2019年08月27日
ピエヒ氏亡くなられてしまったんだね…ご冥福をお祈り申し上げます
VWグループ元会長フェルディナント・ピエヒ博士亡くなる。アウディ・クワトロ開発にも尽力
フォルクスワーゲングループは8月27日付けで、長年フォルクスワーゲングループのCEO、会長を務めたフェルディナント・ピエヒが亡くなったと発表した。享年82。フォルクスワーゲンはもちろん、モータースポーツ界からも追悼のメッセージが寄せられている。
オーストリア出身のフェルディナント・ピエヒは、ポルシェ創業者のフェルディナント・ポルシェの娘であるルイーゼの子として生まれ、技術者、経営者として活躍。ポルシェ退社後、1972年にアウディに加わり、WRC世界ラリー選手権での技術革新を生んだ『アウディ・クワトロ』の技術担当責任者を務めた。
その後、1993年にフォルクスワーゲングループの会長に就任。アウディをプレミアムブランドとして押し上げたほか、ベントレー、ランボルギーニ、ブガッティ等をグループへ統合。2015年までフォルクスワーゲングループでの任にあたった。
フォルクスワーゲンは27日付けで、「フォルクスワーゲングループは長年のCCEOで、会長を務めたフェルディナント・ピエヒ博士を悼む。66万人のグループ全従業員を代表し、監査役会と経営委員会は、家族への哀悼の意を示し、グループとブランド、自動車業界全体の発展に敬意を表する」とするプレスリリースを発行した。また、モータースポーツ界からもル・マン24時間を運営するACOフランス西部自動車クラブをはじめ、多くの追悼のメッセージが寄せられている。
ご冥福をお祈り申し上げます
フォルクスワーゲン、フェルディナント・ピエヒ博士の死を悼む
Mourning Dr. Ferdinand Piech
追悼:フェルディナント ピエヒ博士
長年にわたりフォルクスワーゲンの社長、監査役会長を務めてきたフェルディナント・ピエヒ博士が亡くなった。
フォルクスワーゲンの監査役会および役員会は、2019年8月27日付けで「全従業員66万人を代表し、家族へ心からの哀悼の意を捧げるとともに、フォルクスワーゲンおよびグループ全体のブランド、そして自動車業界の発展に対するフェルディナント・ピエヒ博士の貢献に敬意を表する」と追悼の声明を発表した。
フォルクスワーゲンAG 監査役会会長:ハンス-ディーター ペッチュ
「フェルディナント・ピエヒ博士は、ひとりのマネージャーとして、独創的なエンジニアとして、さらに先を見据えた起業家として自動車の歴史を紡ぎました。1960年代から、彼は他に類を見ない自動車の形を作り上げ、産業全体を推し進め、そしてなによりフォルクスワーゲンという企業を世界的なモビリティグループへと変貌させたのです」
「我々の会社、そして社員はピエヒ博士から多大なる恩恵を受けています。深い尊敬の念とともに、彼の一生の仕事へ謝意を捧げます。彼の親族の皆様を悼みます。彼と彼の仕事は、これからもずっと我々にとっての誉れであり続けるでしょう」
フォルクスワーゲンAG 最高経営責任者:ヘルベルト・ディース博士
「フェルディナント・ピエヒ博士は大胆で、起業家的に堅実で、技術的に水際立っていました。若きエンジニアとして、ル・マンの勝利やポルシェ917など伝説のマシンを通じてレースの世界でポルシェブランドを確立。1972年からはクワトロやTDIエンジンなどの新機軸でアウディの技術を次世代のレベルへ押し上げ、CEOとしても同社をプレミアムブランドに生まれ変わらせました」
「フォルクスワーゲン・グループを率いる存在として、彼が推し進めたのは国際化です。ベントレーやランボルギーニ、ブガッティをグループに引き入れ、一貫したプラットフォーム戦略に基づき、ボリュームブランドである我々に国際競争力をもたせました。また、スカニアやMANも統合し、商用車メーカーとしての世界的な足場も構築。技術的には、世界初の1リッターカーから1001hpのブガッティ・ヴェイロンまで、彼と彼の開発チームは繰り返し可能性の限界に挑んできました」
