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2022年01月15日 イイね!

失敗!?やっちまった!? 残念フルモデルチェンジ”ザ・ベストテン”

失敗!?やっちまった!? 残念フルモデルチェンジ”ザ・ベストテン”

今回のベストテンは”変えなきゃよかったんでね?”とNEWモデルを見て皆さんも感じた事、一度はあると思います、そんな思いをしたクルマ達のフルモデルチェンジ(FMC)をやってみっかなと…

最初に断ればこれもあくまでもワタシの基準、思いです、まぁ、大体市場の評価や実際のFMC前後の人気/売上げは比例しているとは思いますが中にはヒトによっては”えっ、アレって新型の方が良くね?”ってのもあると思いますがそこは元Gure個人的意見としてスルー願います!



例によって定義としては国産4輪限定で乗用車(一部商用含む 軽/登録車)とさせて頂いておりますので宜しくお願いします。

それでは早速『 残念フルモデルチェンジ”ザ・ベストテン”』やってみたいと思います。

それではまいりましょー!今週の!?第10位!!

【初代→2代目トヨタセリカ】
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(初代TA/RA20-30系セリカ 1970~1977)

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(2代目TA/RA40-50系セリカ 1977~1981)

1970年に三菱ギャランGTOと共に日本初のスペシャリティカーとしてデビューしたセリカ、HTノッチバッククーペと後にはHBクーペのLBを追加、当時は希少なDOHCエンジンを1.6/2Lに設定し流麗なスタイルとスポーツカー並みの高性能を売りに絶大な人気を誇りました!

初期ダルマ(HTクーペ)が発売されたのがワタクシ小学生になるかならないかの時期、クルマに関しては多感になる入口と言っていいかな?オヤジの影響で僅か6~7歳でも菱贔屓でしたがセリカ、素直にカッコ良かった!

初代セリカはこの種のモデルとしては異例な売上げと人気を誇り7年の長寿で末期ですら売上げがダウンが起きなかったという伝説もある程でしたんで77年、輸出先のアメリカ等の要望を採り入れボディを大型化しアメリカンナイズされたスタイルにFMCされた時はマジにガックリしたもんです…。

DOHCを2種TOPに据えた搭載エンジンは普及型を新採用した以外基本同じ、排ガス規制期なので走行性能的にも不利な時期でもありそれに増して軽快さを失い贅肉をタップリと蓄えてようなイメージになってしまったその変わり様にはショックさえ受けたモノでしたねぇ、市場的空気、評価も同様、セリカファンからはFMC前に”どうか変えてくれるな”との要望が殺到したとかしないとか?こんな根強いファンの要望を無視したFMC、当然初代を下回る人気と販売となってしまいこのFMCは失敗と言っても過言ではないかもしれない…

しかし有名な2代目セリカのコピー『名ばかりのGTは道を開ける』が象徴するように当時日本では貴重なDOHCエンジンを有する事から一定以上の評価はあり人気が無かった分現在残存する2代目セリカは初代よりも希少な存在な事は確かですナ!

続いて第9位!

【2代目→3代目プリメーラ】
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(2代目P11型プリメーラ 1995~2001)

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(3代目P12型プリメーラ 2001~2008)

オースター/スタンザの後継であった初代P10プリメーラ、日本車離れした秀逸なハンドリングヤサス設定、名器SRエンジン等で稀に見る高評価を獲得、常に不人気車の烙印を捺され続けた先代モデルとは正反対の高い人気を誇り大黒柱のブルーバードをも上回る販売量を記録したのも有名…

その流れを引継いだ2代目P11プリメーラも基本はP10のキープコンセプト、ボディ拡大による重量増で若干P10の走りはスポイルされるものの評価が高かった欧州車風のスタイリングを始め玄人好みのファミリーセダンとして存在感を発揮、P10程ではないながら評価も上々でした。

そして2001年の3代目P12がデビュー、P10~11のイメージはすっかり消え失せ近未来的ではあるもアクの強いスタイルとなりこれも正直凹まざるをえない!といった感じ。

好き嫌いはあると思うも何よりP10~11にあった軽快感とスポーティさがなくなりセダン(ワゴンもアリ)としては見慣れない摩訶不思議な出で立ちはワタシのような保守的な人間には確実に嫌われるモノ、新しさは認めるもこれをプリメーラと言うには無理があると思ったモノでした。

言い過ぎ承知で初代、2代目の評価を台無しにした感すらあるP12、セダン人気衰退もありましたが実際この代でプリメーラは消滅してしまいましたしね、日産としては無かった事にしたい失敗FMCだったと思います!

