
北部九州旅の二日目
最初の訪問先は、
太宰府天満宮 でした。
太宰府天満宮
京都から大宰府に左遷され、この地で亡くなった
「天神さま」こと
菅原道真公を祀る神社。
京都の北野天満宮とともに全国天満宮の総本社とされている。
道真公が学問に秀でていたことから学問の神様として崇敬を集め、今も大勢の受験生が参拝する。
心字池の太鼓橋、境内の大樟(天然記念物)などがみどころ。
道真公を慕い、京から飛んで来たという本殿(重要文化財)向かって右側の御神木・飛梅をはじめ、約6000本の梅が咲き誇る梅の名所でもある。(季節外れだが・・・・・)
ちなみに、出身地である静岡県中部 志太地方では、
3月3日の「桃の節句(上巳の節句)」
「男の子」へ
天神雛を贈る習慣がありました。
多分、現在も・・・・・
ということで、京都や福岡と遠く離れていますが、菅原道真とは縁があり、
主たちは巣立ったものの「天神雛」は現在も我が家に居ます。
また、さだまさし を推していた若かりし妻の影響で曲が家で流れることも多く、アルバム『風見鶏』に入っていた「飛梅」の歌詞も記憶に刻まれていて・・・・・
大元となる飛梅伝説も・・・・・
そんな太宰府天満宮ですが、運が悪いと言うか、逆に運が良いと言うべきか、
重要文化財である「御本殿」、124年ぶりの大改修が行われています。
令和5年5月より約3年をかけた・・・・・
道後温泉本館や榛名神社のように無粋な囲いに覆われて
いません!?
改修期間は、御本殿前に「仮殿」を建設し、参拝客を迎えています。
しかも、仮殿だからと手抜きはありません。
仮殿のデザイン・設計は、国内外で活躍する建築家であり、大阪・関西万博の会場デザインプロデューサーも務める藤本壮介氏の建築設計事務所にわざわざ依頼しています。
道真公を慕う梅の木が一夜のうちに大宰府まで飛んできた飛梅伝説から着想を得て、鎮守の杜の豊かな自然が御本殿前に飛翔し、仮殿としての佇まいをつくり上げることがコンセプトとなっているそうで、周囲の景観とも調和した、伝統を引き継ぎながら未来へと繋がる仮殿デザインだそうです。
ご本殿は観られずの仮殿ですが、逆に3年間に限定された貴重な姿が観られる幸運に恵まれたと思い直しましょうかね?
綺麗になった本殿、有名処故に他の九州旅でも寄る可能性も高いですから・・・・・
さて、そんな仮殿での参拝前に通る橋が、「心」の形をしている心字池に架かる3つの赤い橋です。
順番に、太鼓橋、平橋、太鼓橋となっています。
さだまさし 飛梅 の歌詞にある通り、
心字池にかかる 三つの赤い橋は
一つ目が過去で 二つ目が現在(いま)
三つ目の橋で君が 転びそうになった時
初めて君の手に触れた 僕の指
♪♪♪♪♪♪
と、橋は、それぞれ 過去、現在、未来 を表していますから、
渡るには作法と言うか、注意すべき点があります。
1つ目の太鼓橋は、過去を意味しますから、振り返ってはいけない!?
2つ目の 平 橋 は、現在を意味しますから、立ち止まってはいけない!?
3つ目の太鼓橋は、未来を意味しますから、つまずいてはいけない!?
と ・・・・・・
当然ですが、参拝後は同じルートで戻ることも駄目です。
振り返るどころか、過去に向かって進んじゃいますから・・・・・
心字池の淵を回って帰るのが作法とされています。
過去・現在・未来 を 一緒に見るのは難しい!?
目をこらせば・・・・・
どちらかというと、過去を懐かしむのが好きなので2枚!?(笑)
過去
ところが当日は、外国客も多かったことから、
過去を振り返って自撮りポーズを決めたり、立ち止まって撮影したり・・・・・
流石につまずく人には会いませんでしたが、過去に向かって逆走する人々も多く居て・・・・・・
現在 未来
撮影画像にも しっかり 未来から戻ってくるターミネーターの姿が残っていました!?(笑)
信心深い皆さま
振り返るな!? 立ち止まるな!? つまずくな!?
そして、
戻るな!?
で参拝しましょうね!?
あとは、境内での画像を並べましょうかね!?
天満宮参道は省略、心字池渡りは上記、未来を越えた所から
楼門
仮殿
御神木 飛梅 です。
残念ながら、皆さん飛梅伝説を知らないのか、場所を見つけられないのか?
