ、本当に大人しく寝るのよ。今度変なことしたら本当にベッドから蹴落とすわよ。」
僕は荒い息をしながら身仕舞いを整えているクレヨンには目もくれないで自分の枕を整えるとクレヨンに背を向けてまた横になった。
「ねえ、こっち向いて。私を抱いてて。そうじゃないと眠れない。」
クレヨンが僕の肩に手をかけて甘ったれた声を出した。並みの中年男ならこれでいちころだろう。ついでに小遣の十万もくれてやってしまうかもしれない。
「うるさいわね、さあこっちに来なさいよ。」
僕はクレヨンの方を向き直ると彼女を抱き寄せてやった。結局クレヨンはまた昨日のように僕の腕の中に収まることになった。しかしこれで大人しく寝るかと思った僕が甘かった。しばらく大人しくしていたクレヨンは僕の足に自分の足を絡めると自分の下腹部を僕のそれに押し付けるように体を寄せて来た。こいつも本当に懲りない奴だ。
別にそんな物押し付けられてもどうということはないが眠いのにこんなことに付き合っているのがだんだん鬱陶しくなって来た。それでクレヨンを抱いていた腕に徐々に力を込めて行ってクレヨンを締め上げてやった。
「苦しい、そんなに力を入れたら苦しいわ。」
クレヨンがまた悲鳴をあげ始めたが僕はかまわずに腕の力を増していった。
「あなた、私と密着したいんでしょう。させてあげてるんだから文句言わないのよ。」
「苦しい、離して。」
クレヨンは悲鳴を上げ続けていたが、いきなり僕の股に手を突っ込んだ。突然のことにびっくりして力を緩めるとクレヨンは僕の腕からすり抜けてベッドを飛び出した。力任せに押さえ込もうとしたのが油断だった。
「あはは、けっこう敏感じゃない。なかなか良い感度してるわね、お姉さま。」
思わぬ逆襲に力を緩めた僕をクレヨンがはやし立てた。このがきは本当にどこまで人をおちょくったら気が済むんだ。今度こそひっ捕まえて仕置きしてやろうと思ってベッドから飛び出した。クレヨンは嬌声を上げたり笑い声を上げたりしながらベッドの周りを逃げ回った。僕も最初はむかついて追いかけていたが逃げ回るクレヨンの顔を見ているうちにこいつがこれまで見たこともないくらい明るい顔をしているのに気がついた。こいつももしかしたら体中手傷を負って流れる血を鎧で覆い隠して生きている人間の類なのかもしれない。
Posted at 2016/04/21 22:23:31 | |
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小説 | 日記
2016年04月20日
それでもいくら若い女の体とは言っても抱き合ったまま同じ姿勢でいるとあちこちが突っ張って苦しくなって来るので目を覚まさせないようにそっと押し返すのだがクレヨンの奴すぐにまた転がり込んで密着してくるのには閉口した。
こんなことを何回か繰り返しているうちにいいかげん面倒臭くなって足蹴にして蹴落としてやろうかとも思ったが『窮鳥懐に入れば猟師もこれを撃たず。』なんていう諺を思い出してじっと耐えた。結局まどろんでは体が痛くなって目を覚まし、クレヨンを少し押し離してまたまどろみそんなことを繰り返しているうちに朝になってしまった。
「ああ良く眠れた。」
クレヨンは何とも清々しく目を覚ましたが僕の方は頭は寝不足でぼうっとしているし体はあちこち痛いし清々しいどころの騒ぎではなかった。こんなことならせめてしばらくぶりの若い女のけつくらい撫でておくんだった。サルにこれだけ優しくしてやったんだからそのくらいのことをしても罰は当たらなかっただろう。
しかし今日から出社しろとの仰せなので寝不足なんて言っていられない辛い事情があるため慌しく支度をしてのん気に構えているクレヨンを引き摺るように家を飛び出した。そして慣れない交通機関を使いながら何とかいつもどおりに出勤することが出来た。
「あ、主任、ずい分久しぶりですね。警察から釈放されたんですか。」