「とりわけフェルディナント・ピエヒ博士は、あらゆる細かな部分に至るまで自動車産業へ『クオリティ(質)』と『パーフェクション(完璧)』を浸透させ、それをフォルクスワーゲンのDNAに深く刻みつけました。彼の一生の仕事へ、感謝と深い敬意を捧げます」
フェルディナント・ピエヒ博士のアウディAG時代は1972年にスタートする。1988年からはCEOを務め、1993年にフォルクスワーゲンAGのCEOへ就任。2002年にフォルクスワーゲンAG 監査役会会長へ選出され、2015年までその職務を果たした。
ウォルフスブルクの本社やドレスデンの工場をはじめ、フォルクスワーゲンの関連拠点にはフェルディナント・ピエヒ博士への弔意を示す半旗が掲げられる。
フェルディナンド・ピエヒ逝去 アウディ、哀悼の意 クワトロ/5気筒ユニット回顧
ピエヒ逝去 アウディも追悼コメント
アウディAG取締役会は、「すべての従業員を代表して、故フェルディナンド・ピエヒの家族に心からお悔やみを申し上げます」とコメントを発表した。
世界中のすべてのアウディの工場では、彼の死を悼んで半旗が掲げられている。
ピエヒは、アウディに20年以上在籍し、1988年から1992年までは、約5年間にわたって取締役会会長を務めた。
アウディAG取締役会会長のコメント
「フェルディナンド・ピエヒの最大の功績の1つは、アウディブランドのために献身的に尽くしたことです」
「アウディはラテン語で『聞く』という意味です。彼は常に、お客様と従業員の声に耳を傾けていました」
「彼は、自動車という夢に一生を捧げ、革新の原動力となりました。アウディをプレミアムブランドへと発展させ、革新的な技術で自動車業界をリードしました」
「これらの技術には、5気筒ガソリンエンジン、クワトロ・フルタイム4輪駆動、プロコン-テン(procon-ten)安全システム、フル亜鉛メッキされたオールスチールボディ、軽量アルミニウム構造のアウディ・スペースフレーム(ASF)が含まれます」
「ASFを搭載したアウディA8のスタディモデルは、1993年のフランクフルトモーターショー(IAA)で世界初公開されました。フェルディナンド・ピエヒの記憶は、私たちの心に永遠に刻まれるでしょう」
「彼は、発明の才能だけでなく、情熱と忍耐強さを併せ持っていました」
ブラム・ショット
総労使協議会議長のコメント
「フェルディナンド・ピエヒは自動車産業の偉大な指導者でした。企業家として、彼は、最先端の技術に、優れた経営手腕と社会的責任を結びつけました」
「彼は、グループが成功を収めるための共同決定の重要性を認識していました。アウディがプレミアムブレンドへと進化を遂げることができたのは、彼の功績によるものです」
ペーター・モッシュ
フォルクスワーゲン、ピエヒ氏の死去を追悼…グループ拡大の立役者
フォルクスワーゲングループ(Volkswagen Group)は8月27日、フェルディナント・ピエヒ氏が82歳で死去したことに伴い、喪に服すると発表した。
フェルディナント・ピエヒ氏は、母親がフォルクスワーゲングループ傘下のポルシェ創業者の娘という、いわば創業家出身だ。20年以上の期間、フォルクスワーゲングループの経営に、大きな影響を及ぼしてきた。しかし2015年4月、フォルクスワーゲングループ監査役の会長を辞任し、経営の一線から退いた。
フェルディナント・ピエヒ氏は1972年、アウディに入社した。1988年には、アウディのCEOに就任する。1993年には、フォルクスワーゲンのCEOに。2002年には、フォルクスワーゲングループの監査役会の会長に選出された。
フォルクスワーゲングループは、フェルディナント・ピエヒ氏の死に哀悼の意を示すために、ドイツ・ヴォルフスブルクやドレスデンなど、フォルクスワーゲングループのさまざまな施設に、半旗を掲げている。
