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惰眠のブログ一覧

2006年09月30日 イイね!

長らくお世話になりました

長らくお世話になりましたマツダR&Dセンター横浜(通称MRY)で、僕らオーナーズ・クラブと会社の接点になってくださっていた総務部のSさんが、定年退職なさるとの連絡をもらった。

 思い返せば7年前、ユーノス500のクラブが発足する前に、のちに会長となるKahan氏が当時の開発担当者などを招聘して講演会を企画して以来お付き合い下さった大恩人である。何か感謝の気持ちをお伝えしたいということで、MRYにお邪魔することが多かった面々を中心にKahan氏の音頭とりでささやかな会を催した。会場がまたMRYだというのはまあ、ご愛嬌である。

 色々裏話などをうかがった中で興味深かったのは、今ではすっかり定着した感のあるMRYにおける一般ユーザー向け新車開発者説明会のこと。
 当初は広島本社や開発担当者の理解が得られなかったそうだ。つまり、ユーザーとの向き合いはメディアを通じてやれば十分じゃないか、何もわざわざ予算を使って、直接会って話をする必要などないではないかと言うわけだ。
 実際問題として、民生品のメーカーは社内の専門セクションや社外の業者を使ってマーケットのリサーチには怠りがない。そういうところから上がってくるレポートを読めば、ユーザーの声は分かるのだから、あとはファン・サービスに過ぎないという理屈で、それはまあ間違っていない。

 そんな訳で、嫌がる開発担当者を説き伏せて(開催予算の調達にも四苦八苦しながら)始まったマツダの新車技術展だけれども、やってみると社内からも「よかった」の声が上がり始めた由。
 確かにリサーチで上がってくるユーザーの声のリポートに間違いがあるわけじゃないが、その優先順位や熱望度が直に聞けるのは開発にもとてもメリットがあると判ってきたのだそうだ。

 おかげで予算も、きちんと本社の広報宣伝費用として計上されるようになったのだとか。ドライな話をすると、こうした活動を行っているか否かと言うことが会社の格付けや株価の評価指標に組み込まれるようになったことも社内の認知を得る上で大きなポイントだったそうだけれども。

 いずれにせよ、そうした苦労を乗り越えてマツダと言う会社が一般消費者と直接に向き合う「場」を作り上げた功労者であるSさんが会社を去る。願わくは、後任の担当者も僕らユーザーとの接触を面倒くさがらずに(メンドクセーとは思うけども)やって頂けると嬉しい。

 ところで退職なさるSさんも、ユーノス500を発売終了後に購入したオーナーである。玄関脇の駐車スペースに、Sさん所有の車を囲むようにして並べて、ちょっとした撮影会模様となった。



マツダと言う会社法人にとってユーノス・ブランドの各車は「思い出したくもない苦い過去」のようだけれども、その会社に勤めている人の中にはちゃんとファンがいるのだと思うと嬉しい。
Posted at 2006/10/02 11:46:02 | コメント(0) | トラックバック(2) | ユーノス500関係 | 日記
2006年09月28日 イイね!

COSMOS第2夜「宇宙の音楽」

COSMOS第2夜「宇宙の音楽」昨晩から、帰宅後の楽しみになったCOSMOS視聴の2夜目。Private Voyageと言うタイトルの後にOne Voice in the Cosmic Fugueと、さらにサブタイトルがつく。邦題は『宇宙の音楽』だった。

 子供の頃に見たときには、確かちょっと拍子抜けしたような覚えがある。それと言うのも、この回は生命の誕生と生物の進化について語っているからだ。天文学のつもりで講座に出たら、いきなり生物学の講義が始まったようなものだろう。

 もちろん、この番組は生物学を扱ったものではない。セーガン博士は前夜、「人類は、150億年もの時をかけて、宇宙(COSMOS)が生み出したものだ」と語った。第2夜は、その続きなのだ。やっぱり面白い。

