
「ふー…」
と、背もたれに上半身を委ねて目をつむる。しかし目を
閉じても瞼の裏にリピートされる逆転の映像。正に溜息
しか出ない状況であったが、このタクシーの運ちゃんは
饒舌だった。
「いや~、凄い試合でしたね」
「凄いが、詰まらん!」
「そーですね~。あの展開はショックですよね~!」
「あの逆転のされ方は、本当に痛い! 恐らくこのCSは、ファイターズで決まり!」
「ほー!そーなんすか!」
「そりゃそうだよ! あれでシリーズ全体の流れが決まってしまった…」
「…お客さんは、福岡から?」
「いんや、神奈川」
「ほー!そーなんすか!」
「しかしまあ、オールドファンから見れば、夢の様だな…」
「と、言いますと?」
「昔のパリーグの試合で、こんなに観客が集まる事は、滅多に無かったからな~」
「ほー!そーなんすか!」
「そりゃそうだよ!特に川崎球場ナンカは本当に客が来なくて、逆に色々遊べたしな…」
「ほー!そーなんすか!」
「何せ、シーズン後半の消化試合ナンカは、無料観戦にしたのに、それでも客が入らなかった
という伝説の球場だったから(苦笑)」
「ほー!そーなんすか!」
「一時、珍プレー好プレーで放映していた、外野席でキャッチボールや、麻雀や、流しそうめん
とか、本当に普通にやっていたし…」
「ほー!そーなんすか!」
「それにカップルのチュパチュパシーンなんかよりも、実際はもっと凄い事やってたし」
「ほー!そーなんすか!」
「そうだよ! ハッキリ言って思いっきりHしていたし!」
「いや、しかしそれは流石に無理でしょう…」
「いんやホント! やった本人が言っているから間違いない」
キキィー! タクシーが大きく揺れた。
「え”-! ホントですか?」
「うんホント! あの外野席で1回と、下のトイレで1回。因みに当時は女子便所が無かったから、
すんごく興奮した思い出が有るよ!」
太腿をモゾモゾさせながらタクシーの運ちゃんが言った。
「ほー!そーなんすか!」
等と、“ほー!そーなんすか!”を連発するタクシードライバーのオッチャンと、クダラナイ世間話を
しているうちに、さっきまでの重かった心が、いつの間にか軽くなっている事に気が付いた。
「流石プロのタクシードライバーだな…」
と感心しているうちに、本日宿泊するホテルが近づいて来た。つり銭は貰わずにタクシーから降り、
ロビーのフロントへ向かう。手続きを済ませ部屋に向かい、荷物を投げ出してベットに倒れ込んだ。
「う゛~…」
ドッと疲れが出てきた。ウトウトし始めた時、脳味噌の辺境から中枢へ、抗議のシュプレヒコールが
飛んできた。
「レンラクセヨ!レンラクセヨ!」
何だ?連絡って…。しばらく訝しんだ後、突然頭の中にクエーサーが出現した!
「そうだ!アオバだアオバだ!!」
ガバッと起き上がり、震える手で携帯のボタンを押す…。
3コールでアオバの声が耳に飛び込んで来た。
「あ、コン兄ぃ! 今どこ?」
「もうホテルに着いたよ! 〇〇△△号室だけど、来れるか?」
「うん分かった!〇〇△△号室ね。これから行くから1時間後位になると思う…」
「了解! じゃ、それまで温泉にでも浸かっているから」
「うふ! 身体暖っかくしといてね!」
「オーケー!」
通話を終えると、早速このホテル自慢の温泉に行く事にした。浴場の入り口に居る受付嬢に部屋
の鍵を渡して中へ入る。レイアウトはいかにもと言った温泉浴場だったが、余りノンビリしていられ
ないので、急いで服を脱ぎ浴場へと向かった。もう夜中の時間帯なので、客の姿はまばらだった。
浴場の入り口横に体重計が有ったので、軽い気持ちで乗ってみる…。体重計は、見なかった事に
した(自爆)
広い浴槽は外風呂と内風呂があり、その両方でバタフライをかましていたら、いつの間にか客は
私一人となっていた(笑)
体も入念に洗い、先程流した嫌な汗と気持ちを完全に洗い流し、浴室から出た時には、心身共に
リフレッシュ出来ていた。すると、グーッと腹の虫が脱衣所に響き渡った。
「腹減ったな…。ハンバーガーでも喰うか…」
そう思うや否や、腰にタオルを巻き、入り口に居る受付嬢に24時営業のマックを探してもらった。
「かしこまりました。早速お調べいたしますので、分かりましたらお部屋の方にご連絡致します」
にこやかに受付嬢は言った。
「よしよし、これでエネルギー確保出来るな」
ニンマリした顔で、さて何喰うかな?と、着替えながら思案していた。…それはつまり、本当に先程
の体重計の数字を忘れたという事だった(自爆)
最後のジャケットを羽織った時、ふと或る事に気が付いた。
「あ、そうか、携帯でも店舗を調べられるな…」
と、気が付いて早速検索をかけてみる。約20秒後、詳細な所在地付のマップと一緒に、店舗の
詳細画面が現れた。
「ふむふむココか…」
場所を特定し、ココは部屋に戻らず直接行こうと風呂場を出た。受付嬢が話しかけてくる。
「ただ今、お調べしているので、お部屋の方で、もう少しお待ち下さい…」
「一流ホテルと言えども、やはりスピードは役所並に遅いな」
と少しイラっとしたが、相手はか弱い受付嬢。あまり強く言うのはやめた。
「あ、どうやって調べているかは知らないけど、自分で、もう調べたからイイよ!」
「え、ああ、もう少しで分かりますので、御待ち下さい!」
……前言撤回。コイツはバカだ…
「もう調べて分かったって、本人が言っているのに、何で今更古い情報を聞かなきゃならんのだ!」
一瞬ポカンとした受付嬢は、目を360°泳がせた後、目尻が切れんばかりに目を開き、目と口で3つ
の“O”を作った。
「あああ、し、しつれいん、ししまいした!」
余りのベタな慌てぶりが功を奏し、私も溜飲を下げざるを得なかった(苦笑)
数分後、私の身体は本日2回目のタクシーの車内にいた。こんな深夜にマックに行ってくれと言う
客に対し、運チャンはハズレを引いたような表情で、渋々私を乗せた(苦笑) 数分後店に着くと、運
チャンにこのまま待っててもらい、店内へと入って行った。流石に深夜なので余り多くを頼まずに店
を後にすると、待っていたタクシーへと潜り込む。相変わらず仏頂面の運チャンだったが、ナゲット
の箱を丸ごと助手席に置き、
「短い距離で悪かったね…これでも食べて!」
と輝かんばかりの笑顔を運チャンに向けると、徐々に仏頂面が溶けていき、一気車内は和やかな
空気となった。更にホテルに戻った時、少し大きめのお札を渡し、釣りはいらない事を告げると、と
うとう、その運チャンは、私を拝みながら見送るようになっていた(爆)
「さて、アオバが来る前に燃料補給しないと!」
深夜の一流ホテルのロビーを、サンダル姿でマックの大きな袋を下げたオッサンが、風の様に通り
抜けると、辺りにはマックフ〇イポテトの香りが一陣の渦となって、辺りを漂わせた。
私は急いで部屋に戻ると、これまた急いで燃料補給に励んだ…。
完食してから数分後、部屋のドアがノックされた。
「アオバです…」
私はゆっくりとドアを開け、アオバを部屋に招き入れた…。
つづく
※尚、この日の模様はフィットのフォトギャラリーにアップしておりますので、どうぞご覧下さい!