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2016年08月18日 イイね!

翼の向こうに(3)




練習航空隊を卒業すると私達はそれぞれ各地の航空隊に配属され任地に赴任して行った。私は内地の戦闘機隊だったが、高瀬は戦闘機搭乗員としてフィリピンの航空隊に配置となって早々に赴任して行った。当時フィリピンは米軍の侵攻が開始された激戦地であり、赴任すること自体が命懸けだったが、高瀬は特に緊張するでもなく笑って輸送機に乗り込んで南の空に消えていった。

 
その後高瀬からは『無事に着いた。酷いところだ。』といった程度の簡単な内容の手紙が一本舞い込んだが、それきり音信が途絶えてしまった。

 
その年の暮れ、フィリピン方面の組織的な戦闘も日本の敗北で終息して、次は台湾か、沖縄かと上層部が喧々諤々議論を重ねていた頃、補充機を受領に行った私は偶然高瀬と再会した。

 
私が受領書に署名しようとしていたところ、「零戦なんかじゃもう駄目だよ。奴等に歯が立たない。」と後ろから声をかけられて驚いて振り返るとそこに高瀬が立っていた。日に焼けて少し精悍な風貌にはなっていたが、彼独特の淡々とした表情は変わっていなかった。


「無事だったのか。心配したぞ。」

 
私が駆け寄ると高瀬も笑顔で近づいて来た。


「武田、零戦じゃあもうグラマンには歯が立たない。紫電か陸軍の四式戦なら互角にやれるが、どっちも故障が多くてまともに飛びやしない。五二型乙、こいつはもう時代遅れだ。重くて速度は出ない。機動性も初期の物とは比較にならないほど落ちている。発動機を換えればまだ少しはなんとかなるんだろうけど。」


「まあ、話は後でゆっくり聞かせてくれ。時間はあるんだろう。」


「ああ、フィリピンから戻ってここで居候だ。お前はどうなんだ。」


「新しい機体を受領に来た。出発は明日の朝だが、内地はまだそれほど緊迫しているわけでもないから、整備が必要とか何とか理由をつければ一日くらいは大丈夫だ。」

 
そうして私達は夕刻、町の料亭で改めて顔を合わせた。


「お互い無事でなによりだ。しかしフィリピンは酷かったらしいな。」


「来る日も来る日も迎撃戦でな。それに特攻の直掩、あれは辛かった。黙って突入するのを見ているのが。あれはもうまともな戦争じゃない。直掩と言っても仲間の死を見届けて帰ってくる奴は白い目で見られるし。『戦友が死んで行くのに何故帰って来た。』ってな。実際、特攻機の後を追って突っ込んだ者も大勢いたよ。その気持ちは分かるけどな。爆装もしていない零戦で突っ込んでも相手に与える被害なんか高が知れているのに。」

 
高瀬の話を聞いていて予備士官も含めて下級士官など消耗品くらいにしか思われていないこの時期に高瀬自身がよく特攻に指名されなかったことに驚いた。実際我々の訓練も空戦よりも特攻を想定した急降下が大部分だった。高瀬にそれを言うと声を上げて笑った。


「一応、これでも飛行隊のエースなんでな。」


「何機墜した。」


「B二四、二機を含めて一一機、それから共同撃墜が七機。特攻の打診はあったが、飛行長が血相変えて抗議に行ったら、それきり沙汰止みだった。」

 
劣勢の海軍航空隊ではあったが、実戦の様子を知らない私には練習航空隊当時の高瀬のことを考えればこの程度の戦果は朝飯前のように思えた。


「武田、貴様実戦は。」


「制空任務で上がったことは何度かあるが、実戦はまだだ。」


「人殺しなんかやらずに終われば、その方がいいさ。」

 
高瀬は杯を煽った。


「敵は数だけじゃない。乗り物の性能もずっと上手だし、搭乗員の腕だって生半可なものじゃない。B公なんか一万メートルを悠々と飛んでる。こっちなんかそこまで行くのにあっぷあっぷだ。それに撃墜した敵の乗り物を調べてみると、奴等、高高度で発動機の出力を落とさないように排気タービン過給機なんかを当たり前のように使っているし、防弾も俺達の乗り物に較べれば驚くくらいしっかりしている。機体は一見無駄に思えるくらいでかいが、どの部分にも余裕を持たせてしっかり造ってある。特に搭乗員を保護することについては最優先の配慮をしている。それがこっちと向こうの設計哲学の違いと言ってしまえばそれまでだが。

