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2017年12月19日

まぁ~ココで名前が挙がっているクルマは良い方なんじゃないか?

まぁ~ココで名前が挙がっているクルマは良い方なんじゃないか? AUTOCARが選ぶ、ダメだけど愛してしまう18台のクルマたち 前編

アルファ・ロメオ166(1998年)

この企画、やろうと思えばアルファ・ロメオだけで埋めることもできる。例外なく不備を抱えながら、しばしば走りに優れ、マゾヒスティックな悦びをオーナーに与えるのがアルファだ、と言ってもいい。166もまた、そんなクルマだ。

ライバルたちには決して歯が立たず、結果として販売規模は小さいが、コレがたまらん! というひとも、特にAUTOCAR派であれば少なくないだろう。


デロリアンDMC-12(1981年)


ポテンシャルの低さという点で、デロリアンほどガッカリさせてくれるクルマにもそうそうお目にかかれない。V6ミドシップ、ステンレスボディ、未来的なガルウイング・ドア。どうやっても間違えようのなさそうな要素が揃っているのに、たったひとつの欠陥のせいですべてが台無しになった。

製造クオリティが絶望的に低いのだ。ドアは正確に開閉することを拒み、ハンドリングはあからさまに精彩を欠き、パフォーマンスは平凡そのものだ。事業そのものもたった1年で終わった。人気の源はひとえに、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズで主役級の活躍をしたことにある。ともかく、クルマとしての実力以上の支持を集め続けるモデルだ。

フォード・エコスポーツ(2013年)


近年のフォードには珍しい失敗作。昨今、ブルーオーバルの商品は軒並み購買意欲をそそるもので、どれも万能性を備えたクルマばかりだが、これだけが異端児だった。しかし、なかなか茶目っ気のあるルックスで、特に内装方面に力を入れて改良された最新モデルは、ようやくあるべき姿を手に入れたといえそうな仕上がりになった。

フォード・エスコート(Mk5 1990年)


1993年にモンデオが登場するまで、フォード車はどれも、クルマ自体の魅力より競争力のある価格で売れていたといえる。1990年に登場した5代目エスコートは、運動性能のひどさや洗練性の欠如、古臭いスタイリング、貧相な装備内容などをメディアに酷評された。

それでもユーザーは、安価さによってこのクルマを支持したのだ。その後、素晴らしいゼテック16vツインカムが追加され、ダッシュボードが刷新されると、グッと興味が湧くクルマになり、1991年に登場したRS2000仕様でそれはさらに高まった。

いすゞピアッツァ(1981年)


ジウジアーロのコンセプトカー、アッソ・デ・フィオーリ(クラブのエース)として1979年に登場し、81年に市販化されたピアッツァは、その4年後に英国でも販売を開始。しかし、70年代のオペル・カデット由来のシャシーも、ベッドフォードのバンから拝借したエンジンも、いずれも時代遅れのメカニズムで、しかも高価。低調なセールスは当然の結果だった。

1987年のフェイスリフトで、ロータスがチューンしたサスペンションを得たが、それも延命策たりえなかったのである。今やレア車だが、改めて見るとそのキッチュさがなかなか魅力的に思えてくる。

ジャガーEタイプS3(1971年)


1961年に登場した原初のEタイプは、目を見張るボディラインと強力なパフォーマンス、卓越した走りを併せ持つ、まさしく自動車史に残る名作。それだけに、71年にV12を積むシリーズ3が登場した際には、ジャガーがこのクルマで失敗するはずなどない、と誰もが思ったものだ。

ところがそれは鈍重なクルマで、あの魅惑的なデリカシーがどこかへ消え失せていた。ただし、これがアメリカ市場にはドンピシャでハマり、人気を博したのだ。そして現在、これをスポーツカーではなくGTカーなのだと考えてみれば、われわれも歓迎したい気持ちになる。

キア・プライド(1991年)


フォード・フェスティバと聞いて、青春を思い出す世代もおいでだろう。開発と生産を手掛けたマツダでは、121と銘打ったコンパクトカーだ。製造は韓国のキアでも行われ、自社ブランドではプライドの車名で販売。1991年にマツダ版が2代目へ移行した後も、初代プライドはそのまま継続した。登場した時点ですでに時代遅れのクルマだったが、売れ行きはキアが足場を固めるに十分なほど好調だった。

現時点で2017年の販売台数が、マツダの約130万台に対し、キアは230万台に達していることを考えると、初代プライドの功績の大きさを実感させられる。クルマそのものとしては、見返すとボディサイドのプレスラインが新鮮に思える。

ラーダ・サマラ(1984年)


はっきり言って、価格が安い以外にとりえのないクルマだ。絶望的なガラクタ、と呼んでもいい。特徴のないスタイリング、光るところのない走り、あきれ返るほどのひどい造り。洗練性? そんなもの、かけらもない。

欠点を数え上げればキリがないが、排ガス規制に引っかかって販売終了になるまで英国で売り続けられた程度には、購入者がいたようだ。ベーシックカーにあるべき装備がとりあえず揃っていれば、とにかく安く買いたいというひとも少なくないのだろう。

メルセデス・ベンツML(1997年)


初代Mクラスは、メルセデスの製造クオリティがどん底にあった時期に登場した。結果として、予想される問題点をすべて予想通りに備えたクルマとなった。

塗装は剥がれ、パネルは落ち、電装系も機械系も故障は当たり前。それでも、Mクラスのセールスは衰えなかった。スリーポインテッド・スターの威光もあるが、見慣れるほどに、そして改良されるごとに、スタイリングがユーザーに受け入れられていったともいえる。

