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2016年10月03日 イイね!

あり得ないことが、(111)




「何だか奥が深そうな話だなあ。そうだ、佐山さんにはさっき話したんですが、一次会が終わったらここにいる四人でどこかに繰り出しませんか。これからお世話になるご挨拶代わりに私にご馳走させてください。」


「え、いいんですか。」


テキストエディターのお姉さんは二次会に乗り気なようだったが、クレヨンは尻込みしていた。


「伊藤さんが来ないと私行けないわ。」


「そうね、彼女に聞いてみるわ。」


相変わらず体を摺り寄せてくるクレヨンの肩を抱きながら僕はクレヨンにそう囁いた。

 
宴会は午後六時半から始まった。型通りに社長が挨拶をして乾杯を北の政所様が主催してそれからは歓談ということになった。社長と北の政所様は新来の諸氏に挨拶をして回っていたが、僕と言葉屋は戦国武将の話などで盛り上がっていた。僕は戦国時代や明治維新あるいは昭和初期の動乱期に出現した人間の生き方をたどるのが好きだ。

 
昭和の初期を除いてこういう時期には傑出した人物が集中して世の中に登場してくる感があるが、この手の人物は平時には逼塞して目立たないだけで何時の世にも何処かにいるのだろう。近年ほとんど傑物が見られないが、その理由は世の中があまりに複雑になり過ぎて一人二人の英傑では世の中をどうにもしようがないからかも知れない。

 
そうした歴史上の英傑の中でもやはり群を抜いているのは織田信長だろうし、後にも先にもこれ以上の英傑はいないと思っている。とにかく目的のためには神も仏も滅ぼし、あるいは道具に使うという冷徹なまでの合理主義は日本人離れしている。こんな合理主義は永遠に日本人には理解されないかも知れない。ところでかなりの書物に信長が神になろうとしたと書かれているが、それはどうだろう。

 
神を利用して自分が望む統治体制を作り上げようとしていたかもしれないが、自分自身が神として君臨しようは考えていなかったように思う。信長が本能寺で明智光秀の謀反に遭った時、信長は「是非に及ばず」と言ったというが、親兄弟の血で購っても自分が覇を得ようとするのが戦国時代の掟だった。その時百人足らずの御側衆しか伴わない信長が弱肉強食の掟に照らしてみれば弱者だったことは間違いがない。

 
明智光秀にしても偶然廻って来た千載一遇の機会を得て、ただその掟に従ったまでのことで、それを良いの悪いのと言ってみても詮無いことだという思いは神でも何でもない人間らしい諦念感に溢れている。だから信長は神を利用することは十分に考えただろうが、自分自身が神になるつもりなど全くなかったのだろうと思うのだ。

 
こんな話を僕と言葉屋は延々と続けていた。言葉屋は信長よりも秀吉のような機智に富んだ人物が好きだという。僕は信長という人物は政略、戦略の天才、秀吉は戦術の天才だと思う。徳川家康は極めて優秀な秀才行政官だろう。だから彼は天才である信長や秀吉には弓を引かなかった。天才には勝てないことを知っていたからこそ時間の経過に運命を賭けて見事にその賭けに勝ったのだろう。


「いやあ、佐山さんは嗜好も考え方も本当に女性とは思えないな。それじゃあ男が取り付いたなんて言われるはずだ。そういう人も最近は多くなったけど、でも僕は好きだな、そういうしっかりした自分の生き方を持った強い女性というのは。」

 
しっかりした生き方って今は男よりもしっかりし過ぎている女の方がずっと多いだろうなどど文句を言っては見るものの言葉屋との話は話で面白く際限がなかった。

 
途中、ちょっと女土方が中座したのを追いかけて外で捕まえて二次会のことを聞いてみたが、「用事があるので時間が自由にならない。」とあっさりと跳ねつけられてしまった。


「私は何も変わっていないわ。どうしてそんなにつまらないことに拘るの。」

 
立ち去ろうとする女土方に少しばかり腹が立って一言言ってやった。すると女土方は僕の方を振り向いた。


「私のことは放っておいて。あなたに私の気持ちなんか分からないわ。」


「分かるか分からないかあなたが自分の気持ちを言わないと私には何とも言い様がないじゃないの。話なさいよ、あなたの言い分を。」


女土方は僕には答えずに背を向けようとしたので僕はまた腕を掴んでやった。


「離しなさい、あなた話すことなんかないわ。また叩かれたいの。」

 
どうも女土方の内面は大分に込み入っているようだった。女土方と格闘戦になっても十分に勝てる自信はあったが、今度ばかりは格闘戦に勝利したところで何の解決にもならないのでたとえ先制攻撃を受けても反撃は控えることにした。

