【トヨタWRC】ラトバラがスーパーSSでベストタイム
2017年FIA世界ラリー選手権(WRC)第2戦ラリー・スウェーデンが開幕。スウェーデンのカールスタードでスーパーSSが行なわれ、「ヤリスWRC」をドライブするヤリ-マティ・ラトバラがベストタイムをマークした。
TOYOTA GAZOO Racing WRTは、復帰参戦2戦目で初めてのSSベストタイム。同じくヤリスWRCのユホ・ハンニネンは8番手タイムだった。
9日は午前中にサービスパークが置かれるトルシュビー近郊でシェイクダウンが行なわれ、午後8時過ぎに、トルシュビーの南、約100kmのカールスタードで競技がスタートした。雪と氷に表面が覆われたアリーナで、SS1として2台同時出走のスーパーSSが行なわれ、全長1.9kmのショートコースでラトバラが全体のベストタイムをマークした。
トム・フォウラー(チーフエンジニア)のコメント
シェイクダウンでは、前戦のモンテカルロと同じように使用本数の制限があるタイヤを温存することを優先した。勝負は明日(10日)からだ。今年のコースは路面が全体的に凍結して硬く締まっており、明日以降は積雪の可能性もある。明日はもっとも長い距離を走る1日なので、万全の準備をする。
ヤリ-マティ・ラトバラ(ヤリスWRC#10号車)のコメント
今回のラリー・スウェーデンは非常にハイスピードなので、ハンドリングとエンジンパフォーマンスがポイントになるだろう。今日(9日)はベストタイムを刻むことができて嬉しかったので、明日以降もこの調子を保ち続けたい。
ユホ・ハンニネン(ヤリスWRC#11号車)
シェイクダウンではタイムを出しに行くのではなく、クルマが正常に作動するかどうかに集中し、すべてが機能していることを確認した。スーパーSSはとても素晴らしい雰囲気で、コースコンディションも良好だったが、私自身は少しだけナーバスになっていたような気がする。しかしヤリスWRCの良い動きに助けられ、全体をうまくまとめられた。
ラリー・スウェーデン デイ1の結果
1 ヤリ-マティ・ラトバラ/ミーカ・アンティラ(トヨタ ヤリス WRC)01分34.1秒
2 ティエリー・ヌービル/ニコラス・ジルソー(ヒュンダイ i20 クーペ WRC) 0.6秒
3 ダニ・ソルド/マルク・マルティ(ヒュンダイ i20 クーペ WRC) 0.7秒
8 ユホ・ハンニネン/カイ・リンドストローム(トヨタ ヤリス WRC) 2.1秒
(現地時間2月9日21時15分時点のリザルト)
競技2日目となる10日のデイ2は、スウェーデンからノルウェーにかけて広がる森林地帯のスノーロードで7本のSSが行なわれる。2カ国にまたがるSSの合計距離は145.65kmで、リエゾン(移動区間)も含めた総走行距離は527.18kmだ。
【WRC 第2戦】デイ2…トヨタ・ラトバラがSS2つでトップタイム、総合2番手
2017年のWRC(世界ラリー選手権)の第2戦がスウェーデンで9日に開幕。中間にあたる2日目を終えヤリ・マティ・ラトバラ(トヨタ)が総合2番手につけ、復帰2戦目で優勝を狙えるポジションにつけている。
現地時間の9日夜に行われたSS1ではライバルを振り切りラトバラがトップタイムをマーク。復帰2戦目で早くもステージウィナーに輝くと、10日に行われたDay2のラリーでも勢いをキープ。SS4で再びトップタイムを記録し、総合トップに浮上した。
しかし、Day2後半は開幕戦でも好調だったティエリー・ヌービル(ヒュンダイ)が巻き返し、最終のSS8を終了した時点で28.1秒のリードをつけ暫定トップにつけている。
ラトバラはSS6で若干ミスがあったとのことでタイムロスを喫したが、大きなトラブルやアクシデントもなく、総合2番手をキープ。残る2日間のステージで十分に逆転可能なポジションにつけており、いきなりトヨタの優勝という瞬間も見られるかもしれない。
またチームメイトのユホ・ハンニネンは、SS5でクラッシュしてしまい、そのままデイ・リタイアを余儀なくされた。開幕戦モンテカルロを制したセバスチャン・オジェ(M-SPORT)は思うようにペースが上がらず5番手につけている。
