
何かしっくりこない。
新型コロナで人流が減り、経済衰退に輪をかけて国際情勢の悪化、円安による燃料高騰など、社会経済的に影響が多い業種は大変だ。
全く関係ない業界もあるとは思うが、気品社会における経済バランスが変わることで、今まで予想もつかない方向に向っている不安があり、この状況は将来の日本の恐怖であると思う。
観光や旅客業界もこの先見通せない。
10日からは行政が負担する旅行補助が開始されるが、事前準備の周知徹底もなく見込みスタート‥現場は疲弊している中で右往左往しすでに問題が大きくなってるw
そんな変化に対応すべく淘汰されないよう前進あるのみ‥と日夜悩んでいるこのタイミングにおいて、前回被った事故は我が人生にとっても大きな岐路に立つものとなったと思う。
オレンジジャパンに乗っていた二十代は、センターラインギリギリを走っていても全く運転中に恐怖はなかった。
ただ社会的責任が大きくなる過程で「交通事故の実態」を知ることになり、道路には常識を知らない人間も走っている事を認識する。
つまり自分が問題ない運転をしていても、理不尽に相手次第で交通事故に巻き込まれる恐怖を知り、相手車線がいつセンターライン割って飛び込んでくるか分からない恐怖が芽生えたのである。
恐らく結婚することで一人ではない責任感から、自分の命について深く考えるようになったと思う。
そんな最中、29歳の時、突然の猛烈な頭痛に見舞われ病院で検査をした結果「脳下垂体腫瘍」ですぐに手術。
お陰様で後遺症もなく復帰することが出来た。
恐らく結婚していなかったら病院には行かなかっただろうと思う。
病院に行った時には既に頭痛は治っていたからだ。
そのまま放ったらかしにしたら、下垂体が膨れ上がり視神経を変形させ、視野狭窄は治らなかったものと思う。
早めの診断治療で事なきを得たと認識出来る事案となった。
そう、生かされているのである。
で、世の中の流れを感じて健康のためにと39歳で毎日60本吸っていたタバコをやめた。
そのお陰で体重は増え、見るからに不健康となったwww
で、日常維持しながら後悔ないようやりたいことは出来るだけチャレンジすることに決めたのだ。
黙っていても何も変わらない、一度ない人生やり直しはきかない。
で40歳で50歳まで昔からの夢であった「ジャパンを取得する」を目標に決めた。
既に今から15年前は中古ジャパンは値上がり傾向にあり、このまま見過ごすととんでもない値段になると危機感を感じていたからだ。
その当時、ある程度妥協できる車体なら70万円ほどで入手可能であった。
ただ誰かがイジった車は、その元オーナーの意志を思いっきり引っ張っており、出来るだけノーマルを手に入れて自分だけの車にしたかったので、取得まではかなり時間を要すことになった。
ネットで相場を確認しながら、ジャパンに必要なパーツを密かに収集。
で、タイミングが訪ずれる。
知り合いであった旧車が得意な車屋さんの社長に声を掛け出ておいたお陰で、転売したいと言う人が現れたのだ。
それが今のジャパンである。
相場的には高めではあったが、フレームはしっかりしており今買わなければ二度と買えないと心に決め購入を決意。
そのまま声をかけてくれた車屋さんにプチレストアをお願いする。
欠品部品の補充、ステンレスタコアシとステンレスマフラー、オリジナルカラー全塗装など、かなり満足行く形になったが完璧なレストアとは言い難い。
予算の兼ね合いでボンネット内の塗装はサビだらけ、エンジンはノーマルと決して乗りやすい車ではなかった。
納車の際、知ることになったが二十歳当時乗っていたオレンジジャパンが廃車になった車から部品を移植されるというミラクルが起きた事だ!
オレンジジャパンは廃車にされたあと、偶然にもプチレストアした車屋さんに引き取られ20年以上じっと部品取り車として保管されていたのだ。
保管といえば立派だが、車としてはボロボロで見るも無惨な姿だったらしい。
きれいな思い出は思い出だけにしておいたほうがいいもんね。
こうしてシルバージャパンに必要となるスモールパーツは、若かりし頃乗っていたオレンジジャパンから偶然にも移植されることになったのだ。
納車の際、雑談をしていたらその事実が判明、全身鳥肌であった。
こう言う運命もあるのだと思う。
そう、モノ想いを寄せ続ければ形を変えて戻ってくるのである。
諦めてはならないのだ。
ただシルバージャパンを納車したあと、体に不調が起きる。
普段の日常において両目の視野の左下側に視野障害を感じ、自ら脳外科に飛び込んだ。
すぐさま入院で投薬治療、一過性虚血性血管症克服で事なきを得る。
それ以来、投薬をしながら経過観察をしている身分である。
1つ間違えればジャパンを乗るどころではない。
後遺症でも残れば運転もできなかった可能性もある。
脳疾患や心臓病は、タイミングや初期症状が違い対応が遅れれば手遅れになる場合だってあるからだ。
で、気持ちの変化を伴う今回の交通事故である。
事故タイミングが0.5秒早かったら相手の運転席ドアにガッツリ衝突して、相手を殺していたかも知れない。
相手が悪いからと言って、それはそれで割り切れないだろう。
更に0.5秒早かったら相手のフロントに私の車が引っかかり、自車横転して自分が死んでいたかも知れない。
仮に相手が小型車でなく大型車であったのなら、フロントガラスに積載物が飛び込んで即死‥なんて事もあり得たと思う。
俺は「ツイてる!」と思う一方で、命なんでちょっとしたことで奪われてしまうんだなぁ‥としみじみ思うわけよ。
相手が目の前に出てきて「このスピードからどうすゆことも出来ない」と悟り、ブレーキを踏んだまま衝突までの1秒間はとても長く感じた。
衝突後意識がなければそのまま死んだことすら感じないまま死んでたかもしれない。
日常的に根絶できない死亡交通事故、至るところで毎日起きている死亡事故‥と思うといたたまれないね。
だからハンドルを握る、運転する責任の重みは自分自身で感じ、自分自身でコントロール出来る運転をし、いつでも自己防衛できる体制を取ることが重要。
そう思って、常に運転してたんだけど、運命を受け入れなければならないもある訳だ。
50代を超えれば、それなりに体力も落ち、色々な病気も出てくるだろう。
だからこそ健康に生きることをしなければならないと思うが、そこら中には重いストレスとそのために酒を飲んだり自分逃避との戦いだ。
わかっちゃいるけど、心のバランス取るためにある程度の酒で息抜き、忙しい中に時間を作り車趣味での陶酔による心のケアは必須となるだろう。
いつ交通事故に合うかわからないからこそ、安全運転に徹しなければならない。
そうだ、自分の命は自分だけのものではなく、周囲支えられて生かされているのだから‥。
この動画、ニュージーランドの昔のコマーシャル。
https://youtu.be/B2rFTbvwteo
瞬間瞬間は変えられない、常に防衛運転しか運命は変えられないと思うから。
何かセンチメンタルやね!www
エキゾチック〜ジャパン!