2018年11月23日
前回の話題の補足の意味も兼ねて、将棋の「段位」について触れておきます。最近は、しばしば一般ニュースやワイドショーで将棋が取り上げられることがあって、本当に驚いているのですが、時々「なぜ将棋は男女別々なのか?」という質問が出ることがあります。
これは完全なカン違いで、羽生先生や藤井聡太七段などが戦うプロ棋界は男女分けなどなく、女性でプロ棋士養成機関「奨励会」を突破して「プロ棋士」になった人がいまだ一人もいないだけのことです。今まででいちばん「プロ棋士」に近づいた女性のひとりが里見さんで、奨励会三段リーグまで行きました。現在、西山さんが三段リーグを戦っていますが、黒星続きです。で、プロ棋士ではない女性同士で戦う制度が「女流プロ」なわけです。
なので、似ているようでも「プロ四段」と「女流プロ四段」とでは全然意味合いが異なり、さらにまた「アマ四段」は全然別物です。
アマチュアで将棋を始めたばかりの初心者がアマ10級とかそんな感じで、羽生先生が子どものころ将棋を始めたころに、八王子将棋センターの席主が羽生少年のために「アマ14級」を作って昇級の喜びを感じられるように配慮した話は有名です。
アマチュアとしては1級から初段になるのがひとつの関門で、ゴルフで言えば「100を切る」、岡国のラップタイムで言えば「2分を切る」に相当するでしょうか(岡国のラップタイムは車種によって変わってくるので、あまり適当な例えではないかもしれませんが(笑))。
初段の目安としては、プロに二枚落ち(飛角落ち)で勝てたら初段、と言われます。私は学生時代に棋力判定テストを受検したら「四段」となってしまいました。でも、私が四段の実力があるわけがありません。四段というのは県代表クラスのレベルなんです。それが証拠に、私は前回言及した将棋イベントで、羽生先生との対局に抽選で外れたあと、別のプロ棋士と多面指しで対局し、二枚落ちで軽くあしらわれました。
でも、「四段」の申請権を獲得してしまったので、せっかくの機会なので正式な免状をもらおうと思ったら、免状取得に何十万円もかかることがわかり、学生の身分でそんなお金はなかったので断念し、四段推薦状は申請期限切れとなりました(※調べたら、現在はいきなり四段を申請すると20万円ほどかかるようです)。
「免状〇段、実力△段」という言い方があって、「免状は〇段を取得しているけれど、実力は△段程度だよ」という意味となります。私の場合は「推薦状四段相当、実力初段以下」てな感じでしょうか。
というわけで、本当のアマ四段は県代表クラス、すなわち地元のトップアマチュア、地元じゃ敵なし、というレベルです。このレベルになってようやくプロ棋士養成機関「奨励会」に「6級」で入会します。プロとアマのレベル差に愕然としますね。
例で言うと、今やタイトルも経験してトッププロ棋士となった菅井竜也七段(岡山市在住)は、小学生のころ山陽新聞に棋譜が載るような県内トップアマでしたよね。アマ時代にすでにあのレベルに到達していて、それから奨励会に6級で入ってプロ棋士への修行を積んで今があるわけです。
で、奨励会三段リーグを突破して四段になると、ようやく晴れて「プロ棋士」となります。多くの棋士が、いちばんうれしかったときは「四段昇段が決まった日」だと言います。相撲で言えば幕下から十両に上がるようなもんです。
で、最初に述べましたように、女性はまだこの壁を突破できません。里見さんも奨励会を退会して「女流プロ」になってしまいました。以前は奨励会員は女流棋戦に参加してはいけなかったのですが、里見さんのあたりから緩和されて、今では里見さん以外でも女性の奨励会員が女流のタイトルを獲得することがあります。それが加藤桃子さんです(ほかに、西山さんも)。現在は加藤桃子さんは女流タイトルを失冠してしまったので、彼女が男性棋戦に参加するときの呼称は「加藤桃子奨励会初段」です。これは「女流初段」と区別する意味合いがあります。
ここで「男性棋戦」と書きましたが、この書き方が冒頭の「なぜ将棋は男女別々?」という誤解につながる要因です。この「男性棋戦」の正確な意味は、「現時点においては男性しかいないのであえて便宜上そう呼ばせてもらうが、男女区別のないいわゆるプロ棋士の棋戦」という回りくどいことになります(苦笑)。いつの日か、女性プロ棋士が誕生したとき、今まで「男性棋戦」と呼ばれていたものの呼称がどうなるのか要注目です。
