たまには気楽にウィンドウショッピング 下巻

　初夏の香りが漂い始めたアスファルトを疾走する黒いCB。

先程まで照りつけていた太陽は、徐々にその輝きを鈍らせ、

ゆっくりと厚い雲が支配する空へと変貌していた…。

暫くして店が見えて来た。ストックされた数十台のドイツ車が

ひっそりと展示されている。

　ここはポルシェ専門店ではないが、ポルシェも扱う知り合いのドイツ車専門店である。しかもここは

比較的値段も安いときており、結構昔から重宝していた…。


　“まゆ” の呟きに心打たれた私は、取り敢えず、見るだけ見てさせるかと、この店に向かったのだ。

　「あ、どうも、しんげんさん、いらっしゃーい！」

明るく軽い店員の声が店内に響いた。

　「久しぶり！　ちょっと見させてもらうよ」

　「どうぞどうぞ！　ごゆっくり～～」

店員は私と “まゆ” を、交互にイヤらしい目で見ながらオフィス内へと消えて行った。

　「くそ、勘違いしやがって」

　「勘違いでも無いんじゃない？」

意外に冷静な分析を言われた為、次の句が継げない私を尻目に、“まゆ”は明るいシルバーのボク

スターへと走って行った。

　「わー！　カッコいい！　色も綺麗！」

颯爽と運転席に乗り込みドアを閉めた。

　「どお？」

“まゆ” は、ドヤ顔で私にウインクをしながら言った。

　「う～む…確かに、ヤンキー上がりのイイ女には、結構似合うな…」

　「もー！　ヤンキーは余計！！」

プッと頬を膨らませながら車から降りると、今度は私に乗るようせがんできた。私は少しナーバスに

なった。

　「ボクスターも良いけど、俺コレ乗ると、顔の上半分が

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　フロントウィンドウからハミ出ちゃうんだよな…」

その言葉に屈んで目線をルーフの高さに合わせた“まゆ”は、プッと吹き出した。

　「アハハハハハ！　じゃあ、ダメね！」

“まゆ” は心の底から楽しげに笑っていた。そしてまた車の海の中へと走って行った。　私は其の微

笑ましい景色を、父親の様な感情で楽しんでいた。すると、或る車の前で“まゆ”の動きが止まった。

　「コレ、ヤバイくらいカッコいい！」

私はゆっくりと、“まゆ” に近づいた。　ダークグレーのカイエンSだった。

　「そりゃ、イイクルマだよ～！」

私は彼女に話を合わせた。即座に彼女が畳み掛けて来る。

　「でしょー！　いいなー、かっこいいなー、…欲しいなぁ～」

プライスタグを見る。比較的手頃な値段だった。が、それはあくまでも

　「ポルシェとしては！」

との一文が、必ず文頭に付くの前提の言葉だった。私の表情が曇ったのを察知した彼女が、波状

攻撃を仕掛けてくる！

ハニーは上目遣いで、これでもかと言う位、甘えた表情で俺に抱き付いて来た

　「うーん、まゆコレ欲しいぃぃ！　コン兄ィぃ…買ってぇ～」

鼻息をフ～ンフ～ンと俺の下顎に吹き掛けながら、両手が股間に伸びて来た！

　　…何か、本日二回目の途轍もない “デジャ・ヴー” を感じた。

私は人間。猿では無い。故にしっかりとした学習能力がある。ここはキッパリと言った。

　「コレはお前には大きい！　それにこのクルマは、或る程度

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　人生を重ねたマダームが似合うクルマなのだ！」

予想外とも言える私の反応に、あっと言う間に小リスの様に縮こまった “まゆ” は項垂れて言った。

　「…ごめんなさい。…でも」

しかし今度は “まゆ” は、引き下がらなかった。

　「でも、やっぱり、まゆコレ欲しい！！　だからお願い！　コン兄ィ、一生の御願い！」

そうは言われても、無い袖は振れない。それに一度痛い目に遭っている私は、妥協案を示した。

　「ほら、コッチ！　V6の方が扱いやすいし、値段も安いし！」

取り敢えず、同じカイエンでも、ベースグレードの方に目を向けさせたのだ。何せ殻は全く同じだ。

見分けはまずつかない。“まゆ” も特に嫌悪感は出ていなかったが、直ぐにカイエンに乗り込むと

イグニッションキーを捻りエンジンを吹かした。

　ブオーーーーン、ブオーーーーンンン！！

店内に排気音が木霊した。直ぐにエンジンを切ると、またSの方に乗り込んで、エンジンをかけた。

ボボボボブーオンンン！　ボボボーーーォォンン！！

店内に重低音が木霊した。 “まゆ” は、直ぐにエンジンを切ると、キッと私を睨んで言った。

　「こっちの方がイイ！　まゆ、V8がイイ～！」

　≪そりゃ、イイに決まってるだろうよ…≫ ※←心の叫び

私はそっと彼女に近づくと、優しく諭すように言った。

　「やっぱり…お前さんには、コレ…デカいよ…」

すると、みるみる “まゆ” の瞳から涙が溢れ出て来た！


　　　つづく