リベンジ

何年か前に、なにかのスポーツ選手が言い出したのが始まりだったと記憶しているけれど、「リターンマッチ（再挑戦）」という言葉の代わりに、やたらと「リベンジ」なる英単語が使われるようになった。
僕はこの表現、とても品がなくて嫌いである。だって「リベンジ」と言うのは「仕返し」「意趣返し」のことだから。
　かつての挑戦で一敗地に塗れた選手が「リベンジ」なんて言うのは、自分の実力が足りなくて負けたくせに勝者に対して逆恨みをしているように聞こえてしようがないのだ。

　よく似た言葉に「アベンジ」と言うのがあるけれど、こちらは「報復」。相手にこれだけの事をされたのだから当然の権利としてそれに見合う対価を支払わせていただく、といったニュアンスだ。まあ比較の問題ではあるけれど、「リベンジ」から匂って来る、頭に血が上って目が三角に釣り上がった状態よりは、ずっと冷静な感じがする。というか、理は我にありと胸を張れる状態か。
　米海軍は太平洋戦争中、雷撃機に「アベンジャー（報復者）」とは命名したが「リベンジャー」にしなかったのは、多分そういうことなのだろう。正義は我にあり、宣戦布告前にパールハーバーを攻撃した日本に正義の鉄槌を下すものである、と。単純に「こんにゃろやりやがったな目にもの見せてやる」ではないのだ、と。

　月曜日、郵政事業民営化法案の参議院での否決を巡って同法案を可決した衆議院を解散した小泉総理大臣…というか自民党総裁は、法案に反対した前議員には公認を与えないと宣言し、のみならず彼らの選挙区に法案賛成派の対立候補を立て始めた。
　兵庫の小池百合子を東京に落下傘降下させたり、まあよくぞここまで徹底して「裏切り者には死を！」ができるもんだといささか呆れている。こういうのを「リベンジ」って言うんだよなぁ…。

　まあ、彼の理屈も分からないじゃない。「自分は郵政民営化の実現を旗印に総裁選に出馬した。自民党員はその自分を総裁に選んだ。このことは郵政民営化は党の意思であることを意味する。ならば、法案採決段階でこれを否決し葬り去ることは党に対する裏切り行為であり、制裁を科すのは当然である」と。
　でも、小泉さんを総裁に選んだのは、客観的に考えて、他の総裁候補じゃその後の総選挙を勝ち抜けないとの判断が働いたからであって、別に郵政に関する彼の主張に賛同したわけじゃなかった筈だ。
　どうも小泉さんは以前から「自分（たち）はこういう主張を表明していた。あなた方は、その自分を選んだ。だからあなたがたは自分（たち）のあらゆる方針に賛成しているのだ」との論法をよく用いる。
　三段論法のトリックで一見もっともらしく聞こえるが、これは「イヌも四つ足イスも四つ足、イヌが食えるのならイスが食えぬ筈がない」と言っているようなものだ。

　かつて政界再編の嵐が吹き荒れた頃、誰だったかは忘れたが自民党の超大物議員が自民党が政権の座にありつづける理由について、こう言ったことを思い出す。
「自民党の派閥と言うのは、それ自体が一個の政党のようなものだ。異なる政策見解を持つ複数の政党が寄り合って意見をすり合わせているのだから、多種多様の意見を広く国民からくみ上げることができ、ゆえに自民党への支持は揺らがぬのだ」と。
　本当にそうなのかどうか、僕は知らない。けれども、確かに一面の事実ではあるのだろうと想像することはできる。で、あるならば。「総裁である自分の方針にそぐわぬ候補は公認しない、国会で反対したやつらには対立候補を送り込んで潰してやる」ってのは、どうなのだろう。

　生物でも、純化が進むと種として弱くなり、やがて絶滅への道を辿るらしい。適度に雑種混血していたほうが強いのだと。幾ら名前が純一郎だからといっても、純にこだわるのは程々にしたほうがよくはないだろうか。純粋主義者と言うやつは、はた迷惑以外のなにものでもないのだし。