しんげん神奈川のブログ一覧

　“ぷーちん(仮名)” は元気な仔犬だった。故に、その躾を兼ねた

対応に追われ、未だ愚弟を失った、傷心止まぬ私の心に、しかし

その暇を与えない事に成功していた。そんな多忙の日々の中、私

は仔犬の偉大さを、改めて噛み締めていた…。


　そうしてようやく心が軽くなり始めた頃、まゆが “ぷーちん(仮名)”

を迎えに来た。身体中にあった痣や生傷も、かなり薄れて来ていた。

表情も僅かだが明るくなっていた。ただ少し痩せていたのが気になった…。


　他愛無い話で盛り上がったので、頃合いを見て近況を聞こうとしたが、その件に関しては、まゆ

の口は途端に重くなり、

　「ごめん。。。ありがとう。。。大丈夫だから。。。」

と、この三つの言葉を繰り返すのみだった。私もそれ以上今の彼女のプライベートを詮索するよう

な事はせず、それからはその話を俎上に乗せる事はやめた…。


　そうこうしているうちに、まゆの帰る時間が迫って来た。　既にウチで預かっていた間に溜まった

“ぷーちん(仮名)” の私物は、まゆの車に積んでいた。後はまゆが “ぷーちん(仮名)” を引き取る

だけとなった。

　「本当にありがとう！　御礼は必ずするから！」

　「いいよ、気を遣わんでも」

　「ううん！　そうもいかないわよ！」

と、久しぶりに満面の笑みが零れたまゆだった。

　が…。

　異変は “ぷーちん(仮名)” から始まった…。


　玄関から出て、まゆのクルマに乗り込もうとしたその時、突然地べたに這い蹲り、断固拒否！の

態度を示したのだ。

　「ホレホレ！“ぷーちん(仮名)”、早くママのクルマに乗らないと、置いて行かれちゃうぞ！」

と、笑いながら私は “ぷーちん(仮名)” を促していたが、そんなほのぼのとした雰囲気とは真逆の

瘴気が湧き起こって来るのを感じた。まゆの表情がみるみる硬くなっていくのに気が付いたのだ。

　「“ぷーちん(仮名)”！　早く来なさい！」

ちょっとキツイ口調になっていた。

が、その返答は、更なる地べた這い蹲りの姿勢であった。

　「本当に置いて行くわよ！！」

今度はかなり強い口調で “ぷーちん(仮名)” に言った。それに対し、今度はプイッ！ッとばかりに

踵を返し、私の足元に戻って来て這い蹲った。まゆの表情が大きく歪んで行くのが手に取るように

判った。そして恐れていた事だが、とうとうまゆの抑えていた感情が沸点に到達してしまう。

　「もうっ！私がどれだけ、どれだけ、相手を想って尽くしているか、アンタ解ってるの！」

正に、プチッ！と何かが切れるような音がして、辛うじて平静を保っていたであろう彼女の精神の

箍が外れた。閑静な住宅街にヒステリックな、まゆの怒鳴り声が木霊した。 “ぷーちん(仮名)” は

更に身を固くし、私の後ろに回った。

　「ちっさいワンコに怒鳴った所で…、どうになる…」

私は彼女の気を逆撫でない様に気を付けながら、それでも窘め無い訳にはいかなかった。そして、

未だ肩で大きく息をしていたまゆを、今度は宥める様に優しい口調を意識しながら、

　「もう少し…、俺が預かろうか…」

と言った。　が、結局その言葉が火に油を注ぐ結果となり、文字通り起爆剤となってまゆの決断を

早めさせてしまった。

　「もういい！　アンタ置いてくからねっ！！」

いつの間にか、まゆの瞳から涙がボロボロと零れていた。

　「おいおい落ち着けって！　そんなに怒ったら尚更、“ぷーちん(仮名)”が怖がるだけだろう…」

しかし、そんな私の言葉は彼女には全く届いていなかった。今度はまゆの方がプイッ！っとばかり

に踵を返し、クルマへと歩き出した。

　「いつでもイイから…、遠慮しないで…連絡くれ！」

そう彼女の背中に投げかけたが、まゆは振り返りもせずにクルマに乗り込み、荒々しくドアを閉め

ると、涙をゴシゴシ拭きながら一刻も早くこの場から立ち去りたいとばかりに車を急発進させ、タイ

ヤが上げる埃と共に私の前から去って行った・・・。


　まゆのクルマの後姿を見送った後、その場に佇む私とは対照的に、“ぷーちん(仮名)” は何事も

無かったかの如く家の中へと戻って行った。一つ苦笑をして、私も“ぷーちん(仮名)”の後を追った。

　玄関の前で一旦立ち止まり、もう一度まゆの走り去った方を振り向いた。既に辺りは黄昏の光に

包まれていた。私はドアを開け、夕食の準備をするべく、はしゃぐ“ぷーちん(仮名)”と共に、キッチ

ンへと向かった…。


　そして数日後、あの日の朝を迎える事になる…。



　　　　　「ヴーッ！ヴーッ！ヴーッ！…」

　　　　　　　　マナーモードでブルブルと震える携帯を開け、ぼんやりとメール画面を見た。

　　　　　　　　　　　　　「コン…兄ィ……助け…て…」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　暗闇の中、私は、総毛立った……。


　　　つづく

　　※尚、オートサロンの模様は、愛車紹介フィットのフォトギャラリー内の

　　　　　　　　　　　　　→ “ココ” と、“ココ” に　アップしておりますので、どうぞご覧下さい！