2020年09月07日
運転席の位置は右側の方がいいのかな〜
車椅子のまま運転できるバイク・コアラ 製作者の夢は「パラリンピックマラソンの先導車に使ってほしい」
パラリンピックに合わせて注目したい「車椅子でも乗れるバイク」
延期されてしまった東京2020オリンピックの開催予定まで再び1年を切った。ということはもちろん、同年に開催される東京2020パラリンピックも近づいているということだ。
オリンピック、パラリンピックは人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治、障がいの有無など、あらゆる面での違いを肯定し、自然に受け入れ、互いに認め合うことで社会は進歩するという理念のもと開催される。
バイク界にも、この理念に沿うような「車椅子でも運転できるバイク」が存在する。神奈川県相模原市でサイドカーやトライクの製造などを行っている片山技研が2013年から製作を続けている「コアラ」だ(初代コアラは台湾のスクーターメーカーSYMのCOMBIZ125をベース車両としたもので、販売価格は148万円だった)。
バイクの後方にはスロープ状に展開する乗り込み口が設けられ、ライダーが車椅子に座ったまま乗降車し、足を使わずに操縦することができる。
また、搭乗用スロープもレバー操作で開閉し、走行だけでなく乗降車まで介助なしで行える仕様となっている。
この構造が袋に子供を入れる有袋類のように見えることから、「コアラ」の車名が付いたそうだ。ちなみにローマ字で車名を書くと「COALA」。動物のコアラのスペルは「KOALA」だが、KをCと変えたのはCの文字の丸い形ををタイヤに見立てたためだという。
「コアラ」(一部タイプを除く)の大きな特徴はサイドカーでもある点だ。運転を担当する車椅子のユーザーが乗れるほか、横の側車(カー側)にパッセンジャーを乗せることができる。
その側車側は「コアラ」を製作するうえで、ベース車両から取り外されたパーツを有効活用して組み上げられている。
片山技研の代表で「コアラ」製作者の片山秋五さん(かたやま しゅうごさん 以下 片山さん)は「せっかく付いているパーツを外してしまうより、くっつけたまま活用したほうが効率的だからさ」と笑うが、「いつも連れ出してもらう側になってしまう車椅子ユーザーを誰かを連れて行く側にしたかった」という思惑もあると話す。
「障がい者の不自由を取り除いてフラットにするだけではなく、健常者と同じ選択の自由を持ってもらう」というのがこのバイクのコンセプトなのだ。
開発費用や国交省への申請など、高いハードルがあったが……
一般的なバイクに比べ、絶対的な需要数が少ないということもあって製作はいつも赤字。それもすでに5000万円以上を持ち出しているという。にもかかわらず、なぜ「コアラ」の製造を続けるのか。
その理由について片山さんは「採算が合わないから、なかなか大手メーカーは作らない。そのために世の中には存在しないけれど、わずかでも確かに需要があるようなものこそ、うちみたいな技術を持っていて且つ小回りがきくところが作っていかないと、世の中に登場しない。赤字であっても、自分の得意な分野で世の中に何かを与える事ができるというのは幸せなことだと思う」と話す。
自身が交通事故にあった経験もコアラ開発に生かされている
また、片山さん自身の経験も「コアラ」を制作する大きなモチベーションになっている。
もともと片山さんは小さい頃から絵に描くほどトライク(3輪バイク)の形状が好きだった。その後、16歳でバイクの免許を取得。オフロードを中心にレースなどに出場し、本人いわく「一番下のクラスではない競技クラス」に参戦していたという。
しかし、高校生の時、バイク乗車中にクルマにひかれる事故に遭い、左ヒザ部がえぐれる大ケガをした。その際に医師が「足を切断する可能性がある」と話しているのを聞いてしまった。幸いにして片山さんの足は回復し切断せずに済んだが「足が無くなったとしても、3輪のトライクなら乗れるはずだ。また自由に走ってやる。」とバイクへの思いを新たにするきっかけとなったそうだ。
さらに片山さんがバイク製作所を開業してトライクの製造販売をしている中で、足の不自由な仲間が製作所のメンバーに加わった。
「彼自身が元バイク乗りの車椅子ユーザーで、こういうものがあったらいいなという完成図を書くのが上手なアイディアマンだった。彼が描いたものを、僕が図面に起こして技術で具現化することができた。」と片山さんは言い、「コアラ」製作の大きな力となったようだ。
このような経験とめぐり合わせが糧となり、コアラの製造は赤字覚悟で始まった。
「側車付二輪自動車」として認可されるか?という難問
しかし「コアラ」の製造と販売には、コスト以上のハードルもあった。
それは、車椅子ユーザー向けのバイクに対する社会の理解不足と認知度の低さだ。
改造などを行ったバイクは公道を走らせるためには国土交通省に「届け出」をしなければならない。
しかし、公道を走行できる「側車付二輪自動車」と認められるためには「側方開放型」と言って「運転者席の側方が開放された自動車」であることなどの条件が必要とされる。
ライダーが車椅子に座ったまま安全に走行するために特殊な形状となっている「コアラ」シリーズは、下記に引用するこの条件を満たしていると認められることが難しいのだ。
