今年初めて、F1の公式予選をLIVEで観た。元々F1を
観る為に契約したチャンネルだったが、今年は全く見る気
もしなかった。もっとも大きな理由は、F1に”日本の影”を殆
ど感じなかったからだがそれ以外にも理由はいくつかある。
①F1のレギュレーションが、段々とショボくなってきている
②最高の技術の結晶の場ではなくなっている
③ドライバーの分布に、かなりの偏りが出てきた
④レースに勝つ要素の中に占める、ドライバーの割合が激減している
⑤レーススチュワートのジャッジの不透明さが、いつまでたっても改善されない
⑥グローバルの名を借りた、F1開催不適切国のレースカレンダー編入
⑦他のモーターレースの飛躍と隆盛
といった事が挙げられる。
まず①からだが、少しでもエコを重んじてか、極力性能を落とそう落とそう!小さくしよう小さく
しよう! と必死の姿が見て取れる。私から見れば、
「ふざけんな!」
である。そもそも、大金使って爆音をカマシ、多くのクルマが殺人的なスピードで走り回る行為
自体が、反社会的行為そのものである! それが何を今更イイ子ぶっても、その本質は変わり
様が無いのである!
技術的な分野で言うと、余り知られていないが、F1マシンはとてもエコなのである! その事を
決定付ける性能がF1マシンに備わっているからである! その一つが、CO2排出量“0”が挙げ
られる。そう、F1マシンはガスを“完全燃焼”させる事により、まったく二酸化炭素を排出しないとい
う、プリウスですら遠く足元の及ばないような、この驚異の性能を叩き出しているのである! 更に、
F1を攻撃する無知で愚かな連中がよく叫ぶ、
「F1は、滅茶苦茶燃費が悪い!」
という語句に関しては、愚問の極みである!
これらの連中は、F1マシンより遥かに多く、また毎日走っているトラックや、戦車や、飛行機や、
船の燃費を知っているのであろうか?
解りやすい喩で言うと、F1の全チームが4日間のレースウィークで使用する、全ての燃料を合
わせた量より、たった1機のジャンボジェットが、東京―欧州、または東京―米州に使う燃料の
量より少ないという事実がある…。
概算ではあるが計算して見ると、現在のF1の燃料タンクは約200ℓ。コレを金曜フリー・予選・決
勝と、全て満タンにしたとしても、200×3=600ℓ。コレに各チーム2台のマシンが有るので、×2で、
1,200ℓの燃料量となる。それにチーム数の11を加えれば、13,200ℓが、1レースでF1GP全体で使う
燃料量となる。
それに対し、ジャンボジェットが成田からニューヨーク、パリ、ロンドンへ直行するフライトする場
合、約1万kmで約12時間かかります。テクノジャンボB747-400は、ジェット燃料10トン(12,500kltr)
で1時間飛行出来るので、120トンものジェット燃料を積まなければなりません。つまり、F1全体で
も、ジャンボジェット1機の約10分の一程度しか使用しないのです! F1の燃費が悪いと叫んでい
る輩は、それより先に航空会社や、航空機メーカーを非難しなければならないのだ。なんせF1は
年間20戦。それに対し、1日に数千機飛んでいるジェット機は、考えるまでも無く、F1よりも非難さ
れるべき存在であろう!
次に②であるが、そもそもF1は、人類が地上を走らせる乗り物の最高峰であった。この場合の
最高峰とは、技術の最高峰を指す。つまりパーツ1のつ1つ迄もが、全て最高の技術の結晶だった
のだ! しかるに現在のレギュレーションを見れば、その価値が急落している事に気が付く…。
例えばF1の花形であるエンジンやギアボックスは、年間の開発が中止されているばかりか、使
用する個数にも限りが有る。それは何を指すか? つまり、この方面では技術の進歩が止まって
いるという事だ。更には今年(実質は少し前からであるが)、タイヤの性能低下が叫ばれているのも
その一つ。主催者側は、
「わざとパフォーマンスを少し落として、ドライバー間の競争を煽る!」
と言っているが、これは半島人や支那人がよく使う、“詭弁” というものだ。 何度も言うが、F1とは、
4輪レースの最高峰と同時に、技術の最高峰であるべきなのだ! それが、
「わざと性能を落とし・・・」
なんざ、出来ないヤツの、言い訳以外の何物でも無い!
次に③であるが、コレは一言、ヨーロッパ人ドライバーによる寡占である。元々ヨーロッパ貴族
の遊びから始まったこのレースであるから、コレは致し方ないと思われる諸氏も居ると思う。んが、
実はそうでもないのである…。
車を造った人類は、最初のほんのひと時だけ、ヨーロッパが造っていたに過ぎず、ほぼ同時期
に、この思想や技術は世界に行き渡る…。
一つ大きな例がある。
皆さんご存知の、“世界三大レース” である、“モナコGP・ルマン24時間・インディー500” だ。そ
れぞれの初開催の年を挙げると、モナコGP=1929年、ル・マン=1923年、インディー=1911年、と
なる。つまり、ちゃんとオーガナイズされ、ルールが明確化され、専用のクローズドサーキットで、体
裁の整った大規模レースを最初におこなったのは、欧州ではなく、貴族や欧州人の殆ど居ない米州
が最初だったのだ…。
ここに面白いデーターがある。それは年度別によるドライバーの国籍である。例えば、F1全盛期
と言ってよいであろう、1970年代のF1で、特に1974年のドライバーを見て見ると…。
参戦総ドライバー数 :79名(これも凄いが)
内、欧州人ドライバー:52名
欧州人以外のドライバー:27名
と、欧州人ドライバーの寡占率は、約66%である。
然るに昨日の日本GP公式予選でのドライバー分布を見て見ると…。
参戦総ドライバー数:22名
内、欧州ドライバー:16名
欧州以外のドライバー: 6名
と、欧州のドライバー寡占率は、約72%に上昇しているのである。しかも、これにテストドライバー
と、リザーブドライバーを加えると、その寡占率はさらに跳ね上がる…。
しかも面白い事に、この欧州ドライバーをさらに細分化すると・・・
独国=4名
英国=4名
仏国=4名
芬国=2名
班国=1名
蘭国=1名
と、欧州主要国が、綺麗に仲良く最大派閥で並んでいるという現状だ。
傍から見れば、苦笑以外の何物でもない…。
そして④であるが、結論から言うと、ハッキリ言ってF1に辿り着くスキルを持ったドライバーなら
ば、トップマシンに乗れば、誰でもチャンピオンになれるのである。否定したい気持ちは分かるが、
それが事実であり真実である。その証拠に各ドライバーは、レースの前にシート争奪戦を繰り広
げているではないか! この行為の背景は、このシート争奪戦こそ、F1ドライバーの”真のレース”
とも言えるからに他ならない! これは、道具(動物含む)を使った競技全体にも言える。競馬も競艇
も、良い馬、良いエンジンを獲得した選手が勝つのである。
この事はF1界でも具体的に、既に或る人物達によって証明されている。
その最たる者は、“デイモン・ヒル” と、“ジャック・ビルヌーヴ”である…。
つづく