ロータスの救世主 初代エリーゼ 「1km走れば恋に落ちる」前編
もくじ
前半
ー 完成とは……
ー チャップマン亡き後
ー プロジェクトM112
ー ドア付き・ミドシップ
ー 量産車初 接着剤という手法
後半
ー アルミ剥き出しのインテリア
ー 1995年9月 エリーゼ発表
ー 1km走れば恋に落ちる
ー 中古購入 事故歴に注意
ー この価格で買えるなら「お値打ち」
完成とは……
フランスの作家、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリは、エッセイ集『人間の土地』を次の言葉で締めくくったが、コーリン・チャップマンもその意見にうなずいたに違いない。『完成は、付加すべき何ものもなくなったときではなく、除去すべき何ものもなくなったとき、達せられる』
この数行のくだりは、チャップマンの初期の作品の思想を見事に要約しており、ロータスのスローガンではないかと思えてしまう。従業員を鼓舞する標語として、工場の壁に貼り付けても良いほどだ。
デビューから59年を経て、今なおその性能で人々を圧倒する不滅のロードスター、ロータス・セブンについて考えてみたい。このクルマには特別な点は一切存在しなかったが、余分なものや平凡な要素もまるで存在しない。このことが、セブンを比類なきモデルにした。チャップマンの天賦の才能は、彼が何を使ったかにではなく、何を使わなかったかに表れている。
チャップマン亡き後
1957年に登場したエリートは、あまりにも快速かつ空力特性に優れていた。このため、1216ccのエンジンは76psという出力にもかかわらず、公道でもサーキットでも最強のクルマに挑み、時にはその高い鼻をへし折ることさえあった。
それでも、1960年代から70年代に入ると、ロータスも徐々に変わり始めた。利益率の改善を目指し、ラインナップを高級志向へと模様替えしたのである。後期のエランやヨーロッパでは、快適性が重視され、毛足の長いカーペットや、なんとも恐ろしいことにパワーウインドウまで採用された。これらのモデルも、変わらず優れた性能とハンドリングを誇ったが、車重の増加には抗えなかった。ロータスは、そのルーツから遠ざかり始めたのだ。
チャップマンが1982年に没した後、ロータスは、存続のために戦わざるを得なくなった。老境にさしかかったエスプリのフェイスリフトやメカの刷新を進めたが、かつての偉大なメーカーは、80年代末には新しい “何か” を必要としていた。
プロジェクトM112
GMが出資した2シーターのロードスター、M100系エランが、その “何か” になると期待された。このクルマのフロントドライブシャシーは、ロータス史上最高という評価を受け、工学的見地においても明らかな成功であった。しかし、屈辱的なことにエランは、ロータスのかつての精神を再現したエリーゼのオマージュとさえ言えるクルマ、マツダMX-5の添え物扱いに留まった。
1993年にGMがロータスを売却したことで、このメーカーの経営は再び行き詰まったかに見えた。出世志向の幹部が、技術部門に関わろうとしたこともつまずきの一因となる。しかし、ロータスの可能性に賭けたごく一部のメンバーが、やがて奇跡を起こした。そのモデルは、エリーゼと名付けられ、シンプルに作ることで卓越したクルマにするというチャップマンの理想に忠実であり、ミニマリズムを体現する傑作車となった。
プロジェクトM112(後に内部コードM111が採用される)の起源は、1990年代初頭に交わされた2つのメーカーの契約にあった。アルミ押出成形技術の開発を進めたローバーは、ロータスが設計・製造するアルミニウム製スポーツカーに、メカニカルパーツを供給することにしたのだ。
ドア付き・ミドシップ
ドアレスのロードスターとして開発を始めたエリーゼは、当初 “ステップインカー” と名付けられた。ロータスの基本思想に回帰するために、車重をわずか575kgに留め、スポーツカーの熱狂的愛好家に的を絞る少量生産を想定したのである。ロータスグループの新オーナーであるブガッティ・インダストリーズは、これがエンジニアリング部門の看板モデルになることを期待していた。
プロジェクトマネージャーのトニー・シュートが指揮する開発は、コンセプトを急速に進化させていった。ドアの採用が重量増を招いたものの、実用性は向上(デザイナーのジュリアン・トムソンは「初期の完成イラストを見て不安になっていたディーラーはホッとした」と回想している)。一方、フロントエンジンで後輪駆動という初期の構想に代えてミドシップが採用される。このレイアウトには、ハンドリング性能とエキゾチックなスタイリングに加え、最小限の変更で大衆車用FFパワートレインを流用できる利点があった。