 
ところがそんな僕の深い思いやりにもかかわらず女土方は僕に対する先制攻撃権の行使に何の躊躇いもないようで僕はまた頬を叩かれてしまった。さすがに腹が立ったが、武力行使はしないことに決めていたので女土方の腕を思い切り引き寄せて抱きしめて精一杯のキスをしてやった。

 
女土方は呆気に取られたのか暫らくは僕の腕の中で大人しくしていたが、突然目覚めたように僕を突き飛ばして体を離した。女土方は僕を睨みつけたが、その両目から幾筋も涙が頬を伝って床に落ちていった。

 
こういう時はきっと僕の方が相手の心情を察してきめ細やかな対応をしてやらないといけないのだろうけど何と言われても説明を受けないと分からないことがあるじゃないか。だからはっきり言えばいいんだよ、私はこうだと。


Posted at 2016/10/03 20:23:34 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説 | 日記
2016年09月27日 イイね!

あり得ないことが、(110)




「いや、あなたがこんな話題にこれほどの知識を持っているなんて思いもしなかった。第一、一般的に言えば女性が興味を抱くような話題じゃないからな。まるで男性と話しているようだった。」

 
言葉屋は大げさに驚いた素振りで僕を見つめた。まるで男と話しているようだって。それは当然だろう、僕は男なんだから。


「もしよければ今日オフィシャルが終わった後にどうですか、ちょっと一献差し上げたいのですが。そして話の続きも。」

 
うーん、これはデートに誘われたと言うべきなのか。見知った男性からは、例えば馬の骨氏とか、濃厚な誘いを受けたことは数多あるが、見知らぬ男性からの誘いは初めての経験だった。


「私でいいのなら。でも私、妹がいるものですから一緒でも構いませんか。」

 
勿論、妹なんかいやしない。まさかとは思うが何かがあった場合の先手としてちょっとクレヨンを使ってやろうと思った。


「え、妹さんですか。そちらが構わなければ私の方は一向に。」

 
言葉屋は特に二人ということは意に留めていないらしかった。もしも僕が男のままだったらあわよくば姉妹合わせてなんて思うかもしれないのに。最もそう思っていてもそれを態度に表すことはしないだろうが。

 
僕達は帰りがけもあまり周囲に頓着しないであれこれしゃべりながら部屋に戻って来た。途中わが社の社員様には何人か会ったようにも思うけど基本的に必要以上に人の顔や名前を覚えられない方なので定かではない。ところがやはり見ている奴はいるものだ。


『佐山芳恵、再び男に目覚める』

 
この噂はあっという間に社内を駆け巡った。スーパータレントじゃあるまいし、僕が男に付こうが女に付こうが他人に何がしの利益があるでもなし、世の中に影響があるでもなし、世の中には暇な御仁もいるものだが、これも浮世の習いかも知れない。

 
部屋に戻ると女土方から「時間に遅れる時は連絡をしなさい」と釘を刺された。特に遺恨を持ってという雰囲気でもなかったし、僕自身も悪かったと思ったので「ごめんなさい」と謝ってこの件は落着した。

 
しかし僕と女土方を巡る状況は確実に悪化の一途をたどっていた。いや、僕自身は関係を悪化させるつもりなど欠片もなかったのだが、どうも全体の状況がそちらの方へと動いているようだった。こういう時は何をしてもうまくいかないものでそうした状況がまた方向を変えて動き出すまで状況を見ながら大人しくしているのが良いというのが僕の結論だった。

 
もっともこれもうまく風向きを見ていないと亀裂が広がるばかりで取り返しのつかないことになってしまうが。

 
午後も資料の収集や整理で終わり遂に大宴会の時が来た。会場は前回と同じ築地だったので僕は言葉屋とテキストエディターのお姉さんにクレヨンを連れて早めに出かけた。女土方は旅行代理店と少し遅れて出るとのことだった。地下鉄の中でテキストエディターのお姉さんから女土方のことを聞かれた。