 ところでこのディスクには、第2夜の直後に「Cosmos Update」なるコーナーが挿入されている。後年明らかになった知見を、セーガン博士が画面に出てきて付け加えているのだ。
 今回の追加事項は、恐竜の「謎の」大絶滅についての仮説と、彗星由来の有機物(アミノ酸)の話。そうだったなぁ、彗星との衝突が原因で地球が寒冷化して恐竜が絶滅したのではないかと言う仮設は、1980年当時にはまだなかったんだなぁ、なんて感慨にふけってしまった。「核の冬」なんて言葉が生まれたのも、たしかその恐竜大絶滅の学説とのリンクだったかもしれない。よく覚えていないけど。

 それにしてもカール・セーガンと言う学者は、まったくもって視界の広い人物だと感心させられる。ロマンチストだったのだろう。
 そのロマンチストがこの回の最後に、ギクリとさせられることを語っている。生命の設計図であるDNAを自在に制御して望むままの器質を備えた人間を作り出す技術は幸いにしてまだ存在していない。しかし、いずれそのような改造された生命を作り出す技術が開発されるだろう。恐るべきことである、と。

 1980年のカール・セーガンが語ったその技術を、2006年の人類は現実のものにしようとしている。
Posted at 2006/09/29 19:19:11 | コメント(0) | トラックバック(0) | 芸能・文化 | 日記
2006年09月27日 イイね!

26年目のCOSMOS~第1夜「宇宙の浜辺で」~

26年目のCOSMOS~第1夜「宇宙の浜辺で」~1980年の11月3日から13日間にわたり、朝日放送系のテレビ局で「COSMOS」は放送された。日本惑星協会サイトのカール・セーガンの項にその番組企画から放送に至るまでの経緯が詳しい(なにしろ放送に関わった当事者が書いている)が、そこに記されているような『大人の計算』がどうであれ、折りしもヴォイジャー1号の土星最接近のタイミングと噛みあったこともあって、そりゃもう大興奮の13日間だった。

 そのCOSMOSのDVDが発売されていると言う話は、数年前から知っていた。ただ、12歳の僕が見たカール・セーガンが横内正の声で喋ったのに対してDVDでの彼は英語で話しているとか、せっかく日本語字幕がついているのに幾許かの(かなり重大な)誤訳・省略があるとかで、ちょっと手を出せずにいたのだ。米国の業者に注文しなければならない(らしい)ことも、面倒くさがりな僕には結構なハードルだった。

 先日ちょっと調べ物のついでに改めて見てみると、どうやら問題部分が(完全ではないまでも)改稿されているらしいとのレポートを見つけた。渡りに船と言うわけではないがアマゾンドットコムで検索すると、あるじゃないですか
 税込み15,879円は決して安価ではないけれども、これを買わない手はない。早速注文し、それが今夜(27日)配達された。

 およそ2週間かけて放送された長編番組なので、流石に一気呵成に見ることはできないし、するつもりもない。だって、そんなことしたら勿体ないではないか。

 今夜は、第1夜「宇宙の浜辺で」を見た。セーガン博士の実際の声を聞いて、ああなるほどと横内正に吹き替えを依頼したのが納得言った。声質が似ているのだ。
 また、DVD化した時点での最新の知見にアップ・デートしたと思われる部分があることに気づいた。具体的には、宇宙の「泡構造」が映像に取り入れられている。既に購入した人の感想などを読んでみると、そのほかにもハッブル宇宙望遠鏡で撮影した写真に差し替えられている部分もあるのだとか。うーむ、科学的に誠実な姿勢だ。

 画像の品質は、まぁ26年も前の番組(恐らくフィルム撮影)なので当たり前ではあるのだけれども、民生用が普及し始めたばかりの頃のVHSビデオで標準録画した程度で決してクリアではない。
 マイナス点をさらに挙げると、日本語字幕にやはり間違いや省略、誤訳とまでは言わないがニュアンスに疑問のつく表現が用いられていることなどが少し気になる。そういうことが気になるくらい、セーガン博士の言い回しや表現は吟味されているのだ。
 僕は決して英語に堪能と言うほどではないが、博士の発音はとても聞き取りやすく丁寧で、しかも平易なので大変理解しやすい。多少なりとも英語が理解できてよかったなぁとつくづく思う。ところで「COSMOS」って「コスモス」じゃなくて「コズモス」って発音するんだ。普段使う単語じゃないから、この年まで知らなかったよ。