BMWが1994年にローバーを買収すると、ロータスがプロジェクトを単独で完結できる見通しは暗くなった。しかしローバーは、引き続き1796cc Kシリーズを提供。このパワーウエイトレシオに優れるエンジン(120ps、変速機を含め130kg)は、幸運なことにミドシップのMGFに合わせて仕様変更されていたし、予算も希望の範囲だった。エンジンの選択がそれほど冒険的ではない反面、ボディの構造は斬新な道を歩むことになる。
量産車初 接着剤という手法
シャシーエンジニアのリチャード・ラッカムは、押出成形した肉薄アルミ材を接着剤で組み立てるという量産車初の設計手法を編みだした。バスタブ部分は、自動車製造への参入を目指すハイドロアルミニウム社が担当。重量68kgという軽量シャシーは、量産型ハッチバックの4倍の剛性を誇ったと言われる。
一部の人にとって、クルマを接着剤で貼り合わせる手法は受け入れ難かったものの、ストレステストの結果が公表されると、その不安は解消されていった。テストでは、接合部が剥離する前に、アルミ材自体が破断したのだ。
後編では、S1のインプレッションと中古購入時の注意点をお届けしよう。
ロータスの救世主 初代エリーゼ 「1km走れば恋に落ちる」後編
もくじ
前半
ー 完成とは……
ー チャップマン亡き後
ー プロジェクトM112
ー ドア付き・ミドシップ
ー 量産車初 接着剤という手法
後半
ー アルミ剥き出しのインテリア
ー 1995年9月 エリーゼ発表
ー 1km走れば恋に落ちる
ー 中古購入 事故歴に注意
ー この価格で買えるなら「お値打ち」
アルミ剥き出しのインテリア
その極めて革新的なシャシーには、FRP製の外装が取付けられている。M100系エランで組み付けが複雑になり過ぎた反省から、パネルの数を半分の8枚に留め、製造工程を合理化し品質を向上させた。しなやかなボディは、トムソン主導の社内デザインと、外部コンサルタントによる11の設計案から選ばれたもので、まるで光沢のある生地をクルマの四隅からピンと張ったような外観だ。ロータス23やヨーロッパの伝統を受け継ぐ一方、トムソンが所有していたフォードGT40とフェラーリ・ディーノの影響も見られる。ロータスであるとひと目で分かるクルマでありながら、復刻モデルにありがちな退屈さを感じさせないのだ。
ラッカムは、押出成形技術の採用を検討していた時に、その秘めた可能性が、想定よりもはるかに大きいことに気づいたという。シャシーだけでなく、サスペンションのアップライト(世界初採用)やドアヒンジ、サイドインパクトバー、スロットルコントローラー、ステアリングコラムのサポートにも押出成形が使われることになった。
これが、剛性と軽量化の面で大きな利点になる一方、アルミニウムが未塗装のまま剥き出しというエリーゼ特有の魅力的なインテリアを生み出した。
1995年9月 エリーゼ発表
現代のゴテゴテしたキャビンを嘆く人にとって、エリーゼのコクピットは極めて優れた解答である。ドライバー志向の室内には、クルマの究極的な目的以外のいかなる夾雑物も存在しない。
カーペットは? ない。電動窓は? ない。ステレオは? ない。カップホルダーは … 余剰を排したことで、ないもののリストが延々と続く一方、不必要な重量を抱え込まずに済んだ。残ったものと言えば、薄いパッドの快適な座席、配置と操作感が完璧な制御系、そして、機械工学に本来備わっている美意識だ。「裸のまま美しく見える設計にしました」と、トムソンは回想している。
エリーゼが1995年9月のフランクフルトモーターショーで発表されると、そのコンセプトは高く評価された。押出成形のシャシー、クルマの耐用期間と同じ耐久性が保証される金属マトリックス複合材料のブレーキディスク。あらゆる技術が来場者を沸かせた。
一部には、ルノー・スポールスパイダーやケータハム21などの少量生産車と同様に、商業的には苦労すると考える人もいた。このような疑問に加え、M100系エランを出し抜いたマツダMX-5、マスマーケットの復活、MGF、フィアット・バルケッタ、BMW Z3などの比較的手頃なロードスターの台頭により、ニッチ市場は既にかなり混込み合っていた。それでも、エリーゼの群を抜いた魅力に引き寄せられ、一年後には受注が1300台に達し、初年度予定生産台数の年間400台を、2500台に引き上げる措置が取られた。