見に来る方も少なく淋しい状況です・・・・・
本来の姿、本殿との位置関係なら、嫌でも目に付くのですが・・・・・
大樟(天然記念物)
夫婦樟
御神牛(ごしんぎゅう)
太宰府天満宮では菅原道真公が牛と縁が深かったことから御神牛と呼ばれています。
境内には全部で11体の御神牛像が奉納されており、見つけると願いが叶う、自分の悪い部分と同じところを撫でると身体健全、病気全快、頭部を撫でれば知恵が付くと言われているそうでテカテカだったり色が変わったりしています。
牛と菅原道真の縁、生まれたのも亡くなったのも丑の日、刺客に襲われた時に助けたのが牛、
亡骸を運んでいる牛が動かなくなった地を墓地とし、後の丑の日に門弟がその場所に安楽寺を創建、のちの太宰府天満宮の本殿となったなどです。
楼門の左側に位置する樹で、屋根を突き抜けている樟 名前は特に無いようです。
梅ヶ枝餅 おやつ用に購入です。
学問の神様に、福沢諭吉が殴り込みです!?(笑)
鉄道で来た場合の最寄り駅 西鉄太宰府駅 です。
太宰府天満宮をイメージした朱色を用い、太宰府を訪れる期待感を醸成するデザインということですから、今回はこれで代用です。(笑)
太宰府市観光案内所で いただいたガイドマップに記念のスタンプを押印
さて、一ヶ所観光しただけで昼食、
グルメ
△△△△△△ を味わうために佐賀市に向かいます。
流石に旅に出る頃には修正されていましたが、申込時には勘違いしていました。
知識・情報が邪魔をして・・・・・(笑)
先ずは
△△△△△△ の正解発表、
イカの活き作り でした。
でも、佐賀県に行って、イカの活き作り となれば、
「呼子のイカ」
だと思っても仕方がないですよね?
しかも、二日目の宿泊地が唐津市となれば・・・・・
呼子、唐津市呼子町ですから・・・・・
でも、まぁ、佐賀市内の店とはいえ、呼子の活きイカを仕入れて提供する いけす料理店で 評判も良いようなので良しとしますが・・・・・・
活きイカのお作りです!?
自分は、好きなもの、美味しいところは、後で食べるタイプなので、
先ずは ゲソ(足) や エンペラ(耳) から ・・・・・・
とは、なりません!?
身の部分、美味しいところから刺し身(イカ刺し)で食べます。
が、先ずはその身の部分を、自分のとり皿に移し替えます。
取り終えたあとの ゲソ(足) や エンペラ(耳) 部分は皿に残したままにすると、係の方が引き取りに来てくれます。
個人客なら、ここで、天ぷら、塩焼き、バター焼き からの要望を伝えるのですが、残念ながらツアー客は、天ぷら一択のようです!?
まぁ、個人客でも8割が天ぷら、自分も天ぷらを選ぶでしょうから全く問題ないのですが・・・・・(笑)
イカ刺しも新鮮、温かい天ぷらも美味しかったです。
イカ・タコ好きの自分も大満足です!?
ただ、九州独特の甘い醤油は・・・・・
二ヶ所目の立ち寄り(観光)先は、伊万里市です。
佐賀県伊万里市内で製造されているものを伊万里焼、佐賀県有田町で製造されているものを有田焼と大別されるそうで、唐津焼を加えると佐賀県の三大焼き物になるそうです。
しかし、伊万里焼 ≒ 有田焼みたいですね?
そんな伊万里焼・有田焼は世間に広がり普及もしました。
もちろん、庶民価格の焼き物から、高額なものまで・・・・・
しかし、その上を行く焼き物がありました。
江戸時代、佐賀藩の藩窯(御用窯)が置かれ、朝廷・将軍家・諸大名などへ献上する最高峰の磁器
「鍋島焼」を作らせていたのが
大川内山 でした。
最高峰の技術が漏えいしないように関所が設けられ、明治時代になるまでその場所はだれにも知られること無く続き、「秘窯(ひよう)の里・大川内山」と言われているそうです。
今でも31軒の窯元が最高峰の技術を伝えているそうです。
山あいの方ですが伊万里市内の南エリア、駅より車で20分という近距離に在りながら隠し切ったのは凄いですね!?
最近、茶碗を割ったのでタイミングよく伊万里に行くのも縁と、購入する気満々で窯元のお店を覗きましたが、さすが最高峰の磁器「鍋島焼」を作っていたお店、とても普段遣いの茶碗に出せる金額ではないものだらけ、もし買っても高価過ぎて使うのを躊躇するような・・・・・
アウトレット商品を覗いても、まだ・・・・・・
窯元通りの一番奥、坂の上にあった普段づかいの伊万里焼も多く取り扱っているお店の一角に集められ値引き販売されていた格安製品の中から選んで購入です。
毎日、いや、日に何度も使う日常使いのお茶碗ですから、割っても諦めが付く価格帯でないと・・・・・
とはいえ、地元での購入価格よりは奮発していますが・・・・・(笑)
秘窯の里へ来ての買い物としては恥ずかしいかぎりですが、お店の対応は完璧でした!?
