2017年06月02日
洗い終わってシャワーで泡を流してやると今度は「私が洗ってあげる」と言って中腰の僕の前に立った。
「背中だけね」
僕はそう言うとクレヨンに背中を向けた。クレヨンは黙って洗い始めたが、背中を洗い終わると「こっちを向いて」と僕を促した。
「もう十分よ、ありがとう。」
僕はクレヨンからスポンジを受け取って自分の体を洗い始めた。クレヨンはちょっと不満そうな表情を浮かべたが特に抗弁をするわけでもなく僕から離れると湯船に長く体を横たえた。僕は体についた泡をシャワーで洗い流すと今後は髪を洗った。そして髪を洗い終わるともう一度全身をシャワーで流して「出るわよ。」とクレヨンに言ってそのまま風呂を出た。
この家の脱衣場には大きなタオルがたくさん置いてあり何枚でも自由に使えるのがありがたかった。僕は髪と体を拭いて着る物を着てからもう一度新しいタオルで髪を拭いた。そしてそのままタオルを首にかけて部屋に戻った。
暫らくして僕がすっかり髪を乾かし終わった頃にクレヨンが戻って来た。そして寛いでいる僕にタオルを投げつけた。
「もう自分だけさっさと出ちゃって。勝手なんだから。」
クレヨンは口を尖らせて文句を言ったが、一緒風呂にに残っていたらどうだと言うんだ。いくら広いといってもお手伝いもいるこの家の風呂で女が二人して風呂場で「あーあーうーうー」なんて騒いでいたらこれもかなりの問題だろう。
ところでクレヨンは結構積極的に僕に絡んでくるが、実際に同性とある程度以上の性的交渉を持つということはやはり抵抗があるんじゃないだろうか。実はもうずい分昔の話になるが、僕はある外国人のゲイの男性と知り合ったことがある。
勿論その時僕は正真正銘の男性で相手も体に全く人工的に手を加えていないこれも正真正銘の男性だったが、見た感じも話をしてみても男と言う印象はほとんどなくてむしろ女性と言う方がなじみ易いという印象だった。
僕が優しくしてやったせいかどうかは知らないが、このゲイさんはどうも僕に興味を持ったようでいろいろ手を尽くして接近して来た。それにしても、いくら印象が女っぽくても実際は男なのだから僕の方は一定の距離を取って接していた。
まあ僕自身には全く責任がないと思うのだが、考えてみると男の頃も女になってもどうも僕の周辺には変なのばかりが寄って来るようだ。
それでこのゲイさんはけっこうあからさまに「抱いて」という風情でせがんで来た。ゲイさんは見た目も女のようで、しかもそのままでもけっこう美人の部類に入る顔立ちだったので好奇心の強さも手伝ってかなり気持ちが動いたのだが、やはりその先一歩が踏み出せなかった。そんな僕の心の動きはゲイさんにも勿論伝わったようで向こうもそれ以上は迫っては来なかった。
ある日、何時ものじゃれ合いから僕は好奇心に駆られてそのゲイさんに「男同士はどういうふうにするんだ」と聞いてみた。するとそのゲイさんに「みんな同じことを同じことを聞くのね、じゃあ男と女はどうするの」と逆に聞かれてしまったにはちょっと困ってしまった。
するとそのゲイさんは「男と女も男同士も女同士もみんな一緒よ、何も特別なことはないわ。何か特別なことをするのかと思うから腰が引けるんでしょう。でも何も変わらないわ。みんな同じよ。」と淡々と言ってのけた。
そう言われてしまうと何だか納得してしまって引け気味のところに「そんなことを聞くのなら実際にやってみれば良いじゃない」と言われ、その言葉に何となく抗いがたくて「では次にお願いします」という約束をしたのだが、そのゲイさんは突然姿を消してしまった。
その後、それとなくゲイさんの消息を尋ねたところ不法滞在で警察に捕まって強制送還されたと聞いた。僕は未だにもしもゲイさんが警察に捕まらなかったらどうしていただろうと考えることがある。でももしも彼がそのまま日本にいたら僕は敢えてゲイさんと寝ていたかも知れない。僕は多分そういうことも含めて興味の向くことにはかなり好奇心が強いのだと自分でもそう思う。
ゲイさんが今何をしているのか分からない。多分もう日本に来ることもないだろうし、僕が彼の国に行くこともないだろう。今会いに行ったとしてもゲイさんは女になった僕などには振り向いてもくれないだろうが、彼は多分女として生まれるべき人間だったのだろう。
