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2006年07月05日

恩人 ラウノ・アルトーネンからみた240Z

恩人 ラウノ・アルトーネンからみた240Z





神業 240Zを華麗に操った男
http://carlife.carview.co.jp/User.asp?UserDiaryID=201397

それでは、当の ラウノ・アルトーネン は240Zをどう思っていただろうか?
やはり、企画室ネコに ラウノ・アルトーネン が寄稿した文章があったので引用してみたいと思う。。。
(途中要約して掲載)

240Z讃
THOUGHTS OF THE DATSUN 240Z

1970年、日産自動車は、国際ラリーのために240Zを準備しつつあった。この1月私は始めて240Zと出会う事になった。

日産モンテカルロ・ラリー・テストチームは、今フレンチ・シー・アルプスにあり、我々はこれから240Zで、ラリーが終わったほんの数時間後の実際のコースをフル・スピードで走行するテストを行おうとしていた。

240Zは見るからにスピード感があり、ノーズが長く伸び、フロントアクスルより前のオーヴァーハングの長いものであったが、それがサーキットでは有効でも、片側は岩壁で、もう一方には1000フィートの深さがあろう崖の曲がりくねった急で狭い、デコボコなアルプスの道を走るにはどうであろうか??と
私の様な職業のモノは誰しも疑いたくなる。果して、このクルマにどのくらい期待が持てるのか、格好だけよいのではどうしようもない・・・という思いが心を過ぎった。



私はシートに腰を降ろし、イグニッショションキーを回した。わずかにブルーの煙を出して6気筒エンヂンから確かな、力強いエグゾーストノートが響いた。
240Zが動き出した最初は大柄で重い・・という印象だったが、数時間の後には、私はその赤いクルマにすっかり惚れ込んでしまっていた。

一年後、私は12月から練習に入った。ラリーは1月開催なのだが、その頃には240Zは、私の身体の一部になっていて、右に曲がる時は、ただそう考えるだけでもう右に曲がっていた。

71年は結果として我々は5位に入賞した。

翌72年のモンテは更に順調に進んだ。大きな問題は何も無く、クルマは前の年よりも改良されていたが、パワーウエィトレシオが我々の競争相手と戦うには十分ではなかった。
それでも3位という栄誉を勝ち得たのは、日本人メカニックとドライヴァー達の万全な準備とチームワーク良さ、そして信頼のおけるクルマのおかげであった。

これらの全てが揃っていれば、クルマは無駄な停止をしなくてすむのだ!




ラウノ・アルトーネンは、73年になるとモンテでサファリで、実は我々DATSUNフリークに最高のショウもやってくれている。

モンテでは、トレーニング中に、ワークスポルシェと遭遇して、スタンディング競争をして何と勝ってしまった。
その時のポルシェの落胆は相当のものだったという。

さらにサファリでは、ポルシェと一騎打ちを演じ、最高速近くでポルシェを追い抜き、一端はタイヤのダメージを避けるために、ポルシェとも185Km/hまでに速度を落として走っていたが、コントロール手前でポルシェが、240Zを抜き返そうと猛然と加速すると、ラウノもさらに加速して、とうとうポルシェを突き放してしまったのだ!!

それはそうだろう・・・
当時としては、大きく重いと言われ続けていた240Zラリーだったが、73年からはさらに改良が進み、現代のマツダ・ロードスター並みのボディサイズで250PSを搾り出すようになり、重量だって1000Kgちょっと・・・と熟成がすすみ、最高のパフォーマンスを発揮する様になっていた。

実は240Zは当時最強のラリーマシンだったのかもしれないのだ。

ラウノとDATSUN、とりわけこの両者を巡りあわせた240Zとは如何に偉大であったか、僕はこのことをこれからも伝えてゆきたい。。。そう思うのだ。
ブログ一覧 | フェアレディ | クルマ
Posted at 2006/07/05 02:38:02

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この記事へのコメント

2006年7月6日 1:27
どんどん伝えてください。
久しぶりに胸がどきどきいたしました。
それ以上の言葉はありません。
コメントへの返答
2006年7月6日 9:21
240Zといえば、流麗なスタイルからラリーのイメージはなかなか無いのですが、実はそのポテンシャルときたら当時最強と言われてラリーマシンだったのです。

DATSUNは240Zで初めて高速ラリーのノウハウを得たとも言われています。

省みて現代は・・・そのDNAが途切れてしまいそうな危機感に僕はさい悩まされています。
だから、こういった史実を多くの人に知ってもらいたい・・そう思ってブログを書いています。
2006年7月6日 9:31
Zがラリー走ってたなんて知りませんでした!
しかし、Zの凄さもさることながら、このラウノという男、ただ者ではないですね・・・!!
注文付けるだけ付けといて結果を伴うことができず、言い訳ばかりする人間をたまに見ますが、この男はカッコいい!!

前ブログのセリフ、
「このマシンなら優勝は無理だが、良いところまで必ずゆける・・・」

・・・で、ちゃんと5位に入ってしまう・・・。
有言実行。僕の理想のタイプです!
コメントへの返答
2006年7月7日 22:21
初代Zがライーフィルドで活躍した事は意外に知られていないんですねぇ。。。
確かにあの低い車高やオーヴァーハングの長いロングノーズを見れば、にわかにラリーを走るなんて想像できない・・・と言うのも事実ですよね。

アルトーネンは、言われる様に言うだけでなく、それを現実にしてしまう本当に男らしい男ですよね。

実力が伴わなければ、ただの大口たたきなんですが、それを実行して実現する、その自信とテクニックは僕も理想とするところなんですが・・・

いやぁ。。言うはやすし行なうは・・で、ますますアルトーネンの魅力にはまってしまっています。。。

プロフィール

「後視 いやぁこんなに簡単なバックカメラがあったなんて!! http://cvw.jp/b/124785/23876370/
何シテル?   01/04 14:54
無類のクルマ好きで、日産車を愛してやみません。 徳小寺 無恒のHNを引っさげ、かつての愛車、ワインレッド・パール・ツゥートンのU14ブルーバードの話題を軸...

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