
僕のブログを長く読んでいてくれる方々は、覚えているかと思うのですが、僕の子供は 七つ のクスリで生きてきました。
治療法がないと言われる、ある病気に立ち向かうために、お医者さんが、治すことはできないけど、せめて病気の進行を遅らせる事が出来る筈だと、6歳の春から飲み続けていました。
生命 多数決で命の長さを決めないで下さい。
→ https://minkara.carview.co.jp/userid/124785/blog/29733898/
本当に毎日毎日、欠かさずに毎日飲み続けていました。
それがお医者さんも驚くくらい効果が出て、最初は10歳になるまでに歩けなくなって・・・と言われていたのですが、奇跡的に今年の夏までは、それは若干ですが不自由になってはいましたが、自分で立って、歩く事が出来ていました。
それが夏の終りくらいから、まっすぐ歩けなくなって、秋を迎える頃には、まったく歩けなくなってしまいました。
そして今。
一度牙をむいた病気は、考えられる理学療法やリハビリの数々を朝笑うかのように、立つことすらできない状況になってしまいました。
僕は、毎日、電車や駅のホーム、街を歩いていてボンヤリと周りを見てて思う事があります。
そこには、自分の子供よりはるかに小さな子供であっても、歩みは危なげでも、走ったり、階段を一段ずつ登る姿があります。
そんな当たり前の事が、僕の子供は、たった半年、いや3カ月で自由を病気に奪われてしまったのです。
子供を持つ親御さんなら、朝、目が覚めて、すやすやと眠る我が子の顔を見て、安らかな気持ちに、優しい気持ちになるでしょう。
それが、僕の場合は、今日も息をしているのか、ちゃんと起きて来てくれるのかって、心配で心配で、子供の顔に、僕の顔を近づけて、息をしているか、暖かいかって確かめる毎日が続いているんですよ。
いつか、この日が来るっては覚悟していたのですが、いざ、その瞬間がやって来ると、色々な思いが頭をよぎります。
どこの親子より、いや、もっと考えてみれば、世界中の親と同じように、優しい目で子供を見て、同じように抱きしめて、同じように頭を撫でてやって、同じように歩いて、同じように同じ時間を過ごしていたのに、なぜって。
どうしても信じたくないのですが、今の状況だと、あと半年もすると、上半身の自由も奪われてしまうかもしれません。残念ですが。
この急激な病気の進行を遅らせるために、お医者さんやたくさんの人が、今、知恵を絞っています。
このクスリは効くのだろうか、このリハビリで刺激を与えればと。
でも、そうした人間の努力をあざ笑うかのように、毎日のようにできないことが増えて行くのです。
僕は街で子供たちに目が行ってしまいます。
普通に歩けて、普通に走って、普通に階段を、坂道を歩く姿を見て、何が、悪くて、何が僕の子供に、そうさせているのかって。
僕は信じていなかったのですが、小さい子供には、生まれてくる前の記憶があると言われています。
実は、僕の子供も、ようやく言葉が話せるようになった頃、こんな事をカタコトの言葉で話してくれました。
ボクハ、オソラノ、ウエカラ、オトウサント、オカアサンヲミツケタンダヨ。
オトウサント、オカアサンヲミテ、オトウサント、オカアサントダト、タノシイダロウナッテ、オモッテ、ウマレテキタンダヨ。
それが本当かどうかは分かりません。
でも、きっと病気の事も含めて、僕たち夫婦だったら、受け止めてくれるって感じて、僕たち夫婦の元にやって来てくれたのかもしれません。
正直、しんどいですよ。
毎日、雨の日も、風に日も、暑い日も、寒い日も、カミさんは子供と一緒に、電動クルマ椅子なのですが、通学の時、付き添いで通うという条件で、学校の中でも介助員さんを置く、普通の中学校に通うという事ができています。
まだまだ中学生なのに、生命のタイムリミットを考えながら生きて行く、本当に辛いモノです。
そんな時、あの時の子供の言葉を思い出すんです。
「オトウサント、オカアサントダト、タノシイダロウナッテ」
こんな不自由な身体になっても、不思議と子供の顔から笑顔が無くなった日は無いのです。
きっと、僕たち夫婦とのかけがいのない時間を、楽しんでいるのかもしれません。
正直、もっと辛い現実を突きつけられる日がやって来るのでしょうが、せっかく、僕たち夫婦を選んで生まれてくれた命です。
新しい治療法、新しい何かが起きる事を信じて、これからも親子三人で歩んでゆこうと思うのです。
あきらめないで。
Posted at 2016/12/11 08:44:19 | |
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