ゲイさんは今で言う性同一性不全という病気だった。どう考えてもゲイさんは体も心もその八割以上が女だったとしか言いようがない。ただ偶然のいたずらで男として生まれてしまっただけなんだろう。それでも僕も結構好奇心を越えたものを持っているのかも知れない。
それでも女の体になった今でも男に抱かれたいと言う気にはなったことは一度たりとない。ゲイさんに興味を持ったのも女を感じさせるからだったのだろうし今も女にしか興味が湧かないのは僕が正真正銘のヘテロの男という証明なのだろう。そして女好きかもしれない。でも女が好きじゃない男なんているんだろうか。
Posted at 2017/06/02 17:45:34 | |
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小説 | 日記
2017年05月19日
クレヨンはいきなり僕に覆い被さると思い切りキスをしてから濃厚な愛撫を始めた。しかし僕の感覚が男のそれなのか、それとも女としての感覚自体が未発達なのか知らないが、どうにもくすぐったくて暫らく我慢していたものの耐え切れなくなってクレヨンを跳ね除けてしまった。
クレヨンは自分の愛撫にかなり自信を持っていたようだが、僕が「くすぐったい」と言って跳ね除けると何だか唖然とした顔をして僕を見つめていた。そう言えばくすぐったいというのは一種の快感には違いないらしいのだが、要するに快感としては極めて原始的で未発達なものらしい。そんなことを何かの本で読んだことを思い出した。
それにしてもちょっと考えても見るがいい。他の男のことは良く知らないが、基本的に男という生き物は積極的に相手にあれこれする方なんだと信じている。だからベッドに横たわって女の愛撫に身を任せて仰け反ったりうめき声を上げている男なんて相当危ない嗜好の持ち主だと思う。でもこれは僕の個人的な感想だから違う意見もあるのかも知れない。
「あんたねえ、いきなり何するのよ。キスくらいなら受けてあげるけどいきなり何の予告もなく体をまさぐられてもくすぐったいだけでしょう。もしもどうしてもというなら私がやってあげようか。でもその前にお風呂に入ろう。一緒に入りなさい。洗ってあげるわよ。」
これはかなりの部分僕の張ったりもあるのだが、こう積極的にされるとクレヨンも腰が引けるだろうという読みがあった。でも、クレヨンは「そうね、じゃあ支度しようっと。」と言って簡単に受け入れられてしまった。これには僕の方がちょっと戸惑ったが、クレヨンは「大きいお風呂に行こう。」と言って部屋を出た。
言い出した以上僕も引っ込むわけには行かないので、タオルと下着を持って一階の風呂場に降りて行った。この家の風呂は個人の住宅としてはかなり大きい風呂だと思う。これも主の趣味なのかも知れないが、僕個人は風呂が大きかろうが小さかろうが、風呂と言うのは所詮は汚れを落とす場所と言う感覚なので、大きいことが特にありがたいとは思わなかった。
脱衣場に入るとクレヨンはもう浴室にいた。考えてみればほとんど赤の他人の家で、結婚するわけでもないその家の娘と一緒に堂々と風呂に入れる身分になろうとは夢にも思わなかった。それが良いのか悪いのかは今以て分からないが。
浴室に入るとクレヨンは見るからに高級そうなボディソープを洗面器に鱈腹入れて泡立てていた。こいつ、その手の商売をしていたんだろうか。
「さあ、ここに来て。洗ってあげるから。」
クレヨンは泡をすくいながら僕に微笑みかけた。この際だからやらせるだけやらせてみようかとも思ったが、何となく恥かしかったのと俄か女の不安が未だに払拭出来なかったのでちょっと躊躇っていると「早くここに来て」と催促されてしまった。
ところで考えて見ればその場の勢いでこうなってしまったが、僕は風呂はいつも一人なので女作法と言うのを良く知らず何時も男の頃と同じ作法で入浴していたんだ。だからここでその男作法が出ないように気をつけないといけない。ただ女も結構唖然とするような大胆不敵なことをするのであまり気にすることもないようだが。
僕はクレヨンのそばに行くとスポンジを掴んでクリームのような泡を十分に含ませた。そして「ここにおいで」とクレヨンを呼ぶとクレヨンは何も言わずに僕の前に立ったので全身をくまなく洗ってやった。クレヨンは何もいわずただされるがままに立っていたが、うっとりとした表情で決して不快とかそんなことはないようだった。やはりこいつは深刻な愛情不足に違いない。
