2022年03月23日
WRCの栄光を市販車に スバル・インプレッサ P1とフォード・エスコート RSコスワース 前編
身近にあったWRCとのつながり
1990年代の世界ラリー選手権(WRC)で華々しい成功を収めた、スバルとフォード。その栄光は、市販車としてわれわれの身近な場所にあった。強力なターボを搭載し、ワイルドなボディで身を固めて。
1970年代から1980年代初頭、フォードはラリー界で暴れまくった。四輪駆動のアウディ・クワトロが戦いを一変させるまで、後輪駆動のエスコートには敵を寄せ付けない勢いがあった。
ラリー自体の人気も高く、フォードはメキシコにRS2000、RS1800といった特別仕様を量産車に展開。強い走りをビジネスに結びつけた。ラリードライバー、ビョルン・ワルデガルド氏を気取った若者が、英国の道路を賑わせたものだ。
1980年代に入るとFRの時代は終わり、エスコートのプラットフォームもFFへ転身。フォードのワークスチームは、シエラRS コスワースと、ミドシップのRS 200を主力マシンへ切り替えた。
しかし1990年代に入り、5代目エスコートが登場。基本性能に優れたコンパクトモデルとして、再びWRCへエスコートで挑んでいる。
同じ頃、デビッド・リチャーズ氏が率いるレーシングカー・コンストラクター、プロドライブ社は事実上のスバル・ワークスチームとして活動をスタート。最初のベース車は、スバル・レガシーだった。
プロドライブ社は着実な成功を収め、数年後にはコンパクトで身軽なインプレッサへスイッチ。1995年以降、3度に渡ってドライバーズ・タイトルと、マニュファクチャラーズ・タイトルの両方を掴み取っている。
高性能モデルへの需要が高かった英国市場
さて今回、英国南東部のブランズハッチ・サーキットへ、2台のネオヒストリックにお越しいただいた。ブラックのクルマはフォード・エスコート RSコスワース、ブルーの方はスバル・インプレッサ P1だ。
どちらも、ワークスチームの経験が落とし込まれたロードカーだ。インプレッサなら数年前は日本でもしばしば目にしたが、近年は見かける回数も少なくなった。英国でも、ノーマル状態のエスコートは貴重だ。
2台とも四輪駆動で、2.0Lの4気筒ターボエンジンがフロントに載っている。トランスミッションは、5速マニュアル。共通する部分も少なくないが、実際はかなり異なる。誕生プロセスも。
「1990年代後半、STiやWRXを冠した高性能なインプレッサが、並行輸入で日本から英国へ持ち込まれていました」。と、プロドライブ社のリチャーズ会長がインタビューで振り返る。
「当時、スバルUKの輸入を請け負っていたインターナショナル・モータースと協力し、われわれはインプレッサ・ターボのアップグレードを手掛けていました。そのなかで、英国市場の高性能モデルへの需要の高さを、強く実感したんです」
「そこで2000年に独自開発したのが、インプレッサ P1。欧州全土での型式認証を取得することで、スバルの欧州ディーラーを通じて、購入することを可能にしました」
「インプレッサ P1最大の強みは、英国の道路へ特化していたという点。並行輸入のクルマとは、基本的に異なります」
ワークスによるホモロゲーション・マシン
「シャシーエンジニアは、英国郊外の一般道を前提とした専用サスペンションを開発。MTのギア比も高められました。その結果、高速道路での長距離ドライブをリラックスして楽しめる、性格付けになっています」
「排出ガスや騒音規制にも準拠させながら、0-97km/h加速は4.6秒を実現。2000年前後では、スーパーカー級の加速力でしたね」
一方のエスコート RSコスワースは、比較すれば正攻法。フォードのワークスチームによって、レース参戦規定のホモロゲーション取得を前提に生み出されている。
WRCのグループAで優勝するという目標を達成するには、2500台以上の公道用モデルの販売が求められた。そこで、1989年に設計へ取り掛かったのが、スペシャル・ビークル・エンジニアリング(SVE)部門のロッド・マンスフィールド氏だ。
1990年に5代目フォード・エスコートが発売されるが、通常モデルとホモロゲーション・モデルで共通していたのはボディライン程度。その内側には、加工されたシエラ・コスワース用のプラットフォームが隠れていた。
当時のSVE部門でプロダクト・マネージャーを努めていたジェフ・フォックス氏の話では、ホイールベースを50mm短縮。シエラより短いものの、標準のエスコートより長かったという。
エスコート RSコスワースは、ボディパネルもほとんどが専用品。同じ部分は、3ドア用のドアとルーフだけだった。製造を請け負ったのは、ドイツのカルマン社だ。
シエラ・コスワースと同じパワートレイン
1992年後半に2500台限定でリリースされたエスコート RSコスワースの英国価格は、2万524ポンド。 多少角が丸められてはいたが、約350馬力のラリーマシンと同じギャレットT34ターボを搭載。最高出力227psを発揮した。
