
国内では初めてとなる完全電動、つまりBEVミニバンモデルである。
最も実は本国では2022年にはすでに登場しており、日本へは3年遅れでの導入となった。
どうやらフォルクスワーゲン日本参入75周年記念の目玉という立ち位置の模様である。
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正式発表は1カ月ほど前、で出荷が7月下旬からと広告されていた手前、展示車自体は先週~先々週辺りから一斉に導入になっていたのだが、試乗車となるとここ数日のあいだにようやく1台展示車だった個体から下りてきたって感じで、それを求めてちょっと見に行ってみた。
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フォルクスワーゲンIDシリーズはいわゆるVWのBEVシリーズに付けられる名称であるが、Buzzは「バズ」と呼び、これはいわゆる「バズる」と同じ意味の言葉であると同時に、かつてのフォルクスワーゲンの象徴的なモデルであったタイプ2(ワーゲンバスとかサンババスなどと呼ばれているモデル)のオマージュであることも兼ねているものと思われる。
実のところ、このタイプ2の系譜となるモデルは散発的に日本にも導入されており、直近ではヴァナゴン(T4)が30年ほど前に短期間導入されていた時期もあったが、このシリーズは基本的に商用車であるのでT5以降のシリーズは導入されておらず、VWのミニバンはシャランやトゥーランなどの乗用モデルベースのものが主体となっていた。
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で、実際乗ってみての感想であるけれども、これは単にタイプ2(初代T1)のオマージュであるだけでなく、実際にタイプ2の系譜に連なる由緒正しいフォルクスワーゲン製のワンボックスモデルと言える。
実際のところT7という正統な系譜のモデルも別に存在しているのだが、これはこれで箱型の車としてはきっちり作られており、実用車としての素養も極めて高く感じる。
まあ、大型バッテリーを床下に搭載する関係上、フロア高がかなり高くなっており、乗り込む感覚なんかはE51のエルグランド辺りを彷彿とさせる感じなので、一応ステップは付いているものの乗り降りのしやすさとかそういうのまで求めるとかなりきつい。
その代わりシャラン辺りで見られた「確かに見てくれはミニバンなんだけれども、乗用車プラットフォームの影響が色濃く出過ぎていて、ミニバンというにはちょっと異質な感じがする」という面も解消されていて、パッケージングは全方位に正統派のミニバン/貨物バンである。
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しかしながら、本体価格は900万~1000万前後というかなりの高額車あるのだが、この本体価格には高コストな電動プラットフォームのコストが恐らく数百万単位で乗っており、単純に今の価格の車として捉えるとあまりに質素である。というか、商用車として素性があまりに強く出過ぎている。
ミニマルと言えば聞こえはいいが、テスラのように信念を持ってミニマル化しているのではなく、単にフォルクスワーゲンがいつもの貨物車をいつもの調子で作ってしまったという感じで、見た目は確かにカラーコーディネートはボディカラーは2トーンカラーを前面に押し出していたり、白基調のインテリアだったりとおしゃれではあるのだが、おしゃれだけで乗るのに1000万はだいぶ御大尽な感じ。
単純に1000万の車として考えるのなら必要な装備は全部あるが見た目以外に所有感を高める余計な要素は一切無い。
ちょっと前のBYDみたいなちっちゃい液晶ディスプレイに素っ気なく描画されるだけのコンビネーションメーターというのもかなり寂しいし、ショートボディだとこれだけの車格でツインエアコンがオプションだったりする。
正直ICEだったらこれは700万取れるかどうかだろうな、というレベルである。
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走行性能という点で見ると、まず今回乗ったProロングホイールベースは車体のサイズ的にはアルファードと同等であるところに航続550kmを実現するバッテリーを積み込むBEVとしてパッケージングされているので、なんと車重が2700Kgを超える(2720Kg)。
そこにいくらBEVとはいえ最大トルク560Nmの単速ギアではかなりきつそうなイメージがあったのだが、これが意外に初速から結構パワフルに出る。
初速からスロットルゲインが高い設定になっており、ジャーク制御で均すというような感じもあまりしないので、いわゆる昔のトヨタアクセルのようにちょっと踏み方が粗くなるだけでドンと出る風味。
さすがにゼロ回転から最大トルクが出せるモーターの特性は舐めてはいけないということか。
なのでこういうのを嫌う人もいると思うが、街中では普通にパワフルに快適に走ってくれる。
ギア比的にもBEVとしてはかなりローギアリングなようで(1次2.519×最終3.895。昔の4速ATの1速相当、或いは最近の7~8速ATの2速相当)、これも初速が出る要因になっていそうだ。
その代わり最高速は140kmくらいに制限されるようで、高速電費もかなり悪いらしく、重い車重をリカバーするために色々工夫をしたら遠乗りに向かない車になってしまったという感じのようだ。
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乗り心地はまさに重い車重と低い重心の安定感を存分に活かしたソフトでありながらフラット感に富んだもので、アルファード辺りと勝負してもがっぷり四つの素晴らしさ。
ドライバビリティの高さも然ることながら2列目以降に座るパッセンジャーにも喜ばれそうな乗り心地。
そういう意味ではまさにパッセンジャーカーとしてお客様などを送迎する車としてはものすごく高い資質を持っていると思うのだが、それだけに日本のミニバン以上にドライバーを運転手さんにしてしまいかねない、いわゆるパーソナル感に欠ける作りは大きな弱点であると思う。
要するにはこれ一人で乗るにはつまんなそうなんだよ。アルファードと違って。
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トータルで見れば、ニュービートル以来のフォルクスワーゲン製パイクカー。
それも確固たるヘリテージを持っているメーカーじゃないと作れない車であり、フォルクスワーゲンだからこそ成立する車でもある。
見た目はだいぶ歌舞いているけど、その実中身はしっかりしているから、合う人には合うとは思う。
ただ同車格・同価格帯のアルファードみたいな高級車としての資質には全く欠けるので、どうしても実質的に1ランク下の車と見ざるを得ず、単純にBEVな本格ミニバンが欲しい!という層に対しては、ヘリテージという要素でその高価格・大型を納得させるのはかなり厳しいものがあると思う。
また、BEVのミニバンってわりとみんな欲しがっているように見えて、各社非常に出方が慎重であるのもこの車を見ていると確かに分かってしまう。
まあレクサスにしろBYDにしろ、電動化に積極的かつミニバンにもそれなりに色目使いそうなメーカーに聞いてみても、ミニバン+BEVはパッケージングやコスト効率の悪さというものを大きな問題として捉えていて、そこを解決しないとマトモな商品にならないというのをまさにこの車は体現してしまっている。
実際、自分なんかもスライドドアミニバンのBEVには予てから大変な興味と期待を抱いている方なのだけれども、ID.Buzzは確かに要素だけ当てはめていくとぴったりくる車なのだけれども、細部を詰めていくとこれはちょっとなぁと思う感じの車である。
まあ単純にデカすぎる高すぎるが一番ダメなんですけどね。