現在制作中の、スーパーカブをベース車両とした「コアラ」兄弟車も、ライダーの搭乗位置の両側にカブのボディが付いており「側方開放型」とみなされなかったことや、「またがり式」ではないと判断されたことで、届け出が承認されずに苦労している。
四 「側車付二輪自動車」とは、次のいずれかに該当するものをいう。
イ 直進状態において、同一直線上にある2個の車輪及びその側方に配置された1個 (複輪を含む。)又は2個(二輪自動車の片側の側方に備えたものに限る。)の車輪 (以下「側車輪」という。)を備えた自動車
ロ またがり式の座席、ハンドルバー方式のかじ取装置及び3個の車輪を備え、かつ、運転者席の側方が開放された自動車
国土交通省 道路運送車両の保安基準の細目を定める告示【2005.06.01】
第1条及び第2条(用語の定義)第1章総則 第2条より抜粋
また「わざわざ乗りにくいバイクに乗らなくたって、障がい者はクルマに乗ったら良いじゃないか。」という言葉をかけられることもあるそうだ。
この点について片山さんは「本当の平等、自由とは選択肢を持てること」だと考え、「たとえ車のほうが利便性に優れていても、健常者には存在するバイクに乗るという選択肢が車椅子ユーザーにも保証されることが大切、その自由が社会側の都合によって阻害される世の中が問題なんだ」と訴える。
「そんな社会が許されるなんて、『障碍者差別解消法』違反ですよ」柔和だった片山さんの話し方の語気がほんの少し強まった。
「今はパラリンピックのマラソンの先導車も健常者が一般的なバイクで行っているけれど、いつかコアラが先導車になったりして。注目が集まれば世間から受け入れられるようになって、より個々にとってユーザビリティの高い車両の登録が考え直されるだろうし、障がい者の雇用にも貢献できるかもしれない」
片山さんが「コアラ」に託す夢は大きい。
スーパーカブベース車、電動車椅子対応車など兄弟車も
コスト、届け出、数々の困難を乗り越えて発売から5台ほどを世の中に送り出した後も、「コアラ」シリーズは各ユーザーの需要に合わせて形を変え、進化を続けている。
スーパーカブを2台連結したぜいたくな仕様
秘密基地のような工房の中で現在完成を間近にひかえるのは、スーパーカブを2台連結してその間に車椅子の搭乗スペースを設けた車両だ。
このマシンは1人乗り専用でパッセンジャーが同乗することはできないが、車体をよく見ると、連結されたカブのパーツが「コアラ」のように有効活用されていることが分かる。
たとえばメーター部は1台のカブのメーターをそのままメーターとして活かした下にもう1台のカブのメーターを移設し、ギヤポジションインジケーターとして使っている。
連結された2台のカブはそれぞれ独立したエンジンの始動機能を持っており、万が一1台のエンジンが停止しても、もう片方のエンジンだけで走行可能という副産物的な強みも持っている。
また、エキゾーストパイプは2本ともフロント部分に移設されており、エンジンに走行風がよく当たることなどから、冷却性能が高まっているそうだ。
「介助型」は福祉施設などでも活躍中
工房の中央に目を向けると、ここにも製作途中の車両が。これはスーパーカブプロをベース車両としたもので、車体右側に側車のようなフレームが取り付けられている途中だった。
この車両は、側車に車椅子を乗せて健常者が運転を担当する「介助型」になる予定だという。
「以前販売した同じ介助型タイプの製品は、障がいのある子どもたち向けのレクリエーションにも使われていて、子供を乗せて走るとやっぱり爽快感があるのか、楽しそうにするんだよね」と片山さん。
電動車椅子でも乗れるバイクの改良に奮闘中
工房の2階に上がると、現在は試乗車として活躍しているという初代「コアラ」とともに、電動車椅子でもそのまま乗り入れられる設計の試作車も置いてあった。
台湾のバイクメーカーPGOのスクーターをベース車両としたひときわ大柄なこの車両の最大の特徴は、搭乗スペースが広いこと。
電装系を繋げばすぐにでも動かすことができるというが、まだ改良を考えているポイントがあるという。たとえば、最低地上高がかなり低くなってしまっている点だ。
このままでは駐車場に入るときなど道路の縁石にぶつかってしまう可能性があるので、フレームの前方にソリのような反り返しを設けることで、段差をかわせるようにするつもりだという。
「作れば作るほど、際限なく改良して作り込んでしまう。こんな感じだから儲からないんだけどね」と笑う片山さんを見る限り、完成時期は未定のようだ。
次回作は車椅子で乗れるCT125・ハンターカブ!?
さらに次回作としては、6月に発売され高い人気を博しているホンダCT125・ハンターカブをベース車両とした車椅子対応バイクの作成を画策しているとのこと。
完成は2020年秋ごろを見込んでいるとのことなので、その暁には続報をお届けしたい。
レポート●モーサイ編集部・中牟田 写真●片山技研/モーサイ編集部・中牟田
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Posted at
2020/09/07 22:02:29
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