
皆さんは江ノ電に動態保存されている「タンコロ」をご存じだろうか。
僕の記憶が正しければ、昭和の初めから江ノ電に納入された、電車たちが一両だけで運行されていて、つまり「単行」されている姿をして「タンコロ」と呼ばれるようになった・・・
その初期の江ノ電の電車たち「100型」の内、108号車が江ノ電「極楽寺駅」近くの「極楽寺検車区構内」に動態保存され、一年に一度だけお披露目されるのが「タンコロまつり」という次第なのだ。
実は、うちの子が、「タンコロまつり」を知ったのが、まだ自分で歩けた一年前の、祭りが終わった直後の江ノ電のHPだったのだ。つまり一年越しの見てみたいという念願だったのだが、様子が違ったのは、今年は病気が進行して、まったく歩けなくなってしまった事・・・クルマ椅子で行けるだろうかという不安があって、僕たち夫婦は知らなかったのだが、ひそかに(笑)江ノ電に
「クルマ椅子でも楽しめますか」
という問い合わせをしたらしく、後日、江ノ電から直接電話が入って、
「どうぞ、お越しください」
という返事をもらって、親子して「タンコロまつり」に行ってみる事にしたのだ。
小さな場所なんだが、電車や江ノ電が好きな人にとっては、まさに宝の山といった感じだ。: クリックで拡大
当日は、できるだけ近くの駐車場までと頑張ったのだが、江ノ電の方に教えてもらった駐車場は残念ながら「満車」で、「極楽寺」の一つ先の「長谷駅」まで移動して、その近くのコインパーキングにクルマを入れ「長谷駅」から一駅だけ江ノ電を利用して「極楽寺」まで移動した。
長谷駅の駅員さんも、とての親切で、クルマ椅子の為にゲートをわざわざ開けてくれたり、「極楽寺」のドアはこちらが開きます」などとアドヴァイスをしてくれて本当に助かった。
ただ・・・「極楽寺」では、よほど忙しかったのだろう、切符を直接駅員さんに渡さないといけなかったのだが、手前の「切符入れ」に僕が入れてしまったら
「何してんですか!!」 とえらく怒られてしまった。(大泣)
「ホント、びっくりしたねぇ」なんて、こどもと怒鳴られたことを引きずりながらも(苦笑) 「極楽寺」 駅からは、クルマ椅子でも簡単に移動でき、すぐに「極楽寺検車区」に着いたのだが、いやぁ11時くらいの到着だったのだが、あまりの人の多さに少々面食らってしまった。
それでも、クルマ椅子の僕たちを見つけると、「何か困った事があれば、なんでも声を掛け下さい」 と気を使って頂いて、なんとか写真も、グッヅの販売も、人の波が引くのを待ってなんだが、無事に終える事が出来た。
あまりの人の多さに面食らったが、一年越しの念願がかなって「タンコロ」と記念撮影ができた。
本当は、「タンコロ」に乗ってみたかったらしいのだが、あまりの人の多さと、やはり身体のハンディを思い知られたらしく、ちょっと涙目になって、「やっぱり僕乗れないよ」と言ったきり、僕が背負ってやるからと言っても、「やめとく」と言ったのがちょっと悲しいかった。
気を取り直して、改めて周りを見ると、他のこうした電車などのイヴェントと違って親子連れ、子供が多い事に気付いた。
今回の「タンコロまつり」の目玉の一つが「巡回用EVカート乗車体験」だ。
手作り感満載のカートなんだが、これがまた子供たちに大いに受けて乗車に長蛇の列が(画像は江ノ島電鉄のHPより)
「巡回用EVカート乗車体験」には整理券が必要なんだが、それでも長蛇の列で乗車の順番待ちが続き、並んでいてもカートが動く様子を、目をらんらんと輝かせて子供たちが、その動きを追っているのが印象的だった。
カートに乗った子供たちの笑顔も印象的なんだが、それを見ている順番待ちの子供も、親たちも満面の笑みで動きを追っていた。
ところで、今回動態保存されている108号車をまじまじと見たのだが、僕は一枚のプレートを見て胸が熱くなってしまった。
「新潟鉄工所」
思わず僕は108号車の車体をいとおしく撫ででしまった。
「新潟鉄工所」。君は僕の先輩たちが心血注いで作られた子供たちの一人だったんだね。
砕氷船初代「宗谷」のエンヂン、イラクの製油所のプラントで、
1970年代、灼熱のイラクで新潟鐵工は石油プラントを作った。それが今でも活躍しているのだ。
池上彰と歩く「日本ができるイラク復興」
→ http://special.nikkeibp.co.jp/as/iraq/vol3/page2.html
その名を何度か見たが、今回の感動はそれ以上だった。
かつての新潟マンの一人として、日本のモノづくりを担ってきた自負はある。ただ、不幸にして一夜にして新潟鉄工は無くなってしまったが、それでも、自分が関わって来た施設の一つ一つ、先輩方が形作って来たすべてのモノに対する愛着は忘れてはいない。
こうして、今も大事に多くの人に愛されている姿を見るにつけ、僕はモノづくりに関わって来たことに誇りと感謝の気持ちでいっぱいなのだ。
子供の一年越しの念願と、僕の自分史の1ページに触れる事が出来、本当に充実した時間を過ごすことができた。
そして、何より、クルマ椅子で不自由な親子に対して、できる限りの精一杯の対応をして頂いた江ノ島電鉄の皆さんの熱意と思いやりに心から感謝したいと思うのだ。
ありがとう。
そして、これからも、ますます多くの人たちの笑顔と幸福を、安心安全に運んで頂けることを切に願って。
Posted at 2016/12/04 14:58:40 | |
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