僕の顔を見るなりテキストエディターのお姉さんが驚いたような声を上げた。こいつ等釈放って人聞きの悪い。一体何てことを言うんだ。
「釈放ってどういうことよ。」
僕はちょっとむっとして聞き返した。
「え、だって会社の中では主任と澤本さんが警察に逮捕されたらしいって噂になっていますよ。社長がもらい下げに行ってもだめだったって。皆心配していたんです。」
こいつ等何を言っているんだ。どうして僕が逮捕されなきゃいけないんだ。
「逮捕なんてされてないわよ。昨日は社長からの特命で社外で仕事をしていたのよ。変なこと言わないで。」
寝不足に加えて体が痛い僕はいきなり逮捕などと言われて不機嫌に椅子に体を投げ出すように座った。ところが諸悪の根源であるクレヨンは鼻歌交じりで棚から資料を取り出すとそれを開いて読み始めた。昨夜あれだけ熟睡すれば気分もいいだろう。
午前中は重い頭を抱えて四苦八苦しながら乗らない仕事に取り組んでいたが昼少し前になってとうとう我慢が出来なくなって仕事を放り出した。そこに女土方から電話があった。
「お昼一緒しない。」
女土方も何となく含み笑いをしているような言い方だった。そして外で食事をするためにクレヨンを連れて社内を歩いていると皆の視線が僕たちに注がれているような気がした。僕たちを見ながらひそひそ話をしているのもいた。どうせろくなことは言っていないだろう。
会社の近くのサンドイッチハウスで女土方と落ち合った。女土方は僕たちの顔を見るなり吹き出した。
「あなた達、警察に逮捕されたって。会社中その話で持ちきりよ。」
もう僕は返事をする気にもならなかった。
「昨夜は彼女と抱き合って眠ったわ。とても気持ちが良かった。」
癪に障るのでわざとそう言うと女土方がまた笑った。
「そうなの。良くお休みになった割には目が赤いわね。お二人でずい分お励みになったのかしら。」
くそ、女土方にはブラフも全く通じないようだ。
「佐山さん、とても優しかったんです。ずっと私を抱いて背中を撫でていてくれて。安心出来てとても気持ちが良かった。」
僕はこのクレヨンの一言で飲みかけたアイスコーヒーを吹き出しそうになった。この野郎、寝たふりなんかして起きていやがった。やっぱり変な色気を出してけつなんか撫でなくて良かった。
「二人で仲良く出来たのね。よかったわ。これからも仲良くしてね。」
女土方は僕たちに嫉妬するどころか仲良くしていたことを聞いて余裕で嬉しそうだった。
「私も行ってあげられればいいんだけどずっと行きっぱなしって訳にも行かなくてごめんね。今度の週末には行ってあげるからね。」
「じゃあ、週末には三人で一緒に寝られるわね。楽しみだわ。」
クレヨンはうれしそうにそう言ったが、そんなに毎晩お前に張り付かれた日にはこっちが寝不足で倒れてしまう。寝不足は健康にも美容にも一番悪いんだ。今度張り付いたら自存自衛のために足蹴にしてやるかそれでなければ今度こそけつでも撫で繰り回してやる。
「ねえ、何とかしてよ。もう一晩で疲れちゃったわ。ずっとしがみつかれて。寝られやしなかったわ。」
クレヨンが席を立った隙に僕は女ひじ方に泣きついたが、女土方は「若い子と抱き合って眠れるんだから感謝しなきゃ。」と言って相手にしてくれなかった。そりゃビアンか男なら大喜びなんだろうけど僕は極めて特殊事情なんだからそういう訳にいかないんだよ。
午後はさらに重く何かが張り付いたようにはっきりしない頭で仕事を処理して定時になったらさっと帰ろうと思ったら今度は北の政所様に呼ばれてしまった。
「ちょっと二人で来てくれない。社長が話したいって言って待っているから。」
『社長、お前もそんなに心配なら自分の家にこのサルを連れて行って添い寝してやれ。』
僕は社長にそう言ってやりたかったがここは宮仕えの辛さ、まさかそんなこと口が裂けても言えないので指定された店にクレヨンを連れて行った。全く幼稚園の子供でも連れているような気がした。指定された店に入ると社長と北の政所様が二人で待っていた。