WRC第2戦スウェーデン:SS8終了時点順位
1.ティエリー・ヌービル(ヒュンダイ)1時間16分24秒7
2.ヤリ・マティ・ラトバラ(トヨタ) 28.1秒
3.オット・タナク(M-SPORT) 49.7秒
4.クリス・ミーク(シトロエン) 51.8秒
5.セバスチャン・オジェ(M-SPORT) 55.7秒
【WRC 第2戦】デイ3…トヨタ復帰2戦目で優勝なるか?ラトバラが暫定トップに浮上
2017年のWRC(世界ラリー選手権)は11日、デイ3のセッションが行われ、ヤリ・マティ・ラトバラ(トヨタ)が総合トップに浮上し、復帰2戦目での優勝に大きく前進した。
初日から好調で2日目終了の段階で2番手につけていたラトバラだが、3日目は思うようにペースが伸びない。SS13で週末3度目となるステージトップを記録するが翌SS14では不運もありタイムロス。逆にオット・タナク、セバスチャン・オジェのM-SPORT勢がタイム差を縮め2番手争いが激化していく。
その間にトップのティエリー・ヌービル(ヒュンダイ)は着実にタイムを稼ぎ40秒のリードを確保。勝利も確実と思われたが、最終のSS15でコンクリート壁にヒットした際にステアリング系統を破損。2戦連続でデイ・リタイアというまさかの事態となってしまった。
これによりラトバラが総合トップに浮上。残るデイ4の3ステージでポジションを守りきれば、トヨタにとっては復帰2戦目で優勝を獲得することになる。しかし、総合2番手のタナクとの差は3.8秒しかなく、デイ3での流れを見ると彼のほうが優勢。トヨタ勢にとっては、初優勝をかけてさらなるペースアップが求められる最終日となりそうだ。
注目のデイ4は日本時間の15時55分にスタート。最終ステージ終了は21時過ぎになる予定だ。
WRC第2戦スウェーデン:デイ3終了時点順位
1.ヤリ・マティ・ラトバラ(トヨタ)2時間04分59秒3
2.オット・タナク(M-SPORT) 3.8秒
3.セバスチャン・オジェ(M-SPORT) 16.6秒
4.ダニ・ソルド(ヒュンダイ) 1分39秒
5.クレイグ・ブリーン(シトロエン) 2分04秒
【WRC 第2戦】トヨタが復帰2戦目で優勝、ラトバラがランキング首位に
2017年の世界ラリー選手権(WRC)第2戦がスウェーデンで行われ、ヤリ・マティ・ラトバラが優勝。トヨタが復帰2戦目に早くも勝利を手にした。
今週末は初日から好調でラトバラがSS1とSS4でトップタイムを記録。チームメイトのユホ・ハンニネンがクラッシュし脱落する事態に見舞われたが、冷静かつ着実にラリーを進めていた。
デイ3のSS15で総合トップを快走していたティエリー・ヌービル(ヒュンダイ)がアクシデントに見舞われ脱落。これでラトバラがトップに浮上し、僅差で2・3番手につけるオット・タナクとセバスチャン・オジェのM-SPORT勢との争いになった。
それまではタナクが好タイムを連発し最終日は有利かと思われたが、始まってみればSS16、SS17とラトバラがトップタイム。20秒のアドバンテージを得て、最終SS18に臨とアクセルを緩めることなく、ここでも最速タイムを記録し、復帰後のトヨタに初の優勝をもたらした。なお2位にはタナク、3位にはオジェが続き、途中デイ・リタイアで後退したハンニネンは総合23位となった。
トヨタのWRC優勝は、1999年のラリー・チャイナ以来、18年ぶり。また日本車が勝つのは2005年のスバル以来12年ぶりの快挙。これでラトバラもランキング首位に浮上。シーズン序盤ではあるが、この勢いが続けば復帰1年目でのチャンピオンという可能性も出てきそうだ。
WRC第2戦スウェーデン:総合結果
1.ヤリ・マティ・ラトバラ(トヨタ)2時間36分03秒6
2.オット・タナク(M-SPORT) 29.2秒
3.セバスチャン・オジェ(M-SPORT) 59.5秒
4.ダニ・ソルド(ヒュンダイ) 2分11秒
5.クレイグ・ブリーン(シトロエン) 2分51秒
トヨタに18年ぶりのWRC総合優勝! ヤリス、復帰2戦目のラリースウェーデンで勝利!!