そして第8位!!

【7代目→8代目トヨタコロナ】
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(7代目AT/ST/RT/CT140系コロナ 1982~1985 ※営業向けは除く)

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(8代目AT/ST/CT150系コロナ 1983~1987)

今は無き長い歴史を誇るトヨタの大黒柱だったコロナ、世が世ならヤバいネーミングですわなw

そんなコロナの7代目時代、1982年当時はこのクラスに旧態のFR→FFに転換される時代でありFF化に積極的だった日産はライバルのブルーバードを一気にFF化、三菱ギャランΣやマツダカペラも順次FFに切り替わっていく中、保守層ユーザーが多いトヨタはFF化に慎重でコロナはまず6→7代目でもFRでリリース、翌83年にまずメインではない5ドアとして次期型となるFFの150系を140系のボディバリェーションとして追加、FF慎重姿勢故に140系はデビュー僅か1年で8代目の一部がお目見えするという特殊な状況となった訳です。

その後セダンでも5ドアベースのノッチバック4ドア(8代目150系)を83年暮れに発売、140系は廉価版、スポーツモデル、営業用に縮小され実質的に140は2年で次期型への置き換えになりました。

コロナと言えば昔から典型的な”オヤジ車”としてのイメージが強固、同じファミリーセダンでもカローラのようにリーズナブルさもなくカリーナのような若々しさもない、40代以上をターゲットにしたよく言えば落ち着いた大人のセダン、悪く言えば前述の如くオヤジセダン…

そんなイメージをFR最後だからかどうかは知りませんが140コロナは大幅に打破、セダン/HT共にこの代から兄弟化されたカリーナやセリカよりも妙にスポーティで妙にトンガッていたイメージ、ライバルのブルーバードが当時のスーパースターであるジュリー(沢田研二)をキャラに一世を風靡する910ブリーバードが大当たり、ジュリーのスター性とカッコ良さを見事にブルに投影し大人気を得ていたのが要因、ジュリーに対抗して映画007のR・ムーアをCM起用、ツインカムターボや最後となるFRを最大限に謳いセダン/HT共にシャープで鋭角的なスタイリングはとてもコロナのそれではなく特にHTは”ミニソアラ”と言われこれまでは無縁だった若い世代からの支持を集めました…。

これに対し83年から追加された次期型150はまぁ正常な従来型コロナの進化形といった印象、スタイリッシュでもなければ若々しさもないこれまで通りの”オヤジセダン”然とした出で立ちは残念と言うか「あぁ、コロナ、正常に戻ったなぁ」といった印象、商業的にも150も順調に売れある意味、140がコロナとしては異端児だったのでコロナ、FR最後のハッチャけでありトヨタやコロナユーザーには150がアンパイでもありワタシ個人の意見が強いのは間違いないですがスポーティモデル好きには共感して頂けると感じます!


さぁ、7位行ってみましょー!

【8代目→9代目日産ブルーバード】
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(8代目U12型ブルーバード 1987~1991)

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(9代目U13型ブルーバード 1991~1996)

過去の企画『 偉大なる“UP! DOWN! 野郎たち”!!!…ブルーバード編』で語ったようにブルーバードというモデルは失敗と成功を繰り返してきたクルマでイチイチ取り上げるとキリがないので今回は最も近年の8代目→9代目を7位に入れてみました!(ブルーバードの遍歴は こちら ①~⑩をご参照下さい)

ブルーバードは初代(310)→2代目(410)、3代目(510)→4代目(610)、6代目(910)→7代目(U11)とし成功→失敗の繰り返し、かつてBC戦争と言われトヨタの小型車屋台骨を支えるコロナのライバル、日産小型の重要基幹車種であってたにも関わらず少々見ていて危なっかしかったのが正直なところ、安定した人気と売上を誇るコロナに対し売れるのは爆発的に売れるもダメなのはコロナの足元にも及ばない、まぁ、通して見ればバランス取れているかもしれんけどw