購入金額による客の差別はしないとばかりに、丁寧な接客と梱包・包装まで手を抜かず・・・・・
更には、
「数が少なくて定価売り商品として並べていませんが、他所で買ったり、定価なら3倍位はしますよ!」
と、気分まで良くしてくれる商売上手で!?(笑)
(在庫が減り端数になった商品が棚を占めるより、新しく仕入れた商品を置く方が効率的らしい)
また、多くの夫婦はお揃いで色違い や サイズの異なる夫婦茶碗にすることが多いのでしょうが、
こと「好み」になると隠れている(隠している?)独自性がしゃしゃり出て来るようです。
特に妻の・・・・・(笑)
依存症同士、共通の趣味である旅には共に出掛けていても・・・・・・
こちらの訪問でも、観光貪欲夫婦は時間目一杯歩き回りましたが、
すぐ近くまで行っていたのに「登り窯」を見学するのを忘れてしまったのが心残りですかね?
鍋島藩窯関所跡
実際にこの位置にあり、江戸時代の道筋がそのまま残っています。
今では裏道になっていて歩く人も少ないですが、当時に思いを馳せるには関所跡を通るのも良いと思います。自分達も歩いてきました。
鍋島藩窯橋
鍋島焼のモザイクタイルと壺が飾られる豪華な橋
ちょうど、伊万里大川内山 風鈴まつり 期間中ということで、風鈴とコラボも
窯元通り
到着時は集中して観光客だらけ、帰り間際は誰も・・・・・
日常は静かで穏やかな街並みのようです。
道の両脇には31軒の窯元が軒を連ねています。
同じく 風鈴まつり の期間中ということで、軒先に趣味感強いいろいろな風鈴が・・・・・
それぞれの窯元に特長があるようで、焼物自体にも違いが出ており、買えないプー太郎夫婦でも軒先&ウインドウショッピングだけでも楽しめます。
もちろん、いくつかのお店には立ち入らせて貰い、実際に作品も手に取らせていただきましたが、
値段を確認して、戻す手に力が入って・・・・・(笑)
続いて、唐津市へ移動です。
世の中には、日本三大〇〇 というものが氾濫していますが、今回は 松原 です。
もちろん、
私は私
貴方は貴方と
昨夜言ってた
そんな気もするわ
グレイのジャケットに
見覚えがある
コーヒーのしみ
相変らずなのね
ショーウィンドウに
二人映れば
の 「真夜中のドア〜Stay With Me」 の 松原みき ではありません!?
長い!?(笑)
でも、スッキリ収まらないでしょう?
サビの部分を省かれて・・・・・
サービスで、歌詞の続きを入れておきましょうかね?(笑)
“stay with me…”
真夜中のドアをたたき
帰らないでと泣いた
あの季節が
今 目の前
“stay with me…”
口ぐせを言いながら
二人の瞬間を抱いて
まだ忘れず
大事にしていた
流石に2番は省略です!?(笑)
正解発表に戻ります。
日本三大松原とは?
「気比の松原」 (福井県/敦賀市)
「三保の松原」 (静岡県/静岡市) 馴染がありますね!?
「虹の松原」 (佐賀県/唐津市)
になるそうです。
が、
規模はかなり違います。
名称 幅 (m) 長さ(km) 面積 (ha)
虹の松原 400 ~ 700 m 5 km 230 ha
三保松原 70 m 5 km 34 ha
気比の松原 400 m 1 km 32 ha
ということで、
100万本のクロマツが群生している 虹の松原 は、
その中で 最も美しい松原 そして 大きな松原 になるようです。
そんな虹の松原の中を走って宿に向かいますが、先ずは上空から 虹の松原、唐津湾、宝くじが当たると言う謂れのある宝当神社がある高島 などを見下ろせる
鏡山展望台 へ向かいます。
鏡山展望台
奈良時代からさまざまな歌人が訪れ、万葉の歌を残したと伝えられる標高284mの山。
国の特別名勝・虹の松原や唐津湾、海に浮かんでいるように見える島々などが眼下に広がり、
青い海と空、緑の松との美しいコントラストを望めるビュースポットとなっているそうです。
ちなみに、広角レンズでも虹の松原全域が入りません。
上記画像で半分くらい? 写っている大きさと同じぐらい右側に続いていると思ってください。
ちょっと、情報を追加しますと、高島は沖合2㎞の位置、島の周りは約3㎞とのことです。
ゆとり世代並みに円周率を約3とすると、直径は1㎞。(高島は正円じゃないけど)
そんなサイズ感で見てください。遠近法は無視して・・・・・(笑)
注)よく知らないが、ゆとり世代でも円周率は3.14で習ったという話もあるようだ!?