「時間がないので手短かに言うけど僕と森田さんは急遽明日から一週間シンガポールに出張することになった。それで大変申し訳ないんだけどその間どうか澤本君をよろしく頼む。部長にはよく言い含めておいたので必要なら出社しなくてもかまわない。金も使ってもらってかまわないから。どうかトラブルのないようよろしく頼む。」
『君達こそシンガポールでトラブルを起こさないように。』
そんなことは言えないので「分かりました。」とだけ答えた。
「毎日電話を入れるからね。お願いね。」
北の政所様も言わなくてもいいようなことを言った。どうしてこの二人はこんなにクレヨンのことを気にかけてかまうんだろう。やっぱり隠し子なのか。僕の頭にはまたその疑惑が浮かんできてしまった。
「じゃあ僕たちはこれで。」
社長と北の政所様はそそくさと店を出て行ったがこんなことなら電話でもいいじゃないか。こんなところに呼び出す必要もないだろうに。僕は疲れた体とクレヨンを引き摺るようにして家に帰るとまた豪華なダイニングで高価な食器に盛られた普通の食事をした。普通の食事とはいっても材料は良いものを使っているらしく味は悪くなかったが。その晩、風呂も終わってベッドに転がって本を読んでいるとまたクレヨンが入って来た。
「今日もここで寝ても良い。」
僕は黙って頷いた。一人で寝ろと言ってもぐずぐず言うんだろうし、一緒に寝ればどうせまた寝不足になるんだろうが、この際仕方がない。今日こそけつでも撫で繰り回してやるか。クレヨンは笑顔ホクホクで部屋に入って来ると隣のベッドに飛び込んだ。そしてまた雑誌を読み始めた。そうそう、そうして静かにしていてくれればいいんだ。クレヨンはしばらく静かにしていたが突然とんでもないことを口にした。
Posted at 2016/04/20 22:50:27 | |
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小説 | 日記
2016年04月15日
運動を終えてベッドに寝転んでいたら眠ってしまって目を覚ました時はもう夕方だった。クレヨンに逃げられたかと思ったあたりを見回すと驚いたことに椅子に座って雑誌を読んでいた。こいつを見せ物にして本を読むサルとか言って売り出すか。
「あ、起きたのね。ずいぶん良く寝ていたわね。やっぱり疲れているのかなと思ってお茶の時間も起こさなかったわ。」
クレヨンが奇跡のようにまともなことを言った。この辺で点数を稼いでおかないとまた締められると思っているのだろうか。僕は「そう、ありがとう。」と言ってベッドから起き上がった。やっぱり疲れていたのか少し眠ったら体が軽く楽になったようだった。
それから北の政所様に電話を入れてその後の状況と今後について報告をして「明日から澤本さんを連れて出勤します。」と伝えたが、北の政所様は「明日も自宅で待機」とは言わなかったので出勤しないといけないのだろう。こんなことをさせておいてもう少し手厚い待遇をと言いたいところだが会社の方もそんなことばかりしていたら潰れてしまうかも知れない。そうすると僕や女土方も困るからやはりいい加減に真面目に働かなくてはいけないのかも知れない。
それからしばらくするとお手伝いが夕食が出来たと呼びに来た。ダイニングに下りてみると今日の献立は野菜サラダとカレーにイチゴやキウイフルーツ、バナナなどにヨーグルトとジャムをかけたデザートだった。この家の夕食は豪華なダイニングで上等な食器を使いごくありふれた食事をするというのが特徴のようだった。
食事が終わってしまうと何もやることがなくなってしまった。まさか宵の口の時間から寝てしまうわけにもいかないのでコーヒーを飲みながらテレビを見たり買い込んだ本や雑誌をめくったりして時間を潰していた。夕方こっちに顔を出すと言っていた女土方も自宅に帰るといろいろ雑用があるらしく用は足りていると言ったら訪問をキャンセルされてしまった。
昨日とは打って変わって無闇と広い部屋に一人きりでシャワーを使った後に静かな時間を過ごしているとドアをノックする音が聞こえた後にドアが少し開いてそこからクレヨンが顔を出した。
