
BMW車のモデルコード、以前は元が同じなら標準車だろうがMだろうがモデルコードは一致していたのだが、2010年代半ば辺りから別のモデルコードを名乗るようになってきた。
5シリーズならF10までは標準車とM5でモデルコードは一致していたが、G30系からは別となりM5は「F90」と同一モデルなのにF世代のモデルとG世代のモデルが混在するように見える形となった。
現行型も引き続き標準車が「G60(ワゴンはG61)」、そしてM5が「G90(ワゴンはG99)」と別コードを名乗り、今度はMの方がモデルコードが大きくなった。
まあだからといって根本からベースモデルと設計が違うのかというとそういうわけでもないのだが。
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そもそもM5というモデルはE28の頃にワガママなオーナーのために作られたエグゼクティブエクスプレスという趣であり、アウトバーンをかっ飛ぶような使い方はまさにお誂え向きなのだが、サーキットやレースで走らせてどうこうというような面は元より薄い。
なので初期の頃はモータースポーツのMに対して、そのイメージに乗っかりたいお金持ちのための超高級車として企画された面があるので特注車然とした部分が強く、1台ごとに細かいオーダーに応えて生産されていたので、例外的な個体も多く決まった仕様というのがほぼ無いような状態だったという。
そんな出自のせいなのかM3と比べると特別仕様車などの設定も少なく、自分が認識している限りではカタログ上にいかにも購買意欲をくすぐるようなバリエーション違いが登場し始めたのはF10後期からで、それ以前は豊富なオプションとBMW individual(特注オーダープラン)で好みの仕様を作り上げる車、要するにメーカーはベースだけ用意してあとはオーナーのセンスが強く問われる車という趣が強かったように思う。
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現行型のM5は先代まで採用されていたS63型エンジンの改良版のS68型V8・4.4リッターツインターボエンジンにプラグインハイブリッドを組み合わせ、総出力727馬力と1000Nmという途方も無いパワーを発揮し、それを全輪駆動で地面に叩きつける。
かつてならば500馬力すらスーパーカーでもさらに上澄みくらいの車にしか許されなかったパワーなのに、今やモデルチェンジごとに100馬力くらい上乗せされるのは当たり前、スペシャルモデルとはいえ一介のセダンが700馬力を超えてくる時代である。
またかつてのM5はEセグメントに位置するビッグサルーンでありながらMTしか設定が無く、パワーアップにも過給機を拒否する時代が長く続いた一種のカルトカー的存在でもあったが、今やその面影はどこにもなく、ひたすらライバルのAMGなどと最速セダンの座を争って手段を問わず恐竜的に進化する車になってしまった。
最も車重もセダンで2400kg(先代比+460kg)に達しているので、実はパワーウエイトレシオで計算すると先代F90には負けている。
しかも当然ではあるが727馬力というパワーはモーターパワーも足しての数字であるので、バッテリーが切れてしまえばこのパフォーマンスは発揮できない。
同じプラグインハイブリッドの330eでも思ったのだが、とにかくプラグインハイブリッド化することによる重量の増加が著しいし、エンジンで大きなプラグインハイブリッドのバッテリーを十分に充電するのはかなり難しいので、出発前に常にバッテリーを充電しておけるマメさが無いと十全なパフォーマンスが出ずむしろ重量増加の負の一面が強く感じられるわけなので、実際のところ「めんどくさい車」である。
BEVのようにライフスタイルの転換を強要されるのならばまだしも、プラグインハイブリッドはなんとなく以前の感覚でも付き合えてしまうところがこの辺りの問題をより複雑にしている。
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とはいえ今のご時世から考えれば、全輪駆動であればBEVの世界観は車に興味がないような素人が何気なく乗るようなグレードですら何故か400馬力とか500馬力クラスの超パワーを当たり前のように与える世界である。
ならばこの車が開発されていた当時の世相を考えれば今度のM5はスッキリとBEVモデルにしてしまった方がよかったのではないか?と考えることがある。