2017年FIA世界ラリー選手権(WRC)第2戦ラリー・スウェーデンが2月9日から12日、スウェーデンのトルスビューを中心に開催され、TOTOYA GAZOO RACINGのヤリ-マティ・ラトバラ/ミーカ・アンティラ組が総合優勝。TOYOTA GAZOO Racing WRT(ワールド ラリー チーム)に初優勝をもたらしました。
Day1 初日のSS1でTOYOTA復帰初のトップタイムを刻み、総合首位に立ちます。Day2 SS2でヒュンダイのティエリー・ヌービル/ニコラス・ジルソー組に首位を譲るも、以降もラトバラは3位以下に順位を落とす事無く、2位をキープ。ユホ・ハンニネン/カイ・リンドストローム組はSS5でクラッシュ、冷却系に損傷を抱えた為にデイリタイアを選択。修理を行い、Day3より再出走となります。
Day3、ラトバラ以下の後続を引き離しつつあったヌービルが最終SSでクラッシュ。2位を堅持していたラトバラは、最終日を前に首位に返り咲きます。Day4 。残る3本のSSをラトバラは全てトップタイムで駆け抜け、自身のWRC17勝目とともにトヨタに18年ぶりのWRC総合優勝をもたらしました。
これでラトバラはドライバーズ選手権ランキングのトップに立つことに。
チームメイトのユホ・ハンニネン/カイ・リンドストローム組はDay3再出走後に総合23位迄挽回し、完走を果たしました。なお、同ラリーのWRC2クラスに参戦した新井大輝と勝田貴元は各々総合19位、22位で完走しています。
ラリースウェーデン最終結果順位 Car No Driver/Co-driver Team GroupClass1. 10 J.ラトバラ/M.アンティラ Toyota Gazoo Racing WRT(M) RC12. 2 O.タナク/M.ヤルヴェオヤ M-Sport World Rally Team(M) RC13. 1 S.オジェ/J.イングラシア M-Sport World Rally Team(M) RC14. 6 D.ソルド/M.マルティ Hyundai Motorsport(M) RC15. 8 C.ブリーン/S.マーティン Citroen Total Abu Dhabi WRT(M) RC16. 3 E.エバンス/D.バリット M-Sport World Rally Team(M) RC17. 4 H.パッドン/J.ケナード Hyundai Motorsport(M) RC18. 15 S.ルフェーブル/G.モロー Citroen Total Abu Dhabi WRT RC1
13. 5 T.ヌービル/N.ジルソー Hyundai Motorsport(M) RC119. 44 H.アライ/G.マクニール Tommi Makinen Racing RC222. 43 T.カツタ/M.サルミネン Tommi Makinen Racing RC223. 11 J.ハンニネン/K.リンドストローム Toyota Gazoo Racing WRT(M) RC1※チーム名の後ろの(M)はマニュファクチャラーチームの意味
第3戦ラリー・メキシコは3月9日から12日、メキシコ第5の都市レオンを中心に開催されます。シーズン最初のグラベルラリーで最も高地開催のラリーで、ホストタウンの標高は1815m。高度が2800mにもなるステージもあります。高地では空気中の酸素量が少なく、エンジンがパワーダウンする為、他所とは大きく異なるセッティング=チーム力が試されることとなります。目指した目標とはいえ、想像以上に早く辿り着いた初優勝。次戦はGAZOO RACING WRTにとって、真価の問われる一戦となるでしょう。
(川崎BASE)
祝! トヨタWRC復帰2戦目でヤリスWRCを駆るラトバラが優勝
トヨタのWRC勝利は1999年のラリー・チャイナ以来
2017年のWRCで18年ぶりの復帰参戦を果たしたトヨタ。1月19日から22日にモナコで開催された開幕戦「ラリー・モンテカルロ」でエースのヤリ-マティ・ラトバラが2位入賞を果たしたことは記憶に新しいが、それからわずか3週間後の2月9日-12日、スウェーデンを舞台に開催された第2戦の「ラリー・スウェーデン」で早くも歓喜の瞬間が訪れた。
シリーズ唯一のスノーイベントでヤリスWRCを駆るラトバラが終始コンスタントな走りを披露。復帰後初となる勝利を復帰2戦目にして獲得したのである。