「今晩もここで寝てもいい。」
クレヨンはやけに大人しい口調で僕に尋ねた。
「いいけどどうなっても保証はしないわよ。」
『なんたって僕は男なんだからな。』
そう言ってやりたかったが昨夜クレヨンにも僕の体が紛れもなく女のそれであることを見られてしまっているから効き目がないかもしれない。
「分かったわ。いい子にしているからこっちにおいてね。」
クレヨンは端からここで寝るつもりだったらしくすっかり支度を整えていた。そのまま部屋に転がり込むように入り込むと空いているベッドに駆け上がって雑誌を読み始めた。そこに女土方から電話が入った。
「二人で仲良くしている。」
心配半分面白半分の女土方にクレヨンが部屋に転がり込んできたことを話すと「えっ」と意外な声を出した。
「それでどうするの。」
「どうするってもう隣のベッドに上がって寛いでるわ。ここで寝かせる他ないでしょう。あなたが悪いの
よ、私を放り出すから。」
「ちょっと意外だったわね。あの子があなたにそんなになつくなんて。少し心配かな。でも多分あなたなら大丈夫でしょう。信じてるわ。」
信じられてもちょっと困る。何せ中身は節操なしの男なんだから。いくら気に入らない女とは言っても健康な若い女なんだから気持ちがどう動くのか僕にも何とも言えなかった。
「私を裏切ったら承知しないからね。いいわね。」
女土方は一言脅しめいたことを言ったが、そういう状況を作り出したのは自分じゃないか。
「伊藤さんから。」
クレヨンが僕の方を向いた。
「そうよ、あなたと深い仲になったら承知しないと言われたわ。」
僕がそう言うとクレヨンの目が光った。
「へえ、ビアンさんも同じなんだ。でもそうなっても黙っていれば分からないでしょう。私達二人だけの秘密にしておけば。」
このサルもバカなことを言う。それじゃあ僕がこのサルに対して弱みを作るだけじゃないか。このサルはそれを狙っているんだろうか。
「私には私の思いや生き方があるわ。私が伊藤さんと一緒にいるのはそれなりの理由があるの。いいわね。そうでなきゃあなたをここには置かないわ。さあそろそろ寝ましょう。」
僕はそれだけ言うとベッドから起き上がって寝支度を始めた。クレヨンはそれ以上は何も言わずに黙っていた。照明を落として横になってしばらくは大人しくしていたクレヨンがごそごそと動き出した。
「ねえ、そっちに行っていい。」
クレヨンがとんでもないことを言い出した。こいつは一体何を企んでいるんだろう。
「子供じゃないんだからそっちで寝れば。私のこと嫌いでしょう。どうして私のそばになんか来たいの。」
「一人は淋しい。」
クレヨンがポツリと漏らした。
「じゃあこっちに来れば。」
僕はそんな殊勝なことを言うクレヨンがかわいそうになった。クレヨンは僕の様子を伺うようにゆっくりとベッドに近づくとシーツをめくって僕の隣に横になった。
「ねえ、体を寄せてもいい。」
「好きにすれば。」
僕はもうどうにでもなれと言う気持ちで邪険に言った。それにもかまわずにクレヨンはころりと転がって僕の懐に入り込むと僕に抱きついた。小柄なクレヨンが何だか子供のように思えた。
「ああ気持ちいい。」
クレヨンは一言呟くとそのまま軽い寝息を立てて寝込んでしまった。いろいろ警戒していたけれど結局こいつもただの淋しい女だったのか。だけどいくらクレヨンでもこうして張り付かれるとやはり心穏やかならざるものがある。救いは男の時のように突出する物がないので相手には気取られないことだが、懐に飛び込んだクレヨンの背中に手を回してそっと抱いてやるとクレヨンはなお体を寄せて来た。
クレヨンは若いだけあって、良く言えば円熟した女土方や僕など、いや僕ではなくて佐山芳恵とは違う張りのある体は手に心地良かった。このまま取り込んでけつでも撫でてやろうかと思ったが、その行為に何となく下品な中年をイメージしてしまったので自粛しておいた。