同社のヘルベルト・ディースCEOは、「フェルディナンド・ピエヒは大胆で、起業家として一貫しており、技術的にも素晴らしかった。若いエンジニアとして、『917』やルマンの勝利などを通じて、ポルシェをブランド化した。また、クワトロやTDIエンジンなどの革新により、アウディを次の技術レベルに引き上げ、アウディをプレミアムブランドに成長させた。さらに、ランボルギーニとブガッティをグループに迎え、スカニアとMANをグループに統合した。彼の仕事に、感謝と敬意を表したい」と述べている。
フォルクスワーゲン「フェルディナント・ピエヒ」元会長の死を悼む
フォルクスワーゲンは2019年8月27日、長年にわたりCEO、監査役会会長を務めたフェルディナント・ピエヒ博士が8月25日に急逝したことに対し、哀悼の意を表した。
Drピエヒの功績
66万人の従業員を代表し、監査役会と取締役会は、同氏のご家族に心から哀悼の意を表し、フォルクスワーゲン、グループ内各ブランド、さらに自動車そのものの発展に対するピエヒ氏の偉大なる貢献に敬意を表した。
ピエヒのフォルクスワーゲン・グループにおけるキャリアは、1972年にアウディAGから始まり、1988年以降はアウディAGのCEOを務め、その後1993年にフォルクスワーゲンAGのCEO職に就任した。2002年、ピエヒはフォルクスワーゲンAGの監査役会会長に選出され、2015年にフォルクスワーゲン・グループを辞職するまで会長職にあった。
フォルクスワーゲンAGの監査役会会長 ハンス-ディーター ペッチ
「フェルディナント・ピエヒは、情熱的なマネージャーとして、独創的なエンジニアとして、そしてビジョンを持った経営者として自動車史を作ってきました。1960年代以降、彼は自動車の発展を決定的に形作り、業界全体、とりわけフォルクスワーゲンを躍進させ、グローバルモビリティグループに変革しました。当社および、その従業員は、ピエヒ博士に深く謝意を感じており、同氏の業績に最大限の敬意を表するものです。ご家族とご親戚の皆様にお悔やみを申し上げ、ピエヒ博士と彼の人生をかけた仕事を偉大な記憶として留めます」
フォルクスワーゲンAG ヘルベルト・ディースCEO:「フェルディナント・ピエヒは大胆で、経営者として常に一貫しており、そして天才的な技術者でした。若いエンジニアとしてポルシェ917などの伝説的な車両やル・マンでの勝利を通し、ポルシェをレースブランドとして定着させました。1972年以来、アウディをクワトロドライブやTDIエンジンなどの革新により技術的に発展させ、CEOとしてプレミアム・ブランドに育ててきました。フォルクスワーゲン・グループを率いるフェルディナント・ピエヒは、国際化を進め、ベントレー、ランボルギーニ、ブガッティをグループに統合し、グループ内の複数のボリュームブランドにおいて一貫したプラットフォーム戦略を展開し、国際競争力を強化しました。またSCANIAとMANをグループに統合し、世界的に競争力のある商用車サプライヤーの基盤も築きました。技術的には、ピエギ博士とその開発チームは実現可能な限界を何度も超えています。世界初の1リットルカー(1Lの燃料で100km走行可能)から1000psを発生するブガッティ・ヴェイロンまで。フェルディナント・ピエヒはなによりも自動車業界において細部にわたる品質と完璧さをもたらし、それをフォルクスワーゲンのDNAとして深く定着させました。私は、ピエヒ博士の業績に感謝するとともに、尊敬を抱いています」
フェルディナント・ピエヒを追悼し、ウォルフスブルグやドレスデン工場など、フォルクスワーゲンの多くの施設で半旗が掲げられている。
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自動車業界あれこれ | 日記
Posted at
2019/08/27 23:14:40
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