
未だ現場検証が続いている“彼女の家の周りは、寒村にもかか
わらず、警察官や村人達でゴッタ返していた。
「私は、いつかこうなると思っていたのよ…」
「そうよね~。所詮パン助とはいっても、女郎には違いないものね~」
「あー、やだやだ! 早くこの家ごと燃やしてしまえばいいのに!」
「そうそう、この家の…君も、半年前から行方不明だったんだって!」
「そーなの!…道理で最近見かけないと思っていたわ…」
アチコチから、これ見よがしに聞こえて来る、非難めいたお喋りが咲き誇る中、現在この家の唯一
の住人が教師たちに伴われて帰って来た。騒がしかった周辺がピタリと静まった。
「この子が母親の娘です」
そう言って教師が警官に紹介した。
「そうですか…。 あ、現場には入らないほうがいいので…」
そう言うと警官は、やんわりと現場に入ろうとする一行を押し止めた。
「中で、いったい何が?…」
「その前に色々とお話を伺いたいので、先生方はこちらの方に来て頂けますか?」
一行が指示に従い、警察官の大勢いる場所へと誘導しようとした時、
「あ、娘さんは私と一緒に来て下さい」
と、“彼女”だけが二人の警官に挟まれ、現場の中へと連れて行かれた。
「チョット中が凄い事になっているから、余り周りを見ないで付いて来てくれるかな?」
警官はさりげなく“彼女”の視界を遮るように前に立ち部屋に入った。“彼女”は俯きながらついて
行く。しかし、たとえ周りを見なくても、部屋中に充満する血の匂いと、肉の焼けた臭いは、隠しよ
うも無く“彼女”の鼻腔に滲入してくる。思わず嘔づく“彼女”を、警官が優しく介抱しながら、しかし
ハッキリとした口調で“彼女”に言った。
「あそこに座っている人は、間違い無くアナタのお母さんですか?」
所謂“面通し”だった。“彼女”がそっと顔を上げた先に、数人の警官に囲まれる中、柱に寄り添っ
て座り込んでいる母の姿が目に入った。呆然とへたり込む母は、10歳は老けたように見えた。
“彼女”を見つめる警官の視線を頭部に感じながら、コクリと頷いた。
「そうか…。じゃもういいから外に出て…」
「母と! 母と話をさせて下さい!」
促そうとする警官に対して、突如“彼女”が叫んだ! 現場にいる警官達の視線が一気に集中する。
「…ちゃん?…ちゃんなのね!」
今まで項垂れていた母親が、急に顔を上げて“彼女”を探した。
「お母さん!!」
そう言うや否や、警官を振り解き、“彼女”は母親の胸に飛び込んで行った。一瞬引き離そうとする
警官達ではあったが、その手が躊躇しているように止まった。
「おかあさんおかあさん!」
母娘は渾身の力を込めて抱き合った。
「ごめんねごめんね…」
母の血で染まった頬から涙が零れ落ちる。それを感じた“彼女”はより一層力を込めて母を抱き
しめた。そしてその肩越しに、“彼女”はチラリと戸が開いたままの押し入れの中に目をやると、
いつの間にか失禁の跡や吐瀉物は無くなっているのに気が付いた。
「じゃあ、もうそろそろいいか…」
警官の一人が、ゆっくりと親子の間に割って入った。
「お前サンは、まだ質問に答えていないぞ!」
警官の口調は元に戻り、二人を離す。
「娘さんにも色々聞きたい事が有る」
そう言って警官達は、娘を別の部屋に連れて行った。
「娘は、娘は全く関係が無いので、許してください!」
「話を聞くだけだ!」
一喝する警官を横目に、“彼女”は静々と別の警官について行った。
「まず、アナタのお父さんは、今どこに居ますか?」
それが、隣の部屋に連れて行かれてから“彼女”が最初に聞かれた質問だった。
「…知りません…」
「じゃあ、いつからいなくなったの?」
「…半年…位、前からだと思います…」
「その間は、御婆さんとお母さんの3人きりで?」
コクリと“彼女”頷いた。
「お母さんと御婆さんの仲は悪かったの?」
コクリと“彼女”頷いた。
「…アナタは、…御婆さんと、仲悪かったの?」
一気に核心をついてくる感じがした“彼女”は、警官を見上げた。
「どうなの?」
全く怯む気配も見せずに、警官が淡々と質問する。
「あまり…」
「あまり何?」
「なか…よくは、無かった…です…」
警官はいったん顔を上げると一息つき、また“彼女”を見据えながら言った。
「今朝…」
「今朝?」
「何時頃、家を出ましたか?」
思わず下を向いた“彼女”を、警官は鋭い眼差しで睨んだ。
「何時頃、家を出ましたか?」
再度同じ質問をぶつける。
「7時半…頃…だったと…思います…」
ふーん。と言った表情で警官が続けた。
「御婆さんが亡くなった時間が、今朝の6時半から7時半の間なのだけれど…」
それを聞いた“彼女”の身体が硬直する。
「アナタは、この場にいたのではないですか?」
「……」
俯いている“彼女”の身体が小刻みに震え出した。警官が質問を変える。
「先程、先生方から貰ったものが有るのだけど…」
そう言って、警官は外に待機していた部下を呼び、或るモノを受け取った。
「コレ、何だか分かるね」
そう言って警官は“彼女”に弁当箱を突き出した。
“彼女”はソレを見てスカートの裾をギュッと握りしめた。
「このお弁当箱に、御婆さんの血が付いていたのだけど…」
“彼女”は俯いたまま顔を上げない。
「何が有ったか、教えてくれるかな?」
突如思いつめた表情で“彼女”が言った。
「母は、母は、悪くありません!」
警官は目で先を促した・・・。
“彼女”は、これまで母娘で受けた虐待や嫌がらせ、そして老婆を殺すまでの経緯を、少しずつ
ではあるが、ボソボソと話し始めた。勿論、殺し方についてまでは言及しなかったが…。
「だから、だから、お母さんは、悪くありません!」
いつの間にか室内は静寂に包まれていた。中には涙ぐむ警官も居たほどだった。隣にいる母親
にも聞こえていたのか、すすり泣いていた。
「何故それを黙っていたの? 黙っている事も犯罪なんだよ」
気を取り直して警官が口を開いた。
「私は、私は死刑になってもいいですから、母を、母を許してあげて下さい!!」
“彼女”の魂の叫びだった。しかし、そんな叫びに惑わされる事無く、警官はそれを冷たく事務的
に否定した。
「それは出来ません。それよりも、アナタも隠匿者として署に連行します」
それを聞いていた母の声が、隣から聞こえた。
「娘は、娘はどうなるのでしょう?!」
「お前と一緒に署に連れて行って、取り調べる事になる。まあ、お前はこんだけの事やらかした
んだ! タダで済むとは思うなよ!」
一際強い口調で、警官の一人が母に詰め寄った。一瞬、何とも言えない“嫌な”空気が部屋に流
れた。すると…。
いつの間にか髪を振り乱した母が、ムックリと立ち上がった!
「……お・の・れ~!! 下手に出ていれば図に乗りおってー!」
―― 突如、母の声がまた、あの時と同じ声に変質していた… ――
つづく