 
表向きの性能だけを較べれば紫電も四式戦も負けちゃいない。計算値そのままの性能が実戦で発揮出来ればいい飛行機だ。ところが発動機からは油が漏れる、コードは絶縁不良で電圧が下がる、燃料は質が悪くてすぐに発動機が息をつく、油圧は作動がよくないうえに油が漏れる、電動機はすぐに焼き付く、しかもそんな飛行機でも奴等の何分の一しか造れない。

 
まだある。海軍と陸軍の規格が違うのは仕方がないにしても、同じ海軍でも型式が違えば部品の規格が違うから機種が違えば部品を融通することもできない。当たり前なんだろうが、奴等、陸軍も海軍も同じ規格で作った飛行機に同じ機銃を積んで同じ弾を使っている。

 
何だかこの国は縄張りばかりが発達していて目的に向かってそれぞれの分野を統合することなんか、まるで無関心だ。それぞれの分野が勝手に目標を掲げて、それを達成しようと躍起になって誰も全体を見ようとしない。

 
例えば日本の技術だ。技術者の着想は悪くない。奴等にさほど遅れているとは思えない。ところがそれを製品として具体化できるほど日本の技術は進歩してはいない。十の力しかないのだから、十の力が安定して出すことのできる製品を作ればいいのに、一二も十五も出そうとする。発動機も二千馬力じゃなくて千八百でも千七百でも確実に馬力を出せる発動機を造ってくれればいいのに、技術が追いつかない無理な設計をしてまで高い馬力を出そうとする。そして最高の状態で造った試作機を最高の状態で運転して目標を達成すると手放しで喜んで、今の日本の生産能力や周辺技術の程度なんか、そんなもの考えようとも見ようともしない。

 
状況を客観的に見て、可能な範囲で最良を目指せばいいのに、この国には合理性なんて概念がないのかな。つくづく職人の国なんだな、この日本という国は。

 
奴等、技術も物資も有り余るほどあるのに余裕のある設計で無理なんかかけらもしていない。常に合理的に妥協点を探りながら物事を進めていく。

 
戦闘だってそうだ。決して無理をしない。彼我の状況を判断して確実に勝てる兵力量や戦法を考えてから戦を仕掛けて来る。こっちのようにその場の感情的な勇気なんかではなく、どうしたら最少の損害で最大の効果が得られるかを計算してから攻めて来る。

 
それに人の命を大事にするんだ。撃墜された搭乗員を本当に涙が出るくらいに何度も何度も入れ替わり立ち代り飛行艇が救助にくるんだ。自分達が何時こっちの戦闘機に食われるか分からないような我々の基地の間近まで出かけて来るんだ。

 
初めは余程嘗められているのかと思ったが、決してそうじゃない。奴等にしてみればそうすることが当たり前なんだ。

 
戦争は命のやり取りだけど、合理的な計算と充分な兵器、物資、それから敵の中に残されても出来る限り助けに行くぞっていう後ろ盾があるからこそ、無理をしないで安心して戦争が出来るのだろう。もしかしたら、戦わせるためにそこまで計算してやっているのかもしれないな。そうだとしたら恐ろしい国だよな。

 
『死んで来い。』の一言で無理無体ばかり命令するのとは大違いだ。そんな奴等と戦争しても勝てないよ、この戦は。」

 
高瀬は憲兵に聞かれたら引っ張られそうなことを平気で口に出した。


「俺達はまだいいさ。そこそこ敵に対抗できる兵器を与えられているから。気の毒なのは陸軍の連中だよ。兵器も物資も手元にあるものをある分だけを使ってしまえばそれで終り。補給も何もない。火力や物量の差は仕方がないが、せめて弾と食物と薬品くらいは送ってやらなきゃ戦争になんかなるもんか。近代戦で勝敗を決めるのは投射火力量だろう。そしてそれを支えるのが補給なのに、現地調達だのと言って、戦争をさせる方はその辺の木に大砲の弾が生っていると思ってるんだろうか。

