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2011年10月02日

紳士の顔をしたモンスター 300SEL 6,3


photo by Chikara Kitabatake

*300SEL 6.3が2台連なって疾る珍しいショット Photo by Kitabatake

1985年7月から連載を開始した五木寛之さんの『疾れ!逆ハンぐれん隊』を、電子書籍版で再生させるプロジェクトの紹介をつづけます。
第1部「深夜特走車No.1」に、リトル・マガジン風に解説や当時のエピソードをそえてみたらどうだろう、というぼくの新しい「仕事」。前回登場のメルセデスの怪物セダンをもう少し、彫りこんでみました。

「古くなったメルツェデスで心に残るクルマのひとつに300SEL6.3がある。
ごく短い期間、所有したことがある。真っ黒いボディにグレイのモケットという内装で、これが素晴らしい走りをした。
雨の日、ガソリンスタンドから少しスロットルを深めに踏んで出ようとすると半スピンしそうになってアワてることがあった」


こちらは五木寛之さんの文章ではない。徳大寺有恒さんが一度は書いてみたかったと前置きするほど、お気に入りクルマに贈った「恋文」である。題して『紳士の顔をしたモンスターが徘徊する時……』(「ベストカー」1986年8月10日号)。300SEL6.3がどんな怪物であったかを知る紹介リリースとしては、これ以上のものはないだろう。 


*さりげないセダンながら、リアに輝くエンブレムがこのクルマの素性を主張する

「歴代のSクラスメルツェデスの中で、このW108が一番好きである。
このW108は1965年はじめ205Sとして登場し、これをベーシックに250SE、300SE、300SELとバリエーションがあった。それが1967年から280S、SEとなり1971年からいよいよV8エンジンの280SE/300SEL3.5となる。
しかし、1968年にダイムラーは6.3リッター、V8をこのSクラスに押しこんだ300SEL6.3を作っていた。それは1972年までに6,500台ほど作られたのである。このグロッサーの再来で、600のエンジンをそのままSクラスに搭載したモデルで、2,800回転というユルユル回っているときに、なんと51kgmを発生しているのだ。
とにかくこのエンジンをメルツェデスはどんな靴ベラを使ったかわからないが、W108のエンジンルームにすべりこませることに成功した。(中略)

*エンジンルームいっぱいに埋め込まれた6.3のV8パワーユニット

300SEL6.3と他のSクラスの外観上の差はヘッドライトにある。6.3のヘッドライトは当時アメリカ輸出用に使っていたデュアルランプで、6.3の強力な性能に見合う照明を得るための処置。それ以外は、トランクリッドにある6.3のエンブレムを見る以外、判別しがたい。もっとも、タイヤ/ホイールは明らかに異なる」

 さて、ここからは徳さんの試乗記である。ベージュにペイントされた試乗車は1972年製、最後のシリーズであった。

――ヘッドライトは平らなシビエがつけられ、ロードホイールはアルミニューム(これが乗り心地に大いに貢献)、タイヤはミシュランXWXがつけられていた。(中略)エンジンはややラフで、少々調整を要す。トルクも“こんなものではない”と思わせるが、それでも、スタート時にはギュッとタイヤを鳴らすことを忘れない。
オートマチックは古いプラネタリ―ギアを持つD・Bタイプで4速。トップのギア比は今のクルマのように高くはないので、いつもサードで走るように感じる。
80km/hあたりからの一瞬の加速、そして一気に160km/hまで、それこそ息もつかせぬものだった。その加速は、いま流行りのターボとは違い、大排気量独特の“怒涛の加速”なのである。このクルマの最大のドラマである。
それにしても、相当な音である。インジェクションの唸り、V8のビートが高級車には似つかわしくないレベルでどんどん入ってくる。
乗り心地も硬い。このクルマのエアサスペンションだが、旧型スポーツカーのものに近い。
「こいつは男のクルマだ、とつくづく思う。フルオートマチックであり、肉体的には何のストレスもないのだが、こいつを飛ばした後は手強いスポーツカーを走らせたのと同じ疲労が残る。クルマを走らせるというのは、こういうことなのか」


