第2ヒート前のスタートグリッドに押し出す時間は充電時間でもある。
太陽光との角度を最適化するため そして水をかけるために外しておいたカウルを車体にあわただしくセットアップ
スタート準備をするKの表情は怖いくらいに硬い
ものすごく暑いのに 汗すらかいてない
いろいろ メンバーが声をかけるが 耳に入っていかないみたいで
コース図を見つめたまま動かない・・・・
ちょっと変だな? メンバーの誰もが感じた。
でも 第3ドライバーの登録もしてないし レース終盤にはベテランTに乗ってもらわないとマネジメント上すごく困る。
Kを車に乗せて 通信テスト これは普通に受け答えしてくれた。
「ペースは5分15~20 5分25を越えてしまうと 後半苦しくなるからがんばって・・・」
周回は46周狙い タイヤが不安だけど狙うしかない。
そもそも充電時間が1時間延びなければ ここまでハイペースを指示することはなかった。
皮肉にも 延長された9時から10時の充電時に一番発電してたから・・・・
Kの昨日までのベストLAPは5分28 5分30を切ったのは1回のみである
冷静に考えれば・・・ 大幅に短縮したペースで連続周回は無理だった。
5分30と5分15では 世界が全く違う
でも なんとしても車の性能をライバルに見せたかった。
「あの美しい車が何で勝てないのか? 走ってる姿見たら理解できない」
チームメンバーが語った台詞だ。
”僕らが作る最後のマシン”という覚悟で 妥協を限りなく排除して作ったマシン
アウトラインのシェイプは 何度も何度もダメ出しして ようやくたどり着いたライン
そんな僕らの思いを Kにすべて背負わせてしまった。
おりしも昨日のトラブルが追い討ちをかける。
ドライバー間の電力差を少なく・・・・
ブレーキは踏むな・・・・
上手く抜いて上手くよけろ・・etc
そのペースで走るだけでも出来るかどうかの状態に 注文いっぱいつけて・・・・
状況を冷静に分析し把握して
Kがもっと気楽に走れるペース指示をしておけば・・・・
後悔先に立たず・・・
余裕が無かったのはKではなく 僕のほうだったのかもしれない。
グリッドの押し出しでも Kの様子はおかしい
ピットレーンでブレーキを踏まず 僕は跳ねられた。少し流血
メンバーからの声にもどんどん反応が無くなっていく
Kの表情は そのあと起こることを示していたのかもしれない。
乗り込む前に指示したことを 通信テストを兼ねて復唱させる。
Kは的確に復唱してくれた。
なんとか 目標タイムで走りきってくれ 祈るような気持ちでグリッドを後にした。
Tには「ペースしだいによっては早々に交代あるから 準備しといてくれ」とスタート前に伝えた。
心配する方向が間違っていた・・・
そうじゃないんだ・・・・・・・・・・・・・
間違った歯車が勢いを増して回っている
それに気が付かないのか? 気付かずにいたかったのか?
シグナルが赤から青へ 昨日よりはなかなかいいスタートだ
アウトLAPは5分45 まあまあじゃないか そのままのペースで回れば
5分25くらいでは回れるか?
そう思った次の瞬間
ピットモニターにEVOが映る 「ん・・」 同時にKから電話
「1コーナーで飛び出しました」
「えっ・・なにやってんの?」
「動くか?」「動きません」
後に聞いた話では
1コーナー~2コーナーで他の車との位置関係を誤り急ハンドル そしてスピンしたとのこと
EVOはスピンしたくらいで動かなくなるほどやわなマシンではない。
重大な電気的トラブルにつながる衝撃だったのか?
とりあえずは
ブレーカーを切ってから入れなおし モータースイッチを入れなおす手順を指示
パニクッテルのでなかなか上手く行かない 2回目で動き始めた。
ほっとして モニター見上げると また止まってる。
電話をかけて状況確認
「どうした?」「動き始めてもすぐに止まってしまうんです」 「・・・・終わった」
第2ヒート開始 1周しか回ってない時点でレースを終えてしまうなんて 刹那過ぎる。
どうにかならないか?
冷静になれ
自分を落ち着かせる
状況を整理し仮説を立てる。
バッテリーはほぼ満タン、 天候は晴天
Kはストレートエンド及び スピンする前に回生ブレーキを全開でかけたはず。
そうか バッテリー電圧が高すぎるんだ モータードライバーの電圧保護が効いてるに違いない!
Kに指示を出す。
といっても 落ち着かせるためにも 操作をゆっくりと順番にしなければならない・・・・
経過時間が永遠に感じられる。
MPPTスイッチオフ(太陽電池からの充電をオフ) 動力ブレーカーを入れなおしてからモータードライバーオン
オンしたらすぐに走り始め ボリューム開け気味で電力使え!
「動き続けます、とりあえず 東コースショートカットして入ります。」
「馬鹿ヤロー 勝手なことすんな! 普通に走ってからピットインしてこい」
「MPPTはしばらく入れるな!」
ベテランTに交代の指示
「もう結果は出ない。 でも意地を見せよう 体調に異変感じたら無理せずピットに入れ!」
Kが帰ってくる。
とりあえずはカウルを開けて 足回りとタイヤの状態をチェック
なんともないのでそのままセットして送り出す。
ロスした時間11分 挽回は絶望的だ 総合順位も18位くらいまで後退。
こうなったらひとつでもポジションを上げよう
そして 17年間 全ヒート 全チェッカーの記録だけはなんとしても成し遂げよう!
