
「ィ…、兄ィ! そろそろ起きてよ!
オイラの散歩の時間が減っちゃうよ!」
「…ん?…ゴメンゴメン、あと少し、寝かせてくれ…」
「そんな殺生な~! 早く公園に行かないと、
ルイちゃん(雌犬)帰っちゃうよ~~」
「んんん~!!ふー、わかったわかった! じゃ、支度するから玄関で待ってろよ!」
「うん!わかった! 兄ィ、スグ来てよ!!」
「………。」
「…ィ、…兄ィ! どうしたの? 何で、泣いてるの?」
「アホ! そりゃ俺の傍で、“イビキ” をかく奴が居なくなったからだよ!」
「オイラまだ、兄ィの傍にいるじゃないか! だから、だから、涙を拭けよ!!」
「何をまた一丁前に言いやがって……」
……と、耳がキーンと鳴り響き、私はガバッと起き上がった。既に朝陽が射し始めた部屋の中を
見回す。確かに今も愚弟は私の傍に居る。息もせず、冷たい身体のまま……。
とうとう、これからコンを天国へ送らなければならない朝を迎えてしまった。出来る事なら、この
ままいつまでも時間が止まって欲しいと思った。しかし容赦なく刻々と時が刻まれてゆく。コンが
生きていた時から、段々と遠ざかって行ってしまう寂しさは、何とも言えない苦しみを私に与える…。
午前中に愚姉が来た。母を気遣っての帰宅だった。余りコンとは一緒に過していなかった事も
あり、私や母とは、コンに対する温度差が有った。いつものように振る舞い、いつもの様にテレビ
を見て笑っていた。
私が母の世話をする為、しばらく居間から遠ざかった。相変わらず愚姉の笑い声が、寝室まで
届いていた。
世話が一段落した後、居間に戻ると、愚姉が入れ替わりで母の元へ行った。私はソファーに腰
を下ろし、愚姉が見ていた番組をボーっと見ていた。陽も高くなり強い日差しが、リビングに射して
来た。と、その時、コンの顔がキラリと光った。何だろうと顔を覗き込んだ。
「………。」
コンの頬が濡れていた。それを見て、
「本当に愚姉は素直じゃないのぉ…」
と、言わずにはいられなかった。そして、何故かコンの頬は更に輝きを増していた…。
午後になって、ポル友である某大学教授が来てくれた。コンを一緒に車まで運び出してもらう
のと同時に、一緒に葬儀に参加してもらう為だった。平日の昼間なので、堅気の人には頼めな
かったのだ…。 ← 冗談です!m(_)m―自爆―
いよいよ“その時”が近づいて来た。ココで簡易“お花畑”を一旦中断して、コンを運び出す。コン
の身体が、更に重くなったように感じた。男二人がかりでも、コンをフィットの後部座席に収めるの
には、かなりの体力を要した。
皆がクルマに乗り込んだ後、私は一人家に戻って、全ての扉の鍵をかけた。コンが居た時は、
平気で鍵をあけっぱなしで出かけていたが、これからは、もうそれは出来ない。一部屋一部屋
見て廻った。そして、コンが運び出された居間の風景が目に飛び込んで来た。
「もうこココで、股をおっぴろげて眠っているコンを見られないのか…」
いつもと変わらぬ場所なのに、何故か、がらんどうな空間に見えた。
「よし! コン、行くぞ!」
私は玄関の扉を閉め、フィットへと向かった…。
フィットの傍に、オチビさんが居た。コンの最期を送ってくれる為に、来てくれていた。私は後部
ドアを開け、オチビさんを招いた。オチビさんは、ジッとコンを見つめた後、明るい声で、
「コンちゃん! バイバイ!!」
と、手を振ってくれた。
「良かったな、コン!」
と、コンの顔を覗き込むと、心なしか、照れている様に見えた…。
葬儀場までは20分程の道程だが、今日は思いっきり遠回りして行こうと考えていた。そう、コン
の大好きだった場所を巡る為に…。
まず、いつも散歩していた公園に行った。コンはこの公園の主だった。そして、100戦無敗の絶
