
マカオGPの白熱した魅力を、はじめて熱っぽく説いてくれたのは徳大寺有恒さんだった。
TV録画でその模様をみて、度肝を抜かれた。ヨーロッパのヤングタイガーたちが、大挙して出場していて、本場以上のドライビングを見せてくれるF3レース。壁やガードレーをまったく気にしない強烈な走りだ。ホイールが壁に接触して火花が散る。
*マカオGPの華、F3レース( photo by T.Kitabatake)
ミラージュCUPも凄かった。クラッシュの連続だし、6.1㎞のコースの難易度をどう説明すればいいのだろう。だからこそ、いつかは自分も走りたい、いや87年こそ、マカオを走ってやる。周りに、そう宣言してしまった。が、マカオのミラージュCUPに自力で出場できるのは、シリーズの5位だけで、あとはジャーナリストと外国選手の招待枠しかない。ならば、ジャーナリストとして、1年間をミラージュCUPで活躍して、招待されるしかない。
動機なんて、その程度のもの。男は狙ったものにこだわるかどうかで価値が決まる!
そんな勝手な理屈を並べて、1987年は、全レース(エキスパート6戦、フレッシュマン5戦)、つまり11戦も、強引に出場することにしたのである。
と、ここまで書き綴っていると、3月23日に開かれる『ミラージュCUP同窓会』の幹事・久保健さんから、参加メンバーの中間報告がはいった。当初、30人も集まればいいね、と言っていたのが、すでに倍以上に膨らみそうな気配である。ただ、フレッシュマン組からのレスポンスが、いささか弱くはないか。そこでひと言、メッセージを送る。
*そのころ、三菱ダイヤトーンのCMに登場した辻村クン
*フレッシュマンデビュー戦から結構一緒に走った⑱照沼選手。
「辻村寿和、照沼毅さんら、フレッシュマン組に声をかけましょうか?」と。すると、わたしの「セピア色の記憶」の舞台で、懐かしい若武者たちの走りっぷりや、その顔が躍動しはじめたのである。
そんな時、役立つのは、書庫でねむっているベストカー誌である。1987年4月26日号で、見開き2ページをもらって「フレッシュマンシリーズの開幕戦」筑波サーキット3月14~15日)をレポートしていたのである。
題して『腕自慢の若武者たちとの大バトル!』
「クルマは速くなり、エントリーも過熱。タダじゃすまない予感がした!」と、ご丁寧にもサブタイトルまでそえて、わたしの不安を煽っていた。
――エントリーリストを受けとって驚いた。出走予定35台。前年の緒戦が17台だったから、その盛り上がりようは大変なもの。次にメンバーをみて、腰を抜かした。いる、いる!腕自慢の若武者がズラリと顔を揃えている。
*EXAのチャンプとなってステップアップした田部靖彦
*IWAKIレーシングチームからの松本和子。どうして中谷が背後にいるのか
④田部靖彦は富士フレッシュマンEXAレースで圧倒的な速さでシリーズチャンプとなった26歳。⑭鈴木淳も田部と同じRS中春軍団で、EXAのシリーズ2位。㉕橘田明弘はダート王者のひとりだし、㉘金子繁夫は音に聞こえたラリースト。
*その金石選手もいまやレジェンド・ドラーバーのお仲間に
最年少は18歳の㊳金石勝智。どこか聞き憶えのある名前。おっ、そうやった。関西のカートチャンプで、自動車免許を取得する前からFJ化RJかのマシンが用意されているとかで話題をよんだ大阪のシンデレラボーイやないか。
②山本泰吉はミラージュ使いの名手、伊東清彦の愛弟子だし⑥伊藤勝一と61堀正義は筑波で鳴らしたホープさん。さぞかし大張り切りしているに違いない。決勝に出走できるのは25台。となると10台が予選落ちの憂き目をみる勘定だ。はたしてドン亀51歳がそんな連中を相手にしていいものだろうか。
それにしても、と思う。どうしてこんなに有望なステップアップ組がミラージュカップのフレッシュマンにどっと殺到してくれたのだろう。
まず、賞金がズバ抜けているのも確かだ。優勝すれば20万円だし、全5戦のチャンプにでもなれば50万円のボーナスがつく上に、マカオGP観戦の招待まで用意されている。が、その恩恵に預かれるのはごく一部に限られる。そんなことより、要はミラージュカップそのものに魅力があるからだろう。まずフレッシュマンで腕を磨いて、次に同じマシンで上のクラスに挑戦する。そこは名だたるツーリングカーの猛者たちの火の出るような闘いの場。そこに身を置いた己れを想像するだけでも、若者ならずとも、男の血が騒いでしまう!