Posted at 2017/05/19 22:23:17 | |
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小説 | 日記
2017年05月11日
車を借りるといってもここにはくさるほど余っているんだから買い物用の高級車を拝借すればいい。
「え、本当。行こう、行こう。」
クレヨンは一もニもなくこのお出かけ話に飛びついた。話が決まれば早い方がいい。僕達はお買い物用下駄代わりの高級車を乗り出した。そして都内から東名を通って箱根を一周することにした。
都内から首都高、東名と車を進めたが、休日のためか東名の下りはやや混み合っていた。それにしても特に急ぐ旅でもないので慌てずに流れに任せて走っていた。
クレヨンは助手席に座ってやれ飲み物だの食い物だのと準備してくれたり、音楽だのDVDだのと機械相手に悪戦苦闘したりとにかく落ち着きがないこと甚だしかった。それでも明るく楽しそうだったので特に文句は言わなかった。
山道に差し掛かると図体のでかい車はちょっと持て余し気味のところがないでもなかったが、必要にして十分をはるかに超えるほどの馬力とトルクはなかなか魅力だった。こうして僕達は何とかスカイラインを駆け抜けて芦ノ湖のとある有名ホテルで休息した。
しかしそこも手が回っているらしく車がホテルの玄関に着くとすぐに支配人が挨拶に出て来て僕達はことさら眺めの良いレストランのテーブルをあてがわれた。この世の中で一番強いのは金を握っている者だということを今更のように身に染みて知ったが、知ったからといってどうにもなるものでないことも、悲しいかな、厳然たる事実だった。
ここでなかなか良い景色を楽しみながら美味いコーヒーとケーキを食わせてもらった。そして芦ノ湖を半周して箱根大観山から有料道路をまっしぐらに里に下ってあちこち渋滞を避けながら丸子橋から東京都に戻り自宅に帰った。そう言えばこんな長い距離を車で走ったのはずい分久しぶりだった。あの例の波乱の伊豆ドライブ旅行以来かも知れない。
自宅に帰って、正確には自宅ではなく居候をしている家だが、またそこで豪華な食器に入った普通の晩飯をたらふく食ってやった。今日はメンチカツにキャベツの千切り、サラダ、果物だった。何だか学生街の定食のようなメニューだがそれはそれでなかなか美味かった。
飯を食ってしまうと今度は二階の部屋に上がってソファに体を投げ出してテレビを見た。ここのテレビは当然有料の衛星放送だからチャンネルが多くて煩雑だが、これと言った番組を見つけると結構面白くてはまってしまう。クレヨンはちょうど僕のお腹の辺りに腰をかけて体を僕に沿わせていた。他人が見たら恋人同士と思うような格好だった。
「ねえ、ちょっとどいてくれる。アイスコーヒーを取ってくるから。」
僕が声をかけるとクレヨンはさっと立ち上がって自分で取りに行ってくれた。クレヨンのこの辺の変わり身はなかなか天晴れだった。アイスコーヒーを取って戻ってくるとクレヨンはグラスにコーヒーを注いでサイドテーブルに置いてくれた。そしてまた僕の脇に腰を下ろすと体を沿わせて来た。
「あのね、教えてあげるわ。」
「何を」
「どんな時だったら抱かれてもいいと思うか。」
ああ、そのことか。もう今更どうでもいいと思ったが、せっかくクレヨンがその気になっているので聞いてやることにした。
「あのね、その人のことがとても好きで信頼出来て、それからその人と一緒にいるととても安心出来る人なら良いと思うわ。だから今のあなたとなら出来ると思う。」
お前、『今のあなたとなら出来ると思う』なんて言っても今の僕もお前も女だろう。クレヨンにそう言ってやると人を愛するのに男も女も関係ないと言い出した。それは違うだろう。好きになる相手が男か女かなんてことは関係大有りだろう。
「ねえ、それじゃあ人を愛するってどういうことだと思う。あんたが私を愛しているというのならその証は何なの。」
「証って言ってもあなたのことがとても好きで何時も一緒にいたいって、それじゃあだめなの。」
