先月中ごろに「
使えねー法律だな!」と憤慨した刑法208条の2、俗に言う危険運転致死傷罪の規定だが、地裁が訴因変更命令を出した段階で当然予想されたとおり、8日に出た判決で裁判所は同罪の成立を認めず、改正前の道路交通法(事故発生時点では改正がまだされていなかったので)違反の事実に基づき、法定の上限目一杯の実刑を科すると結論した。
7年6月の懲役である。業務上過失致死傷――危険を伴うのでよく注意する必要がある「何か」をするときに、その注意を十分していなかったせいでトラブルを招き、そのトラブルが原因で人を怪我させたり死なせたりした――事案として見るならば、これはとても「
重い」刑だ。
人を傷つけたり死亡させようなんてつもりはこれっぽっちもなかったのに、不注意だったばっかりに重大な結果を招いてしまったケースを処罰するための規定である。んじゃ、福岡のあれは「過失」だったのか、ということになる。
その前にまず、刑法が定める危険運転致死傷罪と言うのは、どういう行為を処罰するものなのか、そこんとこを押さえておかないといけない。危険な運転をして人を死傷させたときに適用する罪だろって?もちろんその通り。
では、刑法で処罰が必要だと定めている「危険運転」っていうのはどんな運転行為なの?と言う確認をする必要がある。どれほど重大な結果を招いたとしても、法律で「こういう行為はこの罰条で処罰します」と定めた条件から外れているなら、別の条文に基づいて罰するか、そもそも罰すること自体できないからだ。
酒飲んで運転のケースに限定だが、危険運転致死傷はどうかと言うと、刑法208条の2には、こう書いてある。
「アルコール又は薬物の影響により
正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する」。
つまり太字部分の記述があるために、「飲酒した運転手が事故を起こし人を死傷させた」だけでは、この条文は適用されないのだ。この罪で人を裁くならば、酒やクスリのせいで
正常な運転ができない状態だったことを、検察は立証しなくちゃいけない。
整理すると検察が最低限立証しなくちゃいけないのは、二つ。
①酒を飲んでいたという事実。
②酒のせいで正常な運転が困難な状態だったという事実。
このうち、①は簡単に裏取りできるだろう。でも、ここまでの立証で適用できるのは道交法違反まで。刑法犯として扱うなら②が立証できなくちゃいけない。被疑者本人が、それを認めれば話が早い。マトモな運転ができると思わなかったけど車に乗っちゃいましたとでも自供してくれれば。
けれども「俺は酒に強いから、あのくらいの酒量じゃ運転に差支えが出るはずがない」などと否認したら、間接証拠(物証、証言など)で詰めていくより他ない。被告人はそんな風に言い張ってるが、目撃証言などから正常な運転ができないほど酔っ払ってたことは間違いない、という具合に話を持っていくわけだ。
つまり逆を言えば、検察にその立証が可能な限り、現場から逃げようが水をがぶ飲みしようがしらばっくれようが、立証のハードルは高くなるだろうが危険運転致死傷罪で罰することは可能なのだ。
現に、この福岡の裁判でも検察側は、事故に至るまでの被告人の言動(スナックでよろよろしていた、店員に「酔っちゃった」などと話しかけている)を根拠として「正常な運転が困難な状態」だったことの立証に務めている。
ところが今回の事例では裁判所の指摘にあるのだが、被告人は自動車の運転そのものは(事故を起こすまでは)狭隘な屈曲路も問題なく通過しているなど、この罰条を適用するのに必要な「正常な運転が困難な状態」にはなっていなかったことを窺わせる間接証拠もまた存在している。事故から46分後、水分を多量に摂取した後に行われたとされる呼気中のアルコールも0.25(酒気帯び相当)に留まったとされる。刑法犯(危険運転致死傷罪)として扱うには、検察側主張を支える証拠が弱すぎる。
だから、端的に言って、現状の法律と事件の概容を照らしてみれば福岡地裁の判決は『正しい』。被害が大きかったから(被害者や『世間』の報復感情が強いから)といって、法律の定めを無視して、本来適用できない罰則を持ち出して処罰を行うなど、それこそあってはならない。使える限りの法律を最大限に駆使して、可能な限り一番重い量刑を行った福岡地裁は、よく頑張った。
心情的に「3人もの幼い命を奪った被告人が、
たった7年6月の懲役刑なんて!」というのも分かるが、法律と言うのはまず「なにをしたのか」ということで適用される罰条の種類が決まり、次いで被害の大きさや犯情の悪質さなどなどでその罰条が用意した範囲で科される刑の重さが決まる。この当時の業過致死傷+道交法違反では、これ以上どうしようもないのだ。(現在は道交法が改正されているので、危険運転致死傷に該当しない場合でも最大15年の懲役になる)
この裁判、検察は控訴するだろうか。控訴したとして、危険運転致死傷罪の成り立つことを、裁判所に認めさせられるだろうか。当該の法律の規定と、第一審で検察が提出した証拠に基づく限り、それは相当厳しいと思う。
個人的には、例えば被告人の飲酒チェックが事故後46分間行われなかったこと、その間に大量の水分を摂取していることに鑑み、裁判で事実認定されている通りの飲酒&証拠隠滅過程を再現して事故を起こした時点での酩酊度を鑑定し証拠採用することが認められるのであれば、仮にその再現を持ってしても被告人の「正常な運転が困難」であったことを裏付けられなかったとしても、予備軍に対して「逃げたって無駄だぜ」と認識させる意義があるんじゃなかろうか。
最後に私見。
酒飲んで事故を起こすような大馬鹿者を厳重に処断する必要があるならば、今のままの法律の成り立ちでは無理があると思う。ハッキリ言って、刑法208条の2を新設したのは、やっつけ仕事の弥縫策だと感じられてならない。
飲酒運転そのものを道交法から刑法の範疇に移して「違反」」ではなく「犯罪」として取り扱わないとダメだろう。これは小手先の条文変更じゃすまない大手術だ。法務省さん(添付画像)に頑張ってもらいたい。
結果的加重犯と括るのはいいが、出発点となる「故意」は、分量の多寡・酩酊の度合いに関わらず酒を飲んだ状態で運転を行ったところで成立させるべきであり、その状態で他の交通がある公道に出れば「飲酒運転致死傷罪」の未遂、もしくは予備罪としてこれを処罰するくらいでないといけないと思う。単独自損や物損に関しても、運転者が酒を飲んでいて起こしたケースであれば、これを処罰する。
事故さえ起こさなければ、人を傷つけさえしなければ「犯罪」にはならず単なる「違反」で済むというのは、トンの単位の質量を持つ物体を時には時速100キロ200キロで動かすということの危険性に対して寛容に過ぎると思うのだ。
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Posted at
2008/01/09 19:11:43