*日芸に籍を置く⑦中林香は1戦ごとに速くなっていった
こんなに面白くて、夢のあるカテゴリーが、ほかにあるだろうか。おっと失礼、女性ドライバーも3人いる。前年から引き続いて出場の⑦中林香は日大芸術学部に在学中だし、⑩井上弥生はGCドライバー中村誠が、手取り足取りして特訓中の恵まれた環境のお嬢さん。そしてもう一人が㉚松本和子。「わたしもレースがやりたいよゥ」と、5年前からわめいていたタレントさんだが、去年、GOLFポカールレースにデビューして本懐を遂げたのだが、ついにわたしの後を追って、ミラージュに転向。これまた、あの岩城滉一がつきっきりで、ああだ、こうだと心配してもらえるシンデレラ姫。ともかく、かくも燃え上がった開幕戦。タダじゃすまない予感がした。
噂によれば、87モデルミラージュは、旧型に較べて戦闘力が格段にアップしたという。筑波で2秒近くは速くなったとか。ホントかね。ならばこちらも、87モデルにチェンジしておいたから、こりゃ1分10秒台が夢ではなくなったぜ。
ワンデイレースの<87筑波チャレンジカップ>。運よく前日からの雨もあがって、路面はドライに近かった。予選開始は午前9時20分。2台が欠場して33台が順次コースインした。
わが⑫ベストカーミラージュは快調そのもの。計測の始まった1周目から11秒台をマークしたとピットが知らせる。前が詰まって、いったんは12秒台にドロップしたが、㉚松本、顔馴染みの⑱照沼毅、栃木からデビューした83並木松雄をパスしてからは、もう破竹の勢い。苦手のダンロップ下のコーナーは、テールが左に流れようがマシンのほうが勝手に立ち直ってくれるし、最終コーナーも思いっ切り奥まで進入してしまう。こんなことってあるのかなぁ。
予選終了。夢の10秒台は間違いなし!
今回から面倒をお願いしたホリエ自動車の田代メカ(一見ミュージシャン風のいい男だぜ)がラップチャートをヒラヒラさせながら駆け寄ってくる。この一瞬が嬉しいんだよね。コースとピットと離れ離れになって一つの目的を達成しようとするサーキット戦士の安息と連帯。
「やりましたよ!」
その一言で充分だった。
「予選落ちはないよね」
「もちろん。10秒台を2度マークしていますから」
「よかった。ともかく、ぼくの腕じゃないね。マシンが勝手にきれいに行ってくれる。87モデルはボディ剛性が高くなったことと、ミッションが変則の5速でなんなったことで、フィーリングが抜群によくなったものね。だからほかの連中はもっといいんじゃない?」
その予言は不幸にして的中する。正式の予選結果が発表されてみると、9秒台が8人、10秒台が6人もいた。で、いつもの定位置の13位に、10秒75のわたしがいた。なんと予選カットラインは11秒88。去年までのわたしのベストタイムが12秒6だよ。このあとの決勝レースはどうなることやら、思いやられた。
そこへ、トコトコ、新参フレッシュマンが挨拶にきた。カーマガジン仲間の『オプション』から出走した桂伸一(正岡註:あのコボちゃんとの初対面だった)である。顔に似合わず、憎いことをいう。「こちらは旧型マシンで走っていますから」と。なるほど新型で走ったわたしより1秒近く速い。そのことをわざわざ、言いに来たのか。
開幕第1戦の栄光のポールシッターは、1分9秒83の③福井守生。86年最終戦の覇者である。スタートは丁寧に行きすぎた。青ランプが点灯したのを確認してから、クラッチをつないだのでは、出遅れるのは当然。第1コーナーはアウトから。特に混乱はなし。狭いS字を両側からライバルたちにつつかれながらも、無事通過。第1ヘアピンでいつの間にか18番手スタートからわたしの前に飛び出していた⑦中林が、㉖高橋明彦と絡んでスピン。さらにダンロップ下で、⑭鈴木淳がコースアウト。そのあおりを食って、トップ集団と10位あたりで団子になっていたわたしのグループとの間に大きな差ができてしまった。
周回が進むにつれて、戦線が膠着した。③④②が熾烈なトップ争い。少し遅れて、常連の㉗長島秀夫ら7台が続く。2秒遅れで⑯藤川基生と㉘金子。そこからさらに3秒遅れてわたしを先頭にした第2集団が……。
そんなレース展開が、走っているわたしにわかるはずがない。後日、手元に届いたVTRで、わが師ガンさんと報告代わりに観戦して把握したにすぎない。
「なんですか、局長! 折角、集団の頭に出ていながら、前に追いつかないじゃないですか。本当なら、前のマシンは先行車に邪魔されて、ラップタイムが落ちるから、追いつけるはず」
ガンさんの雷が落ちた。そうなんだ。背後からしきりに仕掛けてくる⑮お馴染みの鈴木の哲ちゃんは抑えたものの、どうしても前との差が詰まらない。
「うん、コーナーの抜け方は舵角を当てたまま、滑らかに出ているからマル。ダメなのは入り口! タイヤをロック寸前にするくらいのブレーキングの突っ込みが欲しいね。まだ優しすぎるのね」
わかった。次戦(5月24日/筑波)のテーマができました。かくて、13周目のヘアピンで目の前を行くマシンがエンジンをブローさせ、その振り撒いたオイルに乗ってとっちらかり、⑮に抜かれたのを除けば、精一杯にやれて、いい汗をかいた開幕戦であった。(参照資料・ベストカー87年4月26日号)
改めてレース結果を見てみると、予選3位から出た④田部靖彦は2位に。トップ②山本泰吉とは1,6秒差。コボちゃんは5位、⑰辻村は8位、⑱照沼はエンジントラブルで予選落ちしていた。㊳金石勝智は予選の1周目で最終コーナーをしくじり、フェンスに張り付いて、息絶えていたのを思い出す。
それから26年、そのころの若武者たちとも「同窓会」で逢える。どんな年齢をかさねてきたのだろうか。そこからまた、新しいことがはじまるといいのだが……。