1km走れば恋に落ちる
こうしてエリーゼは、ロータスの歴史が始まって以来のベストセラーモデルになろうとしていた。「われわれは、ロータスの原点に戻るための、勝利の方程式を探しあてました」と、トムソンは語っている。
ドアの開口部が狭く、サイドシルも広いため、エリーゼの低めのシートにたどり着くには面倒な作業を要する。それでも、運転席に収まってしまえば、喜びがわずらわしさを補って余りある。
車内は広々としていて、品質と洗練を感じさせる。そう、手動式ウインドウのハンドルが安っぽく、ルーフも出来は悪いが、クルマの方に壊れ易そうな所はない。エリーゼは、あくまでもドライバーのためのクルマとして構想され、どんな人でも、1kmも走れば恋に落ちるに違いない。
素晴らしいフィーリングのノンパワステ、比類なき敏捷性、高いレスポンス。エリーゼは、コッツウォルズのワインディングロードにおける天の啓示であり、ケータハム21のオーナーを除いて未知の領域だった性能を誇っている。AUTOCAR誌が、「ロータス・セブンを時代遅れに感じさせるロータスがついに登場した」と評したほどだ。
中古購入 事故歴に注意
エリーゼは、驚くほど俊敏に停車するし、走りも、旋回性も、乗り心地も、なに一つ犠牲にしていない。サスペンションはしっかりしていて、決して硬すぎることもなく、優しく感じられる場面さえある。“稲妻” とまでは言えないシフティング、突然発生するオーバーステアだけが玉に瑕であろうか。しかしながら、エキサイティングな速度と慎重な速度との間に収まっている限り、問題に遭遇することは決してない。ただし、重量の60%が後輪に掛かるのだから、不注意な真似をすれば、高価な代償を支払う義務がある。
実際のところ、エリーゼを購入する際に最も気を付けるべき点は事故歴だ。「シャシーに問題のあるクルマはあきらめて下さい」と、スペシャリストのポール・マティは話している。「フロントやリアの外装なら交換できますが、シャシー自体は修復できません。リフトアップして、アンダートレイを外して点検することが不可欠です」
エリーゼは耐久性があり、工学的にも優れたクルマなのだが、特有の弱点もある。競技で酷使されたのに部品を適切に交換しなかった個体の場合、サスペンション、ボールジョイント、ホイールベアリング、ステアリングラックのいずれも損傷しているケースがある。「あらゆる部品が、軽量かつデリケートにできています。そのため、様々な部品が磨耗してしまうのです」
この価格で買えるなら「お値打ち」
ローバーのKシリーズエンジンには、ヘッドガスケットの問題を巡るありがたくない評判が定着している。この点に関するマティの対策は実践的だ。「わたしは常々、神経質になりすぎるよりも、水温計を絶えず確認するよう注意を促しています」実際にガスケットが駄目になっても、800~1000ポンド(約12~16万円)で修理できる。「オリジナルのプラスチック製ラジエーターは失敗作でした。ですが、アルミ製のものと交換すれば済む話です」とも彼はアドバイスしている。
最も人気が高いモデルはシリーズ1で、価格は着実に上昇している。整備記録の多い標準仕様のクルマが狙い目である。1万~1万2000ポンド(約155~186万円)出せば平均的な個体が買えるものの、程度が良く、低走行の49または79を望むなら1万8000~1万9000ポンド(約279~295万円)が必要だ。それでも、340Rやエキシージなら3~4万ポンド(約465~620万円)はする。エリーゼから得られる体験を思えば、決して大金ではない。実際のところ、これだけ充実したクルマがこの価格で買えるなら、信じられないほどお値打ちである。
わずか4年間しか販売されなかったものの、S1はロータスを再生し、その危機を救った崇高なクルマとして顕彰するに値する。チャップマンが生きていれば、エリーゼを誇らしく思ったことだろう。
シリーズ1は運転した事ないんだけど、良いよね
2以降のトヨタエンジンの方が絶対的な信頼性はあるだろうけど、ローバーのKシリーズの方がロータスらしいと言えばらしい気もするし
日本で中古車探そうとすると250万以上は覚悟しないとダメって考えた時にもう少し払ってシリーズ2にする方が良いものか
Posted at 2018/05/08 10:24:33 | |
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