〜週刊現代連載小説『新 青春の門』と結ばれる一本の糸〜
今にも暗い空から白いものが舞ってきそうだった木曜日の夕刻、つまり2月9日にいつもの年より早めに厄介な「確定申告」を終わらせることができた。この10年を、お世話になっている「青色申告会」で、始めから指導・担当を受け持ってくれたMさんは往年の(?)ベストカー愛読者で、手続きの終わったところで、こう訊ねてきた。
「今年の仕事始めとしてベストカーへ行って、かつて連載中の『疾れ! 逆ハンぐれん隊』に夢中だった読者あてに、電子書籍の『Premium版』ができるので紹介してと頼み込むつもりだ、と「みんカラ」で予告してありましたが、あれはいつ掲載されるのですか?」
「ありがとう。そこまでご存知とは! 明日発売の3月10日号です。どんなページになっているか楽しみにしていてください」
嬉しいじゃないですか。その上、赤いスイフトRSで佐倉まで行ったのもご存知だった。そんなこともあって、心待ちしていた2月10日、そのオープンする時間を見計らって、駅までのだらだら登りの坂道を、この日は明るい日差しに包まれながら弾む足取りで駅前書店へ……。
この書店にはクルマ関係の専用棚があるのが嬉しい。目勘定で5冊の「ベストカー」が積んであった。表紙には「新型SUBARU XVカタログ」のタイトルが派手に謳ってある。『SUPER SPY SCOOP』という懐かしい嗾しかけ見出しが、ペラペラとめくったカラーグラビアの扉ページで躍っている。そうか、正式発表は4月6日か。で、こちらの手は勝手にページをめくる。
活版の見開き144〜145ページで、ピタリと止まった。右がフジスピードウェイの開設50周年記念イベント(3月12日=入場無料)『富士ワンダーランドフェス』の告知で「歴史が、伝説が、ここによみがえる」と呼びかけている。そして左側で……。
ベストカーガイド時代の人気連載
30年の時を経て電子書籍で帰ってきた!
疾れ! 逆ハンぐれん隊 五木寛之
本誌初代編集局長:正岡貞雄が電子化実現
OH! ビューティフル! 本文の文章も配慮が行き届いている、というより率直な、その頃の空気で育った人でなければ書けない想いが、そこに弾けていた。
ミハル&ジロー、名車バトル
手に汗握ったコーフンが再び…
長年ご愛読の皆様には懐かしいタイトルでしょう。本誌がまだベストカーガイド時代だった‘85年7月、月2回刊を記念して始まった連載小説が、五木寛之先生の痛快カーアクションロマン『疾れ!逆ハンぐれん隊』である。
わたせせいぞう先生のイラストを表紙とした単行本、文庫本も当時、トレンディで話題となった。若き日、興奮しながら読んだ方も多いと思う。
そして30年の時を経てついに電子書籍となり、気軽にiPad、タブレット、スマホなどでも読めることになった。
電子書籍の実現には、本誌初代編集局長の熱い想いと奔走があった。
そんな前置きをしてくれたところで、五木さんの「読み出したらブレーキが効かなくなる」この小説に加えて、パートごとに登場するクルマや著者お気に入りの車を中心に文化的背景などを語る、徳大寺有恒氏、黒澤元治氏、初代編集局長とのトーク集が入り、各章扉ページにはスタイリッシュな写真が入り、付加価値が高いのである、とまで紹介してあるではないか。
そして、感激的なトドメを。この電子書籍の配信元『ぽらりす e-Books 名作ガレージ』(コンテン堂モール専門店)に簡単に「訪問」できるQRコードまで掲載してくれる心配り。このベストカーからのラブコール=恋歌にわが心はジーンと熱く震えてしまった。それは創刊以来、ベストカーへの協力を惜しまなかった五木さんへの感謝の念が、今もなお、ベストカー編集部に醸成されている証しでもあった。
当然のように、1冊をピックアップした。でも、まっすぐレジへ向かったわけではなかった。もう1冊、買って置きたいものがあった。オンセール中の週刊現代(2月18日号)である。五木さんが23年ぶりで再開した『新 青春の門』の第九部『漂流篇』も第3回目に……。そのスタートした第1回については、すでにわたしの『みんカラ』では、こう触れてあった。
———−いよいよスタートした第九部『漂流篇』。舞台となる場所はシベリア。
それに備えて、改めて第八部『風雲篇』を書棚から取り出している。物語は、裏ルートに便乗して渡ったシベリア・ハバロフスクから馬に乗ってイルクーツクを目指す信介が、同行のロシア娘との「熱い渦巻き」にのめり込むシーンでフリーズしている。だから、五木さんがどんな書き出しを用意してくれたか。ドキドキしながら『週刊現代』の活版ページ、100P目を開く……。
『バイカル湖への道』という小見出しタイトルのついた見開きページの左側から、いまの「時代の寵児」SUVまがいのクルマが、崖際を右回りしながらこちらへむかって疾走してくる。嬉しいね。いきなり、ソ連製の4WD車、ワズの登場だ。今回の書き出しも、クルマからはいっている。五木さんの得意技の一つである。次回は、このワズ450Aがなぜこの物語を牽引していくのか、からはじめたい。(この項、つづく)と。
この「次回」に書き継ぐために「第3回」を購入しようとしているのだが、その前にちょっとばかり驚いた出来事があったので報告しておきたい。実はその準備のためにGoogleで「ワズ450A」を検索すると、そのトップに、わたしのアップした「五木寛之『新 青春の門』がスタートした日」が収まっているではないか。
それはそれで光栄なことだが、こちらの目的は別にあった。たしか、かつて小沢コージ君が「ワズ試乗」のレポートがあったはずだが、と検索するつもりが、いきなりこの出来事。悪くないね。で、その結果は?