それが 最後に残った唯一の目標だった。
Kは呆然とそこにたたずんでた
みんながねぎらいと慰めの言葉をかける。
目標を失ったピットはどんよりとした空気
Kはそれでもひたすらタイムキーパーの役割をこなす
とても そんな気分ではなかっただろうに・・・・
「こんなはずじゃなかった・・・すまない・・・なんで?・・・・・」
頭の中をぐるぐるといろんな思いが巡る。
僕の雰囲気があまりにも悪いので ピットも静かだ。
Tだけが淡々とLAPを刻む。
昨日の影響もあって 消費が悪い
でも電力に余裕あるから関係ない
曇り気味で上位陣がペースを落とす中 クラス最速ペースでLAPを続ける
Tに交代して1時間以上経ったときそれは起こった。
「後輪パンク、 完全に抜けてないけど まっすぐ走らない」
「あーー なんでやー」
ピットに悲鳴が上がる。
交換作業の間にドライバーを冷却
タイヤを見ると 後輪はなにか鋭利なものを踏んだようで大きな穴が開いている
右前輪も似たような鋭利なものによるパンクをしているのだが
パンク防止剤の効果で穴がふさがっている
両方ともパンク修理剤が入ってなければ完全に空気が抜けているレベルの穴だ。
ホイールの数の関係上 パンクしてない左前を外し右前にセット
左前と後輪はフレッシュタイヤだ
「これでタイヤの減りの心配はないのでコーナー攻めてくれ」
僕らの想いとは裏腹に 連日の相次ぐパンクにナーバスになったTは異常にコーナーに慎重になってしまった。
パンクでのロス時間約9分半 開始直後のスピンも合わせると約21分
電力は?余裕がある。
Tを送り出すときの指示は「5分10秒」
僕らのクラスで それを連発するのは電力的にかなりしんどいのだが
EVOの通常の消費カーブからすると楽勝のはずだった。
うまくするとバカボンズを抜いてチャレンジ4位になれるかもしれない
目標周回は43周
パンクのトラウマに悩まされるTはペースが伸びない
5分10秒以内の指示に対し5分15秒前後
しかも消費電力は5分を切って走行するくらいの勢いで多すぎる。
おそらく あまりの積算電流系のカウントの早さにびびってるのだろう。
ひたすらペースアップ指示
10周位 周回したときにTから質問
「コーナーかなり慎重に走ってるのもあって 恐ろしい電力消費だと思うんだけど大丈夫ですか?」
もちろん大丈夫ではない 1周あたりにもくろみの15%以上も消費が多いのだ。
でも 順位は上げたい
「電力? 気にすんな 大丈夫! 指示通り走って」
「さっきのは 尖ったもの踏んでのパンクで タイヤの減りが原因でないから普通にコーナー攻めて!」と指示 ただし 結局はトラウマに勝てなかったようだ。
電力の心配がなくなったTはガンガンに使う使う。
5分8秒を数周連発した後にはついに5分2秒 使用電力も半端ではない
後のTの証言では「コーナー以外は予選走ってるような使い方でした 気持ちよかった」と
あたりまえだ クラスではダントツの速さで周回 全体でも5番めに早いLAPで周回してるので抜きまくりなのだ。
当初 豊富にあった電力も怪しくなり始めた。
目標集回数を減らし 5分15に修正
しかし 一度無駄遣いの味を知ってしまったTの使用電力はペースを落としても変化な無く順調にバッテリーは消耗していく。
終了20分前に ついにバッテリーの電圧が怪しくなってきた。
「チェッカーを目差そう」
7分程度に極端に落とす
最後の周は電話をつなぎながら実況中継
そして 17年間連続 全ヒート全チェッカーを受けることが出来た。
チェッカー後の最後の坂もなんとか上りきり バッテリーも使い切った。
Tは3時間40分のドライブを終えた。
降りるなり Kに「来年はもう少し長く乗ってくれよ!」と手荒いキックをかましながら励ましのセリフ
なんていい奴らなんだ・・・・
総合10位 クラス5位が最終成績
鳴かず飛ばずもいいところ
僕らが作った車の中で 圧倒的な消費電力を誇ったEVOの3年は終わった
パンクに泣かされた車だった 3年間で実に6回
スピンに泣かされた車だった 3年間で実に5回
”レースはやってみないとわからない”
よく言われる言葉だ
でも 僕らのレースは始める前からわかっていたんだと思う。
状況を冷静に把握できてたか?
それをもって的確な判断をしたか?
僕の甘い判断が結果的にチームを苦しめてしまった。
僕が監督を引き継ぐまでは 強豪だったチームも
引き継いでからは まったく鳴かず飛ばず
いまや 見る影も無い。
撤収が終わった鈴鹿の空は真っ赤に燃えていた。
僕の心とは対照的に・・・・・
来年 僕はここに立てるだろうか?
自問自答しながら Z4Mのエンジンをかけた。(終わり)