御嶽山噴火による遭難者の家族が「自衛隊が今日中に救出してほしい」と取材に答えていた。火山活動活発化で捜索中断となった焦りが、警察でも消防でもなく「自衛隊」を名指しさせた。2011年の東日本大震災はじめ、今年も土砂崩れや水害の度に活躍する自衛隊の印象はそれほど強烈だった。
四半世紀近く自衛隊取材を続け「継子扱い」時代を知る故、隔世の感を禁じ得ない。情報収集→分析→機動展開▽それ支える指揮・通信+衣食住をカバーする自活力…など、全て単独で実行できる《自己完結能力》の成果。しかし自己完結性は、敵を殲滅する戦闘集団として創隊以来積み重ねてきた力で本来「災害用」ではない。大が小を兼ねるがごとく、国防力が災害対処力を兼ねるのであり、逆は真ではない。
実際、災害出動で有事に向けた訓練時間は激減、錬度は落ちる。国民が身近な災害出動に感謝する以上に国防任務に感謝するまで、自衛隊は真の名誉を得られない。だのに、感謝される災害対処でさえ効果的運用を阻まれ、自衛官は「ハラハラ」「イライラ」の連続。飛躍的に改善されたものの、今なおハラハラ・イライラ局面の残る自衛隊災害出動の「哀史」をたどる。
■輸送部隊の「交通違反」
濃灰色したカリフラワーのような不気味な火砕流の煙を鮮明に覚えている。長崎県の雲仙・普賢岳が噴火した1991年、自衛隊を徹底的に追った。
それは不思議な光景だった。住民避難で寂寥たるゴーストタウンと化した地区を偵察する陸上自衛隊の装甲車が信号待ちしていた。I二曹が説明した。
「荷物でも取りに来たのか、民間の車とすれ違った。急ぎたかったが信号は守った」
長崎県警交通部に「信号無視すれば違法か?」取材した。
「避難命令無視とはいえ、わずかでも人がいる。道路性はあるので、道路交通法は守ってほしい」「ただ、法自体こうした緊急時を想定していない。遮断地区だし、任務の緊急・重大性を考えると、守らなかったとしても責められない」
防衛大臣の承認を得て駐屯地司令らが都道府県公安委員会に申請した赤色灯付緊急車輌と、緊急車輌が先導する車列以外、あくまで原則だが交通法規は守らねばならないのだ。
以下は、今以上に悪質で幼稚な非戦反軍の時流を考慮し、産経新聞の長期1面連載《岐路に立つ自衛隊》でも書くのを躊躇した現実の数数。
信号待ちした装甲車は、ほとんどの部隊に未配備の最新型だった。火砕流を受けても、車輌内で防火服を着ていれば旧来型に比べ退避時間が稼げる(それでも短時間)耐弾性能が期待され、東日本より急送された。
その際、輸送部隊は“交通違反”を犯した。最新型は、ペアで運用する専門のトレーラーをまだ保有していなかった。旧来型用トレーラーを代用したが、荷台の両側からキャタピラがはみ出してしまう。長距離移動中、隊員は「違反がバレないか、ハラハラし通しだった」。
■反軍思想を反映した隠語
島原城内に急造した自衛隊員用の救護所=野戦病院でも、医官=軍医や看護官=衛生兵がハラハラしていた。自衛官に混じり、居残った一部民間人も救護所に足を運んだ。一般診療所・病院の多くが閉鎖され、救護所をアテにしたのは当然だった。
だが医官が特定場所で一定期間以上、一般医療に従事するには医療法上、地方厚生局への診療所開設手続きが必要となる。7年後の長野冬季五輪でも、ゲレンデに設置された救護所の赤十字旗を見た民間の患者が多数訪れ、医官は「人道措置、人道措置と自らに言い聞かせ、ハラハラしながら治療した」。
自衛隊の出動には「ハラハラ」に「イライラ」が加わる。
自衛隊内にはかつて「ラスト・イン/ファースト・アウト」なる隠語が存在した。災害救助の原則対処は地方自治体で、自衛隊が発災当初姿を現すと「軍の出動」と反発を買う時代にあって「災害が収まり始めた頃に入り、サッサといなくなる」という“教訓”。