Posted at 2016/04/15 16:39:22 | |
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小説 | 日記
2016年04月11日
そうこうしているうちにクレヨンが寝ぼけ眼で起き出して来た。寝起きの顔と言うのは男も女もなかなか凄まじいものがあるが、特に昼間は化粧を怠りない女にとってはスッピンのうえに髪はバサバサおまけに寝ぼけ眼とくればそうそう他人様に見せられる代物ではない。クレヨンもチリチリが復活しかかった髪をかき回しながらベッドの上に起き上がった。そしてパンツ丸見え状態で胡座をかいて何だかぶつぶつ独り言を言っていた。
僕が観察した限りでは女という生き物は人前、特に男の前ではむやみと気取って可愛く装っているが、女同士になると話の内容にしても行動様式にしても結構大胆不敵なことをする。別にこれは自分が女になって分かったことではなく男の時からそう思っていたことだが、世間で女と認められるようになって改めて女と接してみるとますますその感を強くするようになった。
考えてみれば女というのは十か月以上も子供を腹の中で育ててそれを産むのだから男よりもずっと動物的なところがあるのかもしれない。そうでないとあんなことは出来ないだろう。何かの本でもしも男がお産をしたら大部分はお産に耐えられずに死んでしまうだろうというような記述を読んだことがある。それも僕と同じようにお産に偏見を持っている作者が書いたものかもしれない。そして女が動物的だというのは僕の私見だから実際のところは分からない。
「食事をしてらっしゃい。終わったらこれからのことを話し合いましょう。」
寝ぼけたクレヨンに女土方が優しく言った。
「これからのことって。私、寝起きは低血圧でだめなのよね。しばらく待って。」
ろくなこともしていないのにだれた態度のクレヨンに腹が立って頭を叩いてやろうかと思ったが、また女土方にばれて目で『メッ』をされてしまった。
「あなたのお父さんが帰ってくるまで私達は生活を共にしないといけなくなったのよ。だからあなたも考えてね、私達三人でどうすればいいかを。」
女土方はクレヨンには何だか本当に優しかった。僕は小声で「本当に狙っているの。」と囁いたら今度は僕が頭を叩かれてしまった。小一時間も待ってやっと何とかサル並まで回復したクレヨンと話し合った結果、この家をお手伝い一人にしておくわけにもいかないだろうということで結局僕たちがここで生活をすることになったが、これは僕よりも他人の家で生活することをあんなに嫌がっていた女土方があっさりと受け入れてしまった結果だった。
ただしずっと女土方の家を空けておくわけにも行かないので交代で家に帰ることになったが、そうすると僕とクレヨンが二人きりでここで過ごすことになることがあるということになる。本来中年男性である僕が二十歳そこそこの女性と堂々と同じ部屋で生活を共に出来るなんてことは男にとって夢のような話なのかもしれないが、この場合はお互いにとって厄難としか言いようがなかった。その厄難が目の前に迫っていることに僕達はまだ気づいていなかった。そしてそれは女土方の一言で眼前に出現した。
「私、今日は家に帰るわね。いろいろと用事があるし明日からの仕事も放ってはおけないし。いいでしょう、今晩は二人で。けんかしちゃだめよ、仲良くね。」
女土方はいとも簡単にそう言ってのけた。けんかどころか別の方向に走ったらどうするんだ。クレヨンも寝ぼけ眼が一瞬真顔に変わった。
「じゃあそういうことで私はこれで家に帰るわ。明日からのことはまた相談しましょう。週中と週末くらいにあなたの着替えを持ってくるついでに泊まって行くということでどうかしらね。」
「ちょっと待ってよ。私はどうするの。ずっとここにいるの。」
そう言ってから小声で「もしもあの子とできちゃったらどうするのよ。」と囁いた。
「あらいいじゃない、仲良しになれるんなら。」