「ねえ、伊藤副室と何かあったの。」


「うん、いろいろあったわ。私達もうだめかもね。」


僕があからさまに言うとクレヨンが顔を曇らせた。


「難しいのよ、この手のことって。それぞれいろいろと思惑があってね。」


僕には別に思惑などなかったが、あれこれ聞かれるのが面倒なので適当に答えておいた。


「何かあったんですか。込み入ったお話のようですが。」


言葉屋が僕達に尋ねた。


「そう、とても難しい痴話げんか。」


僕が一言そう言うと後をテキストエディターのお姉さんが引き継いだ。


「そうなんです。この人ったらある日、突然大変身してしまって、熱愛真っ最中だった彼氏はあっさりと振り切ってしまうし、うちの会社で一大勢力だった森田派は、そう、今の室長だけど、お尻叩きで壊滅させてしまうし、うちの会社じゃあスーパー佐山、武闘派佐山、男勝りの芳恵なんて呼ばれているの。まさかそんなことがあるはずないけど、ある日、突然人間の中身が入れ替わってしまったように変わったわ、この人は。

 
それでね、知る人ぞ知る、ビアンで有名な伊藤副室とくっついて同棲していたんだけどこのところ二人の関係がおかしいのよ、ろくに口も聞かないし、帰りも別々で。最も帰りは事情があって佐山さんは澤本さんのところに帰ることが多いんだけど。

 
でもねえ、本当に仲良しだったのに。人前でも平気で抱き合ったりして。元々異常な関係なのにこの人たちってそんな暗い印象は全然なくて何だか普通のカップル以上に明るく自然な感じなの。何だかこっちまで引き込まれて飲んだ後に皆で雑魚寝したりおかしな経験をさせてもらったけど。けんかしたなんてどうしちゃったのかしらねえ。」

 
僕はテキストエディターの話を聞くでもなく罪の意識を感じているのか消え入りそうな様子のクレヨンの肩を抱いてやっていた。


「ねえ、まさかあなた達二人で出来ちゃったんじゃないでしょうね。それで揉めてるの。」


「そんなのじゃないわよ。第一、こんなこと電車の中で話すことじゃないわ。」

 
僕はテキストエディターのお姉さんを軽くたしなめて話題をそらした。この時言葉屋の様子をそれとなく見ていた。人の中身の入れ替わりなんてあり得ないことにこの男がどんな反応を示すかそれが見たかったのだが、別にその言葉に対して特段の反応は示さなかった。やはりこの男が元僕である可能性は極めて低いようだ。


Posted at 2016/09/27 22:05:33 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説 | 日記
2016年09月25日 イイね!

あり得ないことが、(109)




しかしそうなると関係修復改善はかなり厄介なことになるかもしれない。取り敢えず未だに泣き止まずに泣きじゃくっているクレヨンにもういい加減にしろとちょっと強い口調で泣き止むように言って黙らせた。


「これからどうなるの。」


クレヨンがしゃくりあげながら聞いた。


「何が、」


「伊藤さんとあなたが、」


「そんなの分からないわ。縁があれば戻るでしょうし、そうでなければこれでお終いかもね。」


「ねえ、それでいいの。こんな形で終わってもいいの。」


「良いも悪いもないでしょう。どうやってもだめなものはだめなことがあるんだから。」

 
人事を尽くして天命を待つと言うわけじゃないが、僕は人と人との関係なんてそんなものだと思っている。やるべきことを尽くして相手にそれが伝わらないのであればそんな関係は何時か崩壊れてしまうだろう。

 
でも女土方には僕の方に配慮が足らなかった部分があるように思うので折を見てそれだけは女土方に伝えたいとは思っていた。ただし、関係修復が成功しないと女土方のところには戻れないだろうから実質的に住居不定になってしまうのが一番困るところだった。


「暫らくはここにいさせてもらうから。いいわね。」

 
まず現実的に当面の住処を確保しないといけないのでクレヨンにこの家の一部を暫らくの間僕が住居として占有することを認めさせた。主な生活道具は女土方のところにあるんだが、ここにも着替えは置いてあるし、車や家具を始めとしてその他の生活用具は満ち溢れているので特に問題はなかった。

 
金融翁なら僕に家賃をよこせとも言わないだろう。こうして当面の実質的な問題をクリアしながら今後の対策を考えたがこれと言った名案は浮かばなかったので、ぐずるクレヨンを抱いてやりながら一緒に寝てしまった。