1995年の阪神・淡路大震災でも、反軍思想を抱く知事が自衛隊派遣要請に逡巡し、現在では数分で行う派遣要請が4時間以上もかかった-とも言われる。
そもそも、自衛隊の力を借りる発想自体なく、自衛隊との本格的防災訓練も怠り、派遣要請手順すら知悉していなかった。米海軍が物資輸送や病院船、シャワー付き仮設住宅に活用すべく空母の神戸港派遣を申し出たが、日本社会党の村山富市首相(90)が拒絶した。
■保健所員の仮設浴場査察
この種の「人災」は、災害の度突出した実力を披露する自衛隊の権限が強化されるに従い逓減。「反軍首長」も、自衛隊に「ファースト・イン/ラスト・アウト」を求めるに至る。もはや笑い話になった逸話も多い。例えば陸自施設部隊=工兵や海自護衛艦が被災者向けに設ける仮設浴場。阪神・淡路大震災では保健所員が跳んできた。
「(銭湯営業の前提である)検査に向けた公衆浴場法に沿い届け出をしましたか?」
「……」
現場指揮官は保健所員をにらみつけた。すると「何を言いたいかは分かっています。ですが役目柄…」とうつむいた、という。
実のところ、公衆浴場法は《反復・継続使用》が前提で仮設浴場は適用外。保健所関係者は「当時は前例が極めて少なく、保健所員は法律を理解していないか、お咎めを恐れ所掌か否かも不明なまま『とりあえず“職務遂行”を』と、思ったのでは」と推測する。
ところで雲仙・普賢岳噴火後、非避難地区沖には海自艦が連日遊弋(ゆうよく)した。「住民救出用」か尋ねると、オフレコを条件に意外な答えが返ってきた。
「大中型艦は水深が浅く接岸できない。噴火で住民がパニックに陥らないよう、訓練海域を変えるなど工夫し、安心材料として遊弋させている」
確かに、海自艦確認は一部住民の日課となっていた。災害時、自衛隊は国民のハラハラ・イライラを解消する先兵でもある。一方、災害はもちろん有事でも、もっともっと自衛隊の自主的裁量を広げなければ、自衛隊のハラハラ・イライラは募る。自衛隊のハラハラ・イライラ解消は国益・国富守護に直結する=真理を正視しよう。大きな危機において、法律は時として沈黙すべきだ。
法は不可能を強いるものでもないし、緊急の場合の例外も容認している。細かいことをあれこれ言うのは振れ幅の大きい日本人の戦後の非戦傾向に乗った反戦団体などの自衛隊叩きに他ならない。
大規模災害などの緊急の場合は法の言う「やむを得ない場合」に該当する。しかし、大規模災害で現実的に活動能力が最も大きいのは自衛隊でほかにこれを代替する組織がない以上、災害時に自衛隊の活動を裏付ける法整備が必要だろう。
国防の任を担う正規軍が救難活動の柱と言うことについて海保や警察、消防などにその任を委任すべきという考え方もあるだろうが、やはり金や装備で大きな負担になりかねない。この財政難の折、救難・救助を担当する部隊を別に組織するというのはなかなか難しいだろう。
軍事力の存在自体を批判する向きもあるが、現在の人間社会では軍事力は絶対に必要だろう。おそらく人間社会が続く限り軍事力と戦争がなくなることはないだろう。人間はどうもそれほどお利口ではないようだ。しないで済むなら戦争などすべきではないが、どうしても戦わなくてはならない時もある。
最近は自衛隊の認知度が上がって来ているとは言うが、それは災害救助などの本来業務以外の部分で本来業務である国防に関してはまだまだ認知度は低い。超他力本願でわがままな日本人社会では自衛隊の憂うつはまだまだ続くのだろう。
Posted at 2014/10/13 13:25:31 | |
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