2019年01月06日
新元号について
昭和が終わった日のことについては先月の当ブログで言及しましたが、新元号の公表時期について、4月1日となることが先ごろ発表されましたね。それに対するネット上の多数意見は、「決まっているならもったいぶらずにさっさと発表しろよ」だとか「システム改修するSEの立場を考えろ」というような感じでした。
私は、一部の自民党保守強硬派(新元号は新天皇が即位してから公表すべき、と強硬に主張している)寄りでもなく、「もう元号なんてやめて西暦一本にしちまえ」と主張する派でもなく、まあどうでもよいというか、あるがままを受け入れるスタンスなのですが、そのスタンスから思うことを書き連ねてみます。
私自身は両刀使いというか、西暦と和暦をサクサク変換できることを目指していて、周囲の人たちより西暦と和暦の変換が得意だと感じています。これは、すべての年号を両方で覚えているのではなく、特定の事象が起こった年を両方で覚えていて、そこから足したり引いたりすることで西暦と和暦を変換するのです。
さすがに私も明治や大正はよくわかりませんが、古くは、世界大恐慌が1929年で、それが昭和4年だと覚えています。次が、終戦の昭和20年イコール1945年。次が東京五輪で、昭和39年イコール1964年。自分が生まれて以後はもっと細かく覚えていて、例えば、1987年が日本におけるF1元年と呼ばれており(フジテレビによる全戦テレビ中継開始、鈴鹿での日本GP開始、日本人初の中嶋悟フル参戦開始)、それが昭和62年でした。そんな感じで、1980年代以降は、そんなに足し算引き算をしなくても、割と容易に変換できるわけです。
ただ、和暦というのは海外から見れば奇異に感じるだろうな~とは思っていて、知人に「元号なんて、海外の人から見れば、ガミラスにおけるデスラー暦みたいなもんだよね」と言ったら、「そこでデスラー暦が出てくるか!!」と結構ウケましたが、海外の人から見れば、同じようなもんだと思います。
ちなみに、ウチの親はいまだに平成を昭和換算していて、今年は昭和94年のようです(笑)。平成になったばかりのころはそういう人がたくさんいたけれど、いまだにこんな人が一体どれだけいるのでしょう?
一方で、この年末年始に会った小学生の甥っ子に自分の生まれた年を尋ねたところ、西暦では即答できるのに、和暦では「わからん」と言いおったのです。今どきの小学生(高学年)は、自分の生誕年を和暦で言えないのか、ただ単にウチの甥っ子がちょっと変わっているだけなのか(笑)。
で、今回新元号の公表時期を4月1日としたのは、自民党保守強硬派に配慮しつつ、社会生活に与える影響をできるだけ少なくするための最大公約数的なギリギリの結論だったと思うのですが、それに対する冒頭に書いたようなネット上の反応は、気持ちはわからないでもありませんが、いまひとつそのスタンスが不明な気もします。
すなわち、自民党保守強硬派の主張は、国民の社会生活なんか二の次で、最優先されるものは天皇の権威であるという点で、良いか悪いかは別として、一応筋が通っています。そもそも、和暦(元号)はその性質上面倒なものなのです。それなのに、ネット上の反応は、「和暦なんかやめちまえ」と言うでもなく(もちろん、そのように主張している人もいます)、もともとどっちにしても面倒な和暦を「公表時期が遅いから面倒なことになる」と言っている感じがするのです。
マスコミは、社会生活への影響の代表格として、カレンダー印刷業者を取材し、業者は「困る、困る」と言いますが、業者同士条件は同じだし、これほどカレンダーが注目される年もないわけで、業界としてはうれしい悲鳴だと思いますが・・。
システム改修するSEの対応期間が1カ月しかないことも問題視されていますが、私のシロウト考えなので見当違いかもしれませんが、もともと元号というのはある日突然変わる性質のもので、システムなど最初からそれに対応するように作られているのではないかと思うし(その意味で、2000年問題とは若干意味合いが異なると思われる)、ある日突然変わる前提のものが今回は1年以上前から「変わりますよ~」と予告されているのであって、元号をまたぐような日数計算だって、今のシステムはそもそも年月日を西暦で認識しているのでは? あとは変換の問題で、システムは大抵コード処理とかするものだと思うので、例えば明治が「1」で、大正が「2」で、それで行くと、新元号は何になろうとコードは「5」なわけで、元号コード「5」が新元号に変換されるよう1カ月前に設定すればよいだけの話ではないのかなと、これはシロウト考えなのでしょうか。
新元号に対応する様式を体裁を整えてシステム出力できるような調整が必要と記述している記事もあったけれど、新元号が漢字何文字になるのか未定ならともかく、まあ漢字2文字だろうし、イニシャルも明治から平成までの頭文字に重ならないよう配慮されているという噂なので、全然問題なしです(笑)。
それよりも、今回公表時期が4月1日と決まったことばかりが取り上げられていますが、改元日が5月1日と決まったことの方がSE的には重要な気がします。先月までは、改元日が5月2日になるような雲行きでした。5月1日に新天皇が新元号を公布すると、物理的に施行日はその翌日になるというのがその理由です。新元号は新天皇が公布すべきと主張する自民党保守強硬派の主張に配慮すれば、その可能性は大でした。
改元日が5月1日と決まったことで、元号コード「4」の最大値を「4310430」(平成31年4月30日)と設定でき、「4310501」(平成31年5月1日)以上はエラーとなるよう設定できます。一方、元号コード「5」の最小値を「5010501」(新元号5月1日)と設定できるわけです。SE的には、新元号が何になるかよりも、こっちの方がよっぽど重要なのでは? これとて、改元日の成り行きによって最大値と最小値を変えれば済むだけの気もしますけどね。でも、これはシロウト考えなのでしょうね。
ま、そんなわけで、テレビでは新元号予想とかやってますが、予想までするほど新元号が何なのか待ちきれないということは全くなく、発表されたら淡々と受け入れるのみです。何になったとしても最初は耳慣れないことは、平成のときに経験済みですので。
そういえば、昨夜午前0時に所用で繁華街を歩いていたら、さすがに午前0時だったので、すれ違う人が軒並み若い人たちばかりで、全員平成生まれに見えました。少子高齢社会とは言うものの、昭和生まれはこれからどんどん死滅して行って、世の中は平成生まれの天下になるんです(笑)。
だいたい、我々以上の年齢の人なら誰しも日本最高齢者「泉重千代さん」というお名前を知っているのですが、あの方は江戸時代生まれ(慶応生まれでしたっけ?)ですからね。今の若い人からすると、江戸時代生まれの人と少しでも同じ時代を生きた経験がある我々の世代ですら、もはや「歴史の生き証人」なのかもしれません(苦笑)。
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Posted at
2019/01/06 23:46:17
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