商談は最初から波乱含みとなった。まあそれは、私の
姿を見た受付嬢の態度からも予想は出来たが…。
何故かスタッフ数人で囲まれる様にして商談テーブル
へと誘われると、受付のオネーチャンが流石に今度は注文を取ろうと、ドリンクメニューを差し出し
ながら言って来た。
「何か飲み物を御持ち致しますので…」
メニューを受け取った私は、いつもの様に茶目っ気を出す事にした。というより悪戯心がムクムクと
湧き上がったというべきか。
「う~ん…、じゃあ、コーヒ―を常温で!」
途端に眉間に皺が寄ったオネーチャンに、ソコで終わらないのが私の流儀であり、ここぞとばかりに
畳み掛けた、但し、慇懃無礼な態度は忘れずに、だが。
「分かりました、では結構です。じゃあそうですね…、ウーロ茶を、25.5度にして持って来て下さい」
オネーチャンは急いでメモ帳を取り出し、書き殴りながら言った。
「は、はい、ウーロン茶を、25.5度ですね。ではスグに御持ち致します!」
最初から冗談で言っているのだが、緊迫した空気が支配し、全くと言ってよい程、スタッフ間に通じて
いない様だった。
「しんげん様、その辺で、ご勘弁を…」
そんな緊張感を打ち破る様に、流石“年の功”と言った所か、老スタッフが窘めるように言った。
「はっはっは失礼! では冷たい烏龍茶でいいですよ!」
私は満面の笑顔でそうオネーチャンに言ったが、一つ御辞儀をすると、最後は泣きそうになった受付
嬢は、ソソクサと駆け込む様にスタッフルームへと消えた…。
早速とばかりに分厚いハードカバーのカタログを広げ、具体的な商談となた。
「では、ターボでは無く、ハイブリッドのみの御見積という事で宜しいでしょうか?」
「はい、それで…。だって、ターボって、500万円位値引き出来ないですよね?」
「はっはっは・・・」
と、老スタッフは乾いた笑いでお茶を濁した。 私はそれに気にする事無く、まず、オプションパーツ
関連のカタログをパラパラと捲った。すると老スタッフが、
「御存知でしょうが、ポルシェのエクスクルーシブシステムと言うのが有りまして…」
勿論知っていた。それは謂わば “特注のポルシェ” の事であり、自分だけのカスタマイズが出来る
システムだった。
「カタログに載っていない、お客様のどんな要望にも
お応え出来ますので、この機会に是非お申し付け下さい!」
自信満々に、マニュアルトークをかましてきた老スタッフだが、私はソンジョそこらの優しい客では
無い。 どんな改造も出来ると豪語しているが、ほんの小さな事すら出来ない事を私は知っている。
でも一応聞いてみた。
「ホントに何でも出来るの?」
「はい!どんな要求にも対処出来ますので!」
自信を取り戻したかの如く、老スタッフの眼は輝きを増し鼻腔は膨らんだ。
「ふ~ん…。じゃあ、国産車と同じ様に、ウィンカーレバーとワイパーレバーの位置逆にしてくれる」
「そ…、それは…、出来ま…せん…」
あっさり勝負がついた。が、そんな事は当然とばかりサッサとスルーし、次々とオプションリストから
チョイスし、老スタッフに伝えた。
と、ココで老スタッフの携帯が鳴った。
「もしもし…今商談中…では後ほど…」
そう言ってスグに通話ボタンを切った。が、この様な事はパナメーラ試乗中にも何度かあった。
そう、何度も老スタッフの携帯が鳴っていたのだ。その都度、
「もしもし…試乗中…では後で…」や、
「もしもし…試乗アテンド中…では改めてコチラから…」
等と口をモゴらせながら言っていたが、実は、微妙に語尾が違う事に気が付いていた。
「ま、何かの暗号だろうな…」
スグにそう察知したが、どうせ警備会社か官憲にでも、私の身分を照会していたのであろうと推察
出来たので、気付かないフリを続けていたのだ。そんな事を考えていると、受付のオネーチャンが、
ウーロン茶と受け菓子を持って来た。 余程キンキンに冷えていたのか、既に結露がコップ下部を
覆っていた。若しくは、コップにウーロン茶を注いでから何かしばらく“用事”が有ったのかと勘繰っ
たのだが、今も私の前で、このオネーチャンと老スタッフの間でさりげなくアイコンタクトを取っている
事に気が付いた。
「言いたい事が有るなら、ハッキリ言えばいいのに…」
と、多少ではあるがイラついたその時、今度は私の携帯が鳴った。
「パららぁぁ~♪ ちャララァァ~~♪ デゲデゲデゲデゲ・・・・」
偶然たまたまだが、仁義なき戦いのメイン・テーマ (Theme of "Battle without Honor")が、ショー
ルーム内に鳴り響いた! スグに立ち上がり、ショールームの隅に移動して通話ボタンを押した。
これは余り良好な関係とは言えない仕事先や、元上司や、“敵”からの着信音であった。私の携帯
