振り向く暗闇の中にソレは居た・・・　“青い女”編　幕間狂言⑮

　最近ようやく親元を離れ、会社の近くにアパートを借りて住み始めた。

理由はいくつかあったが、実家からの通勤が面倒臭いのと、親元から

離れたいというのと、“彼女”の近くから逃れたいという願望があげられ

る。本来ならば、初めての一人暮らし程、心躍る事も無いのだが、俺の

場合はどうしても“彼女”付きという事になってしまうので、嬉しさと沈む

心が半々となり、手放しで喜ばしい事でも無かった。流石に毎日と言う

訳では無かったが、“彼女”が、ここぞとばかりに、俺の部屋に泊まっていく回数も増えて行った。

しかし俺の仕事が順調になるにつれ、元々不規則な勤務体系であるホテル業に身を置いている

“彼女”とは、段々とスレ違う回数も増えて来たのはやむを得ない事だった。が、当然俺は、この

流れを止めようともしなかった。そんな俺達の仲に、破局というモノがヒシヒシと近づいていた事は、

恐らく“彼女”も気が付いていた事だろう。だから日増しに昂る“彼女”の嫉妬の激しさたるや、しば

しば度を超す事態となっていた…。


　ある日、いつもの様に仕事終わりの居酒屋で、会社の同僚と飲んだ後、暗い夜道をトボトボと

自分のアパートへと向かっていた。仕事終わりの楽しい酒席にイイ気分で歩いていた俺の背後に、

ヒタヒタと近づく気配を感じた。しばらくは確認を込めて同じ歩調で歩いていたが、やはり後ろから

も、同じ気配が付いて来た。アパートの入り口に差し掛かった時、そこで俺は歩調を遅め、そして

ダッシュするフリをして素早く振り向いた！　しかし、誰も、何も、居なかった。気のせいとも思った

が、気のせいにしては余りにもはっきりとその存在が伝わって来ていた。

　「今のは、何だッたんだろう…」

訝しく思ったが、特についてくる輩の姿も無かった事から、踵を返しアパートのドアに目をやると、

“彼女”がこちらを見ていた。ドアの前に佇んでいた。

　「！！！…びっくりした！　…いつからココにいるんだよ」

“彼女”は怪しい眼差しで、しかし甘えた声で言った。

　「ついさっき…」

　「…」

俺は無言で“彼女”を押しのけ、部屋のドアを開けた。なるべく“彼女”を無視するように部屋の明り

を点け、ネクタイを緩めると、ふー…っと、ベッドに座り込んだ。“彼女”もいつの間にか俺の正面に

立っていた。

　「何で部屋で待っていなかったんだよ」

このアパートを契約した時、既に予備の鍵は彼女に渡していた。なので言わば半同棲状態なので、

外で待っていたのが、どうも引っかかった。

　「別に…。それより、アナタさっき何か気にしていたように見えたけど、どうしたの？」

　「いや…、別に…」

俺も同じ様に返答した。相変わらず“彼女”は立ったまま上から俺を見ていた。

　「なんだよ！　同僚と飲んでいただけだよ！」

　「…」

　「本当だよ！　駅前の…」

　「〇〇という居酒屋ね」

“彼女”が、俺の発言にかぶせて言って来た。

　「お前…いたのか？」

俺のその質問は無視して、“彼女”が一気に捲し立てた。

　「17：22に入店。メンバーは同僚の〇〇さんと、△△さん…」

そこで一呼吸置き、俺を睨みながら、

　「そして…アノ女！！」

そう言う“彼女”の眼が、怒りに打ち震えていた。

　「見ていたんなら、話が早い。何もなかっただろう！！」

そういう俺に一瞥を喰らわせると、“彼女”は徐に鞄から分厚いシステム手帳を取り出した。

　「最初に4人で生中を注文した後、〇〇さんが枝豆とコロッケを、△△さんが餅バターとホッケの

　　開き、アナタが鶏唐と冷奴、そして…アノ女がサラダと茄子焼を注文してから、20：17に店を出

　　る間に、アノ女はアナタに38回流し目を送っていたわ！　そのアナタは、恥知らずにも、アノ女

　　の胸元を40回も見ていたし、アノ女の太腿を32回も見ていた！」

俺の背中には、いつの間にか冷たい汗が流れ始めていた。しかし気取られぬように項垂れ、床に

視線を落としたままだった。

　「アノ女が、いやらしい目でアナタを見ると、アナタも輪をかけて下品な目でアノ女の身体を、舐め

まわすように見ているなんて！　あ”～～おぞましいぃ！」

声はいつの間にか怒号となり、下を向く俺のうなじにぶつけられていた。

　「そんなに見たきゃ……私のを見ればいいでしょ！！」

目の前に居る、“彼女” の両足がせわしなく動き、服の擦れ合う音が俺の耳に飛び込んで来た。

　「ホラッ！　見なさいよ！」

そう言って“彼女”は、いきなり俺の髪を掴み、強引に引っ張り上げた。

　「ほら！ホラ！これが見たいんでしょ！　ホラッ！これが女の胸よ！」

そう言って“彼女”は、掴んでいる俺の顔面を乳房に擦り付けた。

「そしてホラ！　これが男の大好きなオ〇ンコよ！　アナタも大好きでしょっ！」

そう言って“彼女”は、俺の顔面を叩きつけるように股間に押し付けた。

　「やめろ！」

俺は全裸になっていた“彼女”を突き飛ばした！

“彼女”はテレビ横の壁に背中を打ち付けると、息が詰まったように、その場にズルズルと、もたれ

ながらしゃがんでいった。

　「もう、お前とは一緒に居たくない！　出て行け！」

俺は初めて“彼女”に怒鳴った。俺も怒りが湧き起っていた…。それも恐怖混じりの…。

　「ああぁ、い、いやあ！！駄目！一緒に居る！ゴメンナサイ！！だから、だから…」

一転して、俺に対し、“彼女”は懇願の表情を見せた。

　「いーや！　出て行け！　二度とお前の顔は見たくない！」

　「あぁ～！　ごめんなさいごめんなさい！！　許して！お願い！」

生まれたままの姿で、俺の右足に“彼女”が、すがって来た。その時、俺の背筋に氷の柱が密着

したような冷気が襲ってきた。俺の中で、恐怖が怒りを凌駕し始めていた。

　「お前が出て行かないなら、俺が出て行く！」

一刻も早くこの場から逃れる為に、そう言って足を振り払うと、急いで玄関に行き靴を履くと、荒々

しくドアを開けて、外へ飛び出し暗闇の道を駆けて行った…。


　しばらく走っていると、暗いが電灯のある場所に辿り着いた。小さな公園だった。そこに有る花壇

の柵に腰を下ろすと、ようやく一息つく事が出来た。と、同時に刺す様な冷気が首筋から侵入して

くる。着の身着のまま飛び出してきていたので、上はＹシャツ1枚だったから無理も無かった。吐く

息も白かった。

　「今日は取り敢えず、Ｂ夫の家にでも行くか…」

そう考えがまとまり始めたので、俺は行動に移ろうとした。

　その時、何処からともなく女の声が漂って来た…。

　　　つづく