
今年も8月15日、終戦の日を迎えました。
81年目の夏です。
失われた多くの御霊に感謝と哀悼の意を改めて表します。
今年も日本国防協会の一員として昇殿参拝させて頂くことが出来ました。
何処かの国が言う国際秩序への挑戦(昇殿参拝)を行いました(^^)v
81年です。
仮に終戦の時、軍が公式に採用・動員した海軍の「海軍特別年少兵」(特年兵)、陸海軍の少年兵・通信兵・飛行兵、沖縄戦等の「鉄血勤皇隊」や通信隊を経験した最少年齢の方が当時13歳ですから、ご存命だと94歳、正式の徴兵検査による徴兵なら20歳ですので、101歳
多くの御霊が常世に渡って久しいと思います。
このことを踏まえ、戦争の記憶を次世代に…
大切なことだと思います。
しかし、ニュース等で見ていると、不純なものを感じる時があります。
戦争とは幾ら条約や人権・人道に配慮した国際的な規約、理念があろうと、如何に相手の兵力(人命)を奪い抵抗する意思を砕き、侵攻側の意思を押し付ける行為で、これにはどんなに正義の御旗を掲げても軍人、民間人の区別なく相手の命を奪うことを前提としています。
軍事力を支えるのが、その国の人であり、産業である以上当然です。
ですので、単純に言えば国家と言う単位の殺人行為と言われても仕方がない側面があります。
このことをもって、戦争は悪、二度としてはならない…
間違いではありませんが、相手のあることです。
日本の大陸侵攻、南方進出は悪、この悪を滅ぼす為に日本の国土を焦土にし原爆を使用するのは正義
日本に悪行を二度とさせない為、軍事力は未来永劫もたせない
だから自衛隊は悪
例え、国土を奪われても武力でこれを奪還するのは悪
だから、それを可能とする装備、組織としての自衛隊は悪
どうです、極端な説明ですが、これが戦後、日教組が中心となって行ってきた日本の義務教育における平和教育の本質です。
相手がいることなので、なんで、そうなったのか?
相手は日本にどう接し、日本をどう思っていたのか?
相手は、なんで、わざわざ本国から遠く離れた場所で日本と争い、なんの利益があったのか?
そした、考察を試みただけで、軍国主義の復活、戦争肯定の悪の手先と決めつけ弾圧してきたのが日教組の平和教育であり、人権尊重、多様性の尊重だと思います。
流石、警察を人民の敵と公言してはばからない組織の本質だと思います。
戦後81年の傷口は大きく埋めがたいものがありますが、まずは民主主義、平和主義の理想に少しでも近づく為には、これらを排除し、敵対勢力に内政干渉をさせない体制形成が必要だと強く思います。
私は、小学校の頃、日教組の教師(子供の頃、沖縄戦に巻き込まれ火傷を負い、その傷跡が残っていた)に「○○君は人殺しの家系」とみんなの前で言われたことを一生忘れませんし、こうした発言を公職の立場で公共の場で言う生物を撲滅させたいと思っています(祖父が軍医、一族に貴族院議員、財閥系、皇室関係がいた為、人民の敵、戦争犯罪者だそうです)
あと、右翼
行動を必ずしも是とはしませんが、大日本愛国党の故赤尾 敏のような思想・理念を持つ活動家は皆無のように感じます。
特に街宣車と軍歌を流し活動する公安警察用語でパチンコ右翼と呼ばれる集団の一部に半島系、大陸系資金を得て、国民の軍事的なもの、旧軍的なものに対する嫌悪感を高めることが目的の集団がいることに注意が必要です。
今回の気になったのは、靖国神社周辺の路上の一角にたむろして、全面路上禁煙の千代田区でタバコを吸いまくり吸い殻をポイ捨て、これを見て見ぬふりする警備の警察官
駐車禁止(一部、消火栓等、停車禁止箇所もあった)の路上に街宣車を駐車(政治活動だから駐禁対象ではないと言う言い分)、これを護衛するかの如く付き従い、移動の注意もしない警備車両(覆面パトカー)
揉め事をさけたいだけの警備なら交通の妨げ以外の何物でもないと感じました(狭い歩道で隊列(3列で私語をしながらゾロゾロ)を組んであるいて来て一般人σ(^_^)と対面しても道を譲らないなんて、どういうつもりと思ってしまいました)。
そんなことを改めて思った、今回の靖国神社参拝でした。
#終戦の日 #靖国神社
Posted at 2026/08/16 19:59:14 | |
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