多事多難多事多難多事多難多事多難多事多難・・・・・・・・・・・・・・・・・・後編

　夜中に突然携帯が鳴った。　暫くの間、“坊(仮名)” を

預けていた犬友マダームからのソレは悲痛な連絡だった。

　「ああ、コンちゃんのお兄さん！　坊が、坊がっ！」

その内容は、“坊(仮名)”が居なくなってしまったという事

だった。大分慣れて来ていたので、暫く目を離していたら、いつの間にか姿が見えなくなっていて、

家の門が開いていたとの事だった。犬友マダームの狼狽ぶりは悲壮感を極めるような後悔が溢れ

出ていたので、逆に申し訳なく思い、努めて明るい口調で宥めた。

　が実際、私自身、過去2回の出奔の時の様な焦燥感が無かったのは事実だった。　寧ろ今回の

逃走は予期していた事でもあり、またこれが今生の別れになるかもしれないと覚悟を決めていた

節も有ったのだ・・・。


　“坊(仮名)”は過去に一度捨てられた。そしてまた今、私に捨てられたと思うのは仕方の無い事

だった。故に“母を訪ねて三千里”の“マルコ”と化した“坊(仮名)”が、私の元に戻ろうと決心したの

かもしれない。そんな“坊(仮名)”の心情を思うと胸がかきむしられる感じがした。

　しかし今回は積極的に探そうとは思わなかった。ただ車に轢かれない事だけを願っていた。

　それは“坊(仮名)”に対し、取り返しがつかない様な悪い事をしたという罪悪感が有ったからかも

しれない・・・。


　そんな事をボンヤリと考えていた時、しかし事態は急展開を見せた！　それは今は亡き“愚弟”

こと、“コン”と一緒に10年の歳月をかけて積み重ね築き上げた、ワンコネットワークがモノを言った

瞬間でもあった。

　突然携帯が鳴った。スグに出ると、懐かしい犬友の声だった。

　「あ、コンちゃんのお兄ちゃん？　久しぶり！　突然なんだけど、“坊(仮名)”は今そこに居る？」

　「いや、昨日から家出して・・・」

　「あ、じゃあそうかも知れない！　あのね、さっき○○の付近で黒いワンコがうろついていたのを

　　見たという犬友が私に話し掛けて来てね・・・」

詳細を聞くと、紛れも無く“坊(仮名)”だと思ったので、礼を言ってその場所へ向かおうとした時、

また携帯が鳴った。先程とは別の犬友だった。

　「あ、コンちゃんのお兄ちゃん？　確か今、黒い小さな犬飼ってなかったっけ？」

　「うん飼っているけど、家出した」

　「やっぱり！　じゃあ、やっぱそうだ！！」

詳細を聞くと、紛れも無く“坊(仮名)”だと思ったので、礼を言って先程連絡のあった場所に程近い、

その場所へ向かおうとした時、また携帯が鳴った。今度も先程とは別の犬友だった。　そして結局

この情報が決め手となった。

　その詳細は、先程報告が有った場所から更に離れた場所に在る某小学校の傍の農園で栽培さ

れていたキャベツを喰っていたところ、狸と間違えられて捕獲されている犬が居たとの事だった。

“坊(仮名)”には悪いが、その報告を聞いた時、空腹に耐えられずキャベツを喰っていたが、すぐに

見つかりジタバタと往生際悪く慌てふためきながら、しかしあっさりと捕獲された“坊(仮名)”の姿を

想像し、思わず噴いてしまった私が居た。



　「らしい、っちゃ、らしいな・・・」

そしてすぐにその場所へと車を走らせたのだが、しかし引き取りに行った時には“坊(仮名)”の姿は

既になかった。どうやら逃げた様だとソコの農園主が申し訳なさそうに言った。ただ、捕獲してすぐ

に警察に通報したから、ひょっとしたら警察が連れて行ったかもしれないと言われたので、今度は

警察署へ向かった・・・。


　この地域を管轄する警察署へ行くと、官憲達は朝礼の真っ最中だった。突然入って来た厳つい

オッサンの姿に官憲達の鋭い視線が集中した。

　「何の用？」

一際強面の官憲が一人近づいて来た。

　「いや、コチラに黒い犬が保護されていないかと・・・」

一瞬、訝しげに私を睨んでいた官憲の後ろに居た若い官憲が、ハッとしたような表情で強面官憲に

耳打ちした。すると何かを思い出した様に、

　「少しお待ちください」

といって、建物の奥の方へと消えて行った。

　暫くすると、奥の方から、

　「あ～、ヨシヨシ！　判ったから、慌てるなって！！！」

という声が聞えた。と同時に地べたをチョコマカと忙しなく動き回る“まっくろくろすけ”の姿が見えて

来た。

　「この犬ですか？」

　「はい、そうです・・・」

こうして3度目の出奔劇は、拍子抜けする程アッサリと解決した・・・。


　家に帰るなり、ミルクをがぶ飲みした“坊(仮名)”は、一息つくといつものソファーへと駆け上がり

横たわると、スグに寝息を立て始めた。

　「流石の“坊(仮名)”も、今回は疲労が激しかったんだろうな・・・」

私も“坊(仮名)”の心地良さげな寝息を聞いて、ようやく肩の荷が下りた様に感じた。

とその時、寝息のトーンが変わった。と言うより≪イビキ≫へと変化していた。

そしてスグに≪大イビキ≫へと昇華した。思わず顔を覗き込む。と、そこには白目を剥きながら

苦悶の表情で寝ている“坊(仮名)”の姿があった。



　「・・・やっぱり、今回は、余程・・・苦しかったんだろうな・・・」

再度、今回の“坊(仮名)”の大冒険に思いを馳せつつ、一睡もしていなかった私も一眠りしようと

階段を駆け上り部屋のドアを開けた・・・。


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おわり