8代目U12は大ヒット作の910をFFにしながらキープコンセプト化したU11が失敗、910のバランス取れたプロポーションをFF化により崩し似て非なるモノの印象が強くブルとしては久々の6気筒(V6)マキシマを追加したり気合を入れたモデルでしたが910の劣化コピー的出で立ちに酷評されました、とは言っても基幹車種、それなりの販売はなされるも910があまりにも偉大過ぎたって感じ。

そこでU12は910の精神に立ち返りシンプル&クリーンさを強調、マキシマは別車種とし本来のファミリーユースに戻り嫌味の無いスタイリングで万人向けを狙いながらアテーサやツインカムターボも採り入れさり気ない高性能さも持ち合わせ410や510時代に築いた見かけはファミリーセダンでも高性能=SSSの意義を再び味わえるモデルとして好評でした!

そんな中次期U13は再び失敗作、かつて410で犯したやっちゃいけない尻下がりのデザインにより日本人には嫌われ一気に不人気車に転落となってしまいます、このスタイルは北米からの要望で採用されたもので同時期のレパードJフェリーも同じデザインで大コケ、日本では410ブル始めとして尻下がりのデザインは当時鬼門でもありましたが日産は米国の意見を採ったため日本のユーザーから見捨てられた格好、今も昔も日産は海外で強い部分もあり日本市場を軽視?って訳ではないでしょうが他メーカーに較べそのキライが強い気がしますネ、U13が出た時、素直な印象は「ナンじゃこりゃ、410の悪夢再びか?」なんて思ったのが残っておりまする。。。

さぁ、第6位!!

【6代目→7代目日産スカライン】
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(6代目R30型スカイライン 1981~1985 ※バン、ワゴン除く)

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(7代目R31型スカイライン 1985~1989 ※ワゴン除く)

今でこそ7th=7代目スカイラインも高評価されていますがそれはあくまで後追いの2ドアクーペがメイン、6代目R30までの最強のスポーツセダンのイメージをかなぐり捨ててハイソ路線に突っ走ったデビュー当初のR31は失敗FMCとしてリアル世代には名高くある意味R34→V35になった時よりもショックは大きかった…

85年当時は好景気の中、所謂ハイソカー=高級車が持て囃されその火付け役、中心はトヨタのソアラやマークⅡ、日産も負けじとレパードやローレルでそれらに対抗しますが当時のトヨタの神がかり的な人気には敵わずに遂に当時でも国産名車に数えられた著名なスカイランまでもそのハイソ流行に巻き込まれる結果=それがR31スカイラインであり従来のセダンはそのままにスカイラインの象徴でもあった2HTを廃止し4HT化、高級版には以前からローレルという兄弟がいながらもスカイラインも高級路線化させた内容いはさすがのハイソ時代でも多くのクルマファン、スカイラインファンは大ブーイング、ともすれば高級を謳うばかりオヤジ臭さ、旦那臭さがはびこるハイソカーの中でR31はスカイラインらしい若々しさは持ち合わせるもカーマニアにとってはスカイラインは特別なクルマ、それが大衆迎合、時代に流された事は許されず酷評という結果になりました、日産はこの結果に慌てて翌86年に従来の2HTに代わる2ドアクーペをラインナップ、そのクーペにかつてのS54~R30までのスカイラインの精神を注ぎ込みどうにかファンの溜飲を下げた訳ですね~。

しかしさすがのスカイライン、R31のセダンや4HTだとしてもそのような過去は既に時効?現代のスカイラインが変わり果てたモノになってしまったのもあり今では評価されている訳ですからあの頃を知る世代には感慨深いモノがあります!

☆☆☆~今週のスポットライト!!~☆☆☆
今一歩、惜しくも(?)ベストテンに入らなかった じゃない方 はこちら!