大径ターボのおかげで、インプレッサ P1もエスコート RSコスワースも、ターボラグが大きい。英国ではオール・オア・ナッシングと表現された、スイッチが入ったように切り替わる加速が個性でもあった。高効率化を図れる、水噴射システムも備わっていた。
ホモロゲーション取得以降のRSコスワースでは、最高300馬力ほどを引き出せる小径のギャレットT25ターボへ変更。よりリニアな加速を実現し、乗りやすい性格へ改められている。
生産されたすべてのエスコート RSコスワースには、ビスカスカップリング式の四輪駆動システムと、前後で34:66に駆動力を分配するセンターデフが装備されていた。基本的には、シエラ・コスワースと同じパワートレインだ。
「フィンランドの凍結した湖上で試験を重ね、デフのチューニングを詰めました。結果には満足していましたね」。と、SVE部門で技術者を務めていたレン・アーウィン氏が後に振り返っている。
「インプレッサと比較して、リア側へのトルク割合が大きい。スキルのあるドライバーにとって、オーバーステアでの扱いやすさと、予想のしやすい挙動をRSコスワースは得ていました」
この続きは後編にて。
WRCの栄光を市販車に スバル・インプレッサ P1とフォード・エスコート RSコスワース 後編
3段ウイングも検討されていた
フォード・エスコート RSコスワースのトレードマークといえるのが、「ホエールテール」と呼ばれた巨大なリアウイング。描き出したのは、カーデザイナーのフランク・ステファンソン氏だ。
調整式のフロントスプリッターも組み合わされ、リアタイヤ側で最大19.5kg、フロントタイヤ側で4.5kgのダウンフォースを生成。量産車としては初めてだった。
デザイン初期には、3段ウイングも検討されていた。承認されなかったものの、実際にフランクのスケッチブックには、そのデザイン案が残されている。
一方で、プロドライブ社が独自に開発したインプレッサ P1は、当時の英国では2ドアボディが選べる唯一のスバル。ホモロゲーション・モデルのR22Bと同じボディだ。
エスコート RSコスワースより、インプレッサ P1の登場は8年ほど遅い。技術的にも進歩しており、1994ccの水平対向4気筒エンジンは、より滑らかにパワーを生み出す。最高出力も、53ps高い280psを発揮した。
ベースとなったのは、日本のみで売られていたWRX STi タイプR。ロータス・エスプリやマクラーレン1Fなどを手掛けた巨匠、ピーター・スティーブンス氏によって、前後のスタイリングに手が加えられていた。アルミホイールも専用品だった。
「パッケージングやエンジン、サスペンション、インテリア、スティーブンス氏によるスタイリング、ソニックブルーのボディカラーまで、これ以上はないという仕上がりでした」。と、プロドライブ社のデビッド・リチャーズ氏が振り返る。
生産が追いつかないほど飛ぶように売れた
「インプレッサ P1は、これまでにわたしたちが開発した限定モデルで最高の完成度を備えていました。型式認証を得たことで、1番の成功も残しました」
「英国スバルにとっても、販売面での成果は大きかったと思います。当初は500台の限定でしたが、需要が高く1000台ヘ規模を拡大。生産が追いつかないほど、飛ぶように売れたものです」
ボブ・フラー氏も、そのインプレッサ P1に飛びついた1人。納車までに半年ほど待ち、2000年から大切に乗っているという。製造番号は、548/1000だ。これまで22年の間に、少なくない改良が加えられている。
「プロドライブからP1が発売された時、公式にWR仕様のアップグレードも提供されていました。自分のクルマにも、かなりの数を装備させています。際立たせるためにね」。とフラーが笑顔を見せながら説明する。
ホイールは、標準では17インチだが、18インチへサイズアップ。330mmの大径ブレーキディスクも組まれている。
リアバンパーの下で迫力を効かせている太いマフラーも、プロドライブ社のもの。型式認証をスムーズにするため、生産後に取り付けるパーツとして売られていた。
2眼タイプのHIDヘッドライトは、プロドライブ社のものではない。だが標準より、夜間での視認性が大幅に改善するという。
エンジンは鋭く回転し、加速は線形的
車内には、彫りの深いレカロシートが組まれ、内装トリムもアップグレードされている。赤いステッチがあしらわれたレザー・ステアリングホイールは、現代基準では驚くほど径が大きい。
ダッシュボードは、当時の典型的なスバル車。傷の付きやすそうなプラスティックを、カーボンファイバー風トリムが彩る。上部には、エンジンの状態を監視できる3眼メーターが並ぶ。
レカロシートに座ると、ボンネットからそびえる大きなエアスクープに圧倒される。キーをひねれば、ボクサー・ユニットらしいドロドロとした唸りが響き出す。秘めた爆発力を、隠しきれない。
インプレッサ P1は、ステアリングが軽くクラッチもつなぎやすく、低速域でも運転しやすい。だがやはり、パワーを引き出すほど「らしさ」が高まっていく。ラリードライバー、リチャード・バーンズ氏と自分とを重ねてしまう。