栄光への軌跡は9日の夜に行われたオープニングステージで始まった。2台同時のスーパーSSでラトバラがベストタイムをマーク。全長1.9kmのショートコースで、後続とのギャップはわずか0.6秒に過ぎながったがラトバラにとっては大きな自信に繋がったことだろう。「ヤリスWRCにとって初のベストタイムを刻むことができて嬉しかった。デイ2以降もこの調子を保ち続けたい」と喜びを語る。
その言葉どおり、10日のデイ2でもラトバラは安定した走りを披露。デイ1を8番手で終えていたチームメイトのユホ・ハンニネンがSS5でコースアウトを喫し、その日の走行を断念するほか、ラトバラもヒュンダイでi20クーペWRCを駆るティエリー・ヌービルの先行を許すものの、SS4でベストタイムを叩き出すなど持ち前のスピードを披露し、首位から28.1秒遅れの総合2番手でデイ2をフィニッシュした。
そして、11日のデイ3でも「午後はスタッドタイヤの磨耗に苦しんだ」と語るものの、ラトバラはSS13でベストタイムを叩き出すなどスピードを見せながらも、落ち着いた走りを披露している。これに対して首位に付けていたヒュンダイのヌービルはデイ3を締めくくるSS15でコースアウトを喫し、そのままリタイヤ。この結果、ラトバラが首位に浮上し、デイ3をフィニッシュした。
残るステージはわずか3本で、後続とのギャップはわずか3.8秒。まさに首位のラトバラにとってプレッシャーのかかるシチュエーションとなったが、12日のデイ3でもラトバラは完璧な走りを披露していた。残りの3本のステージでラトバラはベストタイムをマークし、後続を引き離しながら首位をキープ。トヨタにとって復帰2戦、1999年のラリー・チャイナ以来となる総合優勝を獲得した。
「ラッキーな面もありましたが、ヤリ-マティの素晴らしい戦いとそれを支えた全てのスタッフの努力があったからこそ優勝を成し遂げられた。我々を信頼してくれた皆さんに感謝します」とトミ・マキネン代表が語れば、ラトバラも「新しいチーム、新しいマシンで挑んだ2戦目で優勝することができて本当に嬉しい。良いマシンを準備してくれたチームに感謝しています」とのこと。
そして、この18年ぶりの快挙にチーム総代表の豊田章男社長も「私もその日が来ることを心の底から願っていました。しかし、こんなにも早くその瞬間が訪れるとは、私の想像を超えておりました。応援いただいたファンの皆様のおかげです。応援ありがとうございました」と語る。
この勝利でチームのモチベーションはさらに高くなっているだけに、今後もトヨタ陣営の躍進は続くことだろう。
(写真:TOTOTA GAZOO Racing)
【トヨタWRC】復帰2戦目での勝利に豊田社長…「こんなにも早くその瞬間が」
現地12日にフィニッシュした世界ラリー選手権(WRC)第2戦スウェーデンで、今季から18年ぶりにワークス参戦を再開したトヨタが復帰後初優勝を飾った。豊田章男社長からの喜びの声が伝わってきている。
「ヤリスWRC」を駆り、ヤリ-マティ・ラトバラが第2戦スウェーデンで勝利。ラトバラにとっては通算17勝目、トヨタにとっては前回参戦の最終年=1999年中国戦以来のWRC優勝となった(通算44勝目とみられ、メーカー別で歴代6位相当の数字)。豊田社長は以下のような声明で喜びの大きさを示している。
豊田社長のコメント
「18年ぶりに復帰したWRC、2戦目にして優勝することができました。“負け嫌い”のTOYOTA GAZOO Racingですから、私もその日が来ることを心の底から願っていました。しかし、こんなにも早くその瞬間が訪れることは、私の想像を超えておりました。トヨタのWRC復帰を願い続け、その復帰を共に喜び、応援いただけたファンの皆さまのおかげです。応援ありがとうございました。
ラリーは、ライバルと競い合いながら道を走りきり、完走することが大切です。初戦モンテカルロと同じく、今回も、走りきり、戦い抜けたことで、素晴らしい結果を得ることができました。雪と氷に覆われた苛酷なスウェーデンの道を全速力で走りきれる力をヤリスに吹き込んでくれた、トミ・マキネン代表以下、エンジニア、メカニック、テストドライバーなどチームの全てのメンバーにも感謝します。
