
会場内の混雑は時間が経過する毎にその密度を増して
いた。当然スタッフ達も対応に追われ、猫の手も借りたい
位であったろう。そんな中で、わざわざ私にアテンドを付け
るとは、ディーラー側の誠意を感じ始めたのは否めない。
しかもオナ…数少ない女性の営業スタッフであり、仏頂ズラを堅持しつつも心の中ではニヤけてい
たのは致し方の無い所であろう…。
「AやSから、しんげん様の事は伺っております」
名刺を繁々と見ていた私に、そのM女史は言った。ふと顔を上げ彼女の顔を見据えると、
「なので、お手柔らかに御願い致しますね!」
と、すかさずニッコリと笑顔を私に向けながら、
「では簡単に会場内を御案内致します」
と自然な動きで私の腰に手を廻し促した。
「ども…」
私も、“マダムキラー”の笑顔で返したが、彼女のペースに嵌りつつある現状に、心の舌打ちを禁じ
えなかった。
「う~む…先手を取られたな…」
たとえどんなシチュエーションでも、自分がイニシアティブを取れなかったもどかしさがジワジワと
私を蝕み、軽い不快さだけがつのり始めた。
そんな私の心情を知ってか知らずか、彼女は笑顔を絶やさぬまま会場の隅々へ私を連れ回した。
「コチラでは現役のプロドライバー達と、シミュレーションゲームが出来ますよ」
「お!オリマブちゃん!?」
「あ、御存知でしたか?」
「そりゃ勿論」
「うふっ、しんげん様もやられてみては?」
「いやいや、遠慮しときますよ」
「え~、どうしてですか?」
「そりゃ、私が乗るだけで勝ってもいないのに、3勝分の≪ウェイトハンデ≫を喰らいますからな」
「…ププッ」
彼女が堪えきれずに噴き出したのを見て、少し挽回したと感じた私は、ようやく心の底からの笑み
を浮かばせる事が出来た。
次に案内されたのは、披露宴会場の様なエリアであり、そこでは軽食を嗜みながら色々な商談が
行われている場所だった。
「コチラでは、主にポルシェのグッズ販売や、その他関連商品の案内をさせて頂いております」
そう言われ周りを見てみると、確かにポルシェのグッズから保険、クレジットカード、ハテまたジュエ
リー販売等のブースが軒を連ねていた。
「う~む…なんか、怪しい霊感商法の会場に連れてこられたようだ…」
心ではそう思ってはいたが、一応ココの主催者は天下のポルシェであり、あくまでも、単なる “関連
企業” のシナジー効果を期待する一角であろうと自分を納得させた…。
何御気無に立ち止まったブースでは、某クレジット会社と提携した “ポルシェカード” が飾られて
いた。チラリとそのカードを見た時、すかさずM女史が私の耳元に顔を近づけそっと言った。
「しんげん様は、ポルシェカードを御持ちでしょうか?」
「いや…あまり…クレジットカードは作らないようにしているので、この手のカードは
公共料金の支払い用と、ETC料金支払用の2枚しか持っておりません」
ホントはもう一枚、“エヴァンゲリオンカード” を作っていたのだが、敢えてココでは言わなかった。
すると女史の眼がキラリと光り、私の眼を見据える様に言った。
「この機会に是非ご入会下さい!しんげん様のステータスに相応しいプランが御座いますので!」
と、それから“ヨイショ”の言葉が彼女の美しい口元から、しかしマシンガンの様に続いた。それが
営業トークだとは解ってはいるのだが、どうしてもイイ気持ちになってしまうのは、若いオナゴを前
にしたオッサンのウィークポイントでもあった。
「そうね、ちょっと考えてみようか…」
ボソッとその言葉を言い終えぬうち、彼女は申込書を私に差し出してきた。ニッコリ笑ってはいるの
だが、その行動の素早さに有無を言わせぬプレッシャーも感じ始めていた。
申込書に記入し、その申込者控えの部分を切り取ると、これまたニッコリと女神の微笑みを向け
ながら私に渡すと、間髪入れずに私の横に跪きながら、