エンジンは鋭く吹け上がり、加速は感心するほど線形的。ストロークの短いシフトノブを操作し、4500rpmからレッドラインの8000rpmまで活かしきると、ターボチャージャーのフルパワーが開放される。
ステアリングホイールが大きいから、操舵感はややスロー。高速で走らせる場合は、悪い設定ではない。タイトなコーナーへ勢いよく侵入しても、フロントもリヤも、路面を掴み続ける。フリクションの小さい正確な反応が、うれしい。
センターデフは、前後で45:55にトルクを分配する。基本的にはアンダーステア傾向だが、どんな路面に対しても支配的な能力を発揮できる。WRCでの連勝にも納得する。
インプレッサ P1より全体の印象はソフト
一方で、ブラックのエスコート RSコスワースのオーナーは、グレッグ・エバンス氏。6年前に入手したそうだが、それ以前の9年間は倉庫で眠っていたそうだ。
生産から30年近くが経過するが、走行距離は約8万kmと短い。エバンスの購入後は、1600kmほどしか走らせていないという。
フラット・ブラックのボディカラーも含めて、完全にオリジナル状態が保たれている。英国で最も早期に登録されたエスコート RSコスワースの1台で、合計7145台製造されたうちの851番目。初期型の、ビッグターボ・ホモロゲーション・モデルだ。
サイドサポートの高いシートに身体を沈めると、この時代のフォード車らしいインテリアが迎えてくれる。インプレッサ P1と同じように、ダッシュボード上部にメーターが並んでいる。
ステアリンホイールはひと回り小さい。ペダルは右側へややオフセットされ、大柄なトランスミッション・トンネルをかわしている。シフトノブの位置は低め。グラフィック・イコライザー付きのカセットデッキが、懐かしい。
一般的なスピードで運転している限り、フィーリングはノーマルのエスコートに通じている。インプレッサ P1より全体の操作感もソフトで、ゴムブッシュのおかげか、サスペンションは細かな凹凸の吸収性にも優れている。
エンジン音も、中回転域までは控え目。だが、その後は様相が異なる。3500rpm前後まではブースト圧が低く、活気も乏しい。4500rpmを超えた辺りからギャレットT34が圧力を高め、本性が現れてくる。
ドラマチックなドッカンターボ
最高出力227psで車重は1275kgだから、現代の高性能モデルと比べれば、目を剥くほど速いわけではない。だが、ドッカンターボ的なパンチ力がドラマチック。オールドスクールな個性として歓迎できる。
それは、今だからいえることかもしれない。1000rpmほど低い回転数からパワーを引き出せた、小径ターボの後期型エスコート RSコスワースの方が、乗りやすいクルマだったことは間違いない。とはいえ、ビッグターボも楽しい。
インプレッサ P1も、エスコート RSコスワースも、現在では考えられないほど、モータースポーツでの活躍に影響を受けたモデルだ。多くのオーナーが林道を攻めることはなかったが、市街地のターマックで秘めたポテンシャルを誇示した。
どちらも、WRCの最前線で活躍するラリーチームによって生み出されている。放たれる栄光のオーラは、2022年でも薄れていないように見えた。
協力:ブランズハッチ・サーキット、ポール・ペインター氏、P1 ウェブ・オーナーズクラブ
エスコート RSコスワースとインプレッサ P1 2台のスペック
フォード・エスコート RSコスワース(1992~1996年/英国仕様)
英国価格:2万524ポンド(1992年時)/8万5000ポンド(約1317万円)以下(現在)
生産台数:7145台
全長:4211mm
全幅:1742mm
全高:1425mm
最高速度:231km/h
0-97km/h加速:5.7秒
燃費:9.9km/L
CO2排出量:−
車両重量:1275kg
パワートレイン:直列4気筒1993ccターボチャージャー
使用燃料:ガソリン
最高出力:227ps/6250rpm
最大トルク:31.0kg-m/3500rpm
ギアボックス:5速マニュアル
スバル・インプレッサ P1(2000~2001年/英国仕様)
英国価格:3万1500ポンド(2000年時)/6万ポンド(約930万円)以下(現在)
生産台数:1000台
全長:4350mm
全幅:1690mm
全高:1400mm
最高速度:241km/h
0-97km/h加速:4.7秒
燃費:8.5km/L
CO2排出量:−
車両重量:1295kg
パワートレイン:水平対向4気筒1994ccターボチャージャー
使用燃料:ガソリン
最高出力:280ps/6500rpm
最大トルク:35.8kg-m/4020rpm
ギアボックス:5速マニュアル
Posted at 2022/03/23 22:41:43 | |
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