【4代目→5代目カローラ】
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(4代目KE/AE/TE/CE70系カローラ 1979~1983)

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(5代目AE/CE80系カローラ 1983~1987)

ダハハ、このFMC時期、実際ワタシこれ売ってたんでワタシの思いも当然ながら販売現場で感じた空気や体験からこれも失敗FMCと言わざるを得ませんナ。

但しこの時期のトヨタはFR→FFに移り行く過渡期でありその流れに一気に乗らず慎重、コロナの項でも述べた通り段階的なFF化を行いカローラの場合はメインであるセダンと従来のLBから変わる5ドアHBをまずFF化、スポーツバージョンとされる2ドア(70時代がHTとクーペ、80になり2ドアクーペと3ドアクーペ=レビン)は旧70系のシャシでFRのまま(ボディはFMC)とされました。

レビンに関してはメインを2T-G DOHCから代わり新開発の4A-G搭載とし後のアニメの影響もあり今や押しも押されぬ高額プレミアムカーとして人気のAE86、これに関しては個人的にはシャープなスタイリングの旧レビン(TE71)が好みというユーザーも少なくなかったながらも当時のテンロクとしては並外れた高性能な4A-Gの前にはスタイリング云々よりも旧態以前の2バルブDOHC 2T-Gは完全に時代遅れでしたし人気販売は順調でした。

一方のセダン系はカローラとしては冒険的な個性的スタイリングを採用、レビン系含めて丸っこくなりそれまでのカローラに較べ非常に個性的、しかしセダン系を選ぶユーザーには4A-Gとか関係なくやはり保守層にはFF化は受け入れられずかつその丸ッこいデザインもショールームに見に来たお客さんの多くは「なんでこんななっちゃったの?」という声が多かったのも事実、ワタシもそのお客さんのご意見はごもっとも!と思ってたんで同じFFでも角ばった当時のAL20カローラⅡを薦めたりしてましたっけ(笑)

それでも当時最量販車種のカローラでしたんで報奨金に困らない程度には売れましたが70時代は黙っていても売れていたのが80になると結構努力しないと売れない、そんな思いはありましたねぇ…。

失敗FMC、売る側の思いも多分に入っていますが次期90系が同じFFでもあれほど売れまくったのを見たりその後の80系(セダン)の評価を鑑みるとそう言わざるを得ません!

さぁ、ベストテンに戻ります!今週の第5位!!

【6代目→7代目三菱ギャラン】
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(6代目E30系ギャラン 1987~1992)

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(7代目E50~80系ギャラン 1992~1996)

稀に見る菱バカ、ギャランバカ?な元Gureとしてこれはショック以外何者でもなかった…

所有車輛なのであまり褒めちぎると嫌味になるんで軽くですが三菱らしいマッシブなスタイリング、空力無視のイケメンな逆スラントノーズに2分割グリル、当時2L最強の4G63エンジン搭載のVR-4を頂点とするE30ギャランは好き嫌いは別れるでしょうが非常に個性的、世はハイソブームで背の低い流麗な4HTばかりの中で背高でメリハリの効いた迫力あるスタイリングは正にラリーウェポンそのものでしたし国際ラリーで常にTOPを走るVR-4の雄姿に惚れたのはワタシだけではないでしょう…

そんなギャランは1992年にやめとけばいいのにクラスUPしてFMCを実施、E30にあった個性や迫力は皆無となりそれまでの”スポーツセダン”の訴求は下級ランサーに譲りV6エンジンをも搭載する高級路線に変化、上にディアマンテが存在するのに無意味な3ナンバー化、ボディ拡大と併せて贅肉タップリのふくよかなスタイリングはE30ギャランとはあまりにも変わり果ててしまいそのサマにはこれほどの菱バカですら”尾いていけぬ!”と思う程残念でした。

中身的にはバブル期設計の恩恵で質感は大幅にUP、新開発V6エンジンのフィーリングもよく世界初のファジーシフトAT等も採用し決して悪いクルマではなかったながらいかんせんそのスタイリングが受け入れられずE30で築いた名声を失墜させたといってもいい程、とのかくこれも失敗FMCの5本の指に入ると思いこの順位としています!

いよいよ上位に行きます、第4位!!

【2代目→3代目マツダコスモ】
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(2代目CD系コスモ 1975~1981)

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(3代目HB系コスモ 1981~1990)