女土方は僕がクレヨンには全く興味を持っていないことを知っているので僕の脅しも余裕でかわされてしまった。確かに男の体なら間違いがないとは言えないが、今のこの体では敢えてクレヨンにその種のことを仕掛けようという気には全くならなかった。
「じゃあ私はこれで帰るわ。当座必要なものは夕方持ってくるから連絡してね。もう一度言うけどけんかしちゃだめよ。」
女土方は無情にも僕一人を残してさっさと帰って行った。『私が見なきゃだめかしらね。』というさっきの言葉はどうしたんだ。さすがの無知無敵クレヨンも立ち去る女土方を不安そうな表情で見つめていた。しかし帰ってしまった女土方を呼び戻そうとしても仕方がないので僕はこの状況を北の政所様に電話して話しておいた。北の政所様も「大変だけどよろしくね。社長には良く話しておくから。」と言っただけでクレヨンなど放って帰って良いとは言わなかった。
「さあ着替えなさい。買い物に行くわよ。」
僕はクレヨンに言った。こうなったらここで長期持久体制を確立しないといけない。そのためには物資が必要だった。お手伝いに車のキーを借りると慌てて支度をしたクレヨンを連れて外に出た。
「ガレージにあるセルシオを使ってください。」
お手伝いはそう言ったがガレージを見ると確かにそれが一番安価な車のようだった。お買い物車がセルシオなんて世の中金のあるところにはあるもんだ。小型車に慣れた僕にはちょっと大きすぎて扱いにくいセルシオを駆って靴、衣料品、書籍、DVDなどを買いまくってやった。支度金として渡された金があるのでこの際それを使うことにした。ついでにクレヨンが欲しがるものも何点か買ってやったが、高級品はすべて却下してやったので結局クレヨンの手に入ったのは音楽CDや雑誌などだった。
途中ちょっとしゃれたカフェを見つけてクレヨンとコーヒーを飲んだ。僕はこんな時はあまり話をしないで本等に目を通すことが多いのだがこの時もそうしていると「ねえ」とクレヨンが呼びかけた。
「本当に今日から二人なの。」
クレヨンは凶暴な僕と二人きりになるのがやはり不安のようだった。
「そうよ、彼女、帰っちゃったからそうする以外にはないようね。」
「もう来ないの、伊藤さん。」
「週末には来ると言っていたけど。金曜か土曜じゃないの。」
クレヨンはゴクンとつばを飲み込んだ。
「仲良くしようね。乱暴にしないでね。」
何だかばかにしおらしくなったクレヨンが哀願するようにそう言った。
「どうしてそんなこと言うの。」
クレヨンの意図するところは百も承知だったが一応聞き返した。
「だって伊藤さんは優しいけどあなたは凶暴だから。ひどいことしないでね。」
僕が凶暴だなんてひどいことを言うやつだ。
「例えばどんなこと。」
「すぐに怒るし私を投げたりするし。」
やはりこの間投げ飛ばしたのがかなり効いているようだ。
「それはあなたが先に頬を叩いたりつばを吐きかけたりするからでしょう。普通にしていれば何もしないわ。」
クレヨンは少しばかりの笑みを浮かべて安心した表情になった。お前な、僕が何の理由もなく暴力を振るうようなことを言うな。すべてお前が先に手を出したからだろう。それにしても死を賭しても徹底抗戦くらいのことを言えばこっちもやり甲斐があるのにこんなに簡単に泣きを入れられると拍子抜けがする。
「とにかく今日からはお互いにルームメイトなんだから仲良くしましょう。さあ帰るわよ。」
クレヨン宅に帰ると僕は買い込んだ荷物を整理してからこの家のフィットネスルームでしばらく汗を流した。確かにこのところ体形が変わり始めたようで肩が盛り上がって上腕も太くなっているようだった。借り物の体だと言うことは承知しているが現に使用しているのは僕なのだからかまわないだろう。この時節女だって強くないと生きてはいけないんだ。
Posted at 2016/04/11 22:06:38 | |
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