また、『肥前風土記』や『万葉集』にも登場する松浦佐用姫の悲恋物語の舞台としても有名です。
ちなみに、日本三大〇〇 の氾濫その2ですが、
『日本三大悲恋伝説』とは、「羽衣伝説」、「浦島伝説」、そして、「松浦佐用姫伝説」になるそうです。
ただ 「浦島伝説」 が 「竹取物語」 に入れ替わる説もあるようですが・・・・・・
自分は 佐用姫伝説 そのものより、
TVで何度も放送されている 内田康夫 原作 浅見光彦シリーズ 「佐用姫伝説殺人事件」
の方が、記憶に残っていて印象深いですが・・・・・(笑)
鏡山展望台を降りて、虹の松原を抜けてたどり着いたのが、虹の松原脇にある本日の宿です。
最近何度かお世話になっているリブランド後全国でオールインクルーシブの宿を展開しているグループホテルの佐賀唐津リゾートです。
パック旅行、一般的に夕食時間は指定されることが多いのですが、今回は18:00 ~ 21:30の間で自由に取って下さいとのことでした。
季節的に日が伸びただけでなく、関東から九州への移動で明らかに日の入り時刻が遅い、夕食前にプチ観光を行うことにしました。
まずは唐津湾を観に浜へ
高島、直ぐ近くに見えます。
フェリー便で行き来するようです。
その後、唐津城に向かいました。
日は伸びても開城時間は17時まで、城内には入れないのは分かった上で・・・・・
まぁ、小倉城と同じですかね!?
街中と町の外れでは人混み具合が全く違いましたが・・・・・
しかし、お城って、近づきすぎても駄目ですね!?
いつから、城好きになったんだろう?(笑)
そう言えば、トリプルセブンの日(令和7年7月7日)、唐津城訪問客が 7,777,777人 を超えたなんて、
7が10個も揃うという眉唾的なニュースが流れていましたね!?(笑)
サガテレビ ニュース画像を拝借
二日目の最後は、3つ目のご当地グルメ
◯◯◯ の正解、
佐賀牛 のご紹介です。
ホテルでの夕食、ライブキッチンで提供される
佐賀牛の焼きしゃぶ でした。
旅立つ前、同じツアーに参加して既に旅行記をあげていた方を見つけ、内容も確認していました。
「美味しい佐賀牛に出会える。本当に美味し!?」 と・・・・・
ただし、もう一文追加がありました。
「しかし、量が物足りない!? もう少し食べたかった!?」
そんな声が多かったのでしょうか?
ホテルに着く前に添乗員さんからお話がありました。
「ライブキッチンで提供される 佐賀牛の焼きしゃぶ
『美味しいですが、量が少ない!?』 というお声がありますが、
食べ放題ですから好きなだけ御代わりして下さい!?」 って・・・・・(笑)
旅行記の作者さん、遠慮して御代わりしなかったんですかね?
HPでもこれだけアピールしていますから、ちゃんとしたブランド牛である佐賀牛の提供でしょう!?
実際、調理工程を見ていると、注文を受ける度に取り出すお肉は、しゃぶしゃぶ用ですから薄いですが大判で、高級肉の代名詞のようなフィルムで1枚1枚が包まれています。
そのフィルムを剥がした肉を焼いて貰うのを待っているだけで、美味しさが増すような気がします。
普段良い肉を食べていないせいですかね・・・・・(笑)
まぁ、自分や旅行記の作者さんのように食べ慣れない上に謙虚な者だけじゃなく、
食べ放題を逆手に大量発注する輩も居るようで、
「ご注文は3人前まで」という貼り紙があったりして・・・・・
もしかして、旅行記作者のコメント、3人前でも食べ足りないっていう意味だったかも・・・・・(笑)
薄いですが大判ですから一人前で50gとすると4回で200g、ステーキにすると結構な量です!?
先程の「3人前まで」の言葉には、「1回の注文で」という言葉が隠れていますので、
自分もステーキではちょっと多いかな? の量をぺろりと頂きました!?(笑)
こちらは、3枚ぐらいのった1人前盛りです。
ちなみに、ホテルのアピールに一緒に載っていた朝食時のサザエ、イカ煎餅も美味しく戴きました。
ということで、二日目までにご当地グルメ3品目を頂きました。
残る1品は3日目の昼食の予定、旅行記とともに第3報として次回お届けします。