3代目コスモデビューの時も”あちゃー、やっちまったナ~」と思ったモンですw

何せ先代2代目コスモが1975年にデビューした時は鮮烈でしたからねぇ、OILショックでRE戦略からなる瀕死のマツダを救った2代目コスモ、名車の名が誉れ高いコスモスポーツ亡き後、3年ぶりにコスモの名を名乗りスポーツとは異なる当時ではいすゞ117位しかなかった後高級パーソナルクーペとしてデビュー、当時の富裕層向け高級2ドアはクラウンやセドグロの2HTやマークⅡ、ローレルのやはり2HT、それらとは一線を画すクーペ専用ボディ、ピラーウィンドウと呼ばれた独特なサイドビューの美しい処理、そして排ガス対策などには何ら影響なくパワーを誇示するREエンジンがメイン(レシプロもあり)という富裕層にとっては燃費などそれほど重要ではなかったのを逆手に取りCDコスモは大人気、当時としては高額な最高グレードのLTDでは200万に近い金額ながら発売以降飛ぶように売れマツダの窮地を救った功労車でした。

そんな2代目コスモは6年のモデルライフ、さすがに4年を過ぎた辺りから売れ行きは鈍り81年にFMCしますがこれは?と思う得る程の不思議なスタイリングに変貌、流行のリトラを採用したのはいいとしても4灯全てがリトラで大味な感じ、スタイリングもペキペキ調で流麗さもない、先代のピラーウィンドウはモチーフとして残されますが取って付けたような印象で酷評、後期ではこれが取り払われたりしていました。

REパワーも健在で82年にはRE+ターボも追加、この時期の第二次ハイパワー戦争に名乗りを上げますがいかんせん個性的過ぎるスタイリングが支持を得られずREターボもサバンナRX-7に設定されるとコスモは影が薄くなり先代当初の勢いがウソのような不人気モデルとなってしまいました。

HB系コスモは従来別モデルだったルーチェと実質統合されたのもありパーソナルらしさを失ったのもありますがとにかく万人受けし難いスタイリングが仇、マツダらしい冒険と個性は評価できるもそれが悪い方に行った一例でこれも完全に失敗FMCだと思います!

ベスト3に入ります!今週の(もうええって)第3位!!

【2代目→3代目ウイングロード/ADバン】
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(2代目Y11型ウイングロード 1999~2005)

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(3代目Y12型ウイングロード 2005~2018 ※ADに関しては現行)

これに関してはほぼワタシ個人的な思いが強いのでご了承願います、Y12型をお好きな方には失礼ですし決してY12型、後半は日産の手抜きもあり撃沈しましたが失敗FMCという程世間では酷評ではなく逆に数少ない小型クラスワゴンとしての存在感は高かった方と思いますね、日産が適切にMCやFMC等の商品陳腐化を防いでいればまだまだ需要はあったと思います。

Y11はかつて仕事でも使っていた程でシャープなスタイリングがワタシ好み、スタイル優先なのでウイング/AD共に積載性や後席は犠牲になっていましたが当時ライバルのE100系カローラワゴン→E120系カローラフィルダーと互角に渡り合う実力もああった。
そして何より気に入っていたのがルーツであるサニーバンの軽快さを持ち合わせていた点、カローラにこれはなく日産は商用やワゴンであっても乗り味が軽快で運転を愉しめる、そんな伝統を失わない点は贔屓でした(その分タイヤや足には不安がありましたが…)

そしてY12になってからは個人的には苦手な丸っこいデザインとなりロングルーフ故にワタシには芋虫にしか見えない出で立ちは受け入れ難い、しかも持ち味であった軽快さは大幅な車重増に伴いモッサリしたフーリングとなりA型~QG型に至る歴代エンジン、サニーバンから受け継いだ俊敏さは消え失せたのもワタシには失敗FMCとしか映りませんでした…。

商用ADバンは今も現役、つい最近までは三菱もオリジナルのランサーカーゴを止めADのOEMとなり売ってましたが正直止めてくれ!って感じ、ランサーの名を汚すな!って心境でOEMランカゴが廃盤となり正直ホッとしているかもwww

とうとう来ました!第2位!!

【4代目→5代目サニー 】
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(4代目B310型サニー 1977~1981)

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(5代目B11型サニー 1981~1985)

これも大ショックでしたねぇ…。
まぁ、時代背景もありFR→FF化の時代でしたのでそれもこの古きFR世代としては大きく影響しているとは思いますがサニーは2代目B110~310迄、ワタシら世代には青春期、様々な意味で運転の愉しさを教えてくれた秀逸な教材、OHVという一見非力に感じるパワーユニットながら軽量さとクイックなハンドリング、重量バランスで腕さえ磨けば下手なスポーツカーをもカモれる実力から本来万人受けファミリカーであったサニーですが走りの愉しさという点では王者カローラをもよせつけない、そんな郷愁のあるクルマでした。