「ところで、しんげん様の奥様はどちらに御出でで?」
口に含んでいた紅茶を吹き出しそうになったが、グッと堪え無理やり嚥下すると、
「いえ…家には…犬一匹と、猫が3匹いるだけです…」
と、絞り出すように言うと、またすかさず、
「まあ! それは…でも…では、私が…立候補しても…うふ!」
と小悪魔の様な微笑みを私に向け、オッサンの心をまた揺さぶった。
「いやいや、一応、恋人未満の様なオナゴは居るんですよ!」
と精一杯の抵抗をみせたのだが、またアッサリとリターン攻撃をカマされた。
「ではその素敵な女性に、ジュエリーなど贈られてみては? 女性は絶対に
悦びますし、それに、そんなしんげん様は…とても…とても素敵ですわ!」
と、また上品な眼差しで私を見つめて来た。
「そ、そう?」
思わず少し、どもってしまった私は、完全に彼女のペースにまた嵌まり、いつの間にかジュエリー
のショーケースの前で、アレコレ勧められていた。
「そうですね…ラペルピンやコサージュもイイと思うのですが…
やはり…やはり、指輪が宜しいかと思いますよ!」
「そ、そう?」
ボソッとその言葉を言い終えぬうち、彼女は申込書を私に差し出してきた。ニッコリ笑ってはいるの
だが、その行動の素早さに有無を言わせぬプレッシャーが更に増大していた。
申込書に記入し、その申込者控えの部分を切り取ると、これまたニッコリと女神の微笑みを向け
ながら私に渡すと、間髪入れずに私の横に跪きながら、
「そうだわ、本日のレースクイーンと記念写真を撮られてはどうでしょう?
御立派な体格のしんげん様なら、きっと御似合いですわ!」
と言いながら、スックと立ち上がり、
「早速行きましょう!」
とまるで私の手を引く様に会場の入り口まで連れ出された。そして言われるまま私のコンデジを渡
すと、まるで昔一世を風靡した≪某AV監督≫の様に褒めちぎりながら、色んな角度からカメラを操
り撮りまくっていた。周りにいる客達の視線も一緒に浴びながら、“カミーノ人” の様な美女二人に
体を密着させ、すっかりイイ気分となった私が彼女に礼を言うと、
「本日は御足元の悪い中、わざわざお越し下さり、誠に有難う御座いました」
と頭を下げると、また女神の微笑みを私に向けながら、しかし一気に “ビジネスモード” に切り替え、
さっさとスタッフルームの方へとその姿を消した。
暫くは、狐につつまれた感に苛まれたが、兎に角、本来の目的は達成した事もあり、特に悪い気分
とはならず、帰途に着く事にした…。
フィットに戻りセレブの鎧を解くと、未だ降りやまぬ初夏の雨の中、自宅へと向かった。
途中、ビック〇ドンキーで軽い昼食を食べ、ようやく心身共に庶民の衣に戻る事が出来た。
「やっぱオイラは、オマール海老のテルミドールよりも、
トンカツ屋のえびふりゃーが好きなんだよな~」
と再認識した。ま、ココはハンバーグ屋だが…。
無事帰宅し自室へ戻ると、早速引き出物を確認した。
前回のマクラーレンの時は、中にカップケーキが入っていたのだが、今回は食べ物は入っていな
かった。とはいえトートバックは中々良いと思った。しかし、このトートバッグは遠回しながら、ヒジョ~
に力強い催促により、
某みんカラ姐に献上するのは、これより暫く後の事となる。
この行為、決して太っ腹と言う訳では無い。何故ならオイラには、コレ↓が有るから!(爆)
引き出物の吟味も終わり、ゴロンとベッドに横になった。すると上着のポケットから紙切れが落ち
た。先程記入した申込書の控えだった。これらを繁々と見ていたら、ふと或る事に気が付いた。
「う~む…やっぱり、“罠”だった…」
おわり
―――上記は一部フィクションを交えておりますので、誤解無き様お願い致します!―――
※尚、この日の模様は、愛車紹介ポルシェ カブリオレ フォトギャラリー
内の→ “
ココ” にありますので暇な時にでも、どうぞご覧下さい!
でわでわ!