また、これはアメリカで生産された初のメルセデスでもある。良くも悪くも、歴史に名を遺すクルマだ。




AUTOCARが選ぶ、ダメだけど愛してしまう18台のクルマたち 後編

MGマエストロ・ターボ(1989年)


マエストロが超速ホットハッチの出発点というわけではないが、このターボモデルは実に魅惑的なマシンだ。154psのターボ版Oシリーズ・エンジンを得て、0-97km/h加速は6.9秒、最高速度209km/hが可能となった。

しかし、実際に走らせると、トルクステアへ抗うタイヤの摩耗ぶりの方が実感しやすいはずだ。現存する個体は、マニア垂涎の存在、のようなものになっている。

リライアント・ロビン(1973年)


リライアントが60年以上にわたり、非力で不安定なクルマを売り続けられたのは、これが英国では二輪免許で乗れることによるところが大きい。ランニングコストが低いのも、支持される一因だ。

現在では、70年代の多くのブリティッシュ・レイランド系モデルと並ぶ、アンチスタイルの主張ツールとなっているという側面もある。ちょっと見直してもいいかもしれない、とは思う。ほんのちょっと、ではあるが。

ルノー・トゥイジー(2012年)


四輪とはいえ、一般的な自動車と同列には扱えない。車体の小ささはもちろんだが、実用性は全般的に乏しい。航続距離は短く、50km以上走れないというのが、どうにも致命的ではある。

それを考えればコストは割高だが、手頃な価格でスーパーカー以上に注目されたいなら、これ以上の選択肢はない。販売面でいえばルノー屈指の失敗作だが、興味深さにおいてもルノー屈指の存在だ。

ローバー・ストリートワイズ(2003年)


編集部の面々が手に入れたくてウズウズするようなクルマ、と言ったらもちろんウソになるが、まったく琴線に触れないとも言い難い。結局、これはよくある4WD風モデルだが、発売当時はMGローバーをこきおろすネタにされたものだ。

2003年の時点で、既に時代遅れだったローバー25をベースにしていたというのもマイナス評価の材料だった。ただ、その風変わりさゆえに、妙に気になるモデルでもある。果たして、程度のいいものがあるのか、そもそもこれが程度を語れるようなクルマなのか、という議論は別として。

スコダ・エステル(1976年)


このエステルが英国で発売された1976年、低価格を歓迎する消費者は多かったが、実際に走らせてみれば思い通りにいかないハンドリングを酷評する声が続出した。サスペンションは未成熟で、重いエンジンをリアに積むとなれば、簡単に挙動を乱すし、それを回復させるのがまたひと苦労ときている。

それでも、この東欧で生産されたチープで元気なクルマが嫌いではない。「もし君がこのクルマを気に入らないのであれば、工場へ送って再教育させることもできるぞ」なんてかつての社会主義国家を気取って冗談を言うのも楽しそうだ。しかし、今やほとんど現存する個体はなく、残っていればそれなりに価値がある。

スマート・ロードスター(2003年)

現代版オースティン・ヒーレー・スプライトとでもいった趣の、ミニマルなスポーツカー。698ccエンジンをリアに置き、スタイリングはシャープ。加えて、その造りはメルセデス品質。魅力的なクルマだが、ショックの大きいトランスミッションには興ざめ。しかも信頼性が実は低く、購入費用はそれほどでもないが、維持費が高くつく。それでもなお、魅力的なクルマではある。

スズキ・ジムニー(3代目・1998年)


今買える新車で、オンロードでの走りがジムニーに劣るものを見つけるのは至難の業だろう。1998年の発売時点で、すでにすべてが時代遅れといえるクルマだったが、英国では毎年1000台ほどの買い替え需要がある。なぜならこれは、もっとも安価で手に入る有能なオフローダーだからだ。

かつてレンジローバーと比較試乗したが、クロカンの王者を向こうに回し立派な戦いぶりをみせた。登場から20年を経て、いよいよフルモデルチェンジすると噂されるが、少なくとも悪路走破性で期待を裏切られることはないだろう。

トラバント(1957年)


このスタイリングをどう見るかは好みの問題かもしれないが、トラバントP50はすべてがひどいクルマだ。製造クオリティ、ハンドリング、パフォーマンス、どれをとっても絶望的で、これに比べれば型落ちのダイハツ・ミラをベースにしたマレーシアのプロドゥア・ニッパがSクラスに思えてくる。

しかし、かつての東ドイツなどでは、これしか選択肢がなかったのだ。そんなトラバント、ベルリンの壁が崩壊して流入した西側ではファッションアイテム扱いされるようになるのだから、世の中わからないものだ。

フォード・フュージョン(2002年)


2002年にデビューすると、フュージョンの評価は冴えないものだった。同時期のフィエスタがベースということで期待されたが、快適性は低く、野暮ったく、走りは平凡で、思うより実用性や万能性は高くない、といった具合だ。

それでもユーザーに支持され、10年ほどの販売期間をたった1度の改良で乗り切った。広く、控えめな走りで、実用車としては過不足ないものだったということだ。なお、アメリカでフュージョンというと、英国などではモンデオを名乗ったクルマが出てくる。ややこしいので、買ったり借りたりするときは要注意だ。



リライアント・ロビンはトップギアの影響で日本でも知名度は多少は上がったかな?(スペースシャトルニさせられたりしているのでw)
個人的にリライアントのクルマで好きなのはシミターかなwww
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Posted at 2017/12/19 07:06:48

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