「それはね、違うでしょう。それはあなたの一方的な事情でしょう。愛って言うのはね、ある意味、愛する人のためなら自己を犠牲にすることも厭わないってそういう感情がないとだめでしょう。好きだけじゃなくてもっと崇高な観念が必要でしょう。
あのね、人を愛するっていうのはね、その人がとても好きだという感情に相手に対する義務とか奉仕の概念が加わったものじゃない。」
「あなたと話していると恋も何だか哲学みたいになってしまうのね。でもそんなこと良いわ。そんなことが二度と言えないようにしてあげるから。」
Posted at 2017/05/11 18:08:12 | |
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小説 | 日記
2017年05月01日
僕はベッドに半身を起こしたままこっちを見ているクレヨンを逆に見つめながら問い詰めた。どうもこの女はいくら何でもちょっとおかしい。
「私はね、確かにあんたが言うとおり女だか何だか分からない生き物よ。それは私も認めるわ。でもね、私は私なりに生き方に筋は通しているつもりよ。だからあんたもきちんと筋を通して言ってごらんなさい。何が目的なの。私に何をして欲しいの。」
クレヨンはだんだん萎れて来て僕を真っ直ぐに見なくなった。何だかまた泣き出しそうな表情になって来た。
「泣くんじゃないわよ、何時までも子供じゃないんだから。いいわね。」
僕が強くそう言うとクレヨンは涙で潤んだ目を向けた。
「あのね、こんなこと言ってはいけないのは分かっているけど、あなたと伊藤さんがけんかしてあなたが何時も私のそばにいてくれるようになってとても嬉しかった。勿論こんなこと考えてはいけないのは分かってるわ。でもあなたがそばにいてくれると落ち着くし気持ちが穏やかになるの。」
「あのねえ、今は良いわよ。私もまだ三十代だからあなたともそんなに釣合いが取れないってほどじゃないわ。ちょっと年の離れた兄弟って感じかしらね。でもねえ、十五歳も年が違うのよ。時間が経ってからばば様とおば様がちゃらちゃらしてはいられないでしょう。あなたはねえ、やっぱり普通に生きなきゃいけないわ。私とは違う人なんだから。」
「じゃあ、あなたや伊藤さんはいいの、普通の生活をしなくても。」
「彼女はね、普通とは違う嗜好の持ち主なのよ。あなたのような普通の性的な嗜好が持てないの。だから仕方がないでしょう。」
「じゃあ、あなたは。あなたは普通の嗜好の人でしょう。結婚もしたんだし男性の恋人もいたというし。違うの。」
「あなたは私を女か男か分からない生き物と言ったでしょう。」
「ねえ、あなたは家庭を持ちたくないの、好きな人と家庭を持って子供を育てたくないの。好きな人の子供を産みたくはないの。」
何が子供だ。こんなことを言っては少子化対策に苦しんでいる国の方々に申し訳がないが、一体誰が産むんだ。もしも僕が産むとしたら、確かに生物学的には産めないことはないだろうが、その前段階の行為からして僕の存在を脅かす極めて危険な行為だ。それをさらに子供を産めなんてそれは僕に死ねと言っているようなものだ。
「子供なんて別に産みたくはないわ。もしも誰かが産めば仕方がないから育てるだろうけどねえ。自分で産むなんて考えたこともないわ。」
「それでどうして結婚するのよ。どうして男の人を好きになるの。好きになった人の子供が欲しいなんて思わないの。」
「だから言っているでしょう、私はニュー佐山芳恵だって。元の佐山芳恵さんとは違うのよ。だから男なんて真っ平ごめんだわ。増して子供を産めなんてそれは私に死ねと言っているようなものなのよ。」
「どうしてなのよ、あなたは女でしょう。」
「いえ、違うわ。私は男よ。男の過去と心を持った体だけが女になった不思議な人間よ。」
「またその話、そんなことがある訳がないでしょう。」
「ねえ、別にあなたのことを見捨てようとかそういう話じゃないの。あなたのことはこれからもずっと一緒にいて私が出来ることはしてあげるわ。でもね、これだけは間違えないでね。あなたがこの先人生を共にするのは私や伊藤さんじゃないわ。あなたにはきっとまた好きな男性が現れるわ。その人があなたと一緒に生きてくれる人よ。