は、個別に着信音を変えており、例えば通常の仕事関係先からは、「トッカータ と フーガ」であり、
クルマ仲間からの着信音は、「マッハGoGoGo」であり、オネーチャン関係からの着信音は、
「キューティーハニー」となっている。 更に言えば、特に仲の良い友人からの着信音は、
『六本木GIROPPON〜』である。 特に深い意味は無い…。
この会社の担当者は、兎に角とろい若造なのだ。故に私の口調もついキツめになってしまった。
「お前、いいかげんにしろよ!」
相変わらず要領の悪い担当者に、段々コチラのイライラが募る。そして、あの癖が出てしまった。
そう、私は怒りが増すと、何故か関西弁になってしまうというアノ癖である。
「ジブーン! 何回言うたら分かるんじゃコラッ!!」
しかしまるで“糠に釘”、“暖簾に腕押し”の態度の若造に対し、更に一段ヒート-アップしてしまった。
「
わりゃあぁ! ええ加減にせんと、許さんけーの…」 (※ ← 某みん友女史の指摘により訂正)
と、ついに低音で広島弁を呟いた後、強引に通話ボタンを切った。
「ふー! 全くアイツは・・・」
天井を見上げ強めの溜息を吐くと、荒々しく携帯を閉じポケットにしまい、正面の大きなショーウィン
ドウに視線を落とした。
ふとウィンドウ越しに道路を見ると、1台のクルマがハザードを付けて停まっていた。私が其方に
視線を向けると、先方が気付いたようで、スモークが貼られた後部座席のウィンドウがスルスルと
降りて行った。そしてその奥から知った顔が見えた。
実は私が10年ぶりに喧嘩別れした “敵地” に、一人で乗り込むという事で、近所に住む悪友が
心配してくれたようで、こっそりと(とは思えないが)様子を見に来ていたのだ。この悪友、“仔猫達
の旅立ち”でもチョコっと出たが、新型ポルシェを貸してくれた某クルマ屋の店長であり、私とは30
年来のバイク友達でもある。見た目は私よりも厳ついが、根は、“お化け”と“コンチ”が怖い臆病者
である(苦笑) 因みに今乗り付けた車は、純白のメルセデスW221のシャコタン“気味”のロリンザー
仕様であった。
私が彼に小さく手を振り、「大丈夫だよ!」と、声を出さずに口を動かすと、軽く頷き、メルセデスら
しからぬ爆音を残して走り去った。 それを見届け、商談に戻ろうと振り返ると、今度は全員が俯き、
見て見ぬフリをしていた。
確かに偶然とはいえ、ピンポイントでの電話と、恫喝と間違えられかねない会話をしてしまった故
の事ではあるが、言い訳では無く完全に不可抗力である!
しかしそんな私の想いが通じる筈も無く、完全に“ソノの筋”と間違われている事は手に取る様に
感じたが、今更説明するのも面倒なので、このまま突っ走る事にしたのは若気の至りか。私は席に
戻り、能面の様な顔になっている老スタッフに笑顔で商談再開を促した…。
再開したはいいが、何故かこの老スタッフが、“毅然”とした態度を取り始めたのには、苦笑せざる
を得なかった。しかし、今更優等生には戻れない。と言う訳で、“毒を喰らわば皿まで!” である。
色々オプションを言ったが、最後に老スタッフの顔を近くに呼び寄せ、一際低い声で聞いてみた。
「コレ…、“防弾”に、出来る?……」
それから数分後、無事商談が終わり、分厚いカタログと粗品を手にした私は、店を出る事にした。
入って来た時と同じ様にスタッフに囲まれる様にメインエントランスを出ると、大半はそこでお辞儀を
して自動ドアが閉まるのを待って居た。老スタッフは、流石に外まで見送りに来て、
「もし宜しければ、しんげん様の御宅までお送り致しますが?」
と、リップサービスを忘れなかった。
「いや、“ツレ”を、待たして居るので…」
と、最後まで“ソレ”らしくお茶を濁すと、
≪これ以上追及してはイカン!≫と、ばかりに自らを戒める様な態で、この老スタッフはニコやかな
笑顔のまま、
「それではここで失礼して…。またの御来場、御待ちしております」
と恭しく頭を下げた。勿論1%も本気で言っていない事は明白であったが、まあ最新式のポルシェ
2台に、“思う存分”乗せてもらった事は感謝しつつ、意気揚々と店を後にした…。
「さて、スーパーカー探訪も、いよいよ真打登場と行きますか!」
そう、実はこの数日後、次期愛車探訪スーパーカー部門のメインイベントたる、某メーカーによる、
“ジャパン・プレミア” に行く事になっていたのだ!
しかし、そんな有頂天になった私に、当然の様に天罰が下る事になる…。
“
階段落ち”である…。
おわり!
※尚、この日の模様は、愛車紹介ポルシェ 911 フォトギャラリー
内の→ “
ココ” にありますので、どうぞご覧下さい!
でわでわ!