 ともあれ内容は、26年も前の作品であるにも拘らず、すぐれて今日的だ。
セーガン博士は説く。紀元前300年くらいの時期、人類という種はアレキサンドリアの地に極めて高度な知性の集積を実現した。アレキサンドリア図書館だ。ここでの研究により、人類は地球は球体であることやその直径を論理的に導き出し、さらに地球が太陽の周りを公転することを解き明かしていた。
 しかしそのその成果のほとんど全ては、前47年のカエサル侵攻の際に破壊され焼き尽くされてしまう。人類が失われた知の成果を再び取り戻すには、16世紀まで待たなければならない。
 無意味な仮定だが、仮にもしカエサルの軍勢がアレキサンドリア図書館を打ち壊すことなく、その後も引き続き研究を篤く守っていたならば、あるいは人類の知見は、いまよりも1500年分進んでいたかもしれない。眩暈がするほどの損失だ。

 第1夜の終わりには、セーガン博士の『宇宙カレンダー』が登場する。およそ150億年の宇宙の歴史を、地球の1年に圧縮して喩えたものだ。それによると地球上に最初の人類が発生したのは、12月31日の夜10時45分。初めての文明が生まれたのにいたっては、深夜11時59分51秒。人の世の喜びや悲しみや怒りや楽しみの歴史は、たったそれだけのものに過ぎない。そのさらに最後の、ナノ秒にも満たない時間の内で、150億年もの時をかけて宇宙が作り出した『知性』が、宇宙自身の姿を知ろうとしている。生命はあまりにも矮小で、しかしあまりにも貴い。

 セーガン博士の言わんとすることは明快だ。人類は、己の存在そのものが己の生存を脅かすような種になってしまった。150億年の時の果てにようやくたどり着いたこの果実を、むざむざ台無しにしてしまうのかい?そんなもったいないことはないんじゃない?と。
 番組が制作・放送された1980年頃、世界は東西冷戦の真っ只中だった。人類が「自らの手によって滅ぶ」未来絵図が、容易に描きえた危機の時代だ。21世紀の今は違う?どうだかな。
 確かに冷戦を作り上げた片方の極はいまや零落し見る影もない。確かに時代背景は変わっただろう。けれども世界は一向に平和になんかなっていない。 その点からもカール・セーガンのCOSMOSは、今日的なのだ。きっとそれは、悲しむべきことなのだけれども。
Posted at 2006/09/28 20:12:16 | コメント(1) | トラックバック(0) | 芸能・文化 | 日記
2006年09月26日 イイね!

ホンットに袋小路に入り込んだみたい

ホンットに袋小路に入り込んだみたい自動車大国のアメリカも、正常進化と言うよりは先祖がえりと言うほかない形の車(クライスラーの300Cとかフォードのマスタング)が続々デビューしているし、これからもデビューを控えている(カマロとか)ようだが、久々にitaliaspeed.comを覗いて、いまイタリアの自動車デザインは袋小路に入り込んで行き詰ってるんだなぁとの感を強くした。

 同サイトでは最近日本市場にも投入された(まだだったかな?)599GTBフィオラノの特別版である599GTOムジェロのイメージイラストが掲載されている。
 栄光のGTOの名が戻って来るんだとちょっと興奮気味に詳細記事を開いて「……なんだ、またかよ」。

 凄くカッコイイのは確かなんだけども、なんで21世紀のいま、半世紀前のスタイルをリバイバルせにゃならんのや。もう自動車デザインのアイディアは全部出尽くしたんか。ピニンファリナ社はスッカラカンか!出涸らしの集まりか!むかし使ったネタを再利用するにしてもルノー・ウィンドのインテリアくらい工夫でけんのかーッ!!

