千葉県房総半島沖で2008年2月に起きた海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故で、業務上過失致死と業務上過失往来危険罪に問われた当直士官2人(起訴休職)の判決が11日、横浜地裁であった。
秋山敬裁判長は「清徳丸は衝突の危険を知りうる状況だったのに、一切回避行動をとらなかった」と、清徳丸側に衝突回避義務があったとして、衝突時の当直士官で元水雷長の長岩友久被告(37)(3佐)と、衝突前の当直士官で元航海長の後瀉(うしろがた)桂太郎被告(38)(同)に、いずれも無罪(求刑・禁錮2年)を言い渡した。
09年1月に出た海難審判の裁決は、事故の主因があたご側にあったと結論づけており、異なる判断を示した。清徳丸の全地球測位システム(GPS)が水没したことから、公判では、清徳丸の航跡の特定が最大の争点となった。検察側は、あたごと清徳丸がそのまま進めば衝突する恐れがある位置関係にあったとする航跡図を作成。海上衝突予防法上、清徳丸を右側に見ていたあたごに回避義務があったと主張していた。
しかし、秋山裁判長は、検察側の航跡図について、「恣意(しい)的に僚船乗組員の供述を用いて作成した。清徳丸が検察側の航跡図上にいたということは信用できない」と全面的に否定。長岩被告らの供述やあたごのGPSのデータをもとに独自の航跡を認定し、清徳丸について「遅くとも4時4分より前に大幅に右転した。(右転せずに)直進した場合、あたごの艦尾より200メートル以上後方を航行していただろう」と述べ、清徳丸側に回避義務があったとする弁護側の主張を認めた。
ただ、あたご側についても、「長岩被告は引き継ぎ後、不完全な情報をうのみにし、周囲の状況を十分注視していなかった」と、問題点を指摘した。
今回の判決は証拠のない中疑わしきは被告人の利益という原則を大きく超えて漁船側の回避責任を認定するものとなり、海難審判所や検察の主張を真っ向から覆すものとなった。
当時の報道では自衛隊側の非をセンセーショナルに報道したが、その報道ぶりはほとんど主観的でヒステリックであり、冷静かつ客観的であるべき報道の原則を全く欠くものだった。あの状況で供述を取れば自衛隊の非を論うものばかりになることはあり得ることだった。海難審判所や検察の立証はそうした感情論を排除した客観性を備えていたのか、その点で大いに疑問が残る。
海事には素人なので 何とも言えないが、どの航跡図を見ても漁船はあたごの前方を横切るように航路を取っているのはどうしたことだろうか。いずれに回避義務があれ、小型船は自己の安全のため大型船をやり過ごして航行すべきではないのだろうか。わざわざ走ってくるダンプの前を横断する歩行者や自転車はないだろう。自動操舵で航行していたのではないかと言う見方もあるが、今となっては確認のしようもない。
一方に100%の過失のある事故は特殊な事情を除いてあり得ない。双方に過失があり、そこに事故が起こる。今後、このような不幸な事故が再び発生することのないよう祈りたい。
航跡が最大の争点となった海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故をめぐる判決で、横浜地裁は無罪を言い渡した。事故で記録が失われ、衝突状況を科学的に証明できないにもかかわらず、「あたごの過失ありき」で主張を展開した検察側は、十分な検証を怠っていたといわざるを得ない。
航跡という客観的証拠がない中、関係者の供述をどう評価するかが公判のポイントだった。秋山敬裁判長は検察側が航跡特定の根拠とした供述調書について、「前提としている証拠に誤りがある」と立証の甘さを断じた。
秋山裁判長は判決理由で、海保や地検の捜査手法について「極めて問題がある」と言及。慶応大大学院の安冨潔教授(刑事訴訟法)は「公判での立証責任を負う検察官の捜査や公判のあり方が厳しく指弾された」と解説する。
地裁は証拠の信頼性を一つ一つ検討した上で、独自に航跡図を作成し、漁船側に事故原因を認定。清徳丸が複数回にわたり方向転換したことで、危険な状況を作り出したとした。
海上で起きた事故。捜査を担当したのは海保と地検だった。「海上保安庁は司法警察機関として不適切だ」。公判で検察側立証の甘さが次々に露呈する中、後潟桂太郎被告は航跡を特定した海保の捜査を、こう批判した。安冨教授は「最近の刑事裁判は、供述調書より客観的証拠を重視する傾向にある」と指摘。検察側には捜査のあり方について一層の見直しが求められる。
裁判所は海保・検察の立証を厳しく批判しているが、刑事事件の立証には常に冷静かつ客観的に事実を立証する姿勢が必要だろう。供述は時として個人の主観でしかあり得ない場合がある。捜査側には、「始めに結論ありき」ではなく事実を冷静に分析して証拠で立証して行く姿勢が必要だろう。
Posted at 2011/05/11 23:08:50 | |
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