以前はプロ棋士と女流棋士の実力差は大きく、初めて中井広恵さんが池田修一プロに勝ったときはニュースになりましたが、今では女流がプロ棋士に勝つのはよくあることで、全くニュースにもならなくなりました。近い将来、女性プロ棋士が誕生するものと思います。
最後に、プロ棋士になってからの段位は実力というよりも実績を示したものと思っていただければよく、四段から九段までありますが、九段が四段に負けたとしても別に全然珍しいことではありません。むしろ、過去に実績があって九段まで昇段したものの、現在はピークを過ぎて黒星が先行する「九段」というのはたくさんいて、スポーツではないのに、40歳を過ぎると多くの棋士が成績を落としていくのは興味深いことです。
そして、それだけに、40歳を過ぎてもトップクラスを維持し続けた大山十五世名人や羽生先生の偉大さが特筆に値するわけです。おわり
Posted at 2018/11/23 13:47:52 | |
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将棋 | 趣味
2018年11月23日
実は将棋好きなモニャゾー。羽生善治先生の大ファンです。羽生先生は私と同い年。私は自分の同い年の有名人を問われると、迷わず最初に羽生先生の名前を挙げます。同世代として、世に誇れるスーパースターです。
私は小学生のころからすでに羽生先生を知っていました。当時、小学生向けの将棋本に、小学生読者代表みたいな形で登場し、プロ棋士(原田泰夫先生)と二枚落ちで対局する様子が掲載されていました。その対局には敗れており、二枚落ちでプロに負けるということは、その時点では棋力はまだまだだったのだろうとは思いますが、その時の原田先生の講評「序盤は完璧です」の言葉が印象的で、自分と同世代にすごい子がいるのだな~と思っていました。
そして、小学6年で小学生名人戦優勝。これはNHKテレビで全国放送されています。その数年後に中学生で四段となり、鳴り物入りでプロデビュー。高校は都立高校に通っていたらしいので、学校は違えど私も都立高校でしたから、一応同時期に都立高校生同士だったことになります。
そして、十代にしてNHK杯戦で名人経験者を次々に倒し、あの伝説の「5二銀」が飛び出て初優勝。初タイトル「竜王」も獲得していよいよトップ棋士へ。
その数年後、まだ名人挑戦する前の羽生先生が、ある将棋イベントでウチの近所に来られたときは喜んで参加しました。抽選で当たると羽生先生と対局できるというので、ドキドキしながら申し込みましたが、抽選には外れてしまいました(苦笑)。
その時の羽生先生は、まだ名人挑戦前の若き時代とはいえ、すでに大人気のトップ棋士。それなのに、全く偉ぶるところがなく、イベントのあとの後片付けまで進んでやっておられて、本当に謙虚で誠実なお人柄でした。
そんな羽生先生に至近距離で丸1日接して、イベントも終わり、帰りのエレベーターに飛び乗ったところ、そこでまた羽生先生と鉢合わせ!! 「ありがとうございました♪」とか「お疲れ様でした♪」ぐらい声をかけさせてもらえばよかったのですが、なんだか一気に心拍数が上がってしまって、全く声をかけられず、エレベーターの密室内で無言のまま数十秒間の時間を共有してお別れした思い出があります。
似たような経験としては、2001年F1モナコGPで、目の前に矢井田瞳がいて、「ヤイコ~!!」って声をかけようとしたのに、なんだかドキドキして声が出てこなくて、そのままになってしまったことがあります。そのくせ、同じモナコで鈴木亜久里とバッタリ出会ったときは、とっさに声をかけて写真まで撮らせてもらったのですから、ああいうのは、考えるより前に勢いで声をかけられるかどうか、ですね(苦笑)。
で、話がそれましたが、現在の羽生先生は、先日通算対局数2000局を達成されまして、通算タイトル獲得数100期をかけて竜王戦が進行中です。多くの棋士が1期もタイトルをとれずに引退されていく中で、100期というのはとんでもない大記録です。
ただ、振り返りますと、羽生先生は大記録の達成が意外にすんなりとは達成できなかった歴史がありまして、史上初の同時七冠のときは、最後のひとつ(王将)を阪神大震災直後の谷川先生(ご自宅が神戸で被災)に一度阻まれ、1年間残りの六冠を保持し続けて1年後に同時七冠達成。永世名人の称号は、羽生先生が十七世をとるものだと思っていたら、意外に足踏みされて、十七世を谷川先生、十八世を森内先生にとられ、ようやく十九世を獲得。それから、永世七冠に関しては、最後のひとつ(永世竜王)を獲得寸前にまでなりながら、渡辺先生に大逆転されて足踏みしてからの数年後の永世竜王獲得。今度の通算タイトル獲得数100期も、今年の春の名人戦で達成すれば「名人復位」という大きな花が添えられるはずだったのですが、これも足踏み。