対王者でもあった(笑) 実際は、4~5回程負けているのだが、本(犬)人は、これっぽちも負けたと
思ってなかったので、敢えて100戦無敗にした(爆)
「今年の初めまでは、お前さんもココで元気に雪の中に
潜っていたんだけどな~。そのかわり、俺は死にそうだったけど…」
「ふっ…」
っと、頬が緩んだ。あんなに苦しい思いをしたのに、今はその光景が輝いて見えました…。
次に向かったのは、コンの数少ない恋愛相手だったワンコの住んでいた家の前でした。いつも
この前を通る度に、何かしら理由を付けて、この近辺に留まっていました(笑) その彼女が、散歩
に行った公園に居た時は、コンは“野獣”と化したものでした(大爆) 残念ながら彼女は若くして亡
くなってしまい、結局プラトニックな関係のまま唯一だった恋愛が終了となってしまいましたが…。
次に向かった先は、長年お世話になって来た動物病院です。コンがウチに来た時、かかりつけ
の病院を決めておいた方が良いと考え、アレコレ探していた時に出会った病院でした。まだ開院
したばかりの時で、若い獣医がとにかく元気よく、張り切って、そして誠意溢れる診療をしていた
ので、あっと言う間に人気病院となりました。その院長先生も、今やチラホラと頭の毛に白いモノ
が混じって来ていましたが、コンにとってはかけがえのない主治医でした。いずれ最後に診てもら
おうと、救急病院の獣医に、転院の手配をしてもらっていました。その時渡されたカルテとレントゲ
ン写真を合わせて渡すべく、病院に向かったのでした。
「コンは、良く頑張った!よく頑張ったな!」
院長は、コンの頭を何度も何度も撫でました。そして、渡されたレントゲン写真を次々に空に透か
して見ながら、やはり何度もコンの頭を撫でていました…。
「ついでと言う訳ではありませんが…」
私は、先日購入したばかりの、フィラリアの薬を先生に渡しました。
「折角、買ったばかりでしたが、もうこれを使う奴が居ないので…」
と言うと、複雑な思いでソレを受け取っている様でした。
それから病院の皆でお別れをしてくれました。
そして一行は最後の地へと向かいました…。
葬儀場に着くやいなや、スタッフが数人駆け寄り、テキパキと準備をしてくれました。
よっぽど大きい犬だと心配していた様でした(笑) まあ実際、4人がかりでも、コンを運ぶのは大変
そうでしたけど…。
そしてコンは綺麗な棺に納められ、皆で最後の別れをする事になりました。ココでも花が渡せられ、
ココでも徐々に “お花畑” が出来ていきました。やはりコンは困惑気味に見えました。
「何度も言うけど、オイラ、花なんて、似合わないって!」
喋る事が出来たなら、間違いなくそう言っていた事でしょう……。
しばらく参列者で、コンの想い出を語り合いました。 某大学教授が言いました。
「しんげんさんとコンちゃんが、私の知り合いのペンションに行った時、部屋が足りない
からと、私としんげんさんをコンちゃんと隣の部屋にさせて、コンちゃんはその部屋の
ベッドの柱に結わえ付けた事が有ったんです。すると深夜、建物全体が揺れる様な
轟音と衝撃があったので、慌ててその音のする場所に行ったら、コンちゃんが、その
体を繋いでいたベッド毎引っ張って、ドアに体当たりしていたんですよ!!」
そんな、“コン”の武勇伝が次々と語られ、その都度、皆は腹を抱えて笑いました。
こんな幸せな時間が、永遠に続いて欲しいと、私は心から思いました……。
つづく
この日の模様は、愚弟が大好きだった、“ホンダフィット” のフォトギャラリー
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ココ” と → “
ココ” にアップしております・・・。