 などと毒づいてもせん無いし、まぁこういう高額高性能車を欲しがるお金持ちさんの間にも、多分僕みたいな50~60年代車が大好きで、でもホントのヴィンテッジを買って乗って維持しようとまでは思わん人がきっと多いのだと思うんだが――なにも599GTB使って『パイク・カー』をやらんでもええやん、と皮肉な思いがわいてくるのは止められないのだった。

 いやカッコイイですよ、ホントに。危うく欲しいなあって思うくらい。買えやしないけど。でも、やっぱり「あした」を向いたデザインであって欲しい。「きのう」ばかりを振り返ったデザインばっかりが大手を振ってまかり通るのは、哀しすぎると思うのだ。
Posted at 2006/09/26 12:48:07 | コメント(2) | トラックバック(0) | 海外の車 | 日記
2006年09月21日 イイね!

「酒飲んで事故ったら重罰を」

「酒飲んで事故ったら重罰を」悲惨な事故や事件がきっかけになって法整備や見直しの機運が一気に高まるのはよくあることだが、過日のエントリーへのびじょんさんからのレスへの返信の中でちょっと予測したことが、どうやら現実になりそうだ。

 新聞報道に拠ると「交通事故問題を考える国会議員の会」(そんな会があるのだなあ……)事務局長の細川律夫衆院議員が、秋の臨時国会に道交法改正か刑法改正かのいずれかを議会提出法案として国会審議にかけたい意向のようだ。

 前者の場合、①飲酒をして事故を起こし、②人を死傷させ、その後、③救護義務を果たさずに逃げたとの3点を構成要件とする罪(新設)で、法定刑を懲役15年とする。
 後者の、仮称「飲酒交通業務上過失致死傷罪」は、現行法にある業務上過失致死傷罪から『酒を飲んで自動車を走行させ』た場合を別立てにして法定刑を10年とする、これに道交法違反(轢き逃げ)を併合すれば最高懲役は15年になる、と言うのがその内容だ。

 危険運転致死傷罪(法定刑懲役20年、轢き逃げを加えれば25年)適用のハードルが高く、この罰が適用されないと最高で懲役7年6月の業過致死傷+轢き逃げ併合にしかならない現状を保管するという点において、この提案は中々いいところを抑えているな、と感心した。

 ただ一点、報道を通じて聞こえてくる警察・検察当局の悩みに対しては、あまり解決策になっていないとも思う。
 それは立法府の立場ではいかんともしがたい部分ではあるのだと思うが、例えば飲酒の上で事故を起こした当事者(甲)が官憲の駆けつける前に酒をあおって「事故時は飲んでなかった」などと言い逃れる『重ね飲み』や、血中アルコール濃度が下がるまでとりあえず逃げて、その後出頭してくるような『逃げ道』――いずれも本来ならば危険運転致死傷罪が適用されてしかるべきだ――を、結局は塞げていないということだ。

 実の所、罰条の適用を決する司法の場において、重ね飲み打とか逃げ得だとかを断固認めず、重い罰・重い判決を下せる条件を整備することが、本当ならばもっと重要なのではないか、と言う気がする。
 例えばそうした対応は、捜査手法の変更――重ね飲みした場合ならば、飲んだ分量と経過時間、血中アルコール濃度などをパラメータにして事故発生時点での酩酊度を(統計的・検証実験的に)判定し、それを証拠採用するとか、逃げた場合でもアセトアルデヒドの量やそれまで飲んでいた分量を基にして合理的に類推可能な酒量とその影響度を裁判所の判断材料として用いる――によって可能なのではないだろうか。

 立法措置が不用だなどとは思っていないが、もっと技術的な対応で、網の目を細かくすることだって出来るはずだし、その努力をすることが求められているんじゃないかと、僕は感じている。
Posted at 2006/09/22 12:27:51 | コメント(1) | トラックバック(0) | 事件・事故 | 日記

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何シテル?   07/24 21:51
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