ブログの形をとっていますがこれは自分のメモです。
ちょっと文体も変えて論文調にしておきます。
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「愛なき世界( A World Without Love)」は1960年代イギリスのフォークロックデュオ「ピーターとゴードン(Peter & Gordon)」のデビュー曲にして彼らの代表曲の一つである。
イギリスでは1964年2月28日に発売され、同年4月25日付の全英シングルチャートでビートルズの「キャント・バイ・ミー・ラヴ」を1位から蹴落とし、2週連続で1位を獲得した。
当時は今と違い発売からチャートのピークまでに時間がかかるものだった。
アメリカでは4月27日、日本では7月5日の発売。
世界同時発売など夢のまた夢、だれも考えもしなかった時代。
日本の洋楽レコードは本国から半年遅れなどということは当たり前であった。
6月27日には全米チャート(Billboard Hot 100)でも1位を獲得しており、ビートルズ以外のブリティッシュ・インヴェイジョン勢によるシングルが全米1位を獲得したのは、これが初めてであった。
この曲を有名にしている理由の一つが、作者が「Lennon-McCartney」とクレジットされていることである。
実際にはポール・マッカートニーひとりによって作詞作曲された楽曲である。
音楽はどれだけ文字を並べても伝わらない。
まずはこれをご覧いただきたい。
VIDEO
近年になって映像・音声ともに磨かれたバージョンで55年前のVTRとはおもえないクリアな映像である。
ちなみに眼鏡をかけているのがピーター・アッシャー、もう一人がゴードン・ウォーラーという。
なお、ピーター・アッシャーは後年ジェームス・テイラー、リンダ・ロンシュタット、シェールなどのプロデューサーとなり、イギリス人ながら70年代アメリカンロックの重鎮となった。
さて本題はここからである。
0:54~の歌詞を書いておく。
She may come,I know not when
When she does, I'll know
So baby untill then
違和感なく聞き取れたかと思う。
実はこの曲、私が歌詞カードを見ずに歌詞を聞き取れたかなり初期の曲である。
高校生のころから何枚かのレコードやCDでこの曲を入手しているが、歌詞カードを見た覚えはほとんどない。
日本語にどのように訳すかというニュアンスとしては歌詞の一部に議論の余地があるのだが、「歌詞の音」だけに注目すると英語初心者でも最初から最後まで聞き取れる平易な歌詞である。
しかも彼らはイギリスの中産階級の出身らしく、アメリカ人の英語よりずっと聞き取りやすい。
そして、私自身はこの曲がかかれば上に書いた歌詞の通り40年以上いっしょに歌ってきた。
(ここ、誰かにマウントを取ったり自慢したりする文脈ではありません。
中高生時代の私は、日本語ができる中国韓国東南アジアの若者が「日本のアニメや音楽が好きで日本語を覚えました」と言っているのと同じニュアンスで洋楽と英語に接していました。
特に英語の訓練を受けていないながらも一人旅ができる程度の英語力があるのは中高生時代に、将来はポール・マッカートニーにインタビューするんだと思いながら英語を勉強していたためだと思います。)
さて、もう一度0:54~をお聞きいただきたい。
She may come,I know not when
When she does, I loose
So baby untill then
おや?
この通りに聞こえるではないか。
そう、今日のテーマはこれである。
引用した歌詞の2行目の最後の単語だけが変わっているのに気づいていただけましたか?
気付いたらもう一回聞き直してみるのもお勧め。
文字を追いながら聞くと、どちらも正しく聞こえてしまうんです。
が…
そもそもknowとlooseという全く違う単語を聞き違えることなどあり得るのだろうか。
実は1967年にビートルズがサージェント・ペパーを発売する前には英米のレコードに歌詞カードなど付いていなかった。
当時から日本の洋楽に歌詞カードが付いていたのは英語が分からない人へのいわば「サービス」だったのだ。
しかし当時はレコード会社から頼まれたアメリカ人や日本人がアルバイトとして耳で聞いた歌詞を書き起こしていたという。
なので、今の目で1960年代の日本盤洋楽レコードの歌詞カードを見ると「メチャクチャやん」「どうやったらこう聞こえるんだよ」と思えるものも散見される。
(これは稿を改めて書いたら面白いかもしれない)
さて、あなたはknow派、loose派どちらであろうか。
こんなのは英語ネイティブでない私がいくら頭をひねっていても答えは出ない。
ありがたいのは今のネット社会。
ネイティブの人に判断してもらえばいい。
この歌をカバーしている中で一番の大物はこのグループだろう。
VIDEO
モータウンを代表するガールズグループ、シュープリームスによるカバー。
問題の部分は0:57~である。
なお英語では三人称の性別が厳格なのでカバー曲の場合は歌手の男女が入れ代わると歌詞のsheとheが逆になるのはよくあることである。(プリーズ・ミスター・ポストマンなどが有名)
どうも「loose」と歌っているようだ。
英語ネイティブの、しかもかなり大物の歌手が「loose」と歌っているなら「loose」で決まりではないか。
話はそれるが、初めて聞いた「愛なき世界」がシュープリームスバージョンであったならば、耳だけで歌詞を聞き取ることはできなかっただろう。
アメリカ人の英語発音は非ネイティブにとって難しいのである。
多くの日本人がアメリカ英語で英語の学習をするのはけっこう厳しいんじゃないかなぁとこの年になって思う。
有名な「waterはワラと発音する」というのはアメリカ訛り。
