【転載開始】
2011年の今日(3月15日)、午前6時過ぎに福島第一原発4号機の
原子炉建屋が水素爆発を起こしました。
その瞬間、日本国民のみならず、世界中の、
特に北半球の人々の眼の前には、
本当の意味での
カタストロフィー(大惨事)が迫っていました。
3月15日の水素爆発から、3月20日頃までのハイパー・レスキューによる
注水活動が、この大災害のクライマックスでした。
敷地内に散らばった瓦礫の撤去のために、
陸上自衛隊の戦車まで出動しました。どれもが、ひとつでも失敗していたら、
日本は、もう無かったのかもしれません。
朝日新聞は、この“4号機の奇跡”について、
3月8日に二回、ネット上に記事を上げています。
一回目は、4号機、工事ミスに救われた 震災時の福島第一原発
二回目は、一回目に加筆した震災4日前の水抜き予定が遅れて燃料救う…です。
3月15日、4号機の使用済み燃料プールに大量の水を注水したのは誰か?
日米両政府が、3月12日の最初の水素爆発以来、もっとも警戒していた
4号機建屋の使用済み燃料プールの崩壊ですが、
原子炉内の大掛かりな工事をする際に使用する器具の不具合と、
すでに工事のために大量の水を入れてあった工事用水槽の仕切り壁が
壊れたことによって、カタストロフィーを免れたことが分かりました。
4号機原子炉は、2010年11月から定期点検に入るために、
すでに原子炉の運転を停止。震災が起きた翌年の2011年3月11日には、
原子炉の中にあった548体の燃料棒はすべて取り出され、
使用済み燃料プールの中に移されて冷却されていました。
今回の定期点検では、営業運転開始以来初めての大工事となる
原子炉圧力容器内にあるシュラウドという隔壁(高さ6.8メートル、
直径4.3~4.7メートル、重さ35トン)を新しいものに交換するため、
あらかじめ、作業用水槽に水を満杯になるまで入れていました。
<中略>
普段は、原子炉の真上の水槽である原子炉ウェルには水が入っておらず
こうした部品の交換工事をするときだけ水を入れるのです。
作業時には、隣の仮置き場となるDSピットとの間には、
水槽を仕切る「仕切り壁」は設置されおらず、作業が終了した後で、
原子炉ウェルの水を抜くときになって仕切り壁を落とします。
つまり、原子炉ウェルとDSピットは、つながっていて、
ひとつの大きなプールになっているのです。
もうひとつの「仕切り壁」は、原子炉ウェルの水槽の隣にある
使用済み燃料プールとの間に設置されており、
この仕切り壁を取りはずせば、この三つの水槽の水は、
自由に行き来することができるような設計になっています。
ジュラウド切断工具は大変大きいので、その工具自体を原子炉の所定の位置に
入れるためには、別の補助器具が必要なのですが、
その補助器具の寸法が4号機原子炉に合致しないサイズだったのです。
それで作業員は、この補助器具を改造しなければならなくなり、
工程が遅れてしまったというわけです。
工程どおりシュラウドの交換作業が進んでいれば、
すで切断されたシュラウドの残骸は、原子炉ウェルに引き揚げられ、
いったん隣のDSピットに移されて、作業に当たった現場の人たちも、
いったんは極度の緊張を解いていたはずなのです。
そして、作業が終了したので、DSピットと原子炉ウェルとの間に
仕切り壁が入れられて、原子炉ウェルの水が抜かれていたはずなのです。
これが工程表の上では3月7日にやるべきことになっていました。
しかし、こうした手順の狂いから作業全体が遅れ、
震災が起こった3月11の時点では、原子炉ウェル、DSピットの中には、
満々と水が入れられたままになっていたのです。
これが、日本列島が壊滅し、北半球にカタストロフィーが訪れるかどうか
明暗を分けたのです。
3月11日、午後2時46分、東北を未曾有の巨大地震が襲いました。
間もなく福島第一原発の全電源が喪失して、
各号機の循環冷却システムは作動を止めました。
4号機に関しては、原子炉の中にあった548体の燃料棒は、
すべて使用済み燃料プールに移されていたので
原子炉に注水ができなくなっても問題はありませんでしたが、
一方の使用済み燃料プールには、新たに移動してきた548体の燃料棒が
入れられて、計1331体の使用済み燃料がありました。
この1331体という、他の原子炉に入っている3倍近い量の燃料棒は、
崩壊熱を出し続けているので、もし使用済み燃料プールに冷却された水が
送り込まれなくなれば、水は蒸発する一方。
やがては空炊き状態になり、プールで放射能火災が起こるはずです。
そうなれば、すべて終わりです。
しかし、使用済み燃料プールの水は、3月11日以降も、
燃料棒の上まで満ちた状態を維持しており、結果として燃料棒は、
ほとんど無傷の状態のまま保たれたのです。
これは、3月11日に地震が起こったときに、
原子炉ウェルと使用済み燃料プールとの間を仕切っている壁が、
地震の震動によってズレて、そこから原子炉ウェルの水が
使用済み燃料プールに流れ込んだからです。
これは、東電や政府の後の調査によって分かったことです。
もし、シュラウドの交換作業が工程表のとおり終了していたら、
そして、原子炉ウェルの水が抜かれていたら、
使用済み燃料プールへ水が回ることなく、
“蓋の無い炉心”である使用済み燃料プールからは、
かつて人類が経験したことのないほどの量の放射性物質が
大気中に放出されていたのです。
それだけでなく、福島第一原発の敷地内には誰も立ち入ることができず、
冷却できなくなった1、2、3、5、6号機の原子炉では、
次々と別の水素爆発が起こり、各号機建屋の使用済み燃料プールの水が
すべて蒸発して、空炊き状態になるのも時間の問題だったてしょう。
そして、原子炉、プールともに核燃料の溶融が始まるのです。
さらに、当然のことながら、福島第一から南方20kmに位置する
福島第二原発も全面撤退を余儀なくされ、ここも時間の問題で、
福島第一原発と同様、破滅的事態に陥っていったでしょう。
さらに、東海第二原発、女川原発にさえ、大量の放射能が襲い掛かり、
とんでもない数の作業員の人たちが犠牲になったでしょう。
そして、最後には、こちらのほうも撤退ということになるのかもしれません。
福島県の浜通りの住民は、語ることさえ恐ろしい結果になっていたはずです。
4号機の使用済み燃料プールの崩壊は、日本列島、
そして全世界の破滅の序章に過ぎなかったでしょう。
本当に世界が終っていたのです。
すでに出てしまった犠牲者のことを思うと、
これを無闇に奇跡と呼べないかもしれません。
しかし、シュラウド交換時に使用する補助器具の寸法を作業員に錯覚させ、
原子炉ウェルと使用済み燃料プールの仕切り壁が開いた原因を、
「たまたま偶然が重なった」で切り捨ててしまうには忍びないのです。
普通なら、私たちの多くは、今頃、今までのような日常的な活動が
できなくなっていたかもしれないのです。
そうだとしたら、私たちの受けた恩恵は、
実はとんでもなく大きいものであったかもしれません。
【転載終了】
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この奇跡が来年末の燃料棒の抜き取りまで続くことを祈ります!