そして、そのヤリスをゴールまで無事に運び届けてくれたヤリ-マティ・ラトバラ選手、(コ・ドライバーの)ミーカ・アンティラ選手にも感謝いたします。また、ユホ・ハンニネン選手、(コ・ドライバーの)カイ・リンドストローム選手も、一時(デイ)リタイアとなったものの、メカニック、エンジニアとクルマを直し、そしてその後は今後につなげるための、いろいろなトライをしながら走りきってくれました。彼らにも感謝いたします。
このように、今回のこの結果はチーム一丸となったからこそ得られたものだと思います。チームのみんな、本当にありがとう。お疲れさまでした。先日(2日)の発表会の壇上で、マキネン代表とラトバラ選手と“クルマとの対話”について話をしました。ラトバラ選手は「運転前に愛を持ってクルマに話しかけ、大切に、そのクルマを運転している」、マキネン代表は「クルマを愛しているからこそ、クルマのことがわかる。だから、どうすれば速く走らせられるかがわかる」。“クルマ愛”に溢れる彼らの言葉は私の想いと全く同じであり、心に響くものでした。
これからも、彼らと、この想いを共有し続け、ヤリスを“もっといいクルマ”にしていく戦いをチームのみんなと続けてまいります。今年の13戦を戦い抜いたときに、一番強いクルマになっていたいと思います。WRCの道を走り続け、“もっといいクルマ”のために走り続けるTOYOTA GAZOO Racingを、皆さま、引き続き応援いただければと思います。よろしくお願いいたします」
第2戦スウェーデンはスノーラリーであり、ドライバー技量(ラトバラは当地4勝目)や展開といった要素の比重が高まる性質の一戦とはいえ、復帰2戦目での勝利はトヨタの今回参戦に向けての準備のレベルの高さを証明するものといえよう。次の第3戦メキシコ(3月9~12日)はマシン素性の比重が高まるグラベル(非舗装路)ラリーの今季緒戦。そこでヤリスWRCがどんな走りを披露するのか、非常に大きな注目を集めることになりそうだ。
ヤリスWRCもこのラリーカーたちのようになるんだろうか
【WRCにその名を刻んだ名車】トヨタ・セリカWRC参戦の歴史
スバルや三菱に先んじてWRCに挑戦したトヨタ
2017年にWRC(世界ラリー選手権)に18年ぶりに復帰したトヨタ。WRCといえばスバルや三菱を思い浮かべる人は多いと思うが、その歴史は前出の2社よりも古く、WRCが発足した1973年から参戦している。
さらに、世界ラリーへの挑戦は今から60年前の1957年の初代クラウンで挑戦したオーストラリア大陸一周ラリーにまで遡る。じつはトヨタ・モータースポーツの歴史はラリーから始まっているのだ。そして、その長いWRCの歴史に日本車として初めて、チャンピオンの名を刻んだのはスペシャリティカーであるセリカだった。 (写真はラリー仕様)
トヨタがWRCに本格的に介入したのは1975年。以前から支援していたプライベーターである故オベ・アンダーソン選手(のちのF1初代代表)のチームの全面バックアップを決め、TTE(トヨタ・チーム・ヨーロッパ)を発足。この年がトヨタの名前を冠した初参戦となる。
TTEはマシンにカローラレビン(TE27)を選んでいたが、1979年には2代目セリカ(RA40型)にスイッチ。ここから1995年までの16年間、トヨタはセリカでWRCに参戦し続けることとなる。
参戦ベース車両製作を含めたワークス活動を開始したのは1983年。この年から始まるグループB車両(連続する12カ月で200台生産された車両をベースに製作、内20台は大幅な改造も可能)レギュレーションに合わせて、日本初の1.8リッターツインカムターボを搭載した3代目セリカ(TA63型)のエンジン排気量を拡大。
さらにリヤサスペンション型式の変更、フロントフェンダーを樹脂製にするなど大胆な改良が施された初のエボリューションモデル「GT-TS(TA64型・ラリー名はセリカ・ツインカムターボ)」を投入。
WRC制覇に向けて本腰を入れていく。グループBへの挑戦は参戦初年度こそ2戦目で優勝するなどパフォ-マンスを発揮するが、時代は4WDマシンへと移行しつつあり、アウディ・クワトロ、プジョー205T16などの熟成により、FRのセリカは年々勝つことが難しくなっていた。ただ、一発の速さでは劣っていたものの、耐久性の高さではライバルを大きく上まわっていた。その証がサファリラリーの3連覇(1984年~1986年)達成。過酷なステージで実力を発揮した。
フルタイム4WDマシンST165型セリカで初のドライバーズタイトルを獲得