にも拘らず、プラグインハイブリッドというEV的なステータスでもそれなりの性能を与えられる機構まで採用してなお、V8ツインターボのICEとしても十二分なパワーを発揮するユニットを搭載したのか。
もしかしてこれは気難しい職人集団的なMはクラシックな内燃機関重視の車を望み、対するBMW本社が当時全社を挙げて邁進していた電動化を重視する車作りを望み、どちらも一歩も引かなかったことによる折衷案ではないかということである。
要するにポジティブな意味ではなく、半ばネガティブな意味を含んだ結果ではないかと思うのだ。
でなければこのような恐竜が大量絶滅期を生き延びた末に更に進化を続けている──というような車にはならないと思うのだ。
現にAMGも同じプラグインハイブリッドであるが、こちらは本社側とAMG側の仲がいいのかお上品にエンジンの方はダウンサイジングしてEV色の強いパッケージングを選択した(そして評判が非常に悪い)
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乗り出してみると、やはり乗り味が大変に優しい。
絶対的なバネの硬さとか節々にはハイパースポーツクラスの片鱗は見えるものの、以前のような常に人と車と路面とが格闘するようなゴツさみたいのは全く消えていて、ドライバーには軽い操作とハーシュネスを全く感じさせない快適さを提供し、車自体も路面と対話するようにひらひらと走り回る。
ダンパーとかの設定を変えても以前と比べて車の性格の変化幅が小さい。
そういう意味でもシャーシ側は全体的に大幅にレベルアップしている。
最初727馬力2400kgオーバーの重戦車と聞いた時には果たしてこんなんマトモに仕上がってるのかと思ったけれども、ちゃんとMらしい低速から高速まで一貫したドライブフィールで、ドライバーに正しい走行状況を安定して伝えてくる感じは変わらないし、少なくとも短時間の逢瀬程度では全く破綻は無いので安心して欲しい。
むしろ以前よりユーザーフレンドリーになった操作系のお陰もあって非常に軽快に走ってくれて本当に乗りやすい。
ただ車重を感じてしまったのはやはり加速。なんか遅い。
実際のところパワーウェイトレシオで言えばM5はE60の頃から大きくは変化しておらず、相対的な動力性能という意味では実はここ20年くらいは大きな進化が無いような感じなのだが、そうだとしてもG90はフル加速しても目も体も加速に追いつける感じで、絶対的な速さはともかくとして刺激的な走りを期待すると全くそういうのが無い。
まあ四駆なので安定しすぎていて遅く感じる方なのかもしれないが、やっぱり重いというのはどれだけパワーを上げてもカバーできない何かがあるようだ。
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あと常に実音電子音いずれかのエンジン音(らしきもの)が響いてるせいか最初は気づかなかったが、バッテリーが十分に残っていると明示的にモーターを使えと指示しなくても街中レベルではほぼEV走行をしている模様。
最初乗り味自体はF10よりも数段おとなしいのに、シフトポイントだけはえらい引っ張るなと思ってたらどうもただの「演出」だったという。
きっとジャークの塩梅なんかを意図的にエンジンに合わせてあるんだろうな。いわゆるBEVの自然とは違う意味で違和感がなく、Mだし普通にエンジンで走ってると思ってた。
街中を走る程度だとモーターだけでもかなりパワフルだし、ハイブリッドだから必ずしも必要ではないけど、なによりモーターが十全に使えないとF90はおろかF10にも真っ直ぐは負けそうな車だから、やっぱりお出かけ前は充電しておかないとこの車の魅力を100%引き出せないんだろうな。
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なんだかんだいって今もステレオタイプなBMWらしさを味わいたければMになるんだろうなという感想。
G90でも昔のBMW、ひいてはMより薄味にはなっているけど、G60の軽くて快適だけど何の車に乗っているのかよく分からない味の薄さと比べれば、同じ車を元にして十分車の個性は出ていると思いますゆえ。
まあそもそもF世代だと分かりやすいBMWらしさは薄くなったけど、その反面新しいBMWの世界観を作ろうとしているような雰囲気もあったから、あれはあれでいいものだったと思うけど、G世代は押し並べてなんかF世代の車作りを曲解しているというか、上辺だけしか捉えていない気がする。