私と伊藤さんはお互いの利害が一致したからいっしょに生きることにしたの。もっとはっきり言えば私と伊藤さんは一緒に生きるかそれでなければお互いに一人で生きるしかないの。
もしも本当にあんたが女性を好きだというのなら証拠を見せてごらんなさい。ずっと以前に言っていたわよね、私とならちょっと危ないことでも出来るかもしれないって。じゃあ伊藤さんと出来るの。テキストエディターのお姉さんと出来るの。出来ないでしょう。だからね、一緒にいる時は良いわよ、面倒見てあげるわ。でもね、私の生活も認めてね。」
クレヨンはやっと頷いてくれた。さあこれで一安心だ。
「ねえ、どこかにお出かけしようか。箱根でも行ってみる。車でも借りて。」
Posted at 2017/05/01 20:44:48 | |
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小説 | 日記
2017年04月21日
類人猿と人類はある時期から種が枝分かれして別種として生存進化してきたのでサルがいくら進化しても人間になることはないというのが最新の進化論に基づく学説だそうだが、ここに学説を打ち破る新種のサルがいる。こいつ小生意気にも進化していやがる。
「私はね、あなたを自分のパートナーとして選びたいの。お友達や後見人としてじゃないわ。自分がこれから生きていくためのパートナーとしてあなたが必要なの。」
「それは分かったわ。でもね、私もあなたも女でしょう。それは自然なことじゃないし、あなたにとっても良いことではないわ。そうじゃない。」
「じゃあ、あなたと伊藤さんはどうなの、同じことでしょう。」
「私達はもう女としての盛りを過ぎているし、彼女にしても私にしても特別な趣味や趣向の持ち主でしょう。周囲もそれで納得してしまっているけどそれがあなただったらそうはいかないと思うわ。」
「私が納得すれば良いことじゃない。そうじゃない。」
「そうね、基本的にはね。でもなかなかそうもいかないのよ、自分だけが良ければ良いってことにはならないの。特にあなたのような特殊な状況を背負った人はね。」
クレヨンはそれ以上は何も言わなかった。いくらサルでも自分が背負ったものの大きさくらいは分かるんだろうか。
僕達は黙って1階へと降りて行った。そしてダイニングに入るとお手伝いさんが朝食の支度を始めた。ここは家長の主義で朝食はしっかりと食べることになっているのでハム、ソーセージ、卵料理からサラダ、スープ、果物、牛乳、ジュースまでほとんどフルコース状態だった。
「ああ、お腹が空いた。」
僕はテーブルに着くとすぐに並んだ料理を食べ始めた。これじゃあ栄養過多になってしまうが、これから一日活動するのだからこれで良いのかも知れない。
でも僕達は盛んに活動するどころか散々食いまくった後また二階に上がってベッドの上に転がってしまった。クレヨンは僕の脇にぴったりとくっついて横になった。
「抱いて。」
クレヨンは上目遣いに僕を見た。
「あんたねえ、今食べたばっかりでそんなに強く抱擁を交わしたりして食べたものが出て来ちゃったらどうするのよ。ゲロしちゃったらばばっちいでしょう。」
「何でそんなに嫌なことを言うの。全くこの女だか何だか分からない人はムードも何もないんだから。」
思ったとおりクレヨンはあからさまに嫌な顔をして体を離した。
「あのねえ、急にそんなにべたべたしないのよ。今までは何もなかったんだから。あんただってビアンでも何でもなかったでしょう。何でいきなり何の前触れもなくそんなに私に急接近するのよ。夕べは酔っ払っていたけど冷静に考えてみればおかしいじゃない。あんなに濃厚なキスまで何度もしちゃって、ねえ、あんた、本当の目的は何なのよ。」
僕はベッドに半身を起こしたままこっちを見ているクレヨンを逆に見つめながら問い詰めた。どうもこの女はいくら何でもちょっとおかしい。
「私はね、確かにあんたが言うとおり女だか何だか分からない生き物よ。それは私も認めるわ。でもね、私は私なりに生き方に筋は通しているつもりよ。だからあんたもきちんと筋を通して言ってごらんなさい。何が目的なの。私に何をして欲しいの。」
Posted at 2017/04/21 19:40:52 | |
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