 
翌日やや気まずい思いと同時にひょっとしたら女土方もリカバリーしているんじゃないかという淡い期待を交錯させながら出勤したが、女土方は何時ものとおり出勤はしていたもののほとんど笑顔を見せず言葉もかけては来なかった。

 
午前中何度か言葉をかけてみたが、仕事の話には応じるもののそれ以外は一切黙殺する頑なさに僕の方もやや腹立ち加減になって来て必要以外は声をかけるのを止めてしまった。

 
午後に北の政所様から週末新体制の発足と顔合わせをかねて社長主催の宴会をするというお達しがあった。この状態で宴会も気が進まないがこれも日本の組織社会の定番と諦めた。しかし、前回とは異なり、出席するのは社長と人事担当の役員だけで後はこの部屋の人間だということなのでやや気が楽になったが、それでも氷のように冷たい女土方の表情を見るとやはりまた気が重くなった。

 
この件で関係する人物に連絡を取れと言うことだったが、僕が連絡を取るのは言葉屋だけなのでそれはメールで済ました。するとすぐに返事があり「出席する」と書かれた主文に「あなたとご一緒出来るのが楽しみです」と添え書きがあった。

 
僕のこの追い詰められた苦しい状況も知らずに何がご一緒出来るのが楽しみだ。能天気はクレヨンだけでたくさんだ。それでも口では追い詰められたと言ってはいるもののさすがに元を質せば四十代後半の男性、人生なんてこんなものよというニヒルな開き直りもあり、それほど追い詰められたと言う実感があったわけでもない。

 
ただ、こうした僕の開き直り的な強さと言うかいい加減さというか、その辺りが極めて繊細な女土方の心理に多大な影響を与えたことはどうも間違いはないようだった。この点については事の成り行きがどうなろうと女土方には謝ろうと思っていた。

 
気が晴れない割には慌しい日々の時間はあっという間に過ぎ去って宴会の日になった。この日は朝から言葉屋さんが出勤していて語学プログラムの打ち合わせを行った。ただ言葉屋さんの方も余り時間が経っていないので特段目新しいものがあるわけでもなく打合せはあっという間に終わってしまい、その後は語学雑談のようになってしまったが、この男は言葉だけでなく文化や風俗から政治、経済、外交、軍事、科学技術、そしてモータースポーツや車にまで結構な知識があり、つい話が弾んでしまった。そしてそのままお昼に誘われ食事をしながら政治外交からモータースポーツまで様々な話に花を咲かせた。

 
そう言えば佐山芳恵になってからこんな類の話はとんとご無沙汰で衣類や化粧やエステや男に他人様の噂話ばかり。この手の話は面白くないだけじゃなくて意味が分からない部分が極めて多い。そのため相互の意思の疎通に支障を来たす場合がある。それに引き換え政治や外交、歴史と言った話だと受けも答えも極めてスムーズで意味も良く分かるから意味が通じずに変人扱いされることもない。そんな話題が興味深くまた懐かしくもありつい話が弾んで昼休みの時間を超過してしまった。


Posted at 2016/09/25 21:34:06 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説 | 日記
2016年09月23日 イイね!

あり得ないことが、(108)




女土方は黙って食事を済ますと立ち上がった。


「ご馳走様、とてもおいしかったわ。でも私、どうしても外せない用事を思い出したから自宅に帰らなくちゃ。泊まろうと思ったけどごめんなさいね。」


言葉は穏やかだがほとんど問答無用と言った雰囲気で、僕もこんなに怒った女土方は見たことがなかった。


「どうしたの、泊まっていくんじゃないの。」


僕は一応引き止めたがこの怒り方では無駄だろうと思った。


「恋愛談義には私みたいなのがいてもお邪魔でしょう。どうぞ、二人でゆっくり語り合ったら。」


ほとんど取り付く島もないという様子の女土方の態度に僕もむっとして立ち去ろうとする女土方の腕をつかんだ。


「ねえ、どうしたのよ。私や彼女が一体何をしたって言うの。幾らなんでもそんな態度はないでしょう。」


「何するの。私なんかに用はないでしょう。あなたは普通の女なんだから私なんかにかまわずに誰でも好きな人と恋愛をすればいいわ。人を暇つぶしの道具にするのはもういい加減にしてよ。さあ、その手を離しなさい。」