「足踏み」と表現すると、なんだかとてもネガティブなイメージですが、これらの事実は羽生先生の大偉業を決して色褪せさせるものではないですよ。しかも、一度足踏みされた後は必ず達成されているのがまた羽生先生のすごいところ。タイトル100期も、一度足踏みされたので、今度こそ、この竜王戦で達成してほしいな~と思っております。明日から竜王戦第4局開催です。注目しましょう。
Posted at 2018/11/23 11:50:12 | |
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将棋 | 趣味
2018年11月15日
みなさま、少しお久しぶりでした。珍しく県外出張に行ったりしてたもので・・。出張先で久々にシビックタイプR(FK8)を見かけました。ネット検索をしていると、ここに来てFK8の納期が予定より早まって、全国で次々と納車されているらしいのですが、最近、なぜか岡山県内でパッタリ出会わなくなっていまして・・。
さて、明日は卓球Tリーグの岡山開幕戦です。職場の卓球友達と最近その話題で盛り上がっているのですが、お互い開幕戦が気になりながら、彼も私も観戦に行く予定はありません。
卓球というのは、競技経験者でないとボールの回転がわからないので、プレーの内容が理解しづらいですし、コートが狭いので遠くから観戦しても迫力がないし、観戦型のスポーツとは言えない気がします。
卓球経験のない人が、お金を払ってまで卓球の試合を見に行くとはなかなか考えられず、逆に卓球競技経験者からすると、普段自分が出場している試合会場で上位に勝ち残っていく上級者のプレーを間近で、しかも無料でいくらでも見られるので、これまた、わざわざお金を払ってショーアップされた「卓球の試合」を見に行くのもこれいかに、という感じで・・。
ちなみに先述の、私の職場の卓球友達は「横山くんに勝ったことがある」とのこと。「横山くん」というのは、Tリーグ岡山リベッツの横山友一選手(岡山県出身)のことです。なんでも、横山選手がまだ小学生だったころに試合で対戦して(私の友達はその時すでに大人です(苦笑))、なんとか勝ったらしいです。「勝ったと言っても、まだ相手が小学生だったから・・」と彼は謙遜しますが、相手が小学生だろうが何だろうが、「岡山リベッツの選手に卓球で勝った」というのは話のネタになります。
その当時、私も彼と一緒に岡山県内の卓球の大会に出まくっていて、中学生のころの横山選手のことはよく覚えています。中学生のころには横山選手はもう県内トップ選手になっていて、有名人でしたので。
というわけで、そんな経験を持つ(しかも、いまだに毎週卓球の練習をしている)私の卓球友達ですら、観戦に行く予定がない、という卓球Tリーグ。しかも、しかも、彼は試合会場の岡山武道館のほんのすぐ近所に住んでいるというのに、ですよ!! 一体、どれほどのお客さんが入るのやら。
ところで、Tリーグの男子チームはわずか4つで、東京、埼玉、岡山、沖縄だけです。岡山でTリーグが見られるというのは、ほんとはすごく貴重なことです。
考えてみると、岡山というのは私の好きなスポーツ種目を観戦するのにめちゃめちゃ優れた土地であることに気がつきました。私が好きなスポーツ種目は、卓球(どちらかと言うと男子卓球)、バレー(どちらかと言うと女子バレー)、そしてモータースポーツです。
男子卓球でTリーグの本拠地があるのは先述の4か所だけ。女子バレーVリーグは今季から11チームになりましたが、岡山にはご存知のとおり岡山シーガルズがあって、今季の岡山ジップアリーナのVリーグ開催数(のべ8日間)は全国でもトップだと思われます。
そして、モータースポーツは、最近見に行っていないのでよくわかりませんが、今でも岡国でスーパーGTだけでなく、SFとかF3とかスーパー耐久とかやっているのではないでしょうか。かつてはF1も開催。今の若い人には、かつて岡山県でF1が開催されたことがあるということ自体信じられないかもしれません。
こんな恵まれた都道府県は他にありませんね。素晴らしいことです。大体、卓球とかバレーとかそういう種目は比較的大都市で開催され、逆に国際格式のサーキットは大都市にはないので、この両方が身近に観戦できる岡山県というのは実に素晴らしい立地です。