 
ろくな地図もないような山の中、弾も食物も薬もなく彷徨って、それで敵を撃破しろなんて前線の様子を一目見たらまともな神経じゃ言えないよ。

 
元々こんな戦争するような資格なんか日本にはなかったんだから止めとけばよかったんだ。軍事費なんか削っても中国の国民党政権を経済的、技術的に支援してやって中国の近代化を進める手助けをして共産化を防止してやるとか、そんな方法で国民党に恩でも売っておいて共存共栄を図ればよかったのに、長期的な計画もビジョンなくナチスドイツなんかと手を握って米英と事を構えるからこんな悲惨な戦争する羽目になってしまうんだ。」

 
私は誰かに聞かれるのではないかとはらはらしながら高瀬の話を聞いていた。こんなことは憲兵じゃなくとも軍の偉いのに聞かれたら、それこそ無事じゃ済まないと思った。それを高瀬に言うと『何、構うもんか。聞かれたって。』といった風情で言葉を控える様子もなかった。


「空戦にしても奴等何回も偵察してこっちの戦力を徹底的に調べてから、間違いなく勝てる数の戦闘機を送り込んでくる。捕虜に聞いたが、相手の戦力を分析するのに写真偵察だの暗号解読なんて当たり前で、驚いたのは兵員数を推定するのに便所の数を数えているって言うんだ。便所の数を数えて、それに一定の係数を掛けて兵力を推定するんだそうだ。それを聞いた時、そんな国と戦争やっても勝てる訳がないと思ったよ。そこまで計算づくで勝てる戦しか仕掛けてこない奴等が怖いと思ったよ。

 
こっちなんか偵察も何もあったもんじゃない。偵察機なんか出て行けば端から皆未帰還で、たまに写真でも撮って帰れば勝ったみたいに大騒ぎだ。そしてその後は突撃、突撃だ。敵信班が苦労して分析した無線情報なんか机の下で埃を被って日の目なんか見やしない。暗号が解読できなくても通信の頻度や発信先、受信先等を分析することで、ある程度敵の動きを推察することが出来ると敵信班の士官が話していた。

 
その士官から過去の敵の無線発信頻度と敵の作戦を突き合わせた表を見せてもらったが、恐ろしいくらい敵の実際の戦闘行動とほとんど一致していた。その士官は何度もその分析を上官に報告したが、『無線を聞いていて戦争に勝てるなら苦労はせん。そんなことは今すぐにやめて、せめて防空壕でも掘っておれ。』と言われたそうだ。それでもその士官は最後まで敵の通信分析を止めなかったよ。

 
それで空襲の時、防空壕にも入らずに敵の通信解析を続けていて戦死してしまったよ。いつも迎撃に上がっていた俺達に敵の情報を送ってきてくれていたのもその士官だった。敵は緊急時や航空機相互の通信なんかは日本のように何でもかんでも暗号を使わないで平文を使うから、そのまま敵の動きが分かるんだよ。敵に筒抜けになることは承知の上で手間のかかる暗号を省略して迅速柔軟に状況に対応しようとしてるんだろうな。

 
この国には合理的に物事を進めようなんて思考はかけらもない。戦争は国の命運を背負ったつもりになって悲壮感でやるもんだと思っている。たった一回だけを戦うならそれでも勝てることもあるだろう。けれど相手が立てなくなるまで叩き合う今の戦争は、そこまで冷徹な計算をしなければ出来ないってことを誰も考えないんだ。

 
だから空に上がれば周りは敵だらけで、こっちの単機がそれこそ無数の敵機に追いまくられて袋叩きだ。腕や乗り物が十倍も上等なら何とかなるだろうが、腕も乗り物も奴等の方が上なら後はただ黙って撃墜されるだけじゃないか。」


Posted at 2016/08/18 00:15:30 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説2 | 日記

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