〜77歳の挑戦『R35 GT-Rと暮らす1週間』その序奏〜
NISSAN GT-Rの開発プロジェクト責任者であった水野和敏さんと、これまで、直接にお会いして話を交わした記憶はない、と思う。残念ながら、わたしが『ベストモータリング』の現場から退いたころに、檜舞台へ登場されたからであろう。いやいや、プリメーラがデビューしたころ、その試乗会などでお目にかかっていたような気もする。
それはさておき、遅まきながら、水野和敏という「恐るべき才能の持ち主」を意識したのは、2011年12月発売の『Hot-Version vol.113』の《GT-R 2012年モデル 日産ニュルブルクリンク 開発実験密着レポート》を賞味したときの、あのシーンである。
なにしろ、いきなりプロジェクト・リーダーの怒号が飛んできた。
「ターボだから、しょうがねえんだ、これでいいんだ、と今までの慣習に甘えて、自分たちが今、一体、何やってんのか、もう一回、足元をよく見て、考えろ。お客様の期待値に対して、俺たちは仕事してるんで、エンジニアの言い訳を証明するためにやってんじゃねえ! エンジン屋(こちらはエンジニアではなく、そう聞こえた)はもう一度、そこのところを考えろ」
スタッフにピーンと緊張感が伝わる。R35の集大成をめざす12年モデルに、水野リーダーは二つの改良点を掲げて、さらなる進化へ挑んでいた。
①エンジンのパワーアップ。
②シャシー左右非対称セッティング。
そのハイライト部分の説明は、水野節で聴いてこそ「なるほど、そいつは楽しみだ」という気になれるものだった。特に②のテーマでは、凄いことを考えている。大雑把にいえば、もともと右寄りに荷重がかかっているのを、走った状態でシャシーを左右非対称にセッティングすることと、新開発のタイヤで均一化できれば、限界時の安定した挙動が、さらに高次元でえられるはずだ、と。 そのために、ダンロップの技術陣も、グルーブ(溝)の形状に段差をつけ、ブロック剛性を向上させ、それによって限界時のヨレを減少させる、という夢のようなR35用のニュータイヤを投入したほどであった。
その後、ことしになって、水野さんが日産を離れた。後進に道を譲るため、と聴かされたが、話を額面通りに受け取っていいものかどうか。なぜ、カルロス・ゴーン社長は彼を開発セクションの役員にしなかったのか。いやいや、その発想そのものが古い。彼はいつでも独り立ちする覚悟のできていた才能ではなかったか。だからこそ、あれだけの仕事をやり遂げたのだ――そんなことを勝手に想像していると、近着の『ベストカー』9月26日号で、その消息に触れることができたのである。
表紙に水野さんの名前がカット写真との組み合わせで踊っていた。それも、このところ、売れて売れて、笑いの止まらない200万円台後半の人気輸入車、ゴルフⅦ、ベンツAクラス、ボルボV40の3台を激辛試乗するという。なるほど、それはぜひ読ませていただこう。ベストカーも『入魂企画』と謳っている。それも、すでに連載4回目を数えるというから、編集部の力の入れ方もうかがえるではないか。
一読。わたしは目を剥いた。カラーグラビアで5ページ。水野さんはおのれのすべてをぶつけて試乗し、真っ直ぐに、おのれの信念のままに、評論し、この人にしかつかめないような問題点を明らかにしていくのだ。しかも、試乗をする前に、対象車のポジションを、明快に整理した上で、「クルマを開発する側」の目と経験を正面に押し立てて、はっきりした物言いで、きめこまやかに、そしてわかりやすく(ここが大事)読む側を導いてくれる。たとえば、こうだ。
「こんにちは、水野です。(中略)今回、ベストカー編集部から依頼されたのは《いま人気の200万円台で買える輸入車コンパクトカーを評価せよ》というテーマです。(ここで3台の名前を挙げたところで)確かにこの3台、いわゆるCセグメントに属するクルマたちで(中略)感覚的にはコンパクトカー的な使い方をするカテゴリーでしょう。とはいえ各車とも全幅1800mmほどもあって、日本国内では《外車としてはコンパクトな部類》で、実際に使ってみると細い住宅街の道やガレージで《意外と大きいな》と感じるサイズ、そのあたりを充分に理解していただきたい」
どうです、この前置きは? そしてこの3車が従来の値付けから考えると驚異的ともいえる安価で、身近な存在になったといいきると、各車がそろって小排気量ターボエンジンを搭載している特徴をあげ、こうつづける。
「いわゆるダウンサイジング過給エンジンというヤツですが、このあたり、欧州メーカーは一気に考え方がシフトしてそちらに進みました。ハイブリッド重視の日本車とは対照的です」
そして、いよいよ試乗する。まずVWゴルフから。いきなり斬り込む。
「ボディの後ろが弱い。こう、ステアリングをグイときるとボディ後ろ半分がブルブルと微振動する。これはボディの問題。
ある程度荷重がかかってくるとピシッとするのだが、ステアリングの切りはじめから荷重がかかりきるまでの過渡領域でブルブルする。これはボディの合わせ目の遊びが原因。おそらくリアサイドメンバーとシルの部分だろう(中略)でも、荷重がかかると合わせ目の遊びもピタリとくっつくので、そのあとはピシッとなる」
そう指摘しながら、こうつづける。
「対してフロントはガッシリしている。日本車のどんなクルマのフロントより剛性がある。(中略)ネガティブなことを言わせていただいたが、トータルで評価すればゴルフⅦはもの凄くいいクルマ。乗りやすいし全体的なバランスがいい」
その理由を掘り下げたあとの台詞は泣かせる。
「ゴルフに乗って触れてみると、何代にもわたってものを作り込んでいるというのは、こういうことなのだと実感する」
次にボルボの大ヒット商品、V40に移る。
「走り出してすぐにかんじたのがVWゴルフに比べてなんとも“下品だなぁ”ということ。特にエンジン関連のノイズがガーッと大きく、制震と遮音が完璧だったゴルフと対照的。これは、エンジンマウントに起因するのだが、ゴルフに対してこちらV40は大幅にコストダウンしているのだと思う」
おお、なんという手厳しい指摘だ。が、水野さんは誠実にその点を細部まで洗い出した上で、
「とはいえ、V40はボルボの意欲作として一定の評価はしたいと思っている。(中略)これはボルボがコンパクトなスポーティハッチバックに挑戦した最初のモデルだ。これから経験値を積んで改善して行けばいい。最初の1台とはこういうものなのだ。次のモデルではグンと熟成されていると思う」
この水野さんの指摘に刺激されて、幸い、2014モデルのVOLVO S60、V60に試乗できる機会に恵まれたこともあって、9月3日、熱海にちかい海の見える丘の上のホテルまで足を伸ばす気になったのである。その試乗記をわたしなりにまとめてみよう。そして、明日(9月6日)から、R35 GT-Rと暮らすために、横浜の日産本社へ赴かねばならない。
77歳の挑戦、と題して始まるレポートを通して、実は「面白くてタメになる」クルマ評論を書き出した男、水野和敏と彼の傑作であるGT-Rを凝視したい、そう思い立ったわけだった。
ブログ一覧 |
77歳の挑戦 | 日記
Posted at
2013/09/06 01:57:44