右往左往してやっと探し当てたのがこれ。
『走るシーラカンスに試乗 ロシアが作るバン、UAZ』(小沢コージ)

PHOTO BY 中野英幸
これはみんカラの本家にあたるCarviewの編集記事欄(2011年9月22日)所載の得難い読み物となっているので、ぜひ
こちらへどうぞ。
第3回目は「さすらい人」の小見出しのついたもので、こんな「あらすじ」付きではじまっていた。
1961年、夏の終わりのシベリア。足を負傷した伊吹信介はドクト ル・コジヤーエフの世話になっていた。KGBの検問をドクトルの機転で突破した信介たちは、バイカル湖へ向かい車を走らせる。
さすらい人(びと)の歌
検問を無事にくぐり抜けたことで、信介はようやく落ち着きをとりもどした。さっきま でドクトルにきこえそうなくらいに、心臓の鼓動がはげしく高鳴っていたのである。
ひと安心したせいか、急に眠気がおそってきた。四駆の太いタイヤから、リズミカルな振動が伝わってくる。信介はいつのまにか、しばらく居眠りをしていたらしい。
信介は夢を見ていた。幼いころ、父の伊吹重蔵に背おわれてボタ山の山裾を駆けている夢だった。
赤い香春(かわら)岳が見える。タエの白い顔が迫ってくる。
〈待たんかい〉
と野太い声がした。筑豊の新興やくざ、塙竜五郎の声だった。
いつのまにかおぶわれている相手が、父親から義母のタエに変っていた。二人は小高い 丘の上にいた。目の下に炭住と呼ばれる炭鉱労働者の住 宅が見えた。住宅というより長屋 といったほうがいい粗末な建物である。そこが信介の生まれ育った 筑豊の土地だった 。 遠くの道を、白い花輪と黒い人影が見える。その行列はボタ山の下を、ゆっくりと進んでいく。
(あれは、なんばしよっとね)
信介はタエにたずねる。
〈骨噛(ほねか)みたい〉
〈 ホネカミ?〉
〈 ああ。骨噛み〉
〈 骨ば噛むとね〉
タエはしばらく黙っていたが、ぽつんと言う。
〈落盤事故で、人が死なしたと〉
信介はなんとなく恐ろしくなって、タエの白い肩に顔をうずめる。タエは化粧をしていなくても、なぜかいい匂いがした。
「 おい、イブーキー」
耳もとで呼ばれて、信介ははっと夢から目を覚ました。
「 あれがバイカル湖だ。見えてきたぞ」
「 バイカル湖――」 信介は目をこすって、ドクトルの肩ごしに青く光る湖面をみつめた。
(これがバイカル湖か)窓をあけると、冷気が勢いよく吹きこんできた。思わず胸が高鳴るのをおぼえた。信介にとってバイカル湖は、憧れの湖だった。
一九五〇年代の学生たちにとっては、パリのセーヌ川よりも、カリブの海よりも、シベ リアのバイカル湖のほうがはるかに心をそそる神秘な存在だったのだ。
☆ ☆ ☆ ☆
フウっと一つ、大きなため息がでた。「ワズ」については、「四駆の太いタイヤから、リズミカルな振動が伝わってくる」と、主人公が眠りの世界に落ちてゆく舞台装置に使われているだけだったが、早々と心の拠りどころである「ふるさとの山」が登場してきたのに驚いていた。
五木さんは最近のインタビューで「主人公が29歳で筑豊に帰った時が、この物語の終わりだと思っている。ふるさとの山と向かい合う峠から、彼のふるさとを見下ろすところで」と語っているが、その布石が始まっているな、と感じ取ったからである。
ともかく、クルマをメディアとして物語を動かす、この小説書きの名手が、その時、どんなクルマで伊吹信介が香春岳と向き合わせることになるのか、今から楽しみにしている。
その辺のクルマたちとの絶妙な絡みこそ、実は今回の電子書籍PREMIUM版の中で、改めて「五木ワールド」として構築したところに満載しているつもりなので、ぜひ機会を作って味わっていただきたい。
*こちらへどうぞ
たとえば『メルセデスの伝説』(講談社刊)では、アウトバーンを、メルセデスの黒い280Eが、デュッセルドルフからフランクフルトを経由して、シュツットガルトヘむかってぶっ飛んでいくところを、徳さんたちと語り合う。さらに五木さんが1985年(S.60)に単行本化した『風の王国』(新潮社刊)は、主人公の駆るメルセデス300GDがパトカーに呼び止められるスリリングな場面で書き起こされるシーン。
――背後でスピーカーの耳ざわりな声がひびいた。ミラーのなかに赤いライト
が点滅している。
「品川ナンバーの白い車、左へよって停止しなさい」
速見卓はブレーキをふんだ。さっきから追尾してくるパトカーに気がついては
いたのだ。だが止められる理由がわからない。
〈まずいことになったぞ〉
それらはPREMIUM版のPart3『闇の巨宝を奪回せよ』編に収録されているのを、ぜひ知っていただきたいし、今後も手がけていく Part9以降も、ハワイでのスープラ(セリカXX)や、フェアレディZX Turboの試乗記や、五木寛之vs,わたせせいぞう対談など「宝の山」を公開してゆきたい。ベストカーからの「恋歌」に励まされながら……。