
1995年(平成7年)1月17日・05:46:52
淡路島北部沖の明石海峡付近を震源(震源の深さ約16km)とするM7.3の地震が発生しました。
この地震で神戸市、芦屋市、西宮市、宝塚市、淡路島の一部で震度7の激震を観測し、震災関連死を含む6,434人もの命が失われました。
この兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)から31年が経ちました。
失われた多くの御霊の安寧を改めてお祈り申し上げます。
当時の様子を再掲致します。
発災当時、新横浜から東京まで新幹線通勤をしており、朝、相勤の方から電話があって、新幹線に乗れない(不通になっている)旨、伝えられました。
関ヶ原の雪の影響かな…と、のんきに受答えしていると、電話口の声が切迫感を増し強くなり、ビルや阪神高速の倒壊等々、被害の様子を口早に言いますが、この段になっても朝っぱらふざけているの(-_-メ)と思った次第です。
兎に角、テレビをつけろと言うので、NHKを見ると…
この時点(多分06:30頃だったと思います)で、初めて大規模震災が発生したことを認識しました。
近畿地方の親族、友人、協力先等に対する安否確認の電話は、07:00前までは通常通りつながりましたが(被災しつながらなかったところや亡くなられていてつながらなかったところも…)、07:00を過ぎた頃から段々、つながらなくなって、08:00を過ぎたら、もう一切つながらなくなってしまったことを、今でも鮮明に覚えています。
その後、安否確認が進むにつれ、訃報も入るようになり、離れた横浜からでは実効性のあることが殆ど出来なかった虚しさを感じました。
新幹線は新大阪までの仮復旧は比較的早く、ダイヤを大幅に変更し運転再開したと思います。
ですので、新大阪までは行けましたし、被害の少なかった大阪市中心部にも発災からそんなに経たずに行くことができました。
ただ、阪急神戸線は、西宮北口-夙川の被害が甚大で、復旧は6月に入ってからだと思います。
ご遺体の搬送手配を行う為、王子公園まで行きたかったのですが、通常の手段がなく、横車を押すのは憚られ泣く泣く諦めて、現地部隊に依頼したこともありました。
もう1つ、これも再掲になるかと思いますが、兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)より約15年くらい前に友人関係で大阪、和歌山に住む約50名を対象に地震に対しての意識調査を行ったことがあります。
将来、住んでいる場所で大きな地震が発生する可能性があると思いますか?
の問いに対して、和歌山(主に和歌山市在住)の方は、中央構造線沿いで日頃から群発地震が発生しやすい場所であり、親御さんや祖父母の方で昭和南海地震(1946年(昭和21年)12月21日・午前4時19分過ぎに潮岬南方沖 震源の深さ約24kmを震源としたMj8.0(Mw8.4)のプレート境界型巨大地震、和歌山市で震度5程度を観測したと推定される)を経験された方もいたので、殆どの方がのあると思うと回答したのに対し、大阪の方は、ほぼないと思うと答えていたのが印象的でした。
また、当時は、東海地震発生の可能性が話題になったり、関東大震災70年周期説がスポットを浴びていた時代でしたので、日本で大きな地震が発生する危険性が高い場所は何処だと思いますか?
の問いは、ほぼ東京(関東)との回答だったのを覚えています。
もし、いま同じ調査を実施したらおそらく回答傾向は全く違うものになっていると推察しています。
正しい知識の習得、震災から学び教訓を活かす、とても大切なことだと思います。
#阪神淡路大震災 #兵庫県南部地震
Posted at 2026/01/17 23:32:11 | |
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