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2019年11月30日 イイね!

無謀などはるかに通り越していたインパール作戦、・・。

ビルマ戦記を追う<23>
兵隊や軍医、捕虜、外国人といった、さまざまな人が書き残したビルマでの戦記50冊を、福岡県久留米市在住の作家・古処誠二さんが独自の視点で紹介します。
    ◆   ◆
インパール作戦を知らぬ日本人は少ないとしても、同作戦における最大の激戦地コヒマはどれだけ知られているだろうか。たとえば西日本新聞を読んでいる博多っ子の何割がコヒマにおける先人の戦いを知っているだろうか。歩兵第百二十四連隊に触れると同時にそんな不安にかられたので本書を紹介する。
 
著者のアーサー・スウィンソン氏は元イギリス軍将校である。英第二師団の大尉としてコヒマ戦に参加している。執筆にあたっては両軍の資料を集めており、本書はまず間違いなくコヒマ戦記の決定版である。
 
コヒマの町の重要性はインパール作戦の概要をさらえば分かるだろう。すなわち日本軍は「一個師団でコヒマを押さえて敵の増援を阻止し、その間に二個師団でインパールを占領する」つもりでいたのである。
 
コヒマの戦闘はおのずと熾烈(しれつ)を極めた。第百二十四連隊の属する第三十一師団はコヒマの九割をいったんは占領したが、インパールの危機を救うべく英印軍も死力を尽くした。
 
寸土を争う戦いに白兵戦が頻発し、両軍陣地の中間に腐乱死体の転がる状況となる。「これほど手強(てごわ)い、近接した、血腥(ちなまぐさ)い戦いは第二次世界大戦を通じていくつもない」とスウィンソン氏は記している。わずかな土地を奪い返しては壕(ごう)を掘る。すると日本兵の死体や糞(ふん)便が出てくる。イギリス兵にとってもインド兵にとってもグルカ兵にとっても地獄だった。それでも彼らは補給や航空支援があるだけ日本兵よりは恵まれていた。乏しい食糧と弾薬で戦い続けた第三十一師団は限界を超えても督戦(とくせん)を受け、二カ月に及ぶ戦闘を経て師団長は命令無視の撤退を決意する。建軍以来初めての事態だった。
 
閣下と呼ばれる方の命令無視も異常なら、補給もない師団が二カ月ものあいだ近接戦闘を戦えたこともまた異常である。スウィンソン氏は第三十一師団長を次のように評している。
 
――どこの将軍がこれ以上のことができるだろう。 (こどころ・せいじ、作家)
*****
古処誠二(こどころ・せいじ) 1970年生まれ。高校卒業後、自衛隊勤務などを経て、2000年に「UNKNOWN」でメフィスト賞を受賞しデビュー。2千冊もの戦記を読み込み、戦後生まれながら個人の視点を重視したリアルな戦争を描く。インパール作戦前のビルマを舞台にした「いくさの底」で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞。直木賞にも3度ノミネートされている。(西日本新聞)



一個師団2万人が戦闘を行うには毎日何百トンと言う武器、弾薬、燃料、食料、衣類、医薬品などの補給が必要だという。一人毎日1キロの米を食べたとして2万人が食べる米の量は20トンになる。それを2か月間全く何の補給もなく戦闘をさせるなど狂気の沙汰を通り越している。太平洋戦争では日本軍はどこでもそんな戦いを強いられた。それでも最初の2年間は補給の努力は続けていたが、後半は米軍に押しまくられてもうほとんど手つかずだった。特にインパールは6万、7万の軍団クラスの部隊を派遣しておきながら最初から補給の目途が立たない状況だった。2万の軍隊が人の手で運べる程度の武器、弾薬、糧食しか持たずに空輸で十分な補給を受けていたイギリス軍と2か月にわたって互角の戦闘を続けたことは奇跡を超えている。それが命令を無視して撤退したからと言って責められるべきは作戦を立案した司令部であって現地軍ではない。当時の日本人は恐るべき忠実さ、強靭さを持ち合わせた人種だったんだろうけど今もそのDNA は受け継がれているんだろうか。亡くなった方たちの冥福を祈る、・・。
Posted at 2019/11/30 17:10:35 | コメント(0) | トラックバック(0) | 軍事 | 日記
2019年11月30日 イイね!

馬毛島売却交渉成立とか、・・(^。^)y-.。o○。

政府は、米空母艦載機の陸上離着陸訓練(FCLP)の移転先として無人島の馬毛(まげ)島(鹿児島県)を購入する方向で、地権者と大筋で合意した。購入金額は約160億円。契約が結ばれれば、訓練移転に関する2011年の日米合意以来8年にわたる交渉が決着し、防衛特化の島として整備する計画が動き出すことになる。

複数の政府関係者と地権者関係者が明らかにした。島をめぐっては今年1月、政府と、島の99%の土地を所有する開発会社「タストン・エアポート」(東京)が、国が購入することで基本合意。しかし、同社の社長が交代するなどして交渉は難航し、5月には同社が政府側に交渉の打ち切りを通告していた。
 
関係者によると、今月に入り、防衛省関係者が改めて同社幹部と接触。同社の経営が悪化して島を売却せざるをえなくなっていることや、政府側も訓練用地の確保を米側から強く求められていたことなどから、交渉が動き出した。島内の4万坪(約0・13平方キロ)だけは同社がしばらく所有し、将来的に国に売却する条件で折り合ったという。
 
馬毛島は、種子島の西約12キロにある同県西之表市の無人島で、広さは約8平方キロ。11年の日米合意で、FCLPが行われている硫黄島(東京都)から訓練を移転させる候補地とされた。防衛省は当初、評価額を約45億円と算出したが、同社側の主張する額と10倍ほどの開きがあり、同社が島内に投資した造成費用なども踏まえて購入金額が算定されたとみられる。
 
政府は島の買収後、米軍のためだけでなく、中国の海洋進出も見据えて南西諸島防衛の拠点としても活用したい考え。ただ、島の1%ほどを所有する西之表市は訓練の受け入れに慎重な姿勢を示している。(伊藤嘉孝、相原亮・朝日新聞社)



様々曰く因縁のある島で会社側は相当な高額で売却したい意向だったようで今年の2月に社長が交代して売却交渉は暗礁に乗り上げていたとか報じられていたが、会社側も財政的に切羽詰まっていたようで前社長が合意した額で売却せざるを得なかったんだろう。川がなく地質も農業には適さず虫害などもあって島民は退去して今では所有者の会社の社員十数人が住民登録をしているようだ。超水平レーダー設置、石油備蓄基地、レジャー施設の設置などいろいろ開発プランはあったようだが、どれも実現せずに防衛相が米軍空母艦載機の訓練基地として買収することになった。位置的には南西諸島有事の際には後方支援基地としても使用可能で軍事的には価値が高いだろう。交渉はすったもんだしたが、今回まとまって防衛相、会社側、双方にとってもよかったとは思う、・・(^。^)y-.。o○。


Posted at 2019/11/30 10:14:04 | コメント(0) | トラックバック(0) | 軍事 | 日記

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