1987年、WRCは速すぎて危険度が増したグループBに変わり、グループA(連続する12カ月で5000台生産された車両をベースに製作、外装は大幅な改造は不可)レギュレーションに変わった。その年は暫定的にA70型スープラで参戦するが、1988年にはトヨタは初のフルタイム4WDマシンとなる4代目セリカGT-FOUR(ST165型)をデビューさせる。
当時のリストリクター(空気吸入制限装置)と最低重量規定にもっとも適した排気量といわれた2リットルターボ(新開発の3S-GTE型)を搭載。パワーこそ295馬力であったが、トルクは50kg-mに迫る低中速域重視のエンジン(ノーマルは185馬力/24.5kg-m)に、前後トルク配分50:50のコンベンショナルな4WDシステムを組み合わせている。
初勝利を飾るまでには1年強を要したが、1990年にはカルロス・サインツ選手が年間4勝を挙げて、日本メーカーとして初めてトヨタにWRCのタイトルをもたらした。
翌1991年はカルロス・サインツ選手が年間5勝を挙げるものの、僅差でタイトル獲得とはならなかったが、当時WRCで最強であったランチア・デルタの牙城を崩し、チャンピオンを獲得したST165型セリカの活躍により、トヨタはWRCになくてはならない強豪チームの仲間入りを果たした。
トヨタの悲願であったマニファクチャラーズ(メーカー)タイトルは、5代目セリカ(ST185型)に途中から投入されたエボリューションモデル「GT-FOUR RC(RCはラリーコンペティションの略)」とユハ・カンクネン選手によって1993年に成し遂げられる。
1992年は2度目のドライバーズタイトルを獲得。そしてこの年、往年のラリーファンには懐かしいカストロールカラーに変更されたGT-FOUR RCは素のGT-FOURに対して全幅を55mmワイド化、エンジンは3S-GTE型を踏襲したが、ベースモデルと異なるメタルタービンの採用、インタークーラーが先代のST165型同様に水冷式に改められるなど、WRCを勝ち抜くためのアイテムが数多く投入されていた(ノーマルは235馬力/31.0kg-m)。
これにより信頼性をさらに高め、13戦中、7勝を記録(内カンクネン選手が5勝)。ドライバー、メイクスの両タイトルを獲得し、WRCの完全制覇を果たした。翌94年も年間5勝を上げて、2年連続でWタイトル(ドライバーズタイトルはディディエ・オリオール選手)を獲得するなど、ST185型はトヨタの黄金時代を築き上げた。
電子デバイスを投入したセリカ最後のST205型
セリカによる最後のWRC参戦車両となった6代目ST205型は3S-GTE型のエンジンに変更はなかったが、内部はさらに熟成、強化され、255馬力/31.0kg-mまで向上。
発売と同時にWRC仕様(大型リヤスポイラー/フードエアスクープ(エア トゥー カウルガイド)/ウォーターインジェクション/インタークーラースプレー/ミスファイヤリングシステムを装備)が設定されるなど、電子デバイスが採用された意欲的なマシンであった。
たた、ボディサイズの拡大とと新たに採用された革新のスーパーストラットサスの熟成が進まず、WRCでは苦戦。94年シーズン終盤に投入されたが、初勝利は翌年第4戦フランスのツールド・コルスまでかかってしまう。
さらに、第7戦のラリー・カタルニアでは車両規則違反が発覚。この年の全ポイント剥奪と1年間の出場禁止処分が下される。これによってST205型での活動は2年足らずで終了するとともに、WRCに汚点を残してしまった。
ただ、セリカはWRCに長年参戦し続けることで熟成を重ね、ST165型、ST185型の活躍でWRCの盟主として一時代を築き、欧州の地にトヨタの名前を根付かせたのは間違いのない事実だ。
その後、1997年途中からにST205型開発ノウハウと反省を生かして、よりコンパクトな欧州カローラでWRCに復帰。そして、1999年にはマニファクチャラーズタイトルを獲得し、失った誇りや尊厳を取り戻している。
(写真:TOYOTA MOTORSPORT GmbH)
トヨタとしても久々のWRCだし
日本メーカーとしてもみんな撤退してしまったため長らく不在でした
今回の勝利は大きな意味を持つだろうね
Posted at 2017/02/14 22:13:20 | |
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