だが、待てよ。たとえ300SEL6.3の実物とはいえ、これでは深夜の横羽線をドーンと250km/hオーバーで駆け抜けていく黒の怪物セダンとはほど遠いではないか。

その当然の疑問に、五木さんがその「理由」を丁寧に応えてくれている。

――ミハルの横顔。鼻の穴がふるえて、唇はかたく結ばれ、両脚は大きく開かれて、目はキラキラ光っている。〈キレイだ〉と、おれはおもった。
二五〇キロ・オーバーで見る女の横顔ほどチャーミングなものはない。
「どこまで行くのよ、ちくしょう!」
ミハルがおれの甘い想念(おもい)を破って叫ぶ。
二台の疾走車は、ぴったりくっついたまま、大井松田の上りのカーブをぜんぜんスピードをゆるめずにつっ走っていく。トンネル。ごう、と風圧がボディをゆすった。それでも前のクルマはペースをおとさない。おれは前方の6.3を観察した。まったくふつうのセダンだ。古い300SELのメルセデス・ベンツ。空力(エアロ)パーツもつけていないし、タイヤも意外とほそい。最近はやりのAMG(アーマーゲー)チューンなどとは、まったく縁のないノーマル車にみえる。しかし、300SEL6.3の最高速度は、はるかにこえたスピードだ。
ターボだな、と、おれはおもった。そうだ、6.3ターボにちがいない。ノーマルでも、6.3のトルクは五十一キロ以上あるときいている。五十一キロというトルクがどんなものか、けんとうもつかないが、おそらく乗用車史上最高最強の凄さだろう。(中略)そいつをさらにターボ化したら?
〈お化けベンツだ〉と、おれはおもった。


*これが怪物グロッサー770K

 当稿執筆当時の五木さんは、頻繁にドイツを訪れていた。『メルセデスの伝説』という作品の取材のためで、6.3のルーツとでもいうべき〈770K・グロッサー〉が、そのターゲットであった。やがて発表され、大きな話題となったその作品と、「疾れ! 逆ハンぐれん隊」が、じつは表と裏の、親密な関係にあることに気づくことになる。
*    *    *    *    *    *
 さて、つぎの新しいエントリーは、再び『1974.06.02』の多重事故問題に「視線」をもどします。あのときのテレビ中継録画は本当にないのか。中部博さんは検証をつづけていました……。
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Posted at 2011/10/02 04:49:05

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この記事へのコメント

2011年10月2日 4:55
300SEL6.3と言うと、20代半ばだったので年齢的に殆ど興味を示さない世代でしたが、当時の独人はドイツの大人の為にアウトバーン高速巡行機をこう言う表現で作製していたのですから、環境が異なるとは言え、当時としては偉く進んで居たのですね。
アウトバーンを含めた自動車環境が大きく異なりますから、特殊スーパースポーツを除いてこれからの時代はでは考えられないです。
コメントへの返答
2011年10月2日 9:25
そのころ、ヨコハネ線の渋滞は「名物」でした。そこを毎日往復する五木寛之という作家は、時速250キロでドーンと疾走できる謎の車を登場させる。そこに作家の言うに言えない「快感」と「皮肉」があります。

そのクルマは、実はある意味、重大な「現代史」の暗部に迫る武器だとしたら?

そんなことを、感じとっていただけたら、作家はうれしいでしょうね。
2011年10月2日 9:23
ずいぶん昔ですが五木寛之氏の「戒厳令の夜」を読みました。
その中に300SEL6.3での逃避行が綴られていたと思います。

エンジンルームに押し込まれた強大なパワーの塊の描写が男性的で、強く印象に残っています。
ドイツでの取材がこんなところにも活かされていたのかと思い当りました。
コメントへの返答
2011年10月2日 9:33
五木さんには、何回かの「休筆期間」があり、その「第1次休筆」から、新しい作品を引っさげて再び登場したときの小説界の衝撃をいまでも思い起こすことができます。その作品が「戒厳令の夜」でした。

その作品で「怪物」が、舞台回しとして紹介されていたのを、よくご記憶ですね。

そうしたお話を、また聴かせてください。
2011年10月2日 22:32
はじめまして。

300SEL6.3という車は五木氏の『逆ハン愚連隊』で初めて知った次第です。
その後、とてつもない車だということがわかり、
レースにも使われていたことを知ると、驚きを隠せませんでした。
当時SLCがラリーに出ていることも驚きでしたけど。

その6.3やその後に出てくる6.9より凄いと思ったのが770Kです。
これも『メルスセデスの伝説』で知った次第ですが、御料車に使われていたことも知らず、色々と調べてみるも戦時中の車両の為中々写真が出てこずにイライラとした事がありました。当時はネットなんて便利なものはありませんでしたし、博物館にも置いていなかったし。
ですが小説の中に出てくる770Kの記述でだいぶ想像できましたから、五木氏はやはり凄いなぁ~と思っております。
中でもジルバーンメルセデスは、どれだけ流麗で気品があるであろうかという想像が頭の中でムクムクと大きくなって、今でも脳裏に焼きついています。

いつ770Kジルバーンの記述が出てくるかと楽しみにしておりましたが、今回のブログを拝見して『やっと出た!!』と思っております。
コメントへの返答
2011年10月2日 23:13
はじめまして。

そこまで読み込んでいただける五木さんも幸せな作家ですね。

いずれ「メルセデスの伝説」の電子BOOK化に取り組みたいものです。

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