これに匹敵する土地を強いて探すと、名古屋は卓球Tリーグの女子チームがあって、愛知県には女子バレーVリーグのチームが複数あって、先日の世界バレーも名古屋で開催されて、鈴鹿は三重県でありながら完全に中京圏だし、ちょっと足を伸ばせば富士スピードウェイ(静岡県)もあるし、まあ総合的に見ると、名古屋周辺が全国でいちばん恵まれてるかな。では、岡山はそれに次ぐ好立地ということで(笑)。
以上、あくまで私の好きな種目での比較ですので、野球とかサッカーとか全部加味して考えると、ますます名古屋圏有利となります。岡山にはサッカーはあるけど野球はないので。東京はある意味別格ですよ。もてぎも含めて「首都圏」で捉えると、首都圏には何でもありますので・・(苦笑)。
Posted at 2018/11/15 21:46:43 | |
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スポーツ全般 | スポーツ
2018年11月01日
ネットが普及するようになって、私も含めて個人が自由に情報を発信できるような時代になって久しいですが、それだけに、よく注意して見ていないと、誤った情報が流されていることがあります。
個人が発信しているシビックタイプR(FK8)の試乗インプレッションを眺めていると、「やっぱりレカロシートの座り心地は最高ですね」だの「チタンシフトノブの感触は手になじみます」だの、誤った情報を流している日本国民のなんと多いことか(「チコちゃん」のナレーション風)。FK8はレカロシートもチタンシフトノブも標準装備してないんですけど・・。
あと、「運転席のメーターパネルにタイヤ空気圧を表示できる」という書き込みがあって、そりゃ便利かも!!と思ったのですが、どこを調べてもそんな機能は確認できず。この人は恐らくブレーキ圧計がパネルに表示できるのをタイヤ空気圧と誤解されているのだと思います。
どうも、タイプRには「ブレンボ」「レカロ」「チタンシフトノブ」が三点セットで標準装備されているものだという誤解があるようで、しかし、DC2とEK9にはレカロとチタンシフトノブはあったけれどブレンボはついておらず、DC5で新たにブレンボがついたものの、チタンシフトノブは標準装備から外れてオプションとなり、同時期のEP3にはブレンボもなく、FD2以降はレカロでなくなったので、「ブレンボ」と「レカロ」と「チタンシフトノブ」の三点が同時に標準装備されたことは一度もないのです。
強いて言えば、DC5のオプションにチタンシフトノブがあったので、DC5でこのオプションを選択した場合にだけ唯一「三点セット」が揃ったことになります。モニャゾー号はオプション選択していないのでアルミシフトノブですが・・。現在のタイプRは、オプションの中にチタンシフトノブもないし、レカロシートもないので、新車でついてくるのはブレンボだけですね。
ところで、最新のクルマ雑誌に踊った「シビックタイプRエボリューション」「S660エボリューション」の開発情報。先日はスイフトスポーツエボリューションの情報があったし、「エボリューション」が流行っているのでしょうか。かつては「エボ」と言えばランエボでしたが、本家ランエボが消滅して久しいので、そろそろ「エボリューション」という単語が他のメーカーで使いまわせる時期に来始めたのかもしれません。
それにしても、シビックタイプRエボは500~600馬力との噂。現行FK8の320馬力でFFとしてはもはや限界と言われているのに、どういうことでしょう。一瞬、4WD化でもするのかと思いましたが、FF前提で設計された車種を、エボモデルでそう簡単に4WD化なんぞできない気がします。
タイプRが200馬力を超えたころは、「FFとしてはもはや限界」と言われていたものを、見事な技術革新で320馬力FF車の市販化までこぎつけた過去があるので、百歩譲って500馬力FF車が物理的に可能になったとしても、買う人が何人いるか・・と考えると、今回のスクープ情報はちょっと実現性が低そうな感じです。
ホンダさんには、FFにはこだわらず、「オープンでもミッドシップでもない後輪駆動タイプR」を期待したいものです。それって、要するに「クローズドボディFRのタイプR」ってことですね(苦笑)。
Posted at 2018/11/01 11:42:20 | |
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