ところがFF化に積極的な日産は1981年、まだFFが異端な時代に早くもサニーをFF化、1970年にチェリーでいち早くFFをラインナップした日産でしたが81年当時ではまだまだFFの悪癖は顕著、あれほど運転に愉しさをを与えてくれたサニーはどこ行った?と哀しくなる程でした。

とは言えE型エンジンは元気で俊敏、あくまで駆動形式の変更からなるFR世代の偏見も多分にあると思います、しかしスタイリングもFFの特徴を活かす為という大義から従来のサニーにはなかった鈍重さ、セダンやワゴンのカルフォルニアにはそうした”走り”の要求は少なく影響は僅かだったでしょうがかつてレースの世界でも輝いたTSサニー=クーペモデルにもその片鱗は皆無となりズングリムックリした出で立ちは市場的にも受け入れられずB11になって僅か2年で廃止されるという憂き目に…

まっ、その分次期型B12ではB11の酷評を徹底して改革し大人気を得たのでB11はFF第1弾、実験的要素もあったかな?と納得しますが今思い出してもB310→B11のFMCはマジでショック大きかった、「オレたちのサニーはもういないのか…」って淋しい思いでしたねぇ。。。

さっ、オオトリですね!!第1位はこれでした!!

【2代目→3代目ソアラ】
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(2代目GZ/MZ20系ソアラ 1986~1991)

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(3代目JZZ/UZZ30系ソアラ 1991~2001)

今回の1位はこれしかない!ダントツの残念度合いは2→3代目ソアラでした…

我々世代には初代10~2代目20ソアラはそりゃもう憧れのクルマ、10代~20代の憧れだけは強くともソアラなんて雲の上のような高額車輛、憧れが強い分思い入れも強く富裕層や金持ちボンボンが乗り回すのを指を咥えて見ているしかなかった貧乏人にとっては眩し過ぎる存在。

しかし!そんなソアラが91年の3代目にして大変革、直線基調で芸術的にさえ思えたあの美しくスタイリッシュなデザインは何処へやら、ナマズのような大味な顔になりヌメってとしたスタイリングに変わり果てソアラ、終わったと思えましたねえ…

現代では貴重なFR縦置き6発という部分からドリ車としては評価されるようですが当時としては市場的にも”やっちまった“感全開で10年掛かって築いたソアラの名声はこの30で失墜したと非常に残念、10~20系では国内専用モデルだったソアラを海外進出としたのも米人好みを意識した結果が30不人気を呼び高級クーペ需要の衰退という要因もありますがソアラやレパード、コスモ等高額パーソナルクーペがスタイル他に魅力を失ったのも要因だとも思います。

デビュー時のセンセーショナルさはどんなクルマにも負けないソアラは30以降は様変わり、最後はレクサスに吸収されて終了、あの鮮烈なデビューを思い返すと寂しいソアラの終盤だったとシミジミ思います。


ランキングは以上となります、残念FMC、12~20位は下記の通りです!
12位スカイライン(10代目R34→11代目V35)
13位スカイライン(8代目R32→9代目R33)
14位シティ(初代AA/VF→2代目GA1/2)
15位インプレッサ(2代目GG/GD→3代目GE/GH/GR/GV)
16位プレリュード(3代目BA4/5/7型→4代目BA8/9/BB1/2/3/4)
17位レガシィ(4代目BL/BP→5代目BM/BR)
18位セルボ(初代SS20→2代目SS40)
19位シルビア(5代目S13→6代目S14)
20位ディアマンテ(初代F10/20→2代目F30/40)

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如何でしたか?毎回〆では書きますがクドイですがあくまでもこの企画はお遊び、『それは違うだろ?』とか『あれも酷かったじゃん!!』的なご意見もあろうかと思いますがこれはほぼワタクシの基準です、これを読んで皆様も独自に”あのFMCは最悪だったなぁ”と思いを馳せて下されば幸いです!

尚、本文中に記載した特定車種のファンの方、オーナーの方には不快に感じる記述もありますがそこはお見逃しくださいまし<(_ _)>

長文読破、お疲れさんでした(^o^)/
Posted at 2022/01/15 22:15:18 | コメント(1) | トラックバック(0) | ザ・ベストテン | クルマ

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