「いやよ、勝手な想像をしないで私の話をちゃんと聞きなさい。ちゃんと話を聞くのなら手を離すわ。」


僕がそう言ったとたんに顔に打撃を感じた。女土方は僕を平手打ちした後も真っ直ぐに僕の目を見据えていた。何だか女になってからずい分と顔を叩かれる。北の政所様、クレヨンに続いてこれで三回目だ。だけど僕にとっては今度が一番効いた。女土方は瞬きもしないで相変わらず僕を見据えていた。僕も痛かったが殴った女土方はもっと痛かったのかも知れない。


「手を離しなさい。」

 
女土方はもう一度低いけれど良く通る声で言った。これまで僕は叩かれると間髪を入れずに反撃して来た。女土方もそれは承知しているのだろうけれど僕の反撃に備えるような様子は窺えなかった。


「話を聞きなさい。」

 
僕も女土方を見据えてもう一度同じことを言った。女土方の手は握ったままだった。僕たちはしばらくお互いに相手の顔を見据えたままにらみ合っていた。その時突然クレヨンが泣き出した。


「お願い、もうやめて。けんかしないで。もうやめて。お願いだからけんかはやめて。」

 
いきなり泣き叫び出したクレヨンは自分がこの騒動の発端になっていることの重みに耐えかねたのだろう。そんなクレヨンがかわいそうになって女土方を握った手を離してクレヨンを抱いてやった。


「泣かなくていいの。あなたが悪いんじゃないわ。これは私と彼女の問題だから。もういいのよ、泣かなくても。」


「私が変なことを言わなければ、こんなことにならなかったのに。ごめんなさい、もうけんかしないで。」

 
そうして僕が泣き止まないクレヨンの面倒を見ているうちに女土方はいなくなっていた。僕は騒動に驚いて駆けつけたお手伝いに大丈夫だからと言って下がらせてクレヨンを部屋に連れて行った。クレヨンは自分の言葉から始まったこの騒動に相当動揺している様子だった。

 
何よりもあんなに激昂した女土方を見たことがなかったのでそれだけでも相当な精神的打撃だったんだろう。まだしゃくりあげているクレヨンを抱いてやりながらどうして女土方があんなに怒ったのか考えてみた。

 
女土方は自分がビアンだと言うことに想像も出来ないくらいの引け目を感じていた。僕にしてみればそんなことは個人の嗜好の問題で何も引け目を感じることでもないと思っていたが、それは正常人だから言えることなのかも知れない。

 
そんなところに僕と言うとんでもない生き物が出て来て相思相愛の関係にはなったものの女土方には僕はやはり普通の嗜好を持った女という認識だったのだろう。彼女にとって僕と言う存在は僕には想像もつかないくらいかけがえのない大切なものだったのかも知れないが、それ以上に僕をあらぬ世界に引き込んでしまっているという負い目も想像も出来ないくらい大きいものがあったんだろう。

 
自分にとってかけがえのないもの、でも自分の気持ちを優先することは相手に大きな負担を負わせているのではないかという負い目に加えてその大切なものを失うのではないかと言う不安感と常に向かい合いながらそれを何とか遣り繰りして生きて来た女土方の精神のバランスが今日の僕と言葉屋の偶然の共鳴で弾けてしまったのだろうと結論付けた。


Posted at 2016/09/23 22:16:10 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説 | 日記
2016年09月21日 イイね!

あり得ないことが、(107)




「ねえ、帰る前にちょっとお茶でも飲んで行こうか。ご馳走するから。」


僕はクレヨンを食い物でおびき寄せようとした。


「え、本当、いいわよ。」

 
こいつはサル並みの知恵しかないのでやはり食い物のような物欲には弱いようだ。こうして僕達は駅前のケーキ屋に入った。店に入ると僕は出来るだけ他のテーブルから離れた隅の場所に席を取った。クレヨンは別にどこでも良さそうで僕が席につくと続いてさっさと椅子に腰を下ろした。そして注文が終わると僕はクレヨンの方にちょっと身を乗り出した。