イギリス人は「ウヮーター」のように発音する人が多くいる。
昔ちょっとだけ英会話を習ったイギリス人の先生は「often」を「オフン」ではなく「オフtン」と発音していた。
そりゃ綴りの通りに発音したほうが余計な覚え事が無くていいことだ。
ビートルズのメンバーは発音がラフに崩れていたりするが、それでもアメリカ人よりは分かりやすい。
イギリスの政治家がしゃべっていると大体言っていることは分かるが、トランプのスピーチなど半分だ。
閑話休題
ではこちらをお聞きいただこう。
VIDEO
デル・シャノン
シュープリームスに負けずとも劣らない大御所である。
0:59~
こちらもどちらかというと「loose」に聞こえる。
VIDEO
モナリサ・ツインズ
1:00~
この人たちも「loose」のようだ。
たぶん英語ネイティブではない(母語はドイツ語?)ので、ヨーロッパ言語の人が英語をどのように聞くのかはよく分からないのだが。
ただ、このバージョンは厳密な英語ネイティブではないせいかとても聞き取りやすい発音で歌っている。
(例えばBirds sing out of tuneというフレーズの「of」をしっかり発音するところなどに顕著)
英語ネイティブの歌手によるカバーでは完全に「loose」優勢になって来た。
VIDEO
ヴォンダ・シェパードがTVシリーズ『アリー my Love』のサウンドトラック・アルバムでカバーしている。
1:01~
このバージョンは分かりにくいが、「I'll know」だ。
有名どころで初めて「know」が出てきた。
VIDEO
マーヴェリックスもカバーしている。
1:16~
こちらははっきりと「I'll know」である。
「loose」と「know」が徐々に拮抗してきた。
ところで、YouTubeの世界には、「歌詞テロップ付き」というジャンル(?)がある。
(たぶん)英語ネイティブの人が作ったであろうというのがこれ。
VIDEO
1:01~
文字なので嘘はつけない。
はっきりと「I'll know」と書いてある。
もう一つ、(たぶん)英語ネイティブの人が作った歌詞付きのビデオを見てみよう。
VIDEO
0:56~
何と驚いたことに
文字だから嘘はつけないというのに「I'll loose」と書いてある。
「I loose」ではなく「I'll loose」である。
文章としては「第三のバージョン」ともいえる。
※ところがこのバージョン、本人たちも「loose」って歌ってんじゃね?って感じに聞こえる。
ビートルズだと微妙なバージョン違いが世に出ているが…
ひょっとして「know」と「loose」が両方あるのだろうか?
だとしたらこの考察はほぼ無意味なんだけど…
「英語ネイティブ」という意味では英米人の素人・又はセミプロがYouTubeにアップしている動画はどうだろうか。
VIDEO
1:51~
完全に「know」である。
迷うことなく「know」である。
もうひとつ、素人さん(?)の動画を見てみよう。
VIDEO
1:16~
こちらは「loose」である。
2:17~の2回目ではよりはっきりと「loose」であることが分かる。
VIDEO
1:06~
こちらのおじさんも「loose」と歌っているように聞こえる。
VIDEO
1:07~
キレイなハーモニーを聞かせてくれるこのデュオははっきりと「know」である。
ことほどさように、英語ネイティブの人の間でもknowとlooseが入り乱れているのだ。
ここまで見てきてlooseがやや優勢なのに、knowであがくのはなぜか?
実はピーター&ゴードンは1968年に解散ということになっていて、2005年から再結成として活動していた(過去形の理由は後述)
2008年2月のステージ
VIDEO
2:02~
完全に「I'll know」である。
もう迷いはない。
本人たちがはっきりと「I'll know」とうたっているのである。
先ほど再結成のステージについて過去形で書いたのは2009年7月にゴードン・ウォーラーが亡くなったからである。
その後、残されたピーター・アッシャーは一人で音楽活動を続けている。
VIDEO
セルビアのBestbeatというビートルズのコピーバンドとのジョイント。
1:31~
やはり「I'll know」である。
2015年ピーター・アッシャー一人でのステージ
VIDEO
02:46~
安定の「I'll know」である。
VIDEO
1:02~
2016年のライブ
これも「I'll know」だ。
さらに最新バージョンがある。
今年(2019年)の初頭にニューヨークのラジオ局で歌ったスタジオライブ。
VIDEO
1:26~
過去最高にクリアに「I'll know」と歌っている。
この後半に並べた本人(達)の歌声は全部「I'll know」なのである。
そう、正解は「I'll know」でファイナルアンサーなのだ。
後年のピーター・アッシャー自身が「I'll know」と歌っている以上、1964年のオリジナルバージョンも「I'll know」と歌っていたと考えるのが自然ではないか。
途中で歌詞を変える理由も必然性も見つからない。
ここで話は最初に戻る。
当初、「I loose」が広く流布していたと思われる歌詞。
シュープリームス、デル・シャノンなど当時の大物歌手たちのカバーバージョンそして英語ネイティブの人たちがどうして揃いも揃って「I loose」と歌っていたのか。
いやぁ、その理由は分からないっす。
なんのオチもないんですけど。
※たとえ別バージョンが存在して「know」と「loose」が両方あったとしても(←その有無は今のところ分からない)、あくまで「know」がオーソライズされたバージョンと考えるべきだろう。
歌詞の意味内容的にはknowのほうが素直に解釈できるから、最初からknowが好きなんですけどね。