「ねえ、ちょっと変なことを聞いても良い。」

 
クレヨンはいきなり身を乗り出した僕に驚いたのかちょっと引き気味になって「何よ、どんなこと」と答えた。


「ねえ、あなたはどんな時にどんな男なら抱かれても良いかなと思う。教えて。」


「ええ、何それ。」

 
クレヨンは少し顔を赤らめた。知的活動ならともかくこいつはそんなことには百戦錬磨だろうにそれでも顔を赤らめるクレヨンがちょっと可愛いと思った。


「そんなことあなただってずい分経験があるんでしょうから聞かなくても分かるでしょう。」

 
それは元祖佐山芳恵なら経験はずい分あっただろうけど今の僕はその手のことには全く未経験なんだ。


「うん、そうなんだけど。でも違う視点ってあるのかと思ってね。私とあなたじゃ年も境遇も違うし。どうなのかなって思ったのよ。」

 
クレヨンはちょっと考えていたがいきなり、「今、あなたと。」と言うと僕の反応を見るように身構えた。


「そうなの、いいわよ。それじゃあ場所を変えて話そうか。」


僕はクレヨンの牽制を軽くかわした。


「もう全く動じない人ね。そんなの決まっているでしょう、好きな人よ。他にあるの。」

 
どうもクレヨンにしてはずい分と在り来たりの答えだった。もっと何か違うことがあるかと思ったがやはり女はそんなところなんだろうか。そういう答えは僕が男だった時に散々聞かされた答えだった。まあ女にもいろいろあるだろうし、その理由も様々かも知れないが、どうもこれが女の王道のようだった。ちょうどそこに注文したケーキと飲み物が運ばれて来たのでそれを食べ始めた。そうしたらクレヨンがいきなり変なことを言い出した。


「どうして今更そんなことを聞くの。大人の恋ならそっちが上でしょう。それとも誰かそういう人が出来たの。あの、今日来た男の人なの。」


「ううん、そうだったらあなたに聞いたりしないわ。そういう実体的なことではなくて感性の問題よ、それを聞きたかったの。」

 
このサルに感性などと言ってみても無駄なことかも知れないが、質問した立場上話を打ち切るつもりでこんなことを言ってみた。


「そうね、結局その時それで良いと思えば良いんでしょうけど相手の人が好きだと言うことが絶対条件よね。そうでしょう。」

 
このクレヨンは最近人並みなことを言う回数が少し増えて来た。もしかしたら極めて緩やかではあるがこのサルも少しずつ進化しているのかも知れない。僕は簡単に「そうね」と答えてからはクレヨンのアホ話に適当に生返事をしながら運ばれたケーキを食べることに専念した。

 
クレヨン宅に帰宅してしばらくテレビを見たりして寛いでいると女土方がやって来た。入って来るなり部屋を見回して「ここもずい分久しぶりねえ。」などど何時になく上機嫌だったが、これから女土方との長い冷戦が始まるとはこの時は夢にも思わなかった。

 
僕達は女土方を待ってダイニングに降りて行き、夕食を取った。相変わらず豪華な部屋で豪華な器だったが、食事自体は何の変わりもない普通の食事だった。食事と言えば女になりたての頃は男の感覚で食事量を認識していたのでいい加減気持ちが悪くなるほど食べてしまうこともあったが、何時の間にか女の食事の質と量にすっかり慣れてしまっていた最近の僕にはそうした認識違いもなくなり特に意識しなくてもほどほどの量を都合良く食べられるようになっていた。

 
この日の夕食はカキフライだったが、僕はテレビの画面を見ながら黙ってフライや野菜を食べていた。すると今まで女土方相手にくだらない話をしていたクレヨンが突然さっきの話を持ち出した。


「ねえ、佐山サブったらね、さっき私にケーキをご馳走してくれたのはいいんだけど変なことを聞くのよ。どんな時にどんな人となら良いかって。そんなこと決まってるわよねえ。それにわざわざ聞かなくたって私よりも大人の恋はずっと上でしょうにねえ。」

 
僕はこのクレヨンの発言について「またくだらないことを言うな」と思った程度で特に意には止めなかったが、女土方がちらっと僕の方を見た。その時の視線が何だかとても冷たい感じがした。


「そうね、私みたいな女には分からないけど、佐山さんはごく普通の女性だからそういう感情は豊かでしょうね。」

 
女土方は下を向いたまま静かにそう言ったが、その言い方を聞いて僕は「まずい」と思った。女土方のこの物言いはそうとう気分を害している。しかしそう思ったのは僕だけではなかったようで原因を作った張本人のクレヨンも、言ってしまったその結果をどう取り繕えばいいのか分からないと言った風情で狼狽の色がありありと浮かんでいた。


Posted at 2016/09/22 00:04:01 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説 | 日記

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ntkd29です。CB1300スーパーボルドールに乗って11年、スーパーボルドールも2代目になりました。CB